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幕間7-3 カイ・ウェルス、全てのはじまりと邂逅する(3)

 ピンポーン……


 聞いた事の無い音色にさすが神の世界だとカイが感心していると、ベルティアが立ち上がる。


「む、来たのじゃ」

「そのようですね」


 どうやら呼び鈴のようなものだったらしい。


「実は今回の件で会いたいとおっしゃる方がいるんです。皆様もよく知る奇蹟の始まりの方ですよ」

「俺達に?」「はい」


 ベルティアはそう言うと暗闇に消え、やがて一人の老女を伴い姿を現す。

 連れて来た者を見るなりミリーナが叫んだ。


「ひいばあちゃん!」

「八年振りねミリーナ。元気……だったわね。ずっと見ていましたから」

「えう! ひいばあちゃんも元気……えう?」


 マナに還った身内に元気とは奇妙と思ったのだろう、ミリーナが首を傾げる。

 ミリーナの曾祖母は柔らかく笑った。


「ベルティア様がおっしゃっていたでしょう? 命はめぐるものなのです。そしてカイ様はじめまして。ミリーナの曾祖母、アーの族、エルネの里のマリーナ・ヴァンと申します」

「ミリーナの夫、カイ・ウェルスです」


 頭を下げて名乗るマリーナにカイも立ち上がり頭を下げる。


「その妻、ダーの族、ボルクの里のルー・アーガス」

「同じく妻、ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ビーン」

「あらあら、ご丁寧にどうも」

「む。マリーナの名はボルクでも聞いた事がある。ご飯巧者」

「ご飯巧者? ご飯を得るのがとてもお上手なのですか? すごい!」

「あらあら」


 カイに続いてルーとメリッサが立ち上がり頭を下げる。

 年に一度程度の交流しか持たないボルクの里にも名が轟いているらしい。

 マリーナは名の通ったエルフのようだ……ご飯絡みではあったが。


 カイは皆の挨拶が終わった後、もう一度深く頭を下げた。


「あなたの形見の葉を使わせていただきました」

「む。感謝」

「いいのですよそんな事。ミリーナにここまで良くしてくれる方なら大歓迎です」


 深々と頭を下げるカイとルーにマリーナが笑う。

 ルーの回復に使った葉を遺したエルフであるマリーナはその事を全く気にしていない。ミリーナの言う通りにっこり対応だった。


「実は今回の発端は皆様の出会いの四年前にさかのぼります」


 皆に着席を勧めながらベルティアが話しはじめた。


「マリーナさんはミリーナさんの事をとても心配しておりまして、死後も毎日訪れてミリーナさんの様子を見ていたのです」

「だってこの子ったら芋煮の話をうらやましいうらやましいと言い続けてエルフにだけ呪いがあるのは不公平だと言い出す始末でしたもの。心配にもなりますよ」

「ひいばあちゃん、ミリーナはそこまでがめつくないえう。恥ずかしいえう」

「いや、そのまんまだろ……」「む。まったく」「そうですわ」

「えうっ!」


 ミリーナにカイ達がツッコミを入れる。

 会った頃のミリーナはご飯ご飯えうであり、肉の味を知ってからは肉肉肉えうであった。


 あの頃は本当に苦労したな、とカイはミリーナの肩を抱き当時に思いを馳せる。

 まさに森の駄犬であった。


「神の世界から世界を見る時にはしかるべき機材を用いなければ小さすぎて見えません。ですからマリーナさんは私の仕事場に訪れてはミリーナさんを見て一喜一憂していました」


 イグドラがレンズを使っていたようなものか。


 話を聞きながらカイは思う。

 カイだって細かいものを見る時には虫眼鏡を使う。

 神だって同じだ。


「そんなある日、マリーナさんが帰ったので機材を片付けようと思った私がふと機材を見た時、ちょうどそこに二人の男性が狼の群れと戦う姿があったのです」

「え……?」


 まさか……


「はい。カイさんとアレクさんです」


 カイの驚きにベルティアが頷く。


「体調すぐれぬ中戦う姿が映っておりました。悪い物でも食べたのでしょう、時折下痢と嘔吐で動きが止まるお二人の戦う姿にえこひいきだと思いながらお腹の限界を五分ほど先送りさせていただきました」

「ひいばあちゃんがカイを助けたえう。すごいえう」

「たまたまですよ。私が見ていた近くにカイ様がいらっしゃっただけです」

「それをたまたま私が見たという訳です」

「あー、こやつらからベルティアの匂いがしたのはそれか。なるほどのぅ」


 まじか。


 カイが唖然とベルティアを見つめ、ミリーナが歓声を上げる。

 カイはあまりの偶然に裏があるのではと思ったが、あの頃のカイ達を助ける理由などベルティアにはまったく無い。

 ただの下級冒険者でしかなかったからだ。

 ベルティアは場が静かになるのを待ってから、再び話を続けた。


「その四年後、今度はマリーナさんがミリーナさんを止めてくれと私にお願いしてきました。日頃からエルフだけの呪いに不満を感じていたミリーナがついに行動に移った。このままでは人とエルフの仲違いが決定的になってしまうから止めてくれ、と」

「あの日えう」「ああ、あの日か」


 カイとミリーナはその日の事を思い出す。

 廃都市オルトランデルでの出会いは偶然ではなく必然であった。マリーナがミリーナに間違いを犯させないためにカイにぶん投げたのだ。


「先ほどお話した通り私の世界のエルフは悪評が半端ありません。なり手があまりにいないので様々な特典を付けてエルフになって頂いているのです。マリーナさんはその特典を行使いたしまして……届かないはずのカイさんのご飯の香りを、私が風を使って飛ばしました」

「……なるほど」


 神の視点というのはすごいものだなと、カイはただ言葉が無い。

 全ての出来事がまるで盤上の駒を見るがごとくである。

 カイは唖然としていたがミリーナはえううと照れていた。


「ひいばあちゃんがカイと会わせてくれたえう。ミリーナは幸せ者えう」

「今はいつでもあったかご飯だものねぇ。きっとエルネ一番の幸せ者ですよ。でも私は心配していたのですよ。これまでエルフと人は関わるとロクな事がありませんでしたから」

「えう? カイはいい人えうよ。素敵な旦那様えう」

「ええ、カイ様は……ですがオルトランデルの一件と言い、エルトラネの一件と言いエルフと人間との出会いはこれまで悲惨な結末しか迎えなかったのです」

「まあ、全ては余のせいなのじゃが」


 マリーナの言葉をイグドラが引き継いだ。


「富や名声の欲しい人間とたくさんの飯が欲しいエルフ。この二者はうまく行くように見えて上手くいった試しが無い。欲に負けた人間がエルフに過度の要求をして異界を顕現させるか、エルフが食べ物欲しさに人間を襲いオルトランデルのように森に飲まれるか……余が手を貸す事で何とかなっていた者達はおらぬ事もないが、手を貸さねばどちらかが欲に負けて暴走し、破局する。」

「カイはそうならなかったえう」「む」「はい」

「そうじゃな。自らを律した人間とエルフ。そのような出会いは千年に一度くらいはあるものじゃ。しかしそのような者達がいても周囲はそうではない。周囲が欲に溺れて破局するのじゃ」

「カイは一人だから大丈夫えう」「む。まったく」「ですわ」

「エルフの方はどうじゃ?」

「エルネはオルトランデルの一件以来反省してるえう」

「む。カイはボルクの焼き菓子様。言う事ちゃんと聞く」

「カイ様はエルトラネの頭を救った救世主。従うのは当然でございますわ」


 イグドラの問いにミリーナ、ルー、メリッサが答える。


「ホルツも助けてもらった恩があるえうよ。どこの里もカイにはひどい事をしないえう」

「まあ、そのような出会いも万年に一度くらいはある。じゃが、その立場を得た者もやがては人間の社会から恐れられて討伐されるのじゃ。エルフの力は無視できぬからのぅ」

「勇者の事えうか? みんないい人えうよ。アレクはカイの奴隷になると宣言してるえう」「む。今やマブダチ」「師匠ですわ」

「そうじゃな……しかし勇者は人間の社会の一部に過ぎぬ。たとえ勇者が認めても大勢を巻き込んだ戦乱となり人の歴史に一旦の終止符を打ってきたのじゃ。数万年に一度そのような出来事で文明が滅ぶ。大規模な異界の顕現を招いて竜のブレスに焼き尽くされていったものよ……」

「バルナゥはマブダチえうよ。ソフィアにはぞっこんえう」「む。でかい犬」「師匠の忠犬ですわ」


 イグドラが語る。

 そしてカイには関係ないとミリーナ、ルー、メリッサが答える。


「んがあっ!」


 やがてイグドラが吼えた。


「今回もきっとそうなると思うて眺めておったと言うのになんじゃこやつは! 高価なものは不要と言って捨てる、飯でエルフを躾けて言う事聞かせる、現れた勇者は熱心な信奉者、カトンボの嫁は連れてくる、果ては余の子を助けると言うた上に余を神の座に戻しおった。こんな上手い話があるものか! チートじゃ、こういうのをチートと言うんじゃーっ!」

「うまく行ったのに文句かよ!」

「これ以上無いほど感謝しとるわい! しかしムシャクシャするんじゃーっ!」

「俺の人生は酒の肴かよ。大体それがベルティアの物語ってもんだろ?」

「違いますよ」

「え?」


 カイとて色々必死だったのに腹立たしく感謝を述べられたら怒るしかない。

 別に誰かを楽しませたくて生きている訳ではないのだ。

 こっちも被害者だとイグドラを睨むと、ベルティアがとんでもない事を言い出した。


「え?」「ですから、違います」

「下痢を何とかしてもらいましたよ? あとミリーナとの出会いも」

「それくらいしかしていません。バルナゥは物語と称したようですが私が何かに肩入れするとマナが極度に集中して世界の中心になってしまい、歪みで色々と厄介事が起こるんですよね」

「起こってましたよ厄介事!」

「そんなに起こってましたっけ?」


 首を傾げるベルティアにカイは言う。


「エルフに付きまとわれたじゃないですか」「ご飯作ってただけですよね?」

「ダンジョン討伐もしましたよ」「ご飯作ってただけですよね?」

「竜討伐に駆り出されましたよ!」「ご飯作ってただけですよね?」

「……イグドラを神の座に戻しましたよ」「ご飯作ってただけですよね?」

「……」「あー、皆さんを口説いてもいましたね」

「照れるえう……」「む。口説かれた」「はじめからメロメロですわ!」


 こいつ、俺の苦労をご飯作ってただけにしやがったぞ。

 色々やっただろ……


 カイは考え、それらは周囲が解決していた事を思い出す。

 エルフ関連は全てご飯で解決し、ダンジョン討伐と竜討伐はアレクら勇者とエルフで解決した。イグドラはイグドラ自身とベルティアにぶん投げた……


 あれ? 俺、本当にご飯煮込んで口説いてただけ?

 あー、やっぱ俺普通なんだ。回りが凄いだけなんだなぁ……


 何とも情け無い実情にカイは内心しょんぼりであったが、妻達は自慢げに胸を張っていた。


「そこがカイの凄い所えうよ。カイはみんなに普通をくれたえう」

「普通?」


 問い返すカイにミリーナが頷き、えううと頬を染めて微笑む。


「えう。普通に食べて、普通に働いて、普通に寝る。それが出来なかったエルフやアレクに普通をあげたからみんなカイを慕うえう。そしてご飯だけで神もエルフも救ったえう。やっぱりあったかご飯は無敵だったえうよ」

「む。カイのおかげでお腹満足」

「エルトラネは頭も救って頂きました。カイ様のおかげでやっと普通のエルフになれたのです」

「お前ら……」


 普通……そう、普通の日常だ。

 戦いとは非日常だ。

 どんな強い者にも日常という礎がある。


 常に己の全てを懸けて戦っている訳ではない。その礎が確かでなければいかに強い者でも自らの力を発揮できないのだ。


「胸を張るえう。カイは剣ではなく普通を武器に戦ったえう。皆に普通の日常を与えて戦いに勝ったえう。アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァンの夫はご飯で世界を救った自慢の旦那様えう」

「ミリーナ……ありがとう」

「ミリーナの想いと苦しさはやっぱりミリーナだけの物だったえう」

「そしてこの幸せは俺達のものだ」

「む。その通り」「カイ様、私も幸せでございます」


 カイ達は互いを見つめ、そして抱き合った。

 互いの体を絡ませ存在を確認し、温もりと鼓動を伝え合う。


 出会いこそベルティアの手によるものだったがそこから先は皆の選択の結果だ。

 ミリーナもルーもメリッサも、そして皆も自らの意思でカイのそばにいる。

 それがわかっただけでも、ここに呼ばれた意味があった。


「ふふっ、この誤解だけは解いておきたかったのですよ」


 ベルティアが微笑み、手を振った。

 暗闇の世界が揺らぎはじめる。

 ベルティアとイグドラとマリーナの三人とカイ達の間が歪んでいく。

 イグドラとベルティアが互いの格を合わせるのを止めたのだ。


「ひいばあちゃん!」

「ミリーナ、元気で……命のめぐる先でいつかまた会いたいものですね」

「えう! ひいばあちゃんも元気で!」


 これが最後の別れだとミリーナは涙を流し、しかし笑顔で叫ぶ。


 神の力で合わせていた世界が断絶していく。

 カイ達が見つめるベルティア達の姿が膨らみ、世界の中へと霞んでいく。

 あまりに大きすぎて存在が分からない存在に戻りつつあるのだ。


 もはや天を覆うが如くのベルティアとイグドラが、カイに語りかける。


「全ての想いも結果も貴方達のものです。皆様の人生は私の物語でも何でもありません。カイ・ウェルスの物語であり、ミリーナ・ヴァン・アー、ルー・アーガス・ダー、メリッサ・ビーン・ハーの物語。そして全ての者の物語なのです」

「余も約束を果たそう。余の子が祝福するまでは余がエルフを祝福しよう」

「ありがとう!」「えう!」「む。感謝!」「ですわ!」


 ベルティアとイグドラが闇に消えていく。


 それと共に感覚と意識が曖昧になっていく。

 そういえば寝ていたなともうろうとした意識でカイは思い出し、三人の温もりを離すまいと腕に力を込める。


 何もかもが闇に包まれる直前、カイはイグドラの言葉を聞いた。





『カイ・ウェルスよ、汝は見事成し遂げた!』

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世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
素晴らしい最終回でした! 【87/355】 ( ゜д゜) ・・・ (つд⊂)ゴシゴシ   _, ._ (;゜ Д゜) …!?
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