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7-20 細かき事はどんぶり勘定。それが神なのじゃ

『うぅ、豆粒に名を書き込むが如く苦行じゃ……』


 あまりの小ささに苦労したのだろう。

 カイの目の前でイグドラの映像がウネウネ歪む。


 しかしバルナゥ基準はとりあえずの目標だ。

 この程度で音を上げてもらっては困る。

 カイは言った。


「じゃあ、次はアレクで楽々倒せるようにしてもらおうか」

『カトンボで勘弁してくれい!』

「バルナゥでも強者の側なんだろ? あと二桁くらい下げてもらわんと目立つ」

『二桁じゃと? 直径五十センチにもならぬではないかこの悪魔!』

「俺と言わないだけマシだろ?」

『世界を突き抜け顕現する主に汝の如き軽い塵芥などおらぬわ。もうこれ以上は見えぬ! 見えぬのじゃ! 細かき事は見える時に定め、見えなくなればどんぶり勘定。それが神なのじゃ!』


 好きにせい!


 と、言わんばかりにイグドラは大の字に転がった。


「そんなに疲れるのかよ」

「異界ひとつ顕現させる為にこんな苦労してたら過労か飢えで余が死ぬわい!」

「餓死するのかよ……それは困るな」

『過労死はいいのか!?』

「葉でも食って『余を食って余が回復する訳なかろう!』そ、そうか……」


 目のギラギラっぷりを見るに本当に限界が近いらしい。

 さすがの神でも目に見えないものをちまちま処理するのは力の消費が半端無い。

 しかもイグドラは飢えると言う。

 マナを一つ獲得するために二つ消費したら大赤字だ。


「困ったな」


 ここにきての技術的限界に、カイはうーむと考える。


 細かく、目立たず、大量に。

 これはイグドラを天に還す絶対条件だ。

 細かくなければ目立ち、目立てば対策され、対策されれば大量に作れない。


 とにかく細かくなければ始まらない。

 今はバルナゥより少し弱い程度。あと二桁ほど弱くしなければならない。


 しかし、どうやって?


 カイが悩んでいると先ほどの話を聞いていたのだろう、アレクがにこやかに寄ってきた。


「カイが僕の名を言うって事は奴隷の話だね?」

「後ろの彼女が恐いから冗談は程々に「本気」やめれ。実は問題があってな……」


 アレクのいる所システィあり。

 後ろから鬼の形相で睨むシスティにビクビクしながらカイは状況を説明し、何か良い考えが無いかと聞いてみる。

 システィがしれっと答えた。


「そんなのどんぶり勘定でやればいいじゃない」

「えーっ」


 唖然とするカイにシスティは説明をはじめた。


「料理と同じと考えればいいのよ」

「料理?」

「そう。砂糖や塩を入れるのに粒をいちいち数えて食材に貼り付ける人なんていないじゃない。そんな事をしなくても計量したものを入れてかき混ぜればムラなく美味しく出来上がる。上手に分散させれば細かい事をしたのと同じ事になるのよ」

「なるほど。俺がひたすら煮込んでるのと同じか」


 これもカイがご飯を煮込んでるのと同じだ。

 カイは食あたりを防ぐ原因をちまちま取っている訳ではない。

 新鮮な食材を使い、火を通し、薬草を加える。

 経験から導き出したどんぶり勘定だ。


「さすがカイ!」

「まぁ、ただ煮込んでるだけの人には解らないでしょうけど」

「ぐっ……」


 システィといいソフィアさんといい、さらっと毒を入れてくるな……


 自業自得の因果応報にカイはひとりため息をつく。

 システィはイグドラに枝を一つ用意させると、それを両手でペキリと折った。


「力を行使するイグドラの枝をこうやって折って、折って!」


 ペキリ、ベキリ、ゴキリ……

 システィの指が力強く枝を折りまくる。

 そしてある程度の細かさになったそれを床にまいたシスティは腰の短剣を抜き、地面に突き立てた。


「さらに裂いて、裂いて!」


 ブスリ、グサリ……

 両手で握る短剣を大きく振りかぶり、枝をさらに裂いていく。


 何とも効率の悪い裂き方だがシスティの短剣が危なくて近づけない。

 広間にシスティの笑いが響く。


「フフフフフ……クソ宗教め、何がジジイ枢機卿の側室よバカにしてるわ」

「怖いよお前」「うっさい」


 王国の為に戦う意思と覚悟で進む彼女は屈辱を決して忘れない。

 システィはしばらく短剣を突き立てて枝を適度に細かくすると、風魔法で浮かして砕きはじめた。


「これを砕いて砕いて粉にする」


 ガリガリガリガリガリガリ!

 システィの眼前で風の刃が踊り、破片が舞い散り細かい粉へと変わっていく。


 最初からこれでいいじゃん、とカイは思ったが怖いので口には出さない。

 危ない人には関わらない。長生きするコツである。


「そしてこれをばらまく。バルナゥ、これを上空からばらまいてちょうだい」

『いい?』「いいですよ。いってらっしゃい」

『これをばらまけばよいのだな。我にとってはたやすい事』

「落としてくれれば包みが勝手に開いてばらまいてくれると思うわ。お願いね」


 頼まれたバルナゥはソフィアに許可を取り、システィから粉を入れた包みを受け取り飛んでいく。

 しばらく空を駆けたバルナゥはシスティの指示通りに包みを放ち、粉となったイグドラの枝を周囲にばらまいた。


 風に乗って粉が舞い、砂漠へと舞い降りていく。


「よし。イグドラ、ばらまいた枝からマナを吸い取って」

『枝を粉にして広範囲に広めてからマナを吸えば分散され、見えずとも加減が出来るという訳じゃな。なるほど、確かにどんぶり勘定じゃ』


 理解したイグドラが軽く手を振り地上のマナを吸い上げる。

 成果はすぐに現れた。


 顕現した異界の数、およそ六千万……

 システィが恨みと共に砕きに砕いた枝の粉の一つ一つが地のマナを枯渇させ、無数の細かい異界を顕現させたのだ。


「どうだ?」

『格が一桁から二桁ほど落ちたのぉ。あとは刈り取れば完了じゃな』


 地に落ちた粉が舞い上がり顕現したばかりの異界の主をサクっと貫く。

 圧倒的な格の違いは六千万もの異界の主を抵抗すら許さず討伐し、マナを根こそぎ吸い上げた。


『ふむ、手間もかからず収支もプラス。数も多い。これなら何とかなりそうじゃ』

「そうか」


 どうやらシスティの案は成功らしい。

 細かく目立たず大量に。カイの提案したプランの一番の問題は解決された。

 イグドラも楽になった作業を喜び、システィを素直に賞賛する。


『持つべきは賢き友じゃの。この方法なら粉を作れば作っただけ異界を顕現できる。システィとやら、褒めてつかわすぞ』

「褒めなくていいから側室の件を何とかしてください」

『システィ・グリンローエンとの婚姻まかりならぬ、と告げろと?』

「王国が滅ぼされそうなのでやめてください」

『ではシスティをアレクと婚姻させよ、か?』

「私達の名前を出さないでもらえませんか?」

『名を出さずにどうやって何とかするのじゃ?』

「……もういいです。こっちで何とかしますから」


 神から直接名を告げられてもロクな事がないわと呟き、システィが天を仰ぐ。

 聖樹教の枢機卿すら名を呼ばれた事などないのにシスティとアレクは名指し。

 持ち上げられても嫉妬されてもロクな事にはならないだろう。


「あとはどの異界が繋がるか、だな」

『それは心配しても仕方無い。繋がる側の都合じゃからの……それよりも』


 イグドラはうつむき、言った。


『ベルティアは、余を助けてくれるじゃうろか……』

「大丈夫だろ」


 イグドラの不安にカイは即答だ。

 そうでなければカイがこんな場所にいるはずもない。

 カイを導いたのだから、イグドラを天へと還してくれるだろう。


「カイを選んだのなら大丈夫えう!」「む。忠犬飼い主信じる当然」「そうですわ。わざわざカイ様をここまでお連れになったのですもの。私達忠犬は飼い主を信じてどーんと構えていれば良いのです」

「飼い主でも忠犬でもねえ。夫婦だ」

「えうっ」「ぬぐぅ」「ふんぬっ」

『……そうじゃの。あれだけの数、一度に顕現するなどそうそうあるものではないからのぅ。ベルティアの助けと信じよう』


 カイと三人の応援? にイグドラは気を取り直し、笑う。


「そうだ。出来ない事は出来る奴にぶん投げればいいんだよ」

「えう!」「むふん!」「カイ様ステキ!」

「さすがカイ!」

「あんた、情けないセリフを格好良く言うんじゃないわよ」


 カイの開き直りに妻達とアレクは歓声をあげ、システィが呆れる。

 イグドラはカイに頷き、広間に大量の枝を持ち込んだ。


『うむ。ではさっそく余の枝を砕こうかの』

「やるえう!」「やる」「当然やらせて頂きますわ!」「私もやろう」「私もやりますね」『我もやろう』「僕もやろうかな」「一本じゃ気が晴れないから当然やるわ」「じゃ、俺も」


 ミリーナ、ルー、メリッサ、ベルガ、ソフィア、バルナゥ、アレク、システィ、マオ。

 カイを除く全員が枝を奪ってベキリと折り、地に叩きつける。


「クソ大木粉々に砕けるえう!」「ボロボロ砕けろふふふふふ」「体力強化、強化、ふんぬぅー!」「これは妻の分! これは娘の分!」「爆ぜたせいで胸が小さくなった気がします。ふんっ!」『散々食われまくった恨み!』「左腕の借りは返しておかないとね」「あんたの丁稚宗教のせいで私は、私はっ!」「肝心な時に裏切る武器とかクソだわ」


 折り、叩き、踏みつけ、引きちぎる。

 ここにいる皆はとにかく世界樹に煮え湯を飲まされまくった者達だ。


 頭をかち割られるまでイビられ続けるエルフ。

 胸部を破裂させられたソフィア。

 一ヶ月以上食われ続けたバルナゥ。

 聖剣に左腕を持っていかれたアレク。

 政略結婚に使われたシスティ。

 武器に裏切られて死んだマオ。


 その全てがイグドラの振る舞いの結果である。


 よく、ここまで集まったなぁ……


 と、カイが感心するほど皆の恨みは半端無い。

 イガ栗にサクッと刺された程度のカイは幸せな方だった。


『ぬぉぉ、汝ら余に恨みありまくりじゃの……』

「当たり前だ。天に還る前に恨みの深さをよく見ておけ。子を食われた恨みが世界を変えたその様をな」


 エルフは見る影も無く衰退し、人は踊らされ、竜は食われた。

 全てイグドラの恨みの結果だ。


『……余は、謝らぬぞ』

「そうだな」

『謝らぬが……恨みにこだわりすぎたのぅ』

「そうだな」


 皆の狂気に満ちた枝への恨みを眺め、二人は静かに語り合う。

 この世界は弱肉強食。

 獣も実りも食べるカイは捕食者であるイグドラを糾弾する気は無い。

 天に還る神であるイグドラに自らの行いの結果を知って欲しかっただけだ。


 力を持つ者の行動は力を持たない者を常に振り回すという事を。

 それは天に還った後も永遠に続くという事を。




 三年後。

 世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラは世界から消失した。

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一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
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