9-5 エルトラネは眠らない(2)
『バルナゥに子作りしてくれと神の世界で土下座する事八十余年、ついに我はこの世界に戻ってきた』
ちんまりとした幼竜ビルヌュがエルトラネの皆に告げる。
『エルトラネの民よ、まず我がいない間の苦難を詫びよう。そしてこれからは我が再び汝らを庇護しよう。そして汝らに誓おう。やがては空の覇者となり、この地に再び君臨すると!』
その前にはずらりと並ぶ貢物。
全てがエルトラネの者達の祝福の証だ。
「どうぞビルヌュ様お食べ下さい」
『いただきますもっしゃもっしゃ』
ビルヌュが貢物にかぶりつく。
呪いによりほとんどの時をイッちゃった状態で過ごしていたエルトラネの民だがまともな時は礼儀正しい。ビルヌュの庇護に感謝し復活を心から喜んでいるのだ。
「さあさあビルヌュ様、どんどんお食べ下さい」
『ありがとうもっしゃもっしゃ……』
エルトラネの皆は今度は我らがビルヌュを助ける番と貢物を捧げていく。
食せば貢がれ、食せば貢がれ。
ビルヌュは延々と食べ続ける。
食は力だ。
特に育ち盛りの食は体作りに非常に大事。
ビルヌュは貢物を取りこみ血肉と力に変えていく。
体を構成するマナの密度が圧倒的に高い竜にとっては些細な食だが命の基本は食である。これを長い年月積み重ねてバルナゥのような成竜となるのだ。
『とーちゃんのダンジョンでルドワゥと共に頑張ってはいるが生まれたばかりの体ではキツくてなぁ。家に落ちてるミスリルとか魔石を食べるとかーちゃんがもったいないと嘆くし困ったものだ』
ちなみにミスリルや魔石を食べた方が血肉になる。
竜は他の生命とは一線を画する超生命体。
かなりの悪食であった。
「それではミスリルを食しますか? 我が里にはビルヌュ様から頂いた多くのミスリルが今も転がっております」
『……あれは食べぬ。あれは汝らの大事なもの。我が食して失ってはならぬ』
提案したエルトラネの長老に、ビルヌュは貢物を食べるのを止め首を振る。
そこには何かの思いがあるのであろう。
ビルヌュは首を傾げる長老を何とも悲しげに見つめ、再び食事に没頭した。
「これもどうぞビルヌュ様」「この芋もどうぞ」「この大根も」「この薬草も」……
そして再び貢物が注がれる。
エルトラネの皆はビルヌュに夢中だ。
玄関である集落の外れで待っていたカイであったがいつまで経っても気付いてもらえそうにない。
それにしても……
「なぜみんな髪形が縦ロールなんだ?」
長老も縦ロール。ビルヌュに貢物を捧げる者も縦ロール。
崇める者も縦ロール。老若男女縦ロールふよんふよんである。
なんだこれとカイがメリッサを見るとメリッサは自慢げに髪を梳く。
「カイ様が初めて会った時から絶賛の髪形ですので!」
「初対面で絶賛?……珍しいとか面倒臭そうだとか思ってたような……」
「ええっ……?」「ち、違かったえう?」「むむぅ、痛恨の失敗」
ミリーナとルーの勘違い、メリッサを通じて心を読むエルトラネの皆を欺く。
エルトラネの皆を遠目に四年越しの勘違いに気付く三人である。
さて、いつまで待っていても仕方が無い。
そろそろこちらから挨拶に行こうか……
そう思っているとマリーナがトタトタと歩き出し、食事に没頭するビルヌュに叫んだ。
『なんですかビルヌュみっともない。タカり過ぎですよ!』
「……えーっ?」
マリーナの台詞に唖然のカイである。
いつでもどこでもご飯を要求していたのはカイの気のせいだったのだろうか。
カイの財布が軽い理由の半分はマリーナが原因だったと思っていたのは勘違いだったのだろうか……
と、隣を見れば赤面したミリーナがカイに頭を下げていた。
「ご、ごめんえう」
やはり事実。何とも面の皮の厚い曾祖母だ。
『マリーナ……でかくなったなオイ!』
『食べまくりですから』『お前ブレねぇなぁ……』
並べて見ればマリーナの方がビルヌュよりも一回り大きくなっている。
同じ日に生まれた幼竜なのにこの違い。
カイの財布が軽くなるのも納得である。
うん。出世払いにしてもらおう。
竜なら楽々返済だし。
カイはそのうち稼いでもらおうと幼竜の食費を投資と割り切りエルトラネの皆のもとへと歩み寄る。
ここでようやくカイの存在に気付いたのだろう、縦ロール長老が叫んだ。
「カイ様!」
「カイ様だと?」「我らのあったかご飯の人!」「食と帽子を授けてくれた我らの救世主!」「あの帽子は我が家の家宝!」「ようこそエルトラネへ!」「カイ様!」「カイさまー」「ひゃっほい!」
ざざざぁああああ……
波のようにビルヌュからカイへと流れる縦ロールの皆である。
呪いが解けた今でもあったかご飯は無敵であった。
すまんビルヌュ。
心で詫びるカイだがビルヌュは気にしていない。マリーナとの話に花を咲かせていた。
『そういえばビルヌュ、ミズガルズはどうなっていましたか?』
『綺麗さっぱり何もなかった。さすがは姐さんだわ』
うん。
聞かない方が幸せだ。知らなくても良い世界だ。
カイは幼竜達の会話をまるっとスルーしエルトラネの皆へと視線を向ける。
「カイさまだー、カイさまだー」
「かいさまるるっぽ」「かいさまぱらっぽ」「ぱっぱぴらぷるぴぃ」
「なんだそりゃ」
突然の訪問に感激した縦ロールの皆は奇妙に歌い踊っている。
その仕草からにじみ出るピーっぽさにカイは笑い、懐かしさと一抹の寂しさを感じながら皆の歓迎の踊りを堪能する。
エルトラネの皆はしばらく踊った後整列し、長老を先頭にカイに深く礼をした。
「ようこそエルトラネへいらっしゃいましたカイ様。ついにこの地を終の棲家とお決めになりましたか」
「違うぞ」
「「「「そんなぁあああああっ」」」」
カイの否定に皆が露骨に落胆する。
何ともオーバーリアクションな里である。
しかし悪い事よりも良い事を考えるのがエルトラネだ。すぐに立ち直るとひゃっほいと再びカイを歓迎した。
「まあ我らは百年でも待ちますぞ。我らエルフの寿命は千年余りですから百年待っても大丈夫! ビバ、ポジティーブ!」
「「「「ポジティーブ!」」」」
「長いよ!」
「「「「でも二百年は勘弁な!」」」」
「だから長いよ!」
台詞も長いが気も長い。何とも前向きなエルトラネである。
埒が明かないとカイはメリッサを抱き寄せ言った。
「今度結婚式を挙げる事になったので挨拶と招待に来た」
「「「「なんとめでたい! この貢物をお納め下さい!」」」」
「……それはビルヌュへの貢物だろ」
「「「「そうだった! こりゃうっかり! てへっ」」」」
何とも疲れるエルトラネ。さすがは元ピーの里である。
まあ貢いで欲しいものはある。
対価はシスティが連れてきた料理人がガッツリ払ってくれるだろう。
うまい料理を頼むぞグルメ元王女。
カイはいつものようにぶん投げて、彼らにぺこりと頭を下げた。
「その為の食材を用意して欲しい。その代わり……」
「このエルトラネ全力で栽培いたしましょう。作付けと収穫じゃあああ!」
「「「「栽培の時間だぁーっ! ヒャッハー!」」」」
「早いよ!」
まだ日程も定まっていない結婚式である。
こんな時期に収穫されても扱いに困る。
「まだ日程も決まってないんだぞ。今から作っても腐るだけだろ」
「いやいやカイ様」
カイの言葉に長老はにこやかに縦ロールをぷるんと振って答える。
「育てたものは食べてしまえば良いのです。あぁ我らエルトラネがどれだけエルネをうらやんだ事か。あの髭ジジイは会う度に自慢するのです「我らエルネは里でカイ殿のあったかご飯をしこたま食べたからのー」と! ああ悔しいまったく悔しい。しかしこれで髭ジジイに言う事が出来ます。「うちなんて拉致しなくても作ってもらえたもんねーっ」と!」
「「「「イモニガー?」」」」
「……わかったよ。作るよ」
「「「「イモニガー!」」」」
縦ロールが歓喜に踊る。
……拉致はしていないが強要はしているぞお前ら
と、心で呟くカイである。
今は仲の良いエルフの里にも色々あるようだった。
「さあ、そうと決まればこちらへどうぞ。このエルトラネの里には様々な魔道具が転がっておりますのでどんな悩みもスパッと解決でございます」
長老は円形広場を案内し、ミスリルの地を指して言った。
「ここが加熱の魔力刻印で作られた煮込み魔道具です」
「へー。作ったのか」
以前エルトラネには伝わっていないと聞いていたのでカイは素直に感心する。
おそらくシスティに教えてもらったのだろう。
さすがはハーの族。技術者の子孫はこのくらいサクッと作る。
が、しかし……長老と皆は首を傾げた。
「「「「さぁ?」」」」
「は?」
「呪いが解けた後でようやく使い道を知った代物なのです。昔からありましたが誰がいつ作ったものなのか誰も知らないのですよ」
「……」
ピーか。ピー製なのか。
心でホロリのカイである。技術は狂気の彼方であった。
「まあ使えるから問題ありません。皆の者、鍋を!」
「「「「はいっ」」」」
長老の言葉に皆がさっと鍋を差し出す。
大小さまざまの鍋がカイの前に並ぶ。
長老が顔をしかめて言う。
「これ、カイ様が難儀するではないか。大きさを合わせんか」
「「「「これは失礼! てへっ」」」」
皆はこりゃ失敗と頭をかき、持っていた鍋を長老の鍋と同じ大きさに変形させる。
「よし! さぁカイ様、我らに芋煮を」
「「「「イモニガー!」」」」
「待て! 何だその鍋?」
え? 鍋って伸縮自在なの?
にこやかに頷く長老を前に驚愕半端無いカイである。
しかし長老も皆もまたしても首を傾げた。
「「「「さぁ?」」」」
またピーか。ピー製なのか。
「……まさか以前作ってもらった収穫機も」
カイは以前エルトラネから提供してもらった収穫機を思い出す。
おそらく作った者だろう、縦ロールの一人がアハハと笑う。
「うまく動かんと思って不貞寝したら完璧なのが出来てたんですよねアハハ」
おい!
心で叫ぶカイである。
紙一重のすげえ奴でも何でも無い。完全に狂気の産物であった。
オーバーテクノロジー(自分)。
なんて切ない超技術。
しかしエルトラネの皆は胸を張る。
「「「「さすがは我らエルトラネ!」」」」
「……」
もう何も言うまい。
カイはたくさんの鍋を加熱の魔力刻印に据え付け、水ですと渡されたコップからありえない量の水を注ぎ、芋の皮を一つ剥くだけで山盛りの芋の皮を全て剥き、その他食材と共に鍋にぶっこみ加熱の魔力刻印を発動させる。
なんでもかんでも謎技術。
ものの数秒で鍋はグツグツ音を立て、虚空にチーンという音が鳴り響いて魔力刻印が停止した。
「できましたぞ!」
「えーっ……」
煮込み時間、わずか一分。
んなアホなと芋に串を刺してみればふっくら柔らか食べごろである。
「「「「いただきますもっしゃもっしゃ」」」」
さすがカイ様うまいまじうまいと感涙する縦ロールの皆を前にカイは唖然とするしかない。
何この里。
何なのこの里。アトランチスよりイッちゃってないか?
メリッサを見ると芋煮の入った椀を手にふふんと胸を張っていた。
「これがエルトラネですわ!」
いやおかしいよお前の里。
メリッサが差し出してきた椀を受け取り芋にかじりつくと、カイの口にじゅわっと旨味が広がっていく。
「……うまい」
「うまいえう! カイのあったかご飯なのにまったく別のうまさえう!」
「驚天動地。作り方一緒なのに味は全然違う」
「ああっ、さすがカイ様の芋煮でございますもっしゃもっしゃ」
『これは美味しいですねぇ』
ミリーナもルーもメリッサもマリーナもご満悦。
いやこれはおかしいと思っているのはカイ一人だけである。
確かに美味い。
美味いがこんな味付けいつしたよ俺?
誰が入れたか知らんが調味料は腐ってないだろうな……
不安になったカイが周囲を見るも誰も何も気にしていない。
「「「「ひゃっほい」」」」
「……」
そういえばエルトラネの者は皆、強力な回復魔法使いだったな……
あとでコップ水を飲んでおこう。
伊達に食中毒で死の危機に直面していない。カイは食後に回復しようと心に決め、美味い芋煮をたいらげる。
「「「「ごちそうさまでした!」」」」
「……おそまつさまでした」
怖い、まじ怖いわエルトラネ。
椀に土下座するエルトラネを前にコップ水を飲むカイである。
何もかもが予想のはるか上を行くキテレツな里にさすがに恐怖を禁じ得ない。次に何が起こるかまったく予想が出来ないのだ。
「ではカイ様、夜までお休みください」
「なんでだよっ!」
「「「「レッツスリープねぇーむれーっはいっ!」」」」
「ぐ、おっ……」
エルトラネの皆が瞳をマナに輝かせる。魔法の発動前兆だ。
ぐらぁり……カイの視界が眠気に歪む。
何百もの眠りの魔法にカイが抗う術は無い。三人の妻に支えられながら眠りに引きずり込まれていく。
「カイ様、夜にまたお会いしましょう……」
メリッサの揺れる瞳を見つめながら、カイは夢の世界へ落ちていった。





