第01話
「おはよう!一ちゃんも今日から中学生だね」
春休みが終わり、今日から中学生。小学校に通っていた時は私服登校だったが、中学校からは制服登校になる。外見だけ見ればちょっと成長した感じはするが、中身はこの間まで小学生だったからあんまり変わっていない。
おはよう。朝ごはんを食べたらすぐに出るから。
簡単に挨拶を済ませると、テレビをつけ、チャンネルをNHKに回した。
来日している中華民国(※1)の総統と帝国宰相(※2)が握手をしているニュースが映っており、キャスターが捕捉で説明をしていた。
「おはよう。一樹もとうとう、中学生か」
もう中学生だよ。ほんと、休みが永遠に続けばいいのに。
「それじゃあ、ニートだろ」
父親は20年以上同じ会社で働いているサラリーマン。もともとは埼玉で生まれたが、中学卒業後、今の会社に入社。福島、愛知と転勤を重ね、今年の4月から生まれ故郷、埼玉へと配属されることになった。
「一ちゃん、部活はどうするの?」
母親が楽しそうに話しかけてきた。
うーん、何にも考えていないな。
「野球だけは止めておけ?先輩が威張っているから」
それはどこの運動部に入っても同じでしょ。
「陸上とかはいいんじゃない?ついこの間までサッカーをやっていたんだから、瞬発力を生かせると思うけど」
「ああ、陸上も良いな」
そんなやり取りをしていると、リビングに妹と弟がやってきた。
「おはよう。あっ、兄貴が制服を着ている」
長女の玲子がそう言いながら、隣の椅子に座った。親父の転勤により、今まで通っていた小学校から別の小学校へ転校することになった。友達はできるのか?不安でしょうがなかった。
そりゃ、中学生だからね。
「・・・おはよう」
弟の卓哉は今日から小学校1年生。愛知に住んでいた時にできた幼稚園の友達と別れてしまったため、さみしいんだろうな。
「さっ、朝ごはん出来たよ」
テーブルには里芋の煮っ転がし、味噌汁、アジの塩焼き、きんぴらごぼう、目玉焼きが並べられている。ご飯は自分で盛るスタイルだ。
「兄貴、目玉焼きにソースをかけるのは止めた方がいいと思うよ。ソース派なんか一人だけ」
いや、これが絶対にうまいんだ。
目玉焼きの黄身を先に割ると、上からソースをかけた。この食べ方を考えた人は天才だろ。絶対うまいのになんで理解されないんだ。
「じゃあいただきます」
みんなで唱和をすると、味噌汁を一口、口につけた。
やっぱり、家のご飯が一番だな。
「一樹、玲子、卓哉。新しい学校へ行っても友達はちゃんと作らないとだめだからな」
「はーい」
楽しい朝食の時間が終わると、そろそろ家を出る時間。玲子は今日休み、卓哉は入学式だけど午後の13時から。そのため、俺だけ家を出ることになる。
「後で行くからな」
「気を付けて」
行って来ます。
家を出ると、中学校(※3)へと向かった。桜吹雪が舞っていて、実に美しい光景だ。
そう思いながら歩くこと10分。中学校に到着した。
中学校の正門の前には平成13年度入学式という看板が立てかけられており、新入生が続々と正門をくぐっている。
さてと、どんな出会いが待っているのかな?
敷地内を見渡していると、二人の女性教員が何かを配っていた。
「入学おめでとう」
お世辞でもそう言われるとうれしい。
俺はわら半紙を受け取ると、そこには学級編制表と記されていた。1学年6クラスで構成されており、上からあいうえお順で名前が記載されている。俺の名前は・・・。
ふーん、1年2組か。
思わずつぶやくと、後ろにいた女子生徒が声をかけてきた。
「えっ、あんたも1年2組?」
髪型はショートヘアーで身長は俺と同じくらい。目がパッチリとしている。けっして美人ではないが、イマイチではない。
ああ、そうだけど。もしかして1年2組?
「そうだよ。私も1年2組」
早くもクラスメイトと知り合った。
「私、佐川由紀。よろしくね」
滝村一樹、よろしく。
軽く挨拶を交わすと、自分が所属するクラスへと向かった。
「滝村ってどこの小学校?西小?」
俺は名古屋にある藤森小学校からやってきたんだ。
「名古屋!?」
佐川は驚いた表情をした。まぁ、そうなるよな。
「えっ、ということはこっちに来たばかり?」
そういうことだな。まだ1週間とちょっと。佐川は興川にある小学校?
「そうだよ。町谷小学校というところを卒業したんだ」
町谷ってどこだ・・・?だめだ。まだ地理感覚がつかめない。
「滝村って向こうにいた時、何かやっていた?」
サッカーやっていたけど。
「へぇ~、サッカーやっていたんだ。じゃあ、部活はサッカー?」
いや、サッカーはやらない。小学校で卒業だよ。
「なんだか、もったいなくない?」
もったいないか・・・。多分、そうかもしれないが、サッカーだけが人生じゃないから。
「なんか嫌なことでもあったの?」
嫌なことはなかったよ。むしろ楽しい思い出しかない。
「じゃあ・・・」
だからこそ、楽しい思い出のままで終わらせたい。俺は、あいつら以外とサッカーをやるつもりはない。
「意地っ張りだね。あんたは」
この短時間でそこまで見抜くとは佐川、なかなかやるな。結構、頑固だと思うよ。俺は。
「そう思えた」
昇降口に到着すると、俺と佐川は上履きに履き替え、教室に向かった。
「由紀!おはよう!」
教室に入ると、同じクラスメイトが話しかけてきた。どうやら、佐川の知り合いみたい。
「沙織、またよろしくね」
俺は黒板に貼られている座席表を確認すると、座席に着席。そして、机の上に置かれている赤い名札を付けた。
「私、岡本沙織。よろしくね」
俺は滝村一樹。よろしく。
軽い挨拶を済ませると、続々と俺の周りに人が集まってきた。
「俺、水岡、よろしく」
「河原でーす」
「私、草川だから」
いっぺんに言われても覚えられない!
つい30分前までは友達ができるかどうか不安だったが、そんな心配は吹き飛んだ。
滝村一樹の新しい生活が始まった。
※1:後述するが、第二次世界大戦の構図は日本・イギリス・アメリカ・フランス対ドイツ・イタリア・ソ連という海洋国対大陸国がぶつかる全面戦争だった。この戦争の後、中国大陸では第三次国共紛争が起きるが、ソ連が第二次世界大戦で敗北し解体されたため、中国における共産党勢力は衰退。そのため、資本主義勢力が勝利。中華民国として経済的発展を遂げる。
※2:内閣総理大臣と同じ意味だが、報道向けの用語として帝国宰相と呼ばれている。
※3:旧制中学校の修業年限は5年。義務教育は小学校の6年のみであるため、中学校に入学するためには試験を受け、合格しないといけない。大正や昭和初期には小学生浪人という言葉があったが、昭和中期から始まった人口増加による中学校拡大により、今では進学して当たり前という状況になっている。
第01話 終了