第14話
「岩崎家のご活躍はいつも耳にしています。今後も期待していますよ」
今日の会食の相手は上原義彦。当選回数3回を数える埼玉県知事だ。お祖父ちゃんと同じ1926年生まれの75歳で立憲政友会出身の元衆議院議員。県議を二期務めた後、衆議院総選挙に出馬し当選。環境庁長官、運輸大臣、建設大臣などを歴任し、その後県知事選挙へ出馬。今に至っているわけだ。
「上原知事には敵いませんよ。私はまだ何にも果たしていませんので」
本心ではそう思っていないくせに。
「これからです。来年市長選挙に出るんですよね?建設業界は任せてください。私が投票しろって命令したら全員、岩崎さんに投票しますので」
「ありがたいお言葉です」
この知事は公私混合が激しいことで有名だ。身内が知事室に上がり込み、職員に対して命令したり、県発注の公共事業をめぐって長女が建設業者の口利き、斡旋を行っているのではないかってささやかれている。これだから平民はダメなんだよな。
「和哉くんも今年で16歳か。四修(※1)は可能かい?」
順当に行けば今年で卒業は可能です。
「その後は?」
浦和高等学校(※2)への進学を考えています。
「高校進学!?」
そして、東京帝国大学の法学部へ進学し、霞が関の官僚として帝国の発展に貢献したいと思っております。
「いやぁ~、立派な夢だね。そうなると良い嫁さんを見つけないと」
実はすでに同居をしておりまして、中学卒業後に籍を入れる予定です。
「もう同居しているの?」
「正直、私はもう少し待ったらどうかって言ったんですが、息子がこの人じゃなければ嫌だっていうもので」
「そうですか。さぞ立派なお嬢様なんでしょうね」
同じ中学に通う同級生ですよ。
「同級生!?」
市川舞衣って言うんですけどね。学校で一番の美女。成績も優秀。容姿端麗。まさしく、良妻賢母にふさわしい人物かと。
「市川・・・もしかして、民政党に所属する代議士の娘?」
「よく御存じで。そうです。市川先生の長女ですよ」
なんだろう。この違和感。親父は気が付いていないが、上原知事、ピンポイトで当ててきたぞ?
「これで和哉くんの未来は安泰だね。世の中には抵抗しているにもかかわらず無理やり婚姻を強要し、家に閉じ込めちゃうところもありますからね」
そんなことをするところがあるんですね。
「千葉にある沼田家だったかな?家督を継ぐべき長男の結婚相手、平民の家出身だったみたいだけど美しい女性でね。まぁ、一目ぼれってやつだ。長男はその女性に対して婚姻を迫ったけど思い人がいたみたいで断られたんだ。普通ならばそれで終わる。でも、沼田家は家の力を利用し、娘さんの両親を黙らせ、思い人を恫喝したんだ。それは酷い有様だよ。結局、沼田家の長男と結婚することになったけど、望んでもいない人と結婚しても家庭が安定しないのは当たり前だよね。初日から揉め、部屋に閉じ込めたみたい」
酷いことをしますね。でも、知事はなんでそのことを知っているんですか。
「実は宮内省の宗秩寮(※3)にタレこみが入ってね、近々緊急で査察が入るみたいなんだよ。査察が入れば長女が閉じ込められているのは露見する。なんでそうなったのかの過程まで明らかになる。そうなったら、審議会で処分されるのは間違いない」
親父の顔が青ざめている。
「まぁ、岩崎家はそのようなことはないと思いますよね。なんせ7月には叙爵50周年、岩崎弥之助生誕100周年の記念式典が行われます。そして、来年の7月には伯子男爵議員選挙、11月には市長選挙。今は大事な時期。そんな時に沼田家みたいなことをやったりしたらどうなるんでしょうね」
知事から会食を持ちかけられたときにおかしいことに気が付くべきだった。この知事は絶対、舞衣の一件を知っている。
「さっ、食事をしましょう。おしゃべりが過ぎましたね」
※
会食が終わり、自宅へ帰宅すると俺は牧野を呼んだ。
「どうなさいましたか?お坊ちゃま」
牧野、千葉にある沼田家のことについて調べてくれ。
「沼田家がどうかされましたか?」
近々、宗秩寮の査察が入る。どんなことをしたのか。詳しく教えてくれ。
「かしこまりました」
舞衣の一件、露見しないよな。宗秩寮にこのことがばれたら査察を食らうのは間違いない。そしたら間違いなく爵位剥奪だ。くそっ!俺としたことが。
「お帰り」
妹の和美が俺のもとにやってきた。
舞衣の様子はどうだ?
「部屋に閉じこもっているよ。ねぇ、本当に市川のお姉ちゃんと結婚するの?」
もちろんそのつもりだ。
「絶対ダメ!市川のお姉ちゃん、お兄ちゃんのことを嫌っているよ。無理やり連れてきたんでしょ。力に物を言わせて」
お前は黙れ!
「都合の悪い時はいつもそう。お父さんもお兄ちゃんもそう!」
俺が親父と同じだと。
「そう。相手の気持ちを理解しない。蛙の子は蛙とはよく言ったものだよ」
和美!お前、言っていいことと悪いことがあるぞ!“この家は裏から支配するべき”だっていつも言っているけど、タダの臆病じゃないか。それを口にする親父と俺が同じだと。
「何やっているの!」
部屋に閉じこもっていた舞衣がやってくると、和美を抱きしめた。
「和美ちゃんの言ったこと、何か間違っていた?」
ちっ、全部訊いていたのか。
「私のことを好きになったのは率直に言ってうれしい。でも、今のあなたにはそんな魅力はない。陸部を辞めた後のあんたは本当にひどいよ」
陸部の時は口にするな。
「大会前に怪我したのは残念だよ。でも!なんでそれで辞めるの!」
舞衣には分からないよな!俺がどれだけ苦労したのか。
「知っているに決まっているでしょうが!いつからなの?自分のメンツを気にするようになったのは?」
言い負かされてしまったな・・・。
和美、俺が言いすぎた。
「お兄ちゃん、本当に後悔するから」
俺は自室に入るとベツトに倒れ込んだ。
欲しいものは手に入れる。それが俺のモットーなのに、手に入らなかったものがある。児童会会長、そして県大会優勝。陸部に在籍していた時はもう少しで全国へ行けた。だけど、大会直前に怪我をしてしまった。それからの俺は舞衣の言うとおりだ。家の力に物を言わせた。分かっていたはずだ。こんなことじゃダメなことくらい。
俺は・・・いったい何をしているんだろうか。
知事にあんなことを言われたから焦っているのだろうか?
とりあえず、この事が外に漏れないよう押さえ込むしかないよな。
大丈夫、宗秩寮の外線番号を知っているのは華族だけ。平民は知らない。
逃げ切る。沼田みたいになったら終わりだ。絶対に逃げ切る。
※1 戦前の日本は飛び級を制度として認めていた。本来ならば5年制の中学校を4年終了(四修)で旧制高等学校、3年制の大学予科へ。6年制の小学校を5年終了(五修)で旧制中学校へ入学できる仕組みが確立されていた。本編では岩崎和哉がこの制度を利用し、中学4年終了と同時に高等学校へ進学する意向を示している。
※2 現在で言うところの埼玉大学に相当し修業年限は3年。東京帝国大学への進学率は一高についで二位の位置を占めていて、教養レベルは相当高かった。
※3 宮内省に設置された内部部局。主に、皇族、皇族会議、爵位、華族、また有位者に関する事務を担当しているが、近年、華族の不祥事が後を絶たないこともあり、華族に対して監査を行うこともある。仮に自身や一族の私生活に不祥事があれば、宗秩寮審議会にかけられ、場合によっては爵位剥奪、除族、華族冷遇停止といった厳しい処分を受ける。
第14話 終了




