第12話
今日は佐川と一緒にソフトボールの試合を見に行く日。
駅に10時集合。遅刻なんかした日には何を言われるかわかったものじゃない。
そのため、俺は集合時間よりも早く駅に到着し、佐川を待つことにした。
暇すぎる。どうしようかな・・・。
そう思った俺は、近くのコンビニに向かい、雑誌コーナーで立ち読みをすることにした。
いろいろな雑誌を手に取りぱらぱらとめくったが、どれもパッとしない。
どれもこれも政治や芸能人のスキャンダルばかり。もうちょっと、何かネタはないのかな。
そう思いながらある週刊誌を手に取り、ページをめくると4ページにもわたる特集が組まれていた。
華族制度の破綻・・・。
市川先輩の一件があったから、その特集に俺は目を奪われた。
平成に入り、華族と呼ばれる身分の不祥事が後を絶たない。その始まりはリクルートスキャンダル(※1)であり、薬物所持、愛人。傲慢な言動。
どれもこれもえげつないな。
特に多い不祥事が結婚のことに関して。
ある伯爵家では家督を継ぐはずの長男が、両親が決めた結婚相手を断り、追い出されてしまう事態が発生したとか。この事例は平成に入り、最も多くなったみたい。
個人の権利を尊重しましょうという動きがあるからね。昔の考え方と今の考え方が真っ向からぶつかっている状態みたい。
そして、華族の不祥事で最も危機感を抱いているのが、宮内省だとか。
華族を監督する部署。そうちちりょう?・・・何て呼ぶか分からんが、この部署が時折監査を行い、問題がないか確認しているとか。もし何かがあった場合は審議会にかけられ、処分が下されるみたい。
今まではあんまりなかったが、平成に入り、審議会から処分を受けた華族が急増しているため、記事の最後はこう締められていた。
かつての華族は自らを律し、周りへの影響を考え行動していたため、尊敬されていたが今では違う。己の私利私欲で行動し、その地位を維持することが目的となっている。今後も華族の不祥事が増えるだろう。華族と呼ばれる人たちは芸能人、政治家と同じく世間から注目される存在。些細な言動、子供が何かをやった。それだけでも記事になってしまう。不祥事を起こすか起こさないか。それは、華族と呼ばれる人たち、自らの身の振る舞いにかかっている。
ふーん、なるほどね。
「おい。こんなところで何やっているんだ?」
肩を叩かれたため、振り向くと佐川が後ろに立っていた。
ビックリした!驚かせるなよ。
「今何時だと思っている?」
何時ってまだ集合時間じゃ・・・。
俺は腕時計を見て愕然とした。10時15分!うわっ!やらかした。
本当にごめん!
「集合時間を忘れ、立ち読みとはいい度胸じゃない」
返す言葉がありません。
「昼と夜は滝村のおごりね」
えっ、夜も?
「もちろん」
分かった・・・。全部奢るよ。カネ足りるのかな。
「早く行くよ。そろそろ電車来るから」
佐川がそう言ったため、俺はコンビニを後にした。紺のジーパンに黒のTシャツ。いつも制服姿の佐川を見ているため、初めて私服姿を見たが、なんだか地味な服装。
「はい。あんたの分の切符、往復で買ったから。なかなか来ないから買っちゃったけど、まさかコンビニで立ち読みとは」
ありがとう。片道いくらだっけ?
「240円」
じゃあ、500円玉渡すよ。
「お詫びのつもり?」
まぁ、一応。
「ありがとう。ところでさ、何の記事読んでいたの?」
華族制度の破綻という内容だったかな。
そう言うと、佐川が耳打ちしてきた。
「もしかして、岩崎家のこと載っていた?」
それはなかったよ。
「そう。それならば良いけど」
気になるのか?佐川。
「そりゃ、この町に住んでいる以上は気になるよ。沙織に聞いたけど、昨日もなんかあったんだって」
ああ、市川先輩のことか。
「仕方がないって諦めるのがおかしいとは思うけど、この町は岩崎ありきで成り立っているからね。総合病院、メモリアルホールはもちろん、西口の公園。東口にある建設会社。製本工場や百貨店の出資者は岩崎家。役所も岩崎家の動向を無視することはできない。それがこの町」
だからって。
「分かっている。滝村の言いたいことは分かる。でも、この町で生きるということはそう言うことなんだよ。市議も岩崎家には頭が上がらないし、市川先輩の父親は国会議員だけど、岩崎家には勝てない。みんな、岩崎家に目を付けられないように生きる。それしかないんだよ」
巨大な力には太刀打ちできないのかな。
「さっ、切り替えよう。ソフトボールの試合を見るんだから」
そうだな。
この町で生きるためには岩崎家にたてつかないこと。ちっぽけな一市民が勝てる相手じゃないよ。
俺は半ばあきらめに近い感情を抱いてしまった。
※
ソフトボールの試合を見終わり、俺と佐川が戻ってきたのは15時過ぎだった。野球との違いを比べるのが楽しかったな。佐川が応援しているチームも勝ったことだし、まぁ、良しとしますか。
「それで、メモリアルホールに行くんだっけ?」
そのつもりだけど、なんでメモリアルホールって呼ぶんだ?岩崎公会堂が正式名称じゃなかったっけ?
「岩崎家の歴史が写真とかで見ることができるからメモリアルホールってみんな呼んでいるよ。いわゆる俗称だね」
なるほどね。そういうことか。ちなみに夕飯、早い時間帯になるけど大丈夫?
「えっと・・・ホールの閉館が17時だから、ご飯を食べるのは17時30分くらい?まぁ、良いんじゃない」
その時間帯ならばちょうどいいかな。今のうちに何を食べるか考えてくれ。
「ふふふ、寿司にしようかな」
そんな金はない。
岩崎公会堂に到着した俺と佐川は入場料を払うと、いろいろな展示品を見た。
「こうしてみてみると、やっぱりすごいよね」
いろいろな勲章までぶら下げているよ。ゼネラル・イワサキの名はだてじゃないってことか。
しばらく展示品を見渡していると、集合写真に目が止まった。
ここに映っているのは岩崎和哉かな。
「(予定)って書いてあるけど、四代目当主、岩崎和哉って書かれているね」
三代目当主も予定になっているな。なぁ、佐川。
「なに」
岩崎さんってどんな人物なんだ?
「それってどっちのことを指しているの?」
四代目。あんまり言いたくないならいいよ。無理に言わなくて。
しばらく沈黙が流れると、佐川が耳打ちしてきた。
「自分が欲しいと思ったものはどんなことを使ってでも手に入れる。そういう性格だよ」
やっぱり・・・。そうなるよな。ということは、親父もそう言う性格なのかな。
「お父さんは違うみたいだよ」
違うの?
「あんまり、表には出たがらない性格かな。来年行われる市長選挙も本心では出たくないみたい。だけど、男爵を襲爵する以上、何らかの実績は持たなければならない。そう思ったお爺様が命じたみたいだよ」
岩崎さんは欲しいものはどんなことを使ってでも手に入れたい性格だけど、親父さんはあんまり表に出たがらない性格?ということは、物事に関しては消極的なの?
「兄貴は表に出たがらないからね」
背後から男性の声がした。俺と佐川の話を誰かが聞いていたみたい。後ろを振り返ると、気のよさそうな男性がニコニコとしていた。
「岩崎館長。こんにちは」
岩崎館長・・・?俺は集合写真をもう一度見た。たしか、この人、どこかに写っているぞ。
「これかな?」
俺が写真を探しているのが分かったのか岩崎館長が指を指した。
「岩崎正哉の弟、岩崎正弘って言います。ここに訪れる中学生とか珍しいね。今日はどうしたんだい?」
「ああ、滝村がここに来たいって言っていたんで来ることにしました」
佐川がそう言ったため、俺は挨拶をした。
滝村一樹です。今年の4月、名古屋から引っ越しをしてきたばかりでこの町のことがあんまりわからないんですよ。なので、ここに来れば何かが分かるのかなって。
「勉強熱心だね。君は」
ありがとうございます。
「岩崎のことで分からないことがあるならば教えるよ。弥之助お爺様のことは知っているかな?」
ゼネラル・イワサキのことは知っています。
「そうか。じゃあ、今の当主はどれくらい知っている?」
現職の男爵議員なのは存じ上げますが。
「なるほど。じゃあ、親父のことを説明するわ」
そう言うと、現当主が紹介されているコーナーに向かった。
「岩崎正之助。俺の親父だ。大正15年(1926年)、9月6日生まれ。昔、祖父が軍人だったこともあり、ほとんど本家に預けられた状態で生活をしていたって言っていたな。祖父と同じく尋常小学校高等科を卒業した後、郵便局の職員として働いていた。20歳の徴兵義務により、郵便局を退職。2年間の兵役を経て、市役所へ入ったが、その時から出世頭だって言われていたな」
えっ?何でですか?
「親父が活躍したから。ゼネラル・イワサキの名前が全世界に轟くこととなり、親父はその息子として注目されるようになった。だから、入った当初から幹部候補。1年たたずに係長。そして、父親が男爵の爵位を叙爵した年かな?課長に昇進。8年目で部長。とんとん拍子で出世したわけだ」
能力的に凄かったんですか?
「普通の人だよ。でも、ゼネラル・イワサキ。その魔力にみんな負けてしまった」
そして、市長になったんですよね。
「1963年、当時の與川町町長選挙に出馬し無投票で当選。その時、公約に掲げたのが市への昇格。そして、赤堀地区と牧野地区への中学誘致だった」
7年後に市へ昇格。1972年に赤堀中学。その8年後に牧野中学が創立。公約は実現したわけですね。
「親父はその後、道路社会を見越し、東口と西口の開発に着手。この公会堂を中心とする西口公園。東口にある総合病院。製本工場、駅の目の前にある百貨店。今の生活の基盤はほとんど親父が市長をやっていた時に進めていた事業の副産物かな」
この公会堂、そして向こうにある百貨店。東口にある総合病院。全部完成したのは1982年で、その年、市長を退任している。まさに発展の父ってやつだな。
「そんな偉大な祖父、父親の背中を見た兄は縮こまってしまったんだ」
えっ?そうなんですか?
「ああ、自分にはそんな力はない。そう思ってしまった兄はゆがんだ性格を持つようになってしまったんだ。そんな兄を見た周りはいじめや陰口を言うようになった。その一方で祖父や親父からは男爵家らしい振る舞いをしろと言われる。そんなことが積み重なり、とうとう爆発してしまったんだ」
「5月事件・・・」
5月事件?
「よく知っているね。生徒会の会長に立候補したらお前も変わるんじゃないって推薦文を渡したんだ」
いじめていた人たちがですか?
「そう。兄は気をよくしたのか前向きに考えようとしたんだ。でも、いじめをしていた連中は推薦人になるつもりはさらさらなかった。その場で推薦文を破り捨てたんだ」
えっ、その場で?目の前でですか?
「そうだ。それが引き金だよな。今まで我慢していた何かが爆発したんだ。その行為にキレた兄は、教室を飛び出し、校長室に行くと今までのことを密告したみたい。そして、こう言い切ったんだ。“俺は影の支配者になる。俺は男爵の孫だぞって。今までのことをばらしたらどうなるかわかるんだろうなって”」
怖すぎる・・・。えっ、密告された生徒はどうなったの?
「全員退学。見て見ぬふりをした生徒たちは懲罰文を書かされた。学年全員が」
学年全員ですか?
「ああ、仲良かった生徒も書かされたみたい」
「その日ですよね。町の空気が変わったのは」
「今まで和気藹々と楽しんでいた空気が変わってね。みんな、恐れるようになってしまったんだ。校長は騒動の責任を取り辞職。校長、教務主任、学年主任、担任は減給。一学期終了後にクラス替えという異例の事態にまで陥ったんだ」
たった、それだけで・・・。
「まぁ、引き金はそれだったけど、今までの積み重ねが爆発したって感じかな。俺も妹も本当は生徒会会長選挙に出たかったけど、兄に反対されて断念した。それは息子の和哉くんにも及んだんだ」
どういうことですか?それって。
「町谷小学校の児童会会長選挙に出ようとしたんだよ。岩崎先輩」
それ、かなわなかったの?
「兄貴が介入してきてね。猛反対したんだ。欲しいものはどんなことをしてでも手に入れる和哉くんが唯一獲得できなかった称号だよ」
岩崎さん、我が強いからな。親父さんから横やりを入れられ、断念してしまうとは苦痛だったんだろうな。
「兄とは正反対。言いたいことはズバズバ言う性格でね。それがよくもあれば悪くもある。だから、“岩崎家は表には出ない。影の支配者たれ”という親父の教えに反感を持っているんだよ。男爵の孫ということもあり、いつも注目される。何かやらかしたらマスコミに報道されるって思っているかもしれないけどね」
目立ちたくない親父さんも箔をつけるために市長選挙に立候補しなければならなくなってしまった。その反面、ある時期を境に自分が絶対的という意識を持ってしまった。だから、性格がゆがみ、その性格は息子へと継承されたというわけか。
「岩崎館長、県庁からお電話がありました」
そう言いながら、ホールの職員がやってきた。
「内容は?」
「叙爵、50周年の記念式典についてです」
「分かった」
記念式典行うんですね。
「それと同時に岩崎弥之助、生誕100周年の記念式典も併せて行う」
「いつやるんですか?」
「7月15日。県庁のお偉いさん、国会議員はもちろん、もしかしたら政府のお偉いさんも来るかもしれない」
その式典が7月15日ってわけなんですね。
「そういうこと。学校を通して案内が行くと思うから、参列を楽しみにするよ」
岩崎館長はそう言うと職員と一緒に立ち去った。
「そろそろ帰る?」
閉館時間が近づいているし、そうするか。夕飯はどうするんだ?
「寿司!」
ダメ!俺のお金がなくなる。とんかつにしようぜ。
「えっ~、肉?」
中学生が払える限度はとんかつだと思うぞ。ファーストフードは却下だろ?
「そりゃ、もちろん」
じゃあ、決まりだな。
まさか、佐川と一緒に夕飯を食べることになるとは思いもしなかった。あんまりないことだと思うから別にいいかな。
※1 史実同様、リクルートスキャンダルが発生し、多くの政治家が失脚を余儀なくされたが、その余波は華族にもおよび、批判の的となった。この事態を受け、宮内省は関わった華族全員に対し、厳しい処分を下し、立場を追われるものもいたとか。
第12話 終了