7-16 ……ぺちん
「バルナゥ!」
青空を駆ける満身創痍の大竜の姿にカイは叫ぶ。
「……ひどいな」
「傷だらけえう!」「む。痛々しい」「ヨロヨロしてますわ!」
「竜峰ヴィラージュにはマナがあふれていたのに、少ししか回復していないのか」
『さきほどまで余が食っていたのだから当然じゃ』
「「「「「……」」」」」
ほんの少し前までイグドラの枝により絶命の危機であったバルナゥの姿は痛々しく、無数の傷と滲み出た血がかつては美しかった銀の鱗を見るも無残な姿に変えている。
特にひどいのは両腕だ。
聖杖と聖槌を滅ぼす為にブレスで焼いた腕は肘の先から黒く焼け落ち、回復により復活した白い骨だけが無意味にニュッと飛び出していた。
どう見ても動けるような状態では無い。
自らが主であるヴィラージュのダンジョンでマナを食い、回復に専念しなければならないはずだ。
しかしバルナゥは空を渡りここに来た。
その理由はただ一つしかない。
これが世界の危機であるという事だ。カイがイグドラを神の座に還すにはそれしかないと思い提案した異界畑は世界の危機を招きいれてしまったのだ。
「すまない! 頼む!」
カイの声は届かないだろう。
しかし自らの手ではもうどうにもならない。カイは強い者を頼るしかないのだ。
その意を受けた訳ではないだろうがバルナゥは血を散らしながら力強く羽ばたきカイの周囲を、世界樹の回りをぐるりと旋回する。
バルナゥの大きな背にはアレク、システィ、ソフィア、マオの姿があった。
システィとソフィアは杖をマナに輝かせ、アレクとマオは武器を構えて二人の盾になっている。
バルナゥの回復は今も継続中なのだ。
システィの魔法はおそらくバルナゥの飛翔補助だろう。先ほどまでぎこちなかったバルナゥの飛翔が鋭く激しい動きに変わり、瞬く間に人型に肉薄したバルナゥがくわっ……と口を開く。
『滅びよ!』
ビルヒルトの討伐戦で戦場一帯を焼け野原に変えたバルナゥのマナブレスが放たれる。
当たれば山すら砕き、イグドラの枝すら滅する威力を持つ世界最強の一撃だ。
しかし……ぺちん。
バルナゥの強烈なマナブレスはひょいと振られた手に弾かれ、ひゅるるるとはるか遠くの砂漠へと落下し派手に炸裂した。
ゴオオォオオオオオオォオオオン……
空が暗く見えるほどの輝き、そして地を焼く轟音と砂煙がブレスの威力をカイに物語る。
あれほどの威力がぺちんとかこれは悪い夢だ、そうに違いない。
「ミリーナ、つねってみてくれ」
「そんな事しなくても夢じゃないえうよ」「現実を見る。これ大事」
「大竜バルナゥでも歯が立たないなんて。竜は世界の最強生物ですのに」
「これは、まずいな」
ぷぎーぶもー。
ジョセフィーヌとクリスティーナが閃光と振動に鳴き叫ぶ。
カイ達が呆然と見つめるその先で、バルナゥもあまりの事態に叫んでいた。
『クソ大木め、何という疫病神よ!』
すみません。俺のせいです……
カイは心の中で土下座する。
スケール感が絶望的に違うことは解っていたがここまで違うとは思わなかった。あのバルナゥがイグドラの言う通りのカトンボのようである。
その場の全員の瞳が疫病神であり最後の頼みの綱であるイグドラを見る。
顕現した存在はこの世界の者ではもうどうしようもなかった。
『カトンボは弱いのぅ』
にやりんぐ。
皆の視線が心地よいのかイグドラは笑い、手をひらりと動かした。
しゅかっ……
軽い音と共に枝が飛び、人型の頭に突き刺さる。
長さ十メートルほどの枝の傷は巨体にはあまりにも小さい傷であったが本領はここからだ。
枝はバルナゥを食った時のように人型を食らい、漆黒の体内へと枝を伸ばし始める。
グゥウウアアアアア……アァアアアッ!
苦痛に叫ぶ人型だが、もう遅い。
人型はその原因を排除しようと自らを掻きむしるが、体内深くに伸びた枝は外側からではどうよしうもない。
枝は思うがままに人型の体内をはいずり、引き裂き、絡み潰す。
地を揺るがすほどの叫び声を上げても単身この世界に顕現した人型を助ける者などどこにもいない。
しばらく悶え苦しんでいた人型はやがて致命的な器官でも食われたのであろう、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
人型を苗床にした世界樹の枝が無数に芽吹き、伸び、葉を茂らせて枯れていく。
枯れて砕けた枝葉は主を失い消え行く漆黒の異界へと舞い降り、異界のマナを取り込み世界のマナへと変えていく。
バルナゥの一撃をぺちんした異界の主はイグドラの一撃であっけなく討伐され、元の世界を取り戻した砂漠を眼下にイグドラは自慢げに胸を張った。
『うむ! 小気味良く小さき者が出てきおったわ』
「「「「「……」」」」」
どこが小さいんだよ。
カイ、ミリーナ、ルー、メリッサ、ベルガがイグドラを冷ややかに見つめる。
やはりスケールの違いが半端無い。
少なくとも桁が四つは違う。
下手したら八つくらい違うかもしれない。どうするんだこれ……
カイが途方に暮れていると得意げに語っていたイグドラが首を傾げて震えるカイを覗き込む。
『これを一兆回繰り返せば余も還れるかもしれぬ……ん? どうしたカイよ?』
「……この、クソ大木がーっ!」『のじゃっ!?』
これを一兆回だと?
そこまでやって『かもしれぬ』だと?
こいつ使えねえーっ!
カイは叫び、頭を抱えた。





