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幕間7-2 カイ・ウェルス、全てのはじまりと邂逅する(2)

「こんにちは」

「……こんにちは」

「えう?」「む?」「こんにちは……?」


 いつの間にか、目の前には頭を下げて挨拶する女性。

 カイとミリーナ、ルー、メリッサも頭を下げて挨拶する。


 ……なにこれ?


 そしてカイ達は、首を傾げた。

 イグドラを見送って、皆で寝たらこんな状況である。


 カイは左右を確認する。


 暗い部屋……なのだろうか。


 カイ達は長椅子に並んで座り、女性は照明を挟んだカイの真正面に座っている。

 目の前の照明は暗く、女性とカイ達だけを照らしていた。


「ようこそ、いらっしゃいました」

「はあ……」「えう」「む」「はい……?」


 目の前で微笑む女性は、落ち着いた動きやすい服。

 カイはどこかで見たようなと考え、ランデル領で働く役人に雰囲気が近いなと思い当たる。


 目立つ訳でもなく、かといって何もしない訳でもなく、淡々と仕事をこなしそうな雰囲気。

 そんな、どこにでもいそうな役人という印象である。


 しかし、女性はひとつだけ奇妙なものを持っていた。

 土だけの植木鉢だ。


 花も芽もない土だけが入った植木鉢。

 彼女にとってそれは大事なものらしい。左脇に置いた植木鉢を絶えず優しく撫でていた。


 なんだあれ? 何えう? むむむ? よくわかりませんわ……


 カイ達は顔を見合わせ、また首を傾げる。


 ……これは、夢か?


 寝着のカイ達は互いの体を触ってみたが確かな感触。

 とても夢とは思えない。


 しかし、カイ達はこんな場所では寝ていない。

 アトランチスのエルフ天幕で寝たはずだ。


 さっぱりわからないと、またまた首を傾げるカイ達。

 答えは植木鉢からやってきた。


「ほら、うまくいったのじゃ。ちんまい事を延々やらされた成果なのじゃ」

「本当。すごいすごい」

「むふーっ」


 女性が撫でる植木鉢から声が響き、土の中からぴょこりと小人が姿を現す。

 緑の肌と髪を持つ少女。

 その姿をカイ達は良く知っていた。


「……イグドラか?」

「そうじゃ。世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラじゃ」


 得意げに胸を張るイグドラにカイ達は腰を浮かし、植木鉢の中を覗き込んだ。


「小さいえう!」「謎なビッグが今度は謎のスモールに」

「山よりも大きかったのになぜ植木鉢にジャストフィットなのですか? カイ様さっぱりわかりませんわ!」


 ミリーナ、ルー、メリッサが驚きの声をあげる。


 カイもまったく同感だ。

 小さい。すげえ小さい。

 山よりも高くそびえる大樹が今ではこの有様だ。


「お前、神に戻ったらずいぶん小さくなったなー」

「よけいなお世話じゃ」

「俺らも見上げて首が疲れたからな。ほれ、見上げろ見上げろ」

「へなちょこのくせに口が減らぬのぅ。待っておれ。今、目線を合わせてやる」


 見下ろし茶化すカイにイグドラは怒り、植木鉢を出てとなりの女性の腕を登る。

 よいしょよいしょと肩まで登ったイグドラは仁王立ちするとふふんと笑った。


「これで対等じゃ」「他力本願だなー」「それはお互い様じゃ」「違いない」


 カイとイグドラは共に笑う。

 立場は違えど言いたい事を言える仲。

 これが三年で築いた二人の関係だ。


「もう、イグドラってら大人しくしてなさい」

「のじゃっ!」


 登られた女性はそんなイグドラとカイに微笑み、点々と土のついた服を軽く払うと指先でイグドラを優しくつつく。


「すみません。私に合わせたからイグドラが小さくなっちゃったんですよ」

「はぁ……それで、貴方は?」


 予想は付くが一応カイは聞いてみる。

 女性はイグドラが落ちないように手でやさしく包み込むと、カイ達に深々と頭を下げた。


「はじめまして。私は世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイムと申します」

「カイ・ウェルスです」

「アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァン」

「ダーの族、ボルクの里のルー・アーガス」

「ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ビーン」


 カイ達も頭を下げて名乗る。


 世界樹と対をなす神。生きとし生ける動く者の王。

 竜皇ベルティア。

 カイ達の世界でこう呼ばれている神は竜でも何でもない、普通の女性であった。


「神えう?」「むむむらしくない。まったく神らしくない」

「神というのは山より大きなイクドラのように、もっとズバーッとかズゴーッとかすごいものではないのですかカイ様?」

「俺に聞かれてもなぁ……イグドラだって今はコレだし」

「のじゃっ!」


 なんというか、すげえ神らしくない。


 通りすがりの役人と言われてもカイは納得しただろう。

 ギルドの受付係員としてカウンター越しに依頼報酬ですと言われたら、神だと思いもしないだろう。


 ベルティアはカイ達の慌てぶりを見て、恥ずかしそうに笑った。


「神らしくない、ですか」

「はい。まったく神らしくないですね」

「神の世界では私のような世界主神などそこら中にいますから」

「なるほど。こっちでは神など普通の存在という事なんですね」

「はい」


 なるほどとカイは納得する。 

 神の世界における神は、世界における人と変わらないという事だろう。


 人には人の生活があるように神には神の生活がある。

 カイ達と神は住む世界が違うだけでそれほど大した違いはないのだ。


「それに、神も物語のような動きにくい格好は色々と大変ですので」

「動きにくい格好では神はやってられないのですね。ご苦労さまです」

「ありがとうございます」


 ベルティアはカイに再び頭を下げるとイグドラを肩に座らせ、姿勢を正した。


「今回私がカイさんをお招きしたのはイグドラの件でお礼を、と思いまして」

「はぁ」

「余がやったのじゃぞ。すごいじゃろカイ!」


 ベルティアの肩の上でイグドラが胸を張る。


「あー、そういえばイグドラにもベルティアは解らないと言ってたな」

「そうじゃ。汝らにとって余らは大きすぎて分からぬ。神にとっては世界など箱庭じゃからのぅ」


 世界からは大きすぎて存在がわからない。

 それが神。


「じゃから、神が普通に声をかければ世界が歪む」

「もはや声じゃねぇだろそれ」

「そうじゃな。聞いたら星ごと滅びる破滅ウェーブじゃな」

「うわぁ……」


 小さな虫に息を吹きかけ吹き飛ばすみたいなものかとカイは思う。

 絶望的なスケールの違いだ。


「神にとって、それだけ汝らが細かいという事じゃ」

「そうですね。普通は無理なのですがイグドラが超細かい作業をこなして皆様と私達の格を一時的に合わせました。私にも出来ないすごい技術です」

「えっへん。ちなみにベルティアは神の中ではできる方じゃからのー。じゃから妬まれ叩かれたんじゃからのー。余の技の冴えにひれ伏すがよい」

「もう、イグドラったら調子に乗らないの」

「のじゃっ!」


 ベルティアは肩に乗せたイグドラを指で撫でながら、頭を下げる。


「イグドラったら何をしても片っ端から子作りに使ってしまうのでどうしようかと途方に暮れていたのです。本当に助かりました」

「し、仕方ないのじゃ。ベルティアも降りてみれば腹の底から湧き上がる欲求がわかるのじゃ。ハッスル半端無いのじゃ」

「私が降りたらあふれた力で何万回も世界が終わります。世界の格をわずかに超えたイグドラだからこそ何とかなった事なのですよ」


 二人の神の会話に呆れるカイ達だ。


「えーっ……新人だったのかよお前」

「ぺーぺーにいいように扱われたえう」「まさかの下っ端」

「誰も知らないからイキっても恥ずかしくないって奴ですか? ああみっともないですわ超みっともないですわ」

「ぐぬぬ……」


 知られたくなかった事を知られてしまったといった感じでイグドラが唸る。

 ベルティアはそんなイグドラを撫でながら続けた。


「でも、ありがとうイグドラ。あれは神が手を下さなければならない災難の一つでした。貴方のお陰で世界は大きく欠ける事なくここに在り、私も力を損ねはしましたが大事にはなりませんでした。すべてあなたのお陰ですよ」

「ベルティア……ベルティア!」


 褒められて嬉しかったのだろう。

 イグドラがベルティアの頬にペタリと飛びついた。


 大事な人に自分の行為を認められるというのは思いのほか嬉しいものである。

 ベルティアもそんなイグドラが可愛いのだろう、手の平でイグドラを支えてにっこりと笑い、イグドラをねぎらう。


「がんばったのじゃ、余はがんばったのじゃ!」

「正直途方に暮れていました。どうしようも無かったら太陽を爆発させて潰そうかと思っていましたから本当に助かりました」

「「「「ありがとうイグドラ!」」」」


 ベルティアが語る神の常識にカイ達は即座に頭を下げる。

 イグドラが顕現しなければ生まれる前から終わっていた。


 肉の呪いで子を生そうと思わなければ皆に感謝を捧げられ、神の座へと還ったことだろう。

 結果はさんざんであったが、イグドラは確かに世界を救ったのだ。


「お、余の素晴らしさを理解したか? 今からでも拝むがよいぞほれほれ」

「調子に乗ってはいけません。こちらも大変だったのですから」

「ごめんなさい」

「本来神々は世界にとって有って無きがごとくもの。全て神が為すのであれば全ては神の奴隷と化すでしょう。自らの頭で考え、足で動き、手で為さねば神々も世界も成長しないのですよ」


 ベルティアがイグドラを指でつつきながら反省をうながす。


「だ、だからごめんなさいなのじゃ」

「イグドラがエルフと奉仕と祝福の関係を結んだからエルフの質を上げて数を増やしたのに得た力で実を作っちゃうし。食べられたら怒ってエルフ呪って食べちゃうし、いじめるし、また実を作っちゃうし、竜食べちゃうし」

「ううっ……だって余の子が、余の子がっ……」

「おかげで私の世界のエルフは神に捧げる生贄、竜は神の餌とまで言われる始末です。悪評が半端無さ過ぎてエルフと竜のなり手不足ですよ……まあ、竜は二人ほどアテがありますが」

「のじゃーっ!」


 イグドラの呪いはエルフを衰退させていた。

 かつての繁栄は今は見る影もないのだ。


 竜も同様。

 聖樹教の存在により竜は世界樹に捧げられる供物扱いであった。


「ですからエルフは減る一方。カイさんが現れなかったらエルフを食べ尽くし、人間もエルフのように扱い食べ尽くしていたでしょう。本当に助かりました」

「痛い、ベルティア指痛い」

「神になりたての者を人に宿らせ力を渡そうとすれば皆ハーレム作って子作り三昧だし、私は力が大きすぎて世界に顕現もできなければ人に宿ることも出来ません。神の座に戻れるほどの大規模な力を注げば世界は滅び、ちまちま与えれば子作りに使われて失われる始末です。カイさんの案が最後のチャンスとそこら中の神に破格の対価を払って顕現して頂き、ついでに顕現する者に力を少しずつ託しました。それもこれもイグドラがエルフをいじめ続けるからですよ?」

「痛いのじゃ! ごめんなのじゃ!」


 指がぐりぐりとイグドラの頭を踊らせる。


 ベルティアは優しくつついているつもりだろうがサイズの違いは力の違いだ。

 世界にとってはあまりに巨大なイグドラもベルティアの前では小人なのだ。


 頭とほとんど変わらないサイズの指先でぐりぐりやられるイグドラは不憫だが、カイ達の世界でイグドラがしていた事を思えばカイはざまぁと思わなくもない。


 そしてエルフであるミリーナ、ルー、メリッサは拍手喝采だ。


「ざまぁえう!」「む。これぞまさしく因果応報。ざまぁ」

「まったくですわ! ベルティア様、やっちゃって下さい!」

「汝ら、やはりきついのぅ……」


 ベルティアはしばらくぐりぐりしていたが気が晴れたのだろう、やがてイグドラから指を離した。


「まあこうして戻って来ましたし、ご協力いただいた異界の神々も儲けて手を引きましたから三億年前のような事もしばらくは無いでしょう。エルフと竜の問題はしばらく尾を引きそうですが時間が癒してくれます……私は三億年前から損しっぱなしですけれど」

「これからがんばるのじゃ、がんばるのじゃ!」


 イグドラがベルティアの肩でエルフ仕込みの土下座を見せる。


 どうやらベルティアは異界を通じて力を融通していたらしい。

 だから三年という短期間でイグドラを戻す事が出来たのだろう。


 カイは自分が何も出来ないのでイグドラとベルティアに全てをぶん投げた。

 そんなカイの意をベルティアはしっかりと受け、世界間のあれやこれやを神の世界で解決してイグドラをその手に取り戻した。


「命をまいて世界を耕し実りを得る。それを為すのが私達神の仕事です。この世界は成長の螺旋で昇華し、神と世界と命は共に格を上げていくのですよ」

「わかったのじゃ、今後は地道にコツコツやるのじゃ」


 亡くなった者の命は実りか……


 畑仕事のように語られる心境はカイにとっては複雑だが世界が違うのだから仕方が無い。


 神と人は立場も常識も違うのだ。

 しかし今のベルティアの言葉にカイは気になる点がある。

 せっかくだから聞いてみる事にした。


「今、命が格を上げると言ってましたが、命は無くならないのですか?」

「はい。命というものは廻るものなのです」


 ゆっくりとベルティアは頷き、言葉を続けた。


「私達がまいた命は世界で生き、亡くなってしばらくすると神の世界に戻り新たな命となって再び世界にまかれます。生は終われど命は続き、命は廻るほどに格を上げ、格が次の生を決める標となるのです。そしてやがては世界の格を超えて神々の世界の者となる……私もはじめはカイさんと同じように世界で生きる者だったのですよ?」

「そうなのですか?」

「皆様もいずれ神となり、世界を統べる事でしょう」

「はぁ……」


 にこやかに語るベルティア。

 しかしカイにはそれを検証できるだけの知識は無い。

 聞いてみたは良いものの、答えに生返事を返すしかない。


 何とも失礼な質問になっちゃったなぁ……


 と、カイが聞いた事を後悔しはじめた頃、ピンポーンと何かの音が響いた。

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