表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
8.カイ・ウェルスは変わらない
89/355

8-1 勇者と王女、王国に帰還する

 イグドラの帰還から一週間後。

 アレクとシスティ、ソフィアらマオを除く勇者達とカイを乗せたバルナゥは王国の空を悠々と飛んでいた。


 目指すはグリンローエン王国王都ガーネット。

 建国王ガガ・グリンローエンが建国竜アーテルベと共に築き上げた、グリンローエン王国最大の巨大城砦都市である。


 異界の顕現により死にゆく地を討伐により取り戻し、ガガの願いを建国の礎とした王国はじまりの地。

 ここからガガとアーテルベは寄る辺の無い者達を集め、かつての権力者と戦い今の国土を獲得していったのだ。


 その王国はじまりの地が今、カイの眼下に広がっている。

 アトランチスから竜峰ヴィラージュまで飛び、そこから空路で移動した一行だが要した時間はたったの四時間。

 人々の往来を妨げる山や川も空路なら全く問題にならない。徒歩で一ヶ月程かかる旅程も空を駆ける竜ならこの程度なのだ。


「オルトランデルよりずっと大きいな」

「新区画を入れればね。願いに守られた旧区画は少し小さいくらいだからランデルがかつて王都と並ぶ規模だったのは本当よ。新区画は二百年前から着工して今も建築半ば、人口増加が都市計画を追い抜いた感じね」


 システィがカイの呟きに答え、カイがなるほどと王都を眺める。


 山に囲まれた広い盆地のほぼ中央にある王都ガーネットの城壁は三層。

 王城、旧区画、そして新区画だが新区画で城壁に囲まれているのは八割ほどで、あとの二割は建築物がとりあえずの壁として使われている感じだ。


 住居が畑を食うように広がり、畑が森を食い広がる様が空からだと良く分かる。

 人が集まるというのはこういう事なのかとカイは感心した。


「ランデルとは、比較にもならない」

「当たり前よ」


 カイが生まれた頃のランデルは小さな宿場町であり、下級冒険者の町であった。


 人は行き交うが居付く事は無く、安全だが稼げないので冒険者は中級になればどんどん他都市へ抜けていく。

 人が増えも減りもしない町はいつまでも変わらず、時折畑がちょろっと増えるだけであった。


 しかし王都ガーネットは違う。

 人と物が集まる中心は心臓の如く脈打ち、地を人間が利用するために食らう。

 今はまだ盆地の中に森が残っているがやがては畑に変わり、家が建つ事だろう。人と物が集まるとはそういう事なのだ。


 グリンローエン王国民の夢と欲望の中心、王都ガーネット。

 そこに今日、カイ達は一石を投じる事になる。


 世界が形を変えてしまった以上、人間も変わらざるを得ない。

 神が還り、エルフは祝福を取り戻した。

 これから大きく変わるであろう人間とエルフの社会に投じる最初の一石だ。


「お前ら、しっかりやれよ?」

「私はあんたが心配だわ」「カイだから大丈夫だよ!」

「……頼むから少しは心配してくれ」

「だってカイだから!」「やかましい!」「えーっ……」


 カイはシスティとアレクを見て気を引き締める。

 今回の主役はあくまでもこの二人。

 カイは脇役だ。


 エルフを味方につけ、大竜バルナゥを従えた勇者アレクと王女システィの凱旋。

 アレクとシスティとカイ達が画策した勝利の一手だ。


 竜を手土産に凱旋するという設定はアレクの地位を引き上げるだろうが、システィとの関係がどうなるかはわからない。


 世界が変わった後の聖樹教の力を国王や重臣がどう見るか。

 竜を服従させ、呪いが祝福に変わったエルフを味方につけた勇者。

 神を失った聖樹教。

 果たしてどちらを選ぶのか。


 ……俺にはさっぱりわからん。

 まあシスティは勝機ありと見ているのだから大丈夫なんだろう……たぶん。


 下級冒険者のカイにそんな事がわかるわけもない。

 カイは思考を切り上げて近づき大きくなった王都を眺めた。


 田畑にバルナゥの影が落ち、人々が上を見て慌てている。

 そりゃ慌てもするだろう。

 ランデルにバルナゥが飛来したらカイだって慌てる。


『このあたりを飛ぶのも、久しぶりだな』

「そうなのかバルナゥ?」

『近付けばクソ大木の枝葉が飛んでくるやもしれぬのでな』


 バルナゥが笑う。

 勇者の武器はイグドラの末端。

 王都の宝物庫にはアレク達が持っていた武器の他にも様々な聖樹由来の魔道具が収蔵されている。


 竜の討伐間隔はおよそ四十年であったが、それもイグドラの意思ひとつ。

 それを知っているバルナゥが王都に近付くわけもない。


 そう。近づけなかったのだ。

 これまでは。


『クソ大木の丁稚どもがガーネットの王国に入りさえしなければ、我もこの空を飛んでいられたのだがな』


 昔を思い出したのか、バルナゥが呟く。

 システィがバルナゥの首を撫で、無用心に近づくバルナゥに話しかけた。


「王都ガーネットの旧区画には迎撃魔法が常時発動しているわ。バルナゥなら人の魔撃なんて大した事は無いと思うけれど建国王の願いの力は強力よ」

『王国の至宝、ガーネットの願いか』

「そう。建国王が異界を討伐して願った王国最強の城壁よ」


 八百年前に願った仕組みが今も生きている。

 カイは建国王に敬意と畏怖を感じながら、アレクに呟く。


「お前、そんなすごい場所でどうして俺を願ってるんだよ……」

「だってカイだもの!」「やかましい!」「えーっ……」


 カイ達がアホな会話をする間も、システィの言葉は続く。


「何度か竜を撃退したという記録が残っているわ。旧区画には入らずに新区画の広場に下りてちょうだい。そこからは私が何とかするから」

『その必要は無いぞシスティ。いや、ガーネットの子よ』


 システィの緊張した言葉をバルナゥは鼻で笑い、翼を狭めて降下を開始した。

 速度を上げたバルナゥは新区画を瞬く間に通り過ぎ旧区画の城壁に迫る。

 突然の急降下にシスティは慌て、バルナゥの首を叩いて叫ぶ。


「ちょっ……待ちなさい! あんたが大丈夫でも私達はひとたまりもないのよ!」

「えーと、私は多分大丈夫です。バルナゥの祝福がありますから」

「そういう問題じゃないわよ!」


 とぼけるソフィアにシスティがツッコミを入れる。

 攻略ではなく交渉なのだ。迎撃を受ける必要は無い。

 しかしバルナゥは涼しい顔だ。


『何度も通った道だ。心配は無用』

「え?」


 バルナゥは翼を広げて低く飛び、旧区画をぐるり回ると城門の一つに狙いを定めて羽ばたく。

 そして急激に速度を上げて、城門を守る兵士の驚愕の上を飛び過ぎた。


 ポーン……旧区画に澄んだ音が響く。

 旧区画に入り込んだバルナゥがガーネットの願いに触れたのだ。


 しかし、迎撃は来ない。


 バルナゥは悠々と旧区画を飛翔し時折方向を変える。

 その度に澄んだ音が旧区画に響き渡った。


 ポーン、ポーン……


「な、なんで?」

『知らぬのも当然。ガーネットの空には通り道があるのだ』


 唖然とするシスティにバルナゥは笑い、旧区画の広場で羽ばたき急上昇する。

 ポーン……また澄んだ音が響く。


 バルナゥが羽ばたくたび、方向を変えるたびに響く音はある場所では高く短く、またある場所では低く長く響き渡る。

 旧区画を緩急を付けて舞うバルナゥが奏でるのは、一つのメロディーだ。


「グリンローエン国歌……」

『ほぅ、今はそのように呼ばれているのか』


 バルナゥは目を細めて空を舞い、奏でる。

 王都の旧区画に国歌が奏でられ、空にマナが輝き踊りはじめる。


 色とりどりに輝くマナはバルナゥに合わせて舞い、バルナゥの進む先を示す。

 夜ならとても美しいだろうな……カイは舞い踊るマナの輝きに目を細めた。


 舞い踊るマナは照明だ。

 夜にここを飛ぶ竜が道を違えない為のガーネットの願い。

 怪我無くねぐらに戻ってもらう為の建国王の願いだ。


「バルナゥ、まさか貴方は……」

『儚き夢よ……我を救った汝らへの礼、今果たそう』


 国歌は終盤に入り、バルナゥは王城を舞い踊る。

 王城の兵士は踊る竜に驚愕し、なぜ迎撃魔法が発動しないのかと叫んでいる。


 そんな姿を見下ろしながらバルナゥは寂しそうにうなだれると力強く羽ばたき、多くの建物と尖塔を巡ると王城の中庭にゆっくりと着地した。


 曲が終わる。


 それと共にバルナゥは多くの兵士に囲まれた。

 兵士達は恐怖に顔を引きつらせてはいたが力強く盾を構え、槍の先をバルナゥに向けている。

 号令があれば命を捨ててバルナゥに挑むであろう。


 しかし号令は無い。

 一部の兵士がシスティに気付き動揺を見せはしたが彼らは囲いを解きはしない。


 彼らは待っているのだ。

 王城に無傷でたどり着いた竜が何者かを示す者を。

 バルナゥは静かに翼をたたみ、首を伸ばして囲む兵士と共に待つ。


『かつて喝采を受けた我も今はこのザマ。知る者は皆マナの彼方よ……』


 バルナゥの呟きは誰に向けたものだろうか。

 齢二億を数える大竜バルナゥにとって、王国の歴史など大したものではない。


 そして人の一生などまさに一瞬だ。

 交わりは瞬く間に子や孫に代わる事になる。


 そう、システィやこれから現れるであろう者のように……


 バルナゥが静かに見つめる先、兵士や魔法使い達に守られて歩み寄る者が現れた。

 国王グラハム・グリンローエンと宰相だ。


「道をあけよ」


 宰相が手を振ると兵士達は槍を向けたまま左右に別れ、彼らに道を譲り下がる。

 カイ達もバルナゥの背から降り、膝をついて頭を垂れる。


 兵士が槍を構えカイ達が頭を垂れる中、国王と宰相は静かに座すバルナゥの前にゆっくりと進み、恭しく頭を垂れた。


「建国竜アーテルベよ。私は……」

『汝はガーネットではない』


 グラハムの名乗りを待たずバルナゥは告げた。


『血を継ぐ者であろうと汝は違う。我は大竜バルナゥ。竜峰ヴィラージュにて世界を守る竜よ。汝は我と歩んだガーネットではない。故に名などどうでも良い』

「は……」


 グラハムは短く答え頭を上げた。

 その顔には明らかな落胆が現れている。ここまであからさまな拒絶を示されては歓迎の意を示した側として落胆せざるを得ない。


 拒絶したのが建国竜アーテルベならなおさらだ。

 選王候筆頭であり建国王と共に王国の礎を築き上げた王国の祖に名も求められなかった事実が後世どのように語られるかは想像に難くない。

 明確な評価は不明の評価を上回るのだ。


 そんなグラハムの苦渋など知ったことではないと、バルナゥは語りはじめた。


『我が来たのはシスティとアレクを送り届けるためだ。命を救ってもらった故』

「そ、そうでしたか……よくやったぞシスティ」


 グラハムはひきつった笑いを浮かべてシスティを賞賛した。

 自分は名を聞かれもしないのにシスティやアレクの名は親しく呼ぶ建国竜。


 少なくともこの場の格は王たるグラハムよりも上。

 これでソフィアがごろーんとかハウスとか言い出したら卒倒しただろう。


 王国は国王一人で背負えるものではない。

 だから、身に余る部分は他の者が背負っている。


 そして他の者が背負う量は権力者の評価によって大きく変わる。

 偉大であれば命を捨てても背負い続け、愚劣であればあっさり捨てる。

 故に権力者は自らの評価にはすこぶる敏感なのだ。


『システィよ、王に言うがよい』


 バルナゥが首を傾け、システィに発言を促した。


「グラハム王よ。急ぎ伝える事のために竜と共に押し入った非礼、お許し下さい」

「う、うむ」


 システィは顔を上げ、アレクは立ち上がる。


「聖樹様が神の座に還られました」


 システィの言葉と共にアレクが聖剣グリンローエン・リーナスを抜き放った。

 抜刀に兵士達が色めき立ち、その刀身を見て言葉を失う。


 かつて全てを吸い込む漆黒であったリーナスの刀身は陽光を受けて眩く輝き、一点の曇りのないミスリルが王城を美しく宿していた。

 宰相がアレクに叫ぶ。


「な、なにゆえ漆黒の剣がミスリルの色に輝いているのですか?」


 システィが答えた。


「聖樹様が神の座に還られた事で祝福を失ったのです。もはやこれはただのミスリルの剣。宝剣グリンローエン・ユークにも劣るなまくらです」

「そ、そんな……すると宝物庫の品々もまさか……」

「はい。聖樹様由来の品々は全て力を失っている事でしょう」

「なんと!」


 宰相が部下に確認の指示を出す。


 事は建国竜が再訪しただけでは無い。

 それよりももっと重大な、世界を根底から覆す事が起こっている……


 慌しく動きはじめた周囲をよそにグラハムは考える。


 聖樹が去り、宝物が力を失った。

 この影響を最も大きく受けるのは……どこだ?


「グラハム王、バリトー・ブランジェ枢機卿が竜の件で面会を申し出ております」


 背後から現れた文官が急ぎの用件を告げに現れる。

 文官がこのような場に現れたのは、聖樹教の振る舞いを全てに優先して対応してきた為だ。


 グラハムは文官の顔を見て、考えるまでも無い事だったと首を振る。

 そして文官に言い放った。


「……捨て置け」「し、しかし枢機卿は聖樹教の……」

「捨て置け!」「は、はっ!」


 グラハムは叫び文官を追い返す。


 そう、最も影響を受けるのは聖樹教だ。

 聖樹に頼りきった組織の屋台骨が腐り落ちればどうなるかは容易に想像が付く。


 力を失った聖樹教の枢機卿など相手にしても時間の無駄だ。

 何を語ってもいずれ砕ける。

 王国は無様に砕け散る様に巻き込まれないようにするだけだ。


 グラハムはシスティに問う。


「システィ、これを知る者はどれだけおる?」

「ここにいる者と、エルフにございます」

「なるほど。でかしたぞシスティ」

「王よ、早急にエルフを味方になさいませ。エルフと聖樹はかつての関係を取り戻し、祝福と奉仕の関係となりました。彼らは聖樹のために身を捧げ、やがては実りを手にする事でしょう」

「ふむ」


 システィはグラハムにカイを示した。


「ここにいるカイ・ウェルスにお任せなさいませ。この者は三年前のビルヒルト討伐にてランデルの森のエルフを統べ異界と戦い、討伐の一翼を担った者にございます。すでにエルフを率いる彼ならばエルフも心を許す事でしょう」

「……この者は宝物庫で見たな」

「はい、勇者アレクが真に信じる従者でございます。エルフの者達からはあったかご飯の人として慕われております」


 従者。

 さらりと嘘を交えたシスティにカイは心の中で苦笑する。

 カイからすれば手柄なんぞもってけもってけである。

 いずれ責任に変わる手柄なぞ欲しくはないのだ。全部システィとアレクにぶん投げろである。


「エルフを人の範疇に……か。しかしエルフにはエルフの都合があろう。人の風下に立とうとは思わぬのではないか?」

「領地を与えればよろしいでしょう。ビルヒルトの地が空いております」

「あそこは……いや、確かに空いているな」


 領内で二度も異界を顕現させたミハイル・ビルヒルトへの処罰は聖樹教のケレス・ボース枢機卿の横槍で保留に終わっていた。


 システィはそれをむし返せと言い、グラハムはそれに乗った。


 聖樹教が権威を維持できない事が分かっているからこそ出来る決断だ。

 知る者は知らぬ者を一歩も二歩も先んじる事が出来る。システィは王国の繁栄のためにそれを利用したのだ。


「領地はそれで良いが、当面は人が領地を統べなければならぬな」

「領主はアレクが適任かと。従者のカイがエルフを統べるランデル、大竜バルナゥの座す竜峰ヴィラージュも近く不測の事態に対応が可能でございます。またアレク自身もエルフと親交がございます。エルフ達の忌避も薄まると思われます」

『アレクには恩がある。しばらく我が目をかけよう』


 何でもかんでもアレクアレクアレク。

 カイがぶん投げ、システィが売り込み、バルナゥがダメ押しをぶちかます。


 ハッタリだが人間社会を根底から覆す力をしこたま持つ男だ。

 聖樹が去った後の最強生物である竜に目をかけられ、聖樹に祝福されたエルフと親交を持ち、王国最強の勇者でもある。


 カイとシスティとバルナゥが盛りまくったアレクの虚像はすでに絶対強者だ。


 聖樹由来の武器が力を失った今となっては人に竜を討てる可能性は無い。

 異界を駆逐するために生まれた竜はそれだけ強大。

 それを味方につけた者の歩みは誰にも止めることはできない。


 このような者に対する手は大きく二つ。

 切り崩しか、懐柔だ。


 しかし切り崩しは使えない。

 なにせ切り崩す相手が竜とエルフ。人ですらない。

 グラハムは早々に切り崩しを諦め、懐柔のために理屈を語りはじめた。


「しかしいきなり領主となれば他の貴族も黙ってはいまい。領地とは貴族を貴族たらしめる責務の象徴であり誇りだ。それもビルヒルトのような都市を擁した地となれば欲する者も多かろう。貴族にそれなりの格を示せねば後々厄介の種にもなりかねん……そこでアレク・フォーレよ、システィを娶るのはどうであろうか?」


 ……勝った!


 システィが心の中でガッツポーズを決めた瞬間である。

 グラハムは強大な者に血縁という繋がりを持つ事が出来、システィとアレクの関係は王国に認められた公的なものとなる。


 イグドラが還った事で竜の価値が飛躍的に高まり、アレクの手がシスティに届いたのだ。


 あれよあれよと話は進み、システィ・グリンローエンは新ビルヒルト伯アレク・フォーレに嫁ぐ事になる。


 結婚後すぐに生まれた子に「してやられたわ」とグラハムが大笑いするのは後の話である……





「バルナゥ」

『何だソフィアよ』


 夕方。

 ヴィラージュへ戻る空の上で、ソフィアがバルナゥに問いかける。


 バルナゥの背にはカイとソフィアの二人だけ。

 アレクとシスティは王国の今後のためにと王都ガーネットに残った。

 世界の常識が変わった時、世界は少なからぬ混乱を招く事になる。


 絶対的強者であった聖樹教が力の源を失い凋落する。

 どのような混乱が起こるのか、それを王国はどのように利用するのか……


 時間というものは重要だ。

 先を越されれば実りを得る事は出来ず、後れを取れば破滅する。


 そのためにシスティとアレクは王都に残り、カイとソフィアは王都を去る。


 聖樹の異常を聖樹教の中枢が知らない訳が無い。

 今は驚き騒いでいるだろうが時間が経てばそれも収まる。

 行動を起こす前に手を打っておきたかった。


「ガーネット、とは誰ですか?」

『後にガガと名乗り建国王となった女よ。王国の全てはアーテルベと名乗った我とガーネットがマナに願う所から始まったのだ……システィに似て危なっかしい、しかし良い女であった』

「子は、生さなかったのですか?」

『共に努力はした。しかし生まれなかった」


 日が沈み、星が瞬きはじめる。

 暗くなった空をバルナゥは飛び続ける。


 竜は神の生贄。それ故に竜のなり手は無く子も生まれない。


『生まれなくて良かったのかもしれぬ。我ですら狩られる世界では幼竜などひとたまりもないからな。だが……』


 飛びながらバルナゥは天を見上げて呟く。

 大きな瞳から涙がこぼれた。


『あれとも子を生したかった……良い女であったわ』


 ソフィアはバルナゥの首を撫で、バルナゥは心地よさそうに首を揺らす。


 竜の苦難の時代はイグドラが去った事で幕を閉じた。

 これからは繁栄の為に幼竜を守らなければならない。

 それがわずかに残された竜であるバルナゥと母であるソフィアの役目だ。


 二人は竜峰ヴィラージュでカイを降ろして朝を待ち、聖樹教の聖都ミズガルズに飛ぶ。

 後ろ盾を失った者達に新たな道を示し、竜討伐をやめさせるためだ。


 聖樹が去った以上竜を狩る事に意味は無い。

 そして成竜はもはや人の手に負える相手では無い。聖樹が求めていたからと竜討伐を行い竜が怒れば町などブレス一発で灰燼なのだ。

 決定的な事柄が発生する前に理解させねばならない。


 凋落した今の立場が、どれだけ危ういものかを。


 まあ、それはそれとして……


「ところで、ガーネットとはごろーんとかハウスとかしたのですか?」

『おおーふっ!』


 ソフィアは少し妬いていた。

次は聖樹教関係のエピローグです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ