9-1 元王女、カイをまた振り回す
「結婚式を挙げましょう!」
「はぁ?」
発展著しいランデルの町、ビルヒルト伯爵仮領館。
アレクの妻システィ・フォーレが高らかに宣言した。
前にもこんな事あったな……
カイはそんな事を考えながら生返事を返す。
放浪エルフをビルヒルト領へ、そしてアトランチスへと導き続けて数ヶ月。
あったかご飯の人という赤面パワーワードに心をガリガリ削られながら国内を駆けずり回ってランデルに戻ればこれである。
ちなみに昨日はランデル領館にてルーキッドの小言に土下座した。
旅の途中でごめんなさい戻るまでに解決して下さいと頭を下げたカイであったが、厄介事は利息付きで戻ってきた。
当たり前だが。
呪いが祝福となったエルフに関する諸々はカイが何とかしなければならない。
しかし、それ以外の事はカイがする事ではない。
ランデルの諸々はルーキッドとソフィア。ビルヒルトの諸々はアレクとシスティ。
都市計画はさすがに領主の仕事だ。
バルナゥ? すっかりマブダチじゃん。知らんわ。
赤面と羞恥の旅は一段落と、懐かしのランデルに戻れば自業自得とはいえいきなり土下座謝罪。
追い討ちをかけるシスティにカイがげんなりするのも仕方ない。
自分のした事を棚に上げ、少しは休ませてくれよと思っていた。
「システィ、お前は王都で盛大に祝われていただろ」
「それはそれ、これはこれ」
フフンと笑ってシスティが胸を張る。
以前とは違うオーラにカイがわずかに後ずさる。
以前からゴリ押し著しいシスティであったがアレクの愛と愛の結晶を得た彼女は一味違う。まるで人として一回り大きくなったようである。
まあ実際一回り大きくなっているのだが……胸が。
乳飲み子を持つ母であるシスティは常に子育て臨戦態勢。
求められればすぐにポロリな胸元に、カイとしては目のやり場に困るのである。
しかしシスティは気にしない。
ビルヒルト討伐戦のカイの所業を考えればこの程度は些細な事。
アレをしておいて今さらコレを気にするのかよ、であった。
「私とアレクの事はエルフ達にもちゃんと祝って欲しいのよ」
「エルネでやっただろ」
「あれは仮初。慌ただしかったから今度が本番」
「なにその別腹理論?」
「仲を取り持ってくれたエルフ達には感謝のお返しをしておきたいのよ。皆を招いてパーッと、そうパーッと派手に祝いましょう! ね、アレク」
「そうだねシスティ」
システィの隣で唸っていたアレクが顔を上げて頷いた。
新ビルヒルト伯爵、アレク・フォーレ。
勇者兼伯爵の彼は今、勉強の真っ最中である。
ひょんな事から伯爵にまで出世してしまったアレクだがシスティに全てをぶん投げるつもりは無いらしい。
今はシスティに教えを乞い読み書き礼儀に悪戦苦闘中だ。
まあアレクの事だ、しっかりこなす事だろう。
突き抜けた男は何をやらせても突き抜ける。
アレクは背伸びして一息つくと肩の力を抜き、カイに言った。
「僕もエルフの皆には正式にお礼をしたいと思ってるんだ。領主としてね」
「あー、それもあるのか」
ビルヒルト伯爵領。
今は人間が統治しているが、やがては人間とエルフの共同統治の地となる。
放浪エルフを見つけてはホルツの里のベルガの元へと送り届けるカイの活躍でエルフ人口も増加中。
ビルヒルトは竜峰ヴィラージュに居を構える大竜バルナゥからも近く、そこからアトランチスへと飛ぶ事も出来る。
そんな地の領主となったアレクはエルフ達と良好な関係を築いておきたいのだろう。
今やビルヒルトのエルフはアレク達と付き合いのあったエルフだけではない。
システィの提案は今後の領地経営に関わる事でもあるのだ。
そういう事なら仕方が無い。
エルフ達はご飯があれば喜んで集まってくれるだろう。
と、気楽に考えていたカイだがシスティは追い討ちをかけてきた。
「何他人事みたいな顔してるのよ。あんたも挙式するのよ」
「俺も?」
素っ頓狂な声を上げるカイにシスティは盛大にため息をついた。
「あんたがエルネでやったのだって仮初じゃない。あの後正式にやった訳でもないでしょ」
「そういえば……そうだな」
エルネでミリーナと挙げた結婚式。
あれは贄の首輪から逃れるための方便だったなと、カイはミリーナ達を見る。
「えうーふ、えうーふ」
「エルフえうよ、エ・ル・フ」「えう? ふ?」「違うえう」
「むふん。子供かわいい」
「まったくですわ。あぁ、私もはやくカイ様との子を「「長い」」あうっ……」
ミリーナ達はカイの横で、アレクとシスティの子供カイルをあやしていた。
「えうーふ」「だから違うえう」
子供っぽいからだろう、ミリーナは子供に大人気だ。
ルーとメリッサもカイルをあやしつつ、いいなぁいいなぁと呟いている。
呪いが祝福に変わり、無の息吹や植物の異常生長は意思によるものに変化した。
だから三人をランデルの外で野宿させる必要は無い。
今はまだ耳を隠しておかないと騒ぎになるが、いずれは当たり前の事になるだろう。ランデル周辺でエルフより強いのはバルナゥだけとはいえ、一緒で安心のカイである。
まあ、それはそれとして……
「アレクお前、カイルはカイと名付けるつもりだったらしいな」
「そうなのよ。ルを付けるだけで一週間もめるとは思わなかったわ」
「だってカイだよ? カイだもの。次はカイト、次はカイン、次は……」
「システィに名付けさせてやれ……」
「あぁカイル可愛いよカイル。カイの名前を貰ったからカイとシスティに似た良い子に「人聞きの悪い事言うな!」えーっ」
そしてシスティ、俺じゃなくてアレクに怒れ。
他人が聞いたら勘違いするアレクの言葉をカイは遮り、怒りのマナに瞳を輝かせるシスティに輝く瞳で反論する。
妻達から祝福を貰ったカイはそれなりに魔法も使える。
マナで瞳を輝かせる位は造作も無い。
何とも疲れる会話にカイはため息をつき、再びミリーナ達を見る。
挙式に関してカイに異論は無い。あとは妻達の意思次第だ。
カイはカイルに夢中な妻達に声をかけた。
「ミリーナ、ルー、メリッサ」
「えう?」「む?」「はい」
「システィが改めて結婚式を挙げようと言っているんだが、どうする?」
カイが聞くと三人は顔を見合わせ、首を傾げ、コショコショと囁き合った後カイに首を振った。
「いいえう。今更えうよ」「カイ、忙しい」「そうですわ。カイ様にとっては久しぶりのランデルです。ここはゆっくり休んで英気を養って「「長い」」あうっ…」
うちの嫁可愛い超可愛い。
心でノロケるカイである。
「コップ水があるから休息は大丈夫だ」
「それで心は癒せないえうよ」「ん。久しぶりの故郷を楽しむ」
「気心知れた人との談笑は何よりも心身を満たします」
「そんな儀式が無くてもミリーナはカイの妻えうよ」「ルーも妻」
「カイ様と共に日々を過ごす。それが妻であるメリッサの幸せです」
「おまえら……」
カイへの配慮が見て取れる皆の返事にカイは心で涙ホロリだ。
穏やかに断る三人だが未練があるのは明白。
ちょっと背中を押せば乗り気になってくれるだろう。
しかしカイにそれはできない。
三人は人間の世界では何をするにもお金がかかる事を知っている。
大丈夫と言えば妻達は頑なに断るだろう。
カイの懐具合を知っているから。
そしてこれから稼げば良いと言えばとんでもない稼ぎ方をしてくるだろう。
エルフは常識外れだから。
そう、エルフはまだまだ常識外れ。
ならばこちらも常識外れをぶつけるまでの事だ。
まかせたシスティーッ!
ギラリ……
システィを睨むカイの目がマナに輝く。
システィは何してるんだこの馬鹿といった表情でカイを見たがすぐに意図を理解して、にんまり笑って頷いた。
この二人、相性が悪いように見えてこういう所はツーカーである。
システィはコホンと咳払いをして皆の注目を集めると、部屋に控える執事を呼んだ。
「ガスパー」
「はい奥様」
恭しく礼をしたのはかつての役人だ。
システィが聖樹教枢機卿の側室となる事が決まった際の心遣いの結果である。
大出世であった。
「この結婚式、ビルヒルト領の催しにする事は出来るかしら?」
「我が領の特殊性を考えれば、エルフ交際費で問題ないでしょう」
「よし」
執事のお墨付きにシスティは大きく頷き、ミリーナ達に向き直る。
「ミリーナ、ルー、メリッサ。ビルヒルト領主の妻として、貴方達とカイにこの結婚式での挙式をお願いいたします」
「えう?」「ん?」「はい?」
「なんでもかんでも経費で落としてみせるからこのシスティ様にどーんとまかせてちょうだい。そうと決まれば王都から職人を呼び寄せなきゃ。婚礼衣装を作るわよーっ」
「それは悪いえう…」「お金? が大変」
「人間の世界ではお金? が物を言うと聞きましたわ。人がたくさん関わるほど多くかかるとも聞いております」
「これは未来への投資。遠慮する事はないわ!」
恐縮する三人にシスティはぴしゃりと言い放ち、三人を誘惑しはじめた。
「カイに綺麗な姿を見て欲しくないの?」
「えうっ」「それは素敵」「ですが……」
「くたびれた鎧とか普段着じゃない、かっこいいカイの姿が見たくない?」
「そ、それは見てみたい……えう」「それも素敵」「も、ものすごく心惹かれますわ。あぁカイ様そんな素敵な姿で私を抱き上げて下さるなんて……ステキ!」
心揺れる三人だがここまではシスティのおふざけだ。
「この催しには王国全土から選りすぐった料理人と菓子職人も招待いたします。彼らが腕を振るった最高峰の料理と菓子。主役のお嫁さんは食べ放題よ!」
「やるえう!」「超天国!」「それはエルフとして見逃せませんわジュルリ!」
システィの言葉に食いつき抜群の三人。
エルフを落とすならご飯。とにかくご飯なのだ。
「すごいえう! 楽しみえう!」
「カイも楽しみ。ご飯も楽しみ。焼き菓子は超楽しみ!」
「すごいですわ! さすがシスティですわ!」
ミリーナ達はひゃっほいとカイルを抱えてクルクル回り、カイルはキャッキャとご満悦。
そんな三人にカイもご満悦だ。
よくやったシスティ!
ふふっ、私にかかればこんなもんよ。
瞳で語るカイとシスティのツーカー半端無い。
「瞳で語り合えるなんてすごいよ二人とも!」
それを理解し賞賛するアレクの突き抜けっぷりも半端無い。
システィは頷き、ガスパーに言った。
「よし。ガスパー、さっそく計画立案をお願い」
「はい。主賓はエルフですから会場はオルトランデルが良いでしょう。食品に関してはエルフの方々に依頼するとして……結婚承認の儀式はどなたに?」
「ソフィアでいいでしょう。ちょっと呼んで来てくれる?」
「かしこまりました」
ガスパーは深く礼をして退室した。
ここはランデル。ミルトに教えを乞うソフィアもすぐそこだ。
すぐにおおーふと雄叫びが響き、のっしのっしと地響きと震動が近づきマナに輝く巨大な瞳が窓にニュッと現れた。
大竜バルナゥである。
ガァフーッ……
荒々しく吐き出す息は圧倒的捕食者のそれである。
その口には強張り震えるガスパーが咥えられていた。
心臓に悪い。すごく悪い。
「うわっ…・・」
カイはビクリと体を強張らせたが、システィは自然体。
さすがはバルナゥ通勤。慣れている。
「ガスパーをいじめないで、バルナゥ」
『我の前をちょこまか歩くと危ないのでな。すまぬなガスパー』
「い、いえ……いつもの事ですから」
唾液べったりのガスパーをそっと下ろしてバルナゥが詫びを入れる。
どうやらいつもの事らしい。
何とも切ない役回りのガスパーだ。
ソフィアは窓から一礼するとバルナゥの背からするりと降り、ガスパーと共に部屋に現れた。
「私達の結婚式も挙げさせてもらえませんか?」
『我とソフィアの仲を世間に知らしめる良い機会だ』
ガァフーッ……
窓の外、興奮するバルナゥの吐息を背に微笑むソフィア。
怖い。めっさ怖い。
さすがのシスティもこれには強張り半端無い。
しかし予想の内でもあったのだろう、システィは強張りながらも笑みを浮かべて頷いた。
「ま、まあそうなるとは思ってたけど……儀式はミルトに頼みましょうか」
「はい」
「ではガスパー、そのように」
「かしこまり……」
『待てーいっ!』
一組増えたところで大差無い。
システィが結婚承認の儀式を行う者をミルトに決めて計画立案をぶん投げようとしたその時……声が響いた。
『余が、余がおるではないか!』
部屋に響く声を知らない者はここではガスパーだけである。
世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。通称イグドラ。
聖樹教が崇拝する神である彼女がしゃしゃり出てきたのだ。
人のような超絶細かい塵芥に声を届ける超技術はカイ達をおちょくる度に研鑽され、今ではエルフやカイの近くにいる者達にも声を届けられるまでに至っている。
何とも暇な神であった。
『汝らの結婚、神である余がしかと見届けよう』
「「「「「「「『イグドラがぁ?』」」」」」」」
カイ、ミリーナ、ルー、メリッサ、アレク、システィ、ソフィア、バルナゥ。
イグドラを知る物は皆、怪訝な顔で首を傾げる。
まあイグドラの言う事はそこまでおかしな事では無い。
結婚承認の儀式とは代行者が神に代わって行うものであり、神が直接承認するのであれば代行者など必要無い。
しかし皆からすればイグドラは神と言うより困ったちゃん。
ぶっちゃけて言えばありがたみが無いのである。
いつも普段着のミルトが司祭服を着用する方がよほどありがたいのであった。
『な、なんじゃその反応は? 神じゃぞ? 余はこの世界の神なんじゃぞ?』
「何を今更。ここの誰がお前を神だと思ってるんだよ」
皆の反応に傷つくイグドラにカイは冷ややかなものである。
「ぺーぺーえう」「下っ端。超下っ端」「ひどい目に遭わされましたから」「まあ、確かに今更よね」「ミルト婆さんの方がいいなぁ」「聖樹様、これ以上威厳を損ねて貰っては困ります」『クソ大木はおとなしくしておけ』
『ぐぬぬぬ……』
そして皆も冷ややかなものである。これまでの行いの結果であった。
しかし皆が認めなくてもイグドラは神である。下手な扱いは後が怖い。
赤面パワーワードで心をゴリゴリ削られているカイはこれ以上心を削られたくも無い。
何よりも飼い主に出てこられては一大事だ。
カイは仕方なく皆とイグドラの橋渡しをする事に決め、皆を説得する事にした。
「まあまあ、せっかくだから見届けてもらおうじゃないか。祟り神をこれ以上怒らせると後が怖いからな」
『カイは容赦ないのぉ……』
「そ、そうえうね」「お怒り鎮める平常心」「そうですわね。また呪われてはたまったものではありません。ここは気持ち良く踊って頂こうではありませんか」
「カイがいいなら僕もいいよ」「まぁ、見てるだけなら害も無いでしょう」「聖樹様、何もしない事こそが肝要です」『ソフィアの言う通り。妙な事はするなよ?』
『汝らも容赦ないのぉ……』
あまりの扱いにしょんぼりのイグドラだ。
気の毒に思わないでもないが神にはっちゃけてもらっては非常に困る。
カイはイグドラをそのままにしておく事に決め、システィと話を詰める事にした。
「じゃ、計画はビルヒルトにおまかせでいいんだな」
「王国側の準備はまかせてちょうだい。エルフ側の準備はカイにまかせたわよ」
「主に食材の調達だな。わかった」
「それと参列者の招待ね。まあエルフはご飯で全員参加でしょうから、あんたは家族の招待を忘れない事ね」
「家族か……そうだな」
五年振りだな……
カイは心で呟く。
ランデルの町からすぐの場所にあるのに、ミリーナ達と出会ってから一度も帰郷していない。
エルフが呪われていた頃に帰れるはずも無かったが。
皆は元気だろうか。そして今の自分を見てどう思うのか……
期待と不安を胸に抱きながら、カイは久しぶりの故郷と家族に思いを馳せるのであった。





