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第20話

俺はベッドに寝転がった状態で牧野からもらった報告書を読んだ。


沼田家の長男、沼田孝典は傲慢な性格の持ち主で、自分の気に入らないものがあればすぐに家の力を使う人物として名をはせていた。


自分こそが絶対。自分が正義。そういう性格の持ち主だったこともあり、相手も近寄らなかったのかもしれない。


だからこそ、だれも信用していなかったんだろうな。


そんな人物に心を開いたのが、中川静香。安田銀行の千葉支店で働いていた行員だ。


多分、本人はそのつもりはなかったのだと思う。サラリーマンとして当たり前にやっていたこと。当たり前のことをやったにすぎないと思う。でも、人の優しさに触れることのなかった沼田にとってみれば、特別に感じたんだろうな。


何度もアプローチをした。


でも、中川静香には付き合っている彼がいた。吉岡秀(よしおかひでる)、同じ銀行で働く同期だ。多分、付き合いとしては吉岡の方が長いはず。二人は結婚することを決めていた。挙式の日取りまで調整していたみたい。


沼田はそんな二人を奪った。


家の力を使い、中川静香の家に圧力をかけ、カネの力で屈服させた。それだけじゃない。吉岡に対しても華族という立場を使い、交際破棄を迫った。抵抗を示すと安田銀行の頭取に圧力を加えた。そして、吉岡をマニラへ飛ばした。


まだ籍も入れていない。結婚は事実上破たんしたも同じ。


追い詰められた中川静香は沼田孝典と一緒になるしかなかったというわけか。ホント、酷い話だな。


こうして沼田は中川静香を手に入れたわけだが、力で手に入れた関係なんか続くはずもない。


いつも喧嘩をする日々。俺が絶対と思っている沼田孝典にとってみれば、我慢できなかったんだろうな。


結婚して3日後には、中川静香を部屋に閉じ込めた。


何のために結婚したんだ。こいつは・・・。


一方、マニラに飛ばされた吉岡は工場の草刈りという意味不明な仕事をさせられていた。しかも、監視員付き。手を休めると罵声を浴びせられたとか。


そんな状態が3か月も続いたのかよ。なんだそれ。


そんなある日だった。東京からある営業マンが出張でやってきた。


その男の名前は、原大悟。大日本化成工業という塩化ビニール製上下水道製品の製造を行う会社に勤務している営業副部長だ。


吉岡が飛ばされた工場は大日本化成工業が海外に展開している工場の一つだったみたいで、原はその視察を兼ねてマニラにやってきたみたい。


現地の日本人が草刈りをしているから原は驚いたんだろうな。原と吉岡はすぐに意気投合。夜の街を歩いたり、一緒に夕飯を食べたりしたそうだ。その時、吉岡は沼田孝典と結婚した中川静香の話を聞かされたみたい。


えっ、なんでこの原って男は沼田家の内情を知っていたんだ?


そして、それを知った吉岡は激怒。宮内省宗秩寮に電話をしたというわけか。


この、原って男が気になるな。何者だ?


そう思っていると、部屋を誰かがノックした。


入れ。


部屋の扉があくと、髪を下した舞衣が入ってきた。いつもはポニーテールだけど、風呂上りの時は髪を下している。


どうした?なんか用か。


「ねぇ、いつまで私はこの家にいるの?」


ずっとだって何度言えば分る。


「早く帰して!」


俺は立ち上がると、舞衣の方を見た。


じゃあ帰れば。


「どうせ帰ったところでお迎えが来るのは見えているから」


だったら喚くなよ。


「何度も言うけど、こんなやり方は間違っている!人を好きにさせるってこういうことじゃないから」


じゃあ、どうすればいいんだ!


俺は舞衣に腕を引っ張ると、ベッドに押し倒した。


「・・・どうせやれないんでしょ?口では強いことを言っても本心では弱いくせに」


中学を卒業したら狂ったようにやる。舞衣の始めてを奪ってやるからな。


「もし、本当にそれをやったら私は一生あんたを恨むから」


そう言われたため、俺は舞衣から視線を逸らした。この女はホント、俺のことを見ている。あの時からずっとそうだ。


「ねぇ・・・なんで私のこと好きになったの?」


それを今聞くのか。


「聞く機会がなかったから」


押し倒されていた舞衣が立ち上がってベッドに腰を掛けると、俺は話し出した。


多分、あの日。傘を借りた日からだと思う。


「あったね。そんなこと」


あれは1年の時だっけ?


「そうそう。あんた、雨に濡れて帰ろうとしたから折り畳み傘を貸したんだっけ」


最初はそんなんでもなかった。でも、舞衣はいつも俺に話しかけてきた。華族だなんだって言われ、ほとんど一人だった俺のところにやってきた。2年、3年の時はクラスが違ったけど、それでもお前は俺のことを見ていた。周りを恐れない舞衣に惚れたんだと思う。


「ありがとう。昔のあんただったら喜んだと思う。でも、今のあんたじゃ私はいやだ」


それはあれか?陸部を辞めたからか?


「それもあると思うけど、今のあんたは家の立場を見せびらかせている。少なくても、私が知っている岩崎和哉はそんな人間じゃなかったはず。誰よりも真剣で、自分が欲しいと思ったものは努力してでも手に入れる。それなのに・・・なんで今は違うの!」


心に突き刺さる言葉だ。なんで、こんな風になったんだろうな。どこで道を間違えたんだろう。俺は。


「ねぇ、好きなことやってみない?」


もう一度陸部に入れって言っているのか?


「それもあると思うけど、今のあんたを見ていると、父親の目を気にしている気がするんだよね。おかしな生き方を教えられ、やりたいこともやれない。中途半端に終わってしまう。そんな人生、つまらないと思わない」


今更俺が戻ったところでどうにかなるのかよ。


「少なくても、陸部の先生は真剣だったと思うよ。クラスの担任は知らないけど」


そりゃ、そうだよな。センコーたちの多くは教育委員会の委員長が怖い。上しか見ないからやってられないよ。


「だったら、あんたが変えればいいじゃない。そんな状況を」


俺が?どうやって?


「それは分からないけど、きっと誰かが手を差し伸べてくるはず。その時、あんたが行動を起こせばいいんじゃない?」


行動ね・・・。みんな、俺の立場が怖いんだろ?そんな連中の中から行動を起こすやつなんかいるのか?


「世の中にはおかしい人がいる。全員が全員そうじゃないから」


おかしい人か。この学校にいるのかわからん。


「私は・・・いると思っているから」


まるで、何かを信じているような表情だ。そして、時計が鳴った。


「日付が変わったから寝るよ。おやすみ()()()()。そして、誕生日おめでとう」


今日は16歳の誕生日か。舞衣、ありがとう。



空が雲で覆われている。


今にも雨が降りそう。


まるで、これから起こることを何か暗示させているみたい。


近藤部長、佐川には俺がやろうとすることを話した。でも、俺はまだ迷っている。


意志が弱いな。俺も。


学校に向かう足取りが重く感じる。


行動を起こすタイミングは今日しかないんだよな。


でも・・・もし、ダメだったら。


「おう。おはよう」


学校の近くまでやってくると、佐川と遭遇した。


おはよう。


「なんだか朝から浮かない顔をしているね。まだ迷っているの」


最後の踏ん切りがつかないんだよ。タイミングとしては今日しかないんだけどな。


そうつぶやくと、横を歩いている佐川を俺は見た。あれ?スカートってこんなに短かったっけ?昨日履いていた膝丈と同じくらいの位置になっていたような。


「滝村、どこ見ているのかな」


スカートを両手で押さえ、胡乱な表情をしながら佐川が俺の方を見た。


えっ、ちょっといつもよりも短いなって。


「ふーん。またよからぬことを考えているんでしょ」


昨日の夕飯で俺は佐川に追及され、すべてを話してしまった。正直殴られることは覚悟したけど、そんなことはなかったな。ただ、皮肉やらいろいろな呼称はつけられたが。


「言っておくけど、私が階段を上っているとき、後ろにいちゃだめだから」


分かったよ。もうやらないから。


「まったく。滝村がそう言う人間だとは思いもしなかった」


反論ができない。この間、一緒にソフトボールの試合を見に行ったこともあり、どうも意識してしまう。いろいろなことをやったのは、その後の話だ。


佐川は正直に言うと美少女ではない。市川先輩みたいにスタイルが良いわけでもない。ちょっと胸は大きいかなって思うけど、太っているわけでもない。痩せているわけでもない。どこにでもいそうな中学生だ。


だけど、何だろう。一緒にいると落ち着くんだよな。これが恋なのかは分からないけど。


「ねぇ、滝村」


どうした?佐川。


「気になることがあるんだけどいい?」


気になること?


「なんで、私を映画に誘ったの?」


そりゃ、俺も言いたいよ。なんでソフトボールの試合を一緒に見に行こうって誘ったんだ。


「えっ、何でだろう。なんとなく、滝村と一緒に見に行きたいな。そう思ったの」


俺は前売り券の消費をしたかった。ただ、それだけの理由。


「ならば、私じゃなくてもよかったんじゃない」


たぶんな。でも、何だろう。佐川のことをもっと知りたい。そう思ったのかな。まぁ、いろいろばれちゃったけどね。


「変なことをやったらただじゃおかないからね」


佐川に胸倉をつかまれるのはまっぴらごめんだ。もうやらないよ。


「あれは、やり過ぎたと思っているよ」


今度やるときは佐川の驚いた表情が見られるようにやらないと。


「おい!どういう意味だそれは」


そんなやり取りをしながら正門をくぐると、誰かが喚鐘(かんしょう)を鳴らしていた。


「ヤバイ。滝村、横にずれるよ」


えっ、もしかして大名行列?


「岩崎先輩の登校だよ」


佐川がそう言うと、俺と佐川は横にずれた。登校していた生徒たちの多くも横にずれていると、後ろの方から団体さんがやってきた。


横には岩崎家の家紋か何かが掲げられ、校長が先導し、教頭、教務主任が続いている。教育員会の委員長、いろいろな人が歩いていると、その後ろから市川先輩と岩崎さんがやってきた。


岩崎さんはいつも通り当然と言った表情をしているな。それに対して、市川先輩の表情はこわばっている。一瞬、視線が合った。ほんの一瞬だったが、何かを伝えたい。そんな気がした。


「市川先輩だ」


「やっぱり似合っているよね。あの二人は」


「それにしても今日は派手だよね」


「今日は岩崎先輩の誕生日だからね。一段と派手だよ」


そんな声が聞こえてきた。


そして、団体さんが通り過ぎると喚鐘が再び鳴りだした。


それが合図となり、横にずれていた生徒たちが再び歩き出した。


これが岩崎の力。


やれない。あんなものを見せられちゃ、やれない。


そう思っていると、佐川が俺の肩に手を乗せてきた。


「大丈夫?」


俺の不安を読み取っているのか佐川が心配そうな表情をしている。


ありがとう。もう大丈夫。


「滝村、やろう!」


佐川がそう言って来たため、俺は驚いた。


「だって、こんなのおかしいよ。普通じゃない。明らかに狂っている」


確かにそうだよな。これはおかしい。


「成功するかどうかは分からないけど、絶対にやった方がいいよ」


俺は佐川の言葉が大きく響いた。そして、迷っていた何かが砕け散った。


分かった・・・。佐川、昼休み、乗り込むぞ!


そう言うと、佐川は頷いた。


岩崎さん、あんたを表舞台に引きずり出してやる!


第20話 終了


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