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第10話

「あんた、ホントに最低!」


市川舞衣がそう言いながら吐き捨てた。


市川先生との会食が終わり、そろそろ寝ようかなって思った時の来客。正直不愉快だと思ったが、やってきた相手は市川舞衣だったこともあり、敷地の中に通したらいきなりその言葉を言われた。


憎悪に満ちた表情をしている。この俺にそんな表情をするとはいい度胸をしているんじゃないか。


俺は欲しいと決めたものはどんなことをしてでも手に入れる主義でね。舞衣、俺はお前が欲しいんだ。


「あんたに舞衣って言われたくない!」


どうして?これから一緒に住む仲ではないか。


「私は住むつもりはないから」


お父様は一緒に住むことを認めましたよ。


「どうせ、認めなかったら選挙の支援を止めるとか言い出したんでしょ?みえみえ」


よく御存じで。


「ほとんど脅しじゃない。卑怯者のやることだ!」


言ったはずだ。俺は欲しいものはどんなことをしてでも手に入れるって。


「私は・・・あんたのおもちゃじゃないの!」


おもちゃねぇ・・・。この俺に向かってそんな言葉を言うとは。


俺は舞衣の顎をくいっと持ち上げた。


良いかよく聞け!平民と華族は別の世界に住む人間。本来、相容れないもの同士だ。華族の人間は華族の人間、平民は平民の人間同士でしか結婚ができないんだ!だけど俺は違う。俺は純粋にお前が好きなんだ。政治家の娘とはいえ、身分上は平民。そんな平民の娘が男爵の孫と結ばれる。どれだけ幸せなことだか分からないのか!


「・・・その態度が気に入らないの!男爵の孫?それだったら何をやってもいいってことなの!?」


我にはその力があるんだ。それを使わない理由はないと思うけど。


「その力はあんたが得たものじゃない。先代が積み重ねたものでしょ。なにか勘違いしているんじゃないの?」


ごちゃごちゃうるさい女だ。


「うるさい女だって!?悪かったわねうるさくて!いい加減、この手を放して!人の顎をいきなり持ち上げるのは失礼だと思わないの!?」


そう言うと市川舞衣は俺の手を払いのけた。


「いい?よく聞いて!お父さんに言ったことは今すぐ取り消して!私の人生は私が決めるの!誰を好きになる。誰かと結婚する。それは私が決めること!お父さんやあんたが決めることじゃないんだ!」


ここまで言われたのは初めてだ。この女、絶対にゆるさねぇ。


分をわきまえろ!市川舞衣!


俺はもう一度、市川舞衣の顎を持ちあげた。


俺が行動を起こしたらどうなるのかわかっているんだろうな。


「・・・どういう意味?」


お前の大切な場所なんか簡単に奪うことできるんだよ。


「もしかして、剣道部のことを言っているの」


そうだ。俺が校長に言ったらあっという間に潰れるからな。なんなら今すぐにでも連絡しようか。


「それだけはダメ!」


さっきまで強気な態度をしていた市川舞衣の表情が青ざめている。


「・・・お願い。それだけはやめて」


じゃあ、我が軍門に下ることだ。


「卑怯だよ・・・。そう言うやり方は・・・」


結果さえ手に入ればそれでいい。市川舞衣!剣道部を辞めてわが伴侶になるのか?それともそれが嫌で、部活を潰されたいのか?どちらかを選べ。


「・・・辞めなきゃダメ?」


当然だろ!これは俺を愚弄した罰だ。素直に受け入れたら在籍を考えていたがもう遅い!お前には辞めてもらう。


「酷い・・・酷過ぎる」


さぁ、この場で決めろ!市川舞衣!


「お坊ちゃま。もう、その辺でいいのではないでしょうか」


そう言うと牧野が近づいてきた。


邪魔をするな牧野!こいつは俺を愚弄したんだ。その返事はここで決めてもらうのが筋だろ。


「市川様が憔悴しきっていますぞ。未来の伴侶にそのような仕打ちはあんまりよろしくないのでは」


市川舞衣は涙を流しながら倒れ込んでいた。


くそっ、興が覚めた。市川舞衣!近日中に返事はもらうからな。覚悟はしておけ!



普通の生活がしたかった。


普通に学校に行き、普通に部活を楽しみたい。


みんなと笑いたい。泣きたい。


ただそれだけだった。


でも、岩崎和哉と同じクラスになってからすべてが変わった。


最初はお遊びだと思っていたが、岩崎和哉は本気だった。


選挙で苦戦していたお父さんを支援し、選挙区での当選に導いた。これによって、お父さんは岩崎家に頭が上がらない状態になった。


徐々に狭まってくる包囲網。


それでも私は抵抗したが、4年生になるとほとんど実力行使に近い形になってきた。


自分の手は汚さず、命令し恫喝して来たり、剣道部に対して嫌がらせをしてきた。


今まで普通に話しかけてきたクラスメイトから避けられるようになり、クラスでは孤立するようになってきた。いつも誰かに行動を見られている。息苦しい日々が続いた。


だけど、ここだけは違う。


剣道部は心のオアシス。唯一のよりどころだった。


嫌がらせを受けるようになっても、みんな毅然とした態度で臨んでくれる。私がおかれている状況を理解し、それでもなお守ってくれる。


本当に幸せな場所だ。


「・・・どうかしたんですか市川先輩?」


仮入部に来た滝村くんがそう話しかけてきた。名古屋から引っ越ししてきた1年生でこの町の事情はあんまり理解していない。そのため、岩崎の命を受けたサッカー部に対しても正論を言って私を助けてくれた。あの時はありがとう。滝村くん。


なんでもない。


私はここにいるみんなが大好きだ。


だからこそ、ここがつぶれるようなことだけは避けなければならない。私のせいでつぶれることだけはしちゃだめ。


「・・・市川!」


はっ、はい!部長の近藤さんに呼ばれたため私は返事をした。


「どうした?悩み事か?さっきから浮かない顔をしているぞ」


ありがとうございます部長。いろいろと考えていましたので上の空になっていたのかな。


「なんだ?男爵のことか?それだったら気にするなよ」


中井先輩がクールにそう言ってきた。


「また何かやってきたら叩き斬ってやるだけだから!」


真顔で鈴村先輩がそう言うと怖いんだけど。


「市川先輩。どんなことがあっても逃げないでくださいね」


滝村くんがそう言って来た。ありがとう。


みんなから励ましの言葉を言われた。うれしい。私は本当に幸せ者だ。


だからこそ、みんなが悲しむことだけはしちゃいけないと思う。


部活が終わり、家に帰るとお父さんがお酒を飲んでいた。


ただいまお父さん。


「ああ、お帰り舞衣」


この間の一件以降、お父さんとはあんまり話をしなくなった。自責と後悔の念に駆られているんだろうな。きっと。


「舞衣・・・本当にすまない」


お父さんのせいじゃないから。気にしないで。


「でも・・・」


私は大丈夫。もう、決めたから。


「舞衣。本当にごめん!」


私は・・・大切な人を守りたい。私にできることはたった一つだけだから。


「その選択肢を選ぶことで舞衣は苦しむことになる。分かっているのに、その道しか選べないなんて」


なんで華族制度なんかあるんだろう。ホント、世の中、おかしいよ。


第10話 終了


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