第11話
普通だったら明日は授業だが、開校記念日ということもあり休み。
そして、次の日、4月29日は昭和節(※1)。本来は祝日だけど、日曜日と重なったこともあり、翌週の月曜日が振替休日。そのため、三連休になる。
月曜日から土曜日まで毎日勉強しているため、気分転換になるが、明日は佐川とソフトボールの試合を見に行く約束をしている。
本当はゆっくりしたかったけど、約束をしてしまったから仕方がない。
「おっ、今日も滝村は早いね」
佐川が元気よく挨拶をしてきた。
おはよう。佐川も早いな。
「今日の授業が終われば三連休だからね。そりゃ、テンションも上がるよ」
確かにそうだ。
「明日、楽しみにしているからね」
10時に駅集合だろ?忘れないから。試合は11時から。3時間くらいだと仮定し、終わるのは14時。戻ってくるのは15時。その後はどうする?
「うーん、時間が中途半端になるよね」
俺、行きたいところがあるんだけどいい?
「何処?」
岩崎公会堂って、言うと佐川は本気で嫌な表情をした。
ダメ?
「一人で行って」
入場料は俺が出すからさ。どう?
「メモリアルホールは何度も行ったから私はいやなんだけど」
俺は行ったことないんだけど。
渋る佐川を何とか説得すること5分、ようやく首を縦に振った。
「・・・ほんとしょうがないんだから」
ありがとう。
「まぁ、あんたはこの町に来たばかりだからあんまり知らないよね。成り立ちとかいろいろと」
そういうこと。
「言っておくけど、私も生まれはここじゃないからね」
えっ?そうなの?初めて知った。
「確かに小学校は町谷だけど、生まれは福岡だからね」
福岡生まれだったんだ。
「生まれてから3年は福岡にいたのかな?幼稚園に入園すると同時にこっちにやってきたから今年で9年。そう考えると、滝村よりは長いかな」
人選に狂いはなかった。期待しているよ。
俺はそう言うと、背中をポンと叩いたが、佐川がむっとした表情をした。
「なに人の背中触っているのよ」
どうやら、背中を叩いたのが気に食わなかったようだ。
べっ・・・別にそう言うつもりで叩いたわけじゃないけど・・・。
言い訳にしか聞こえないかな。
佐川は納得していないみたいだけどね。
「うーん、朝からイチャイチャしているな由紀」
この声は岡本じゃないか!
「イチャイチャじゃありません!」
佐川が明確に否定した。
「滝村は誰が好きなんだろう。由紀か?それとも市川先輩か」
なんで市川先輩の名前が出てくるんだ。
「ふーん、滝村って年上が好きなんだね」
おいおい。なんでそうなる。確かに気になるとは思うけど、そう言う意味じゃないと思うぞ。
「そう言う意味じゃないってどういう意味?」
なんだが、突っかかる言い方だな。
「こりゃ、面白い戦いになりそうだな」
岡本は物見遊山ですか。
「沙織!」
「冗談。冗談。でも、由紀。ぐずぐずしていると滝村は取られるからね。市川先輩と同じ部活に入るみたいだし」
「えっ!剣道部に入るの?」
ああ。そのつもりでいるけど、岡本の言い方は語弊があるからな。岡本も一緒だぞ。
「滝村は由紀と市川先輩、どっちを取るのかな」
本人の前でそういうことを言うのか?普通は・・・。あきれてしまったが、佐川は相当神経質になっているみたい。まぁ、この話題は止めておいた方が無難かな。
入部の手続きってどこでやるんだっけ?
「3年4組。16時30分から始まるから」
ありがとう。まぁ、一緒に行くから遅れることはないと思うけどね。
「そうだね。佐川も剣道部に来る?」
「行きません!」
うーん、岡本はどうしてもそう言う話に持っていきたいわけか。
一応、否定はしているけど弱いのかな?言い方が?
そして、一日の授業が終わり、俺は剣道部の入部会議が行われる3年4組に向かった。
「改めましてかな。剣道部の顧問を務める菊地です」
良い感じのベテラン教員が話し出した。
「ここに来たということはみんな、入部の意思があると見受けます。部活は楽なものじゃありません。これから辛いことがあると思いますがみんなで一緒に乗り越えましょう」
そう言うと、部長の近藤さんが名簿を渡してきた。
「新入部員はここの名簿に名前を書いてくれ」
そう言われたため、俺は名簿に名前を書いた。新入部員は12名。妨害工作があったみたいだけど12名の新入部員は多いほうだと思う。
「じゃあ、今日の会議はこれまで・・・」
近藤さんがそう言いかけた時だった。突然、市川先輩が立ち上がった。
「みんなに言わなければならないことがあるの」
えっ?どうしたんだろう。市川先輩。
「今日限りで剣道部を辞めさせていただきます」
市川先輩の言葉に周囲は驚きざわめいた。
「どういうことだよ!市川」
「えっ?先輩。何でですか」
いろいろな言葉が出ていたが近藤部長が落ち着かせた。さすが部長。冷静だな。
「どういうことか説明してくれるか?」
「そのままの意味です」
「それだけじゃ分からん!市川、お前は続けたかったはずだろ!?なんで、急にそんなことを言い出したんだ!」
「そりゃ、ここが嫌になったから」
いきなり教室に誰かが入ってきた。男爵の・・・孫。
「岩崎、てめぇ!市川に何を吹き込んだんだ」
中井先輩が掴みかかろうとしたが、周りが止めた。
「相変わらず血気盛んな先輩たちですこと」
「それ以上は悪く言わないで!」
そう言うと、市川先輩は岩崎さんのもとへと近づいた。
「みんな・・・本当にごめんね。こうするしかなかったんだ」
表情は廊下の方を向いたままだったため分からなかったが、声が震えていた。痛々しすぎる。これは望んだ答えじゃない!
「じゃあ、剣道部の諸君。ごきげんよう」
岩崎さんがそうい言うと、市川先輩と一緒に教室を出て行った。
「待てよ岩崎!」
黙っていた鈴村先輩が叫び、追いかけようとしたが周りが止めた。
「なんで・・・なんで黙っていたの?なんで一言も相談してくれなかったの!舞衣」
市川先輩と同じ学年の五十嵐先輩が泣いている。
これからという時に起きた出来事。
俺はこの日のことを絶対に忘れない。
そして、岩崎さん。あんたのことは絶対に許さないからな!
※1 この世界の祝日は、1月1日、四方節、1月5日の新年宴会、2月11日、紀元節、3月15日、文化の日(※2)、4月29日、昭和節、8月31日、大正節、9月21日、体育の日(※2)、11月3日、明治節。そして12月23日、天長節。合わせて9つしかない。そのため、ゴールデンウィークという概念は存在しない。
※2 3月15日は皇紀2600年記念日本万国博覧会の開会が宣言された日。9月21日は1940年東京オリンピックの開会式が行われた日であるため、それを起因とし、3月15日は文化の日。9月21日は体育の日に制定され、翌年から祝日として休みになったのである。
第11話 終了