8-4 カイ・ウェルスは変わらない
「アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァン」
「ミリーナ!」「エルネの里のミリーナ・ヴァン!」「我らを救いしあの方の一の従者にして妻!」「幼竜マリーナ従えしあの方の妻、ミリーナ・ヴァン!」「銀の風輝くあのお方の盾!」
彼女の名乗りに、森がざわめく。
「ダーの族、ボルクの里のルー・アーガス」
「ルー!」「ルー・アーガス・ダー!」「あの方の二の従者にして妻!」「鋭き水踊るあの方の槍!」「エルフの食の伝道者ルー・アーガス!」
彼女の名乗りに、森が震える。
「ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ビーン」
「メリッサ!」「メリッサ・ビーン!」「大竜の妻の弟子にしてエルフ最強の回復使い!」「あの方の三の従者にして妻!」「美しき髪めぐるあの方の鎧!」「エルフのオシャレの人!」
彼女の名乗りに、森が叫ぶ。
「我らエルフの伝説の使者!」「天に告げられし我らエルフの救いの神!」「間違い無い! 我らはあの方に救われるのだ!」「里を追われた流浪の我らにアトランチスへの道が今、開かれるのだ!」
三人の名乗りに、エルフが叫ぶ。
そして喜びと期待に満ちた瞳で、三人に囲まれた人間の男を見た。
この流れならもはや決定的だ。
あの方に間違い無い。
エルフの皆は固唾を呑んで男の名乗りを待ち受ける。
エルフの注目集まる中、男は火にかけた鍋をかき混ぜながら表情固く名乗りを上げた。
「……カイ・ウェルスだ」
「「「「「「「「「「はい?」」」」」」」」」」
エルフの皆が、首を傾ける。
「おいお前、カイなんて知ってるか?」「知らん」「誰だカイって?」「あの方の従者なんじゃね?」「それなら名前が轟いてるだろ」「ジョセフィーヌとクリスティーナは知ってるがカイなんて知らないぞ?」「いやそいつら獣だから。猪と竜牛だから」「ベルガの間違いじゃね?」「いやベルガはアーの族のエルフだろ」「そもそもあの方以外に人間がいたのか?」「……」「……」……
エルフのざわめきにカイは頭を抱えた。
まただ。
またである。
ミリーナ、ルー、メリッサの名は轟いているのにカイには誰もが塩対応。
なにそれひどいである。
頭を抱えるカイを前にエルフの皆はしばらく騒ぎ、やがてカイに言った。
「すみませーん。もう一度お願いしますーっ」
「くっ……!」
カイ、リテイクを食らう。
「もう諦めるえうよカイ。ミリーナだってミリーナ・ウェルスと名乗りたいえう」
「私もルー・ウェルスがいい」「当然メリッサ・ウェルスがですわ」
「くそっ、奴め、奴め!」
カイは鍋をゴリゴリかき混ぜ盛大にため息をつき、ぶっきらぼうに名を告げる。
「あったかご飯の人だ」
「「「「「「「「「「この腹かっさばいてお詫びを!」」」」」」」」」」
ザザザザザァァァァァ……
カイの声に圧せられるように土下座するエルフ達、波の如く。
ありえんわ。この圧倒的ネームバリュー……
眩暈を感じながら、カイは忌々しい奴の嘲笑を聞いていた。
『お、おもしろすぎるのじゃ。あったかご飯の人最高じゃーっ!』
「うるせえクソ大木!」
イグドラである。
世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラである。
カイをさんざん振り回した世界のクソ大木が再びしゃしゃり出てきたのである。
『余がいなければエルフがどこにいるかも分からぬ輩が騒いどるのぅー』
「くっ!」
だが、また世界に堕ちてきた訳ではない。
このイグドラの声は祝福に乗せてカイに届けてきたもの。
カイがさんざん細かい事をさせた結果イグドラの技術が向上し、祝福の力に混ぜて音声を伝達するという新たな技術を獲得したのである。
『ほれほれ、余が導かねば放浪エルフがどこにいるかもわかるまい? 余は祝福しておるからのー。力を届ける先じゃからホホイと解るのじゃー神じゃからのー』
「「「「ぐぬ!」」」」
得意げに語るイグドラはなんというか、すげえうざい。
まあ、確かにイグドラの言う通りではある。
アトランチスからヴィラージュに飛んだカイ達は放浪するエルフを捜す旅に出ようとしたが、どこから手をつけて良いやら見当もつかない有様であった。
その時しゃしゃり出てきたのがイグドラである。
イグドラはカイに放浪エルフの場所を示すと共に先触れとして相手に到来を伝えてやると助力を申し出てきたのだ。
困っていたカイとしては渡りに船である。
見当外れの地をさまよってもエルフに出会えるはずもない。
このまま見つからなければ余の子が困ると言うイグドラの言葉を信じ、導きをイグドラに任せたのだ。
が、しかし……イグドラがただ導くなどある訳もない。
先触れである事無い事告げたためにカイ達は先ほどのようにえらい恥を晒すハメになった。
さすがクソ大木。この手のイビリは決して止めない。
相変わらずのセコさであった。
「食べる専門なのにエルフの食の伝道者……ぬぐぅ!」
「まだ何もしてないのにエルフのオシャレの人ですわ」
ご飯はカイに任せっきりなのにエルフの食の伝道者なルー。
全てピーがやっていたのにエルフのオシャレの人なメリッサ。
しかし、ミリーナに比べれば二人はまだマシだ。
「ルーとメリッサはまだいいえう。ミリーナなんて『えうの人』えう」
「「「まったく正しい」」」「えうっ!」
正しい。確かにまったく正しいが……謎である。
えうの人と言われても意味がさっぱりわからない。
ミリーナは行く先々で「えうって何ですか?」と聞かれてえうーと叫ぶのだ。
えうの人、エルフの食の伝道者、エルフのオシャレの人。
そして、あったかご飯の人。
やりたい放題なイグドラにカイのストレス半端無い。
「くそぅベルティアめ、ちゃんとイグドラを管理してくれよ……」
『ベルティアは手を出さんぞー。カイへのお礼と言いながらうっかりランデル中心で世界を回しおったからのー』
「「「「……」」」」
あー、こいつら駄目だわ。
ペットに手を出しすぎて嫌われるタイプだわ。ダメ飼い主だわ。
神のアホ過ぎる振る舞いにホロリ涙のカイである。
そしてルーキッド様ごめんなさい。
厄介事がランデルに集まったのはベルティアのせいです。
俺が戻るまでに解決しておいてくださいお願いします。
と、心で呟きランデル方向にペコリ謝るカイである。
相変わらずのぶん投げっぷりであった。
カイは大きくため息をつき、ひれ伏すエルフを前に笑う。
「まあ、とりあえず食べるか」
おおおおおぉぉめしめしめしめしめしめし……
森が歓喜の雄叫びに満たされる。
青銅級冒険者カイ・ウェルス。
彼の物語はこれからである。
よろしければ続きをどうぞ。
ここより後の話は、この話を神の世界から書いた「ようこそハローワールドへ! チート? いやそれ接待チートですから」を先にお読みになるとよりお楽しみ頂けると思います。





