7-19 バルナゥ、ハウスに安らぐ
「ハウス!」
いやソフィアさん、犬じゃないんだから。
でかい犬にしか見えなくても竜だから。
足で地面を叩きながら叫ぶソフィアに、カイは心の中でツッコミを入れる。
『……?』
見ていた皆は何アホな事を思っていたがソフィアにぞっこんなバルナゥはそうではない。
何か怒らせたかとオロオロとソフィアの顔色を伺い、首を傾げ、ソフィアが足が叩く地面へと足を運ぶ。
「伏せ!」『ぬうっ……』
鋭い言葉にバルナゥが地に腹をつけ伏せの姿勢を取る。
ソフィアは頷くとバルナゥの首元を撫でながら顔まで歩き、その頬を優しく撫でた。
「バルナゥ、貴方は強さを勘違いしています」
『ぬ?』
「強さとは己の分を知ることです。自らの出来る事と出来ない事を知り、出来ない事を出来るように知恵を絞り、それでも駄目なら皆に頭を下げて頼み、どうしても駄目なら己を研鑽しながら機会を待つ。それが真の強さというものです」
ソフィアはバルナゥに語り、カイ達を指さした。
「カイさんを御覧なさい。明らかにへなちょこなのにミリーナさんもルーさんもメリッサさんもカイさんにメロメロです。私一人に無様を晒す貴方と違いハーレム状態。貴方はあれを力で得たと思いますか?」
『いや……カイは明らかにエルフの誰よりも弱い。力ではありえぬ』
「そうです。力ではありません」
なんか、さらっと毒を吐いてくるなソフィアさん。
根に持っているのはビルヒルトのダンジョン攻略だろうか、それともバルナゥの治療だろうか……
カイは頬をピクピクと震わせながらソフィアの言葉を聞く。
皆の注目に構わずソフィアは毒を吐き、さらっと火種を投げ込んだ。
「カイさんはエルフのご飯が食べられない弱みに付け込んだのです!」
「ちょっと待てーっ!」
カイは叫ぶがソフィアは止まらない。
「相手の弱い所を知り徹底的に攻める。相手が陥落するまでねちっこく徹底的にいやらしく攻めまくる。このえげつなさこそがカイさんの強さ!」
『そうなのか?』
「いや違うから」
「私もどれだけカイさんの辱めに屈したことか……くううっ!」
『そうなのかカイ!?』
「違うから!」
ガァーフゥーッ……
やっぱり根に持ってるぞこの聖女!
何さらっと人の家庭に火種ぶっ込んでやがる!
と、バルナゥ怒りのマナ吐息に震えて叫ぶカイである。
確かに最初はわが身可愛さに飯でエルフを釣っていた。
しかしそれはエルフをモノにする為ではなく自らの身を守るためだ。
それこそが弱者の取りうる唯一の手段だからだ。
……悪かったなぁ、へなちょこで!
カイは自らのへなちょこっぷりを心で叫び、真に受けていないだろうなと三人の顔色をうかがい、ほっと安堵の息を吐く。
ミリーナもルーもメリッサも穏やかに笑い、いやいや違うと手を振っていた。
「逆えうよ。腕っ節では逃げれない事に付け込んだのはこっちえう」
「カイはへなちょこだからご飯作ってくれるいい人。強かったらこうはいかない」
「そうですわ。強ければエルトラネのピーなど速攻排除です。カイ様はへなちょこだから私達を無下にせず、我慢強くご飯を煮込み続けて私達エルフの絶対の信頼を獲得したのです」
妻達の返答にソフィアはにこやかに頷き、バルナゥの頬を撫でた。
「彼女達をごらんなさい。これこそが真の強さ、この妻達の信頼こそがカイさんが勝ち取ったものなのです。妻達はカイさんがどれだけ無様を晒しても決して見捨てはしないでしょう。そして最後には勝利を手にするのです」
『なるほど。我は力に溺れていたのだな……齢二億にして目から鱗が落ちたわ』
「どうせ次もこてんぱんです。聖樹様は細かいことが苦手なご様子ですからその無様を嘲笑ってあげればよいのです。『このヘタクソ大木め』と」
『このヘタクソ大木め! か!』
あぁ、胸を吹き飛ばされた恨みだな……
聖樹教の掲げる神を前にしれっと暴言を吐くソフィアにカイは笑みを漏らす。
尊敬や崇拝はしても盲信はしない。
正しい信仰の姿であった。
『よし、次が来たぞカトンボ』
ソフィアとバルナゥのやり取りにカイ達がやきもきしている間にまた異界を顕現させたイグドラがバルナゥを挑発する。
眼下に現れた異界の顕現サイズは直径五十メートルほど。
最初の顕現が直径一キロメートルであった事を考えれば相当の進歩である。
だが自慢げにフフンと笑うイグドラをバルナゥは一瞥し、そっぽを向いて瞳を閉じた。
『あれは我より強い。行かぬよこのヘタクソ大木め』
『賢くなりおったか。つまらん奴じゃのー』
ブフーッ……
伏せたバルナゥが得意げに吐息を漏らす。
ソフィアがよく出来ましたとバルナゥを撫で、バルナゥは心地よさそうに喉を鳴らす。
バルナゥは得意げだが犬が飼い主に安心を見出したようで何とも情けない。
やはり恋は盲目なのだ。
しかし、カイの妻達は大興奮である。
「すごいえう! 見事に尻に敷いたえう!」
「あの手際はプロ、プロの手際」
「他者を利用して己の優位を確立するとはさすが師匠。圧倒的な力の差を覆す女の手管、とくと拝見させて頂きました。魂を読む回復魔法使いはかくあるべしなのですね師匠!」
「純粋な心配ですよ。回復させた苦労を無駄にする愚者は相手にしたくありませんので……回復と蘇生があるからと無謀な事をするバカは願い下げですよ全く」
『賢くなるから! あたま良くなるから!』
すごいと叫ぶカイの妻達。
ソフィアは回復魔法使いの苦悩を心底嫌そうに語り、バルナゥがすこぶる賢くない叫びを上げる。
『のじゃ!』『ヘタクソ大木め』「わかってきましたね。バルナゥ」『おおーふっ』『のじゃ!』『やらん!』「よくできました」『おおーふっ!』……
「躾けてるえう!」「む。まさにカイの取ってこい!」「すごいですわ! さすがは師匠ですわ!」……
イグドラが異界を顕現させ、バルナゥがそっぽを向き、ソフィアがバルナゥを撫で、カイの妻達が興奮する。
こんな事を繰り返しながら顕現は順調に縮小し、やがてイグドラは直径二メートルの異界顕現を成功させた。
『我がブレスの前に滅びよ!』
バルナゥが叫びと共にブレスを放ち、異界の主を一撃の下に焼き尽くす。
「やったえう!」「躾けの成果完璧!」「さすが師匠ですわ!」
カイの妻達、大喝采。
しかし飛び立つ前に『いいの? いいの?』とソフィアの顔色を伺っていた姿を見てしまうと勇ましさも何もあったものではない。
そして戻ってくるなり『見た? 見た?』 とソフィアにすり寄る姿を見ればなおさらである。
あれはソフィアの飼い犬……
口には出さないがカイ達は皆、そう思っていた。
竜の威厳も何もあったものではない。
いそいそとソフィアの横に並び伏せる姿はまさに犬。
あの位置は絶対強者であったバルナゥの安らぎハウスなのだ。
ソフィアさん、ちゃんと飼ってくださいね。
今後ランデルに住むそうですがルーキッド様の土下座はそちらで処理してください……
これ以上の厄介事は御免だとカイはまるっとぶん投げる。
飼い犬の粗相は飼い主の責任。
カイだって妻達とエルフの振る舞いにはえらく苦労したのだ。
『……のじゃ』
「ん?」
そして目下最大のカイの厄介事であるイグドラは、目標の顕現に成功したというのに頭を抱えていた。





