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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
2.ダークエルフはほだ木さん
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2-1 冒険者、蠢く苗床と遭遇する

「……」


 いつもの森の中。

 カイは、じっとミリーナを見つめていた。

 頭のてっぺんからつま先までざっと眺め、次に美しい顔を失礼なほどに観察する。

 淡い緑が煌く銀の髪、全てを魅了せんとする金色の瞳、よだれをたらす残念な口元……


「ミリーナだよな?」

「えう!」


 ブブンブンブンブン。

 カイの自信無さげな問いにミリーナは全力で頷く。

 別にミリーナがおかしい訳ではない。

 いや、正確にはおかしかったのだがミリーナのせいではない。

 ミリーナの出身里であるエルネの里のせいである。

 エルネの里の者達がミリーナに懇願してちょくちょく入れ替わっていたのだ。

 大人になったり幼女になったりしていた時点ではまだ良かった。


 『あぁ、エルフってこんな種族なんだな』


 程度でカイは飯をふるまい狩りや採集の成果に文句をつけていたのだ。

 が、さすがに老婆の姿で来れば首を傾げるようになる。

 それが男性になり、髭もたわわな爺となり、皆『ミリーナえう』とのたまうアホな展開にエルフだからと無視を決め込み数日……


 何故気付かないのだ!


 と『ミリーナえう』な長老に叫ばれ里で謎の治療を受けた。

 おかげでカイの体調は今、すこぶる良い。

 しかし心はズタズタである。


 くそぅ、くそぅ。あんな駄犬共に頭の心配をされるとは。知らない振りしてやったのに空気の読めない駄犬共め。何だよミリーナ当てクイズって。マジレスしやがってくそぅ……


 空気を読まない相手に空気を読むと心が痛む。

 カイは頭を抱え、胸ポケットに入っている土産を思い出し深くため息をついた。

 数日静養? を強制されたカイにミリーナの両親がお使い下さいと渡してきたものがある。


 世界樹の葉だ。


 人間の世界では世界樹の枝を御神体とする聖樹教が独占し、国家にのみ融通する超希少品だ。

 使えばどんな身体異常も一発全快で寿命も延び、数日間全力以上の能力を発揮できるらしい。

 傷、毒、病気、ちょんぱ、呪い、不妊、寿命、その他……死以外の全てをねじ伏せる奇蹟の品だ。


 世界樹産のためエルフの呪いは解けないのが何とも切ないところだが。


 人間に渡されたのなら胡散臭さ爆発だが、世界樹に関わるエルフならば本物だろう。

 平凡な冒険者であるカイには過ぎた品物だ。見つかったら間違い無く売れと強要されるか襲われる。

 何気にカイを追い詰めていくエルフ共である。


 まあ困ったら食おう。食べれば解決だ。


 と、エルフ的な事を考えながらカイは椀にご飯をよそい、ミリーナの頭に当てた。


「えうぅ、肉が肉肉肉肉」

「それもくず肉くらいは入ってるぞ」


 今日の飯はいつもの銅貨三枚携帯食料。

 カイが狩りは野外活動最終日に行うと宣言したためだ。

 猪や鹿を二人で食べ切る事が出来ず、残りの保存は難しい。

 塩漬けや干し肉にすれば多少長持ちするのだがエルフの呪いを考えると新鮮な内に売るのが良い。

 そこら中に食べ残しを捨てるのは勿体無いし、害獣や怪物の繁殖に協力する気もない。

 実力の無い者にとって贅沢は敵だ。たまの贅沢は良いがいつも贅沢は目立つ。

 地道に、目立たず、ひっそりと。

 これが良い。適度に儲けるのが良い。技術があれば金は自然とついてくるものだ。

 ミリーナというエルフのコブ付きとなったカイとしてはこれ以上人生が狂うのは避けたかった。


 二人でご飯を食べ、一度沸騰させたぬるま湯で一服する。

 食後の幸せなひととき。

 ミリーナがカイに聞いてくる。


「今日は何を取って来るえうか? 肉えう肉がいいえうよ肉えう」

「だから肉は最終日だとあれほど……今日は、キノコ狩りだ」


 いつもと違うカイの『取ってこい』に、ミリーナが首をかしげた。


「えう? ありふれた薬草集めではないえう?」

「薬師ギルドに頼まれてな。ペネレイって名前の珍しくもない食用キノコなんだがどうも今年は流通量が少ないらしい」

「えう。薬草がキノコに変わっただけで珍しくはないえうね」

「俺がそんな珍しい物を狙う訳ないだろ」


 しかしそこはカイ。

 珍しいものを採集するわけではない。

 カイは説明を続けた。


「そのペネレイは今の季節に胞子を放つんだがその胞子に腐敗を防ぐ薬効があるらしい。傷の腐敗を防ぐのに使うそうだ」

「傷なんて世界樹の守りで「俺にはそんなものは無い」えう」

「まあ、引き受けたのはもう一つ理由があるんだが……どうも最近、冒険者の誰かがペネレイを採集中にエルフと遭遇したらしい。ギルドの危険報告板に貼り出されていた」

「えう?」


 ミリーナが首を傾げ、カイがギロリとミリーナを睨んだ。

 馴れ合いすぎて時々忘れてしまいそうになるが、こう見えてエルフは金級以上推奨の討伐対象だ。

 遭遇はすぐに掲示され口頭でも注意が喚起される。

 下級である青銅級冒険者のカイがこの依頼を受ける際も冒険者ギルドから難色を示されたが、薬師ギルドからの依頼だからと遭遇時即撤退を条件に強引に受けてきたのだ。


「お前らじゃ、ないよな?」

「エルネの里の縄張りとは違うえう」

「ふむ、すると別の里から出てきた、と?」

「えう」

「うわぁ、またエルフとの縁が増える……」


 カイはぬるま湯を飲みながら自分の早とちりを悔いた。

 証拠隠滅だとばかりにその場で依頼を受けてここまで来たものの、エルネの里とはまったく関係無かったらしい。

 仕方ないと一服を終えたカイは出発を宣言して手早く荷物をまとめ、先に歩き始めたミリーナに少しの距離を取って歩き始めた。


 しかし、知っていても断る事はできなかっただろうな……

 

 と、歩きながらカイは考える。

 薬師ギルドはカイがエルフとの遭遇報告をした事を知っていただろう。

 老後は薬草でのんびり稼ぐ事にしているカイにとって薬師ギルドの信用を得るのは必要であり、信用を失う事は絶対に避けなければならない。

 形にならないものはプライスレス。

 カイはエルフと遭遇したら撤退すると念を押してこの依頼を引き受けた。


 その時の念押しは演技だったがまさか本気で心配する事になるとは……


 歩きながらカイは嘆き、ミリーナとの距離を調整する。

 あまり接近すると携帯食料が傷んで現地調達になってしまう。

 ミリーナが先行しているのは警戒の為だが後ろを歩かせるとすぐに近づいて携帯食料を痛めてしまうからでもある。


 現地調達 = 狩り = 肉えう。


 この図式に彼女が食いつく限りカイが前を歩く事は無いだろう。狙って腐らせようとしたミリーナをカイがあったかご飯ストライキで諭し、現在のこの形に落ち着かせたのだ。


 メニューを自分で選べないとは切ないものだなぁ……


 と、カイが思っているとミリーナがカイに言う。


「このあたりからボルクの里の縄張りえう」

「はぁ……まさかこの付近に二つもエルフの里があるとはな。エルネを入れたら三つか」

「ボルクならまだ良いえう。エルトラネだったら絶対行かないえう」

「エルフの里なんてどれも関わりたくありません」

「えうーっ」


 森の様子がじわりと変化した。

 誰かの手が入っているのだろう、木々はうっそうと茂ってはいるが枝葉の下は意外と広く、エルネの縄張りと比べて格段に歩きやすくなった。

 しかし湿気はひどい。

 植物も樹木の陰に育つようなものが増え、これまであまり見なかったコケやキノコがちらほらと姿を現し始めている。


 カイはミリーナに待つよう指示を出し、場所を確保し簡単な拠点を作る。

 そこに荷物を置いて身軽になったカイは松明と魔炎石を取り出し、ミリーナを見てため息をついた。

 ミリーナが近くにいる限り火の警戒は使えない。

 エルフを探知できるか聞くと相手に隠れる気があったらミリーナの腕では探知できないと言われ、カイはミリーナに百メートル以上距離を取るように指示を出す。

 いくら姿を隠蔽できても無の息吹を封じる事はできない。

 世界樹の呪いだからだ。


 ミリーナが離れた事を確認して魔炎石にマナを込めるとあっけなく火が弾け、カイはその火を松明に移すとゆっくりと歩き始めた。

 このあたり、カイはあまり来た事が無い。

 実はキノコを採集するのも初めてだ。

 大量消費される安物薬草ばかり集めていたカイは一風変わった薬効を持つキノコ類の採集依頼を敬遠していた。

 採集地がランデルからやや遠く、似たような形のキノコを見分ける自信が無いからだ。

 遠くまで出向いてまったく違うキノコを採集したら日数と経費と違約金が無駄になる。

 カイは貧乏下級冒険者。

 楽と確実は必須条件なのであった。


「……わからん」


 薬師ギルドの話によるとペネレイはこの場所のような湿った森の樹木に、人と同じくらいの大きさのコロニーを作り群生しているらしい。

 カイは参考にと貰ったペネレイと周囲のキノコと見比べ音を上げる。


 食用のペネレイは薬師ギルドで胞子を取ったものが並んでいるそうで、カイが今見つめているこれも胞子を取った後の食用ペネレイ。薬師ギルドにとっては一袋銅貨一枚程度のどうでも良い品である。

 似たようなキノコをとりあえずいくつか採取してみたが素人のカイには違いがほとんどわからなかった。

 どれもこれもわずかな違いがあるのだが個体差の範囲内という程度なのだ。


 あぁ、やっぱりこの依頼受けるんじゃなかった……


 と、自らの無知を恥じ、声を上げてミリーナを呼ぶ。


「全部まったく違うえう毒キノコえう」

「えーっ」


 現実は残酷であった。

 一つくらい正解があると思えばまさかの全滅。

 カイは再び依頼を受けた事を後悔した。


「マナの流れが全く違うえう外見に騙され過ぎえう。待つえう採って来るえうよ」


 ミリーナが森の奥へと分け入りすぐに戻ってくる。

 手にはキノコだ。


「これえう。このマナの感じがペネレイえう」

「……さっぱりわからん。ついでに腐り始めてるぞおい」

「もうカイはご飯だけ作っていればいいえう。あっちに沢山生えてたえう」


 やべえ、このままだとエルフ無しには仕事できない身体にされちまいそうだわ……


 と、漠然とした危機感を抱きつつ、カイは別のペネレイ群生地を捜すミリーナを見送った。


 マナとは万物に流れる、世界の全てを形作る源流の力である。

 それが満ちたものが空間であり、物質に変換されたものが世界である。

 そしてマナの流れを自らの意思で行い、集め、現象や物質に変換したものが魔法だ。

 当然魔法には複雑なマナコントロールが必要であり、それが可能になって初めて魔法を放つ事ができる。

 これは魔炎石や魔光石にマナを注ぎ込むのとは次元が違う。

 ミリーナらエルフは魔法に長けているからそのような事が出来るのだろうがカイは魔法が使えない。よほど強力な流れならともかく、キノコのマナの違いなど解るはずもなかった。


 まあ、マナの流れはとにかく老後の為にキノコを見分ける技術を磨くのは悪くない。

 知識を元にした技術は憶えれば使える。

 しかも使っている限り失う事はほぼ無い。

 ペネレイはありふれた食用キノコなのだ。ありふれた薬草が生計の柱だったカイに出来ない事ではないだろう。


 こき使えカイ。エルフをこき使っている間に技術を身に付けるのだ。老後のために。


 カイはこんな感じで自分に活を入れ、ミリーナに示された場所へと歩いていく。

 この時、カイは慎重さをわずかに失っていた。

 状況に慣れすぎていたのかもしれない。

 屈強で魔法に長けたエルフがすでに歩いた道である事に安心していたのかもしれない。

 キノコに入れ込みすぎていたのかもしれない……


 カイは、松明に火を付け直していない事を気していなかった。


 ミリーナの示した道を周囲に気を付けながら歩いて百メートルと少し。キノコが群生する場所にたどり着く。

 ちょうど人と同じくらいの大きさだろうか。周囲からわずかに盛り上がった所にペネレイと思しきキノコがびっしりと生えている。

 環境が良いのだろう、どのキノコも太く大きくしっかりとしたものだ。

 カイはすげえと感心し、すごい湿気に貼りつく服に眉をひそめた。

 袋で四つくらいの量はある。

 食用なら銅貨四枚、薬師ギルドに売れば金貨二枚程度。


 薬草よりもずいぶん高いなぁ……


 そんな事を思いながらカイはしゃがみ込み、じっくりキノコを観察する。

 いくつかのキノコを採りそれらの姿を比較し、ミリーナがどれも違うと言った毒キノコと見比べる。

 個体差と種の違いの差を理解しようとしているのだ。

 虫眼鏡を使いじっくり見てみると確かに何かが違う。

 それは笠の模様だったり、わずかな色の違いだったり、笠の裏に走るひだの流れ方だったり、つばの数だったり……マナの流れはさっぱりだが確かに違いはある。


 見比べているうちにカイは楽しくなってきた。

 薬草取りを始めた頃を思い出す。あの頃はよく間違えて一袋銅貨一枚程度で買い叩かれふて腐れていたものだ。

 きっと今はふて腐れている段階なのだろう。

 その内に淡々と集められるようになるかなと、昔を懐かしみながらカイはキノコを取ろうと手を伸ばして……


 キノコに腕を掴まれた。


 「え?」


 キノコの山がもぞりとカイを引く。

 カイは慌てて手を引き抜こうとしたが掴まれた手はびくともせず、引かれるまま湿った地面にひきずり倒された。

 叫ぼうとした口をキノコの手に塞がれ、回転して逃れようとした体のひねりを利用されて仰向けにさせられる。

 恐怖と苦悶に呻くカイの身体にキノコの山がヌルリと這い上がってきた。

 それは温かく、柔らかな弾力をもってカイの身体を包み込んでくる。

 眩暈がするほどの濃厚で魅惑的な香りにカイの身体から自然に力が抜けていく……

 されるがままのカイの口からキノコの手が離れ、代わりにねっとりとした柔らかい何かが絡みつく。

 頭の中が痺れていく刺激的な感覚にカイは抵抗する意思を失い、ただ口内で暴れる舌のようなそれを素直に受け入れていた。


「ぷはっ……」


 口からそれが離れる。

 カイがぼんやりと見つめる先で、キノコの山は唇から糸を引く唾液を指でふき取った。


「まってた」


 ボソリと、それが囁く。

 色が抜けたような白い髪と銀の瞳がキノコまみれの褐色の肌に浮かんでいる。

 カイの鼓動がドキリと跳ねる。心を奪われるような美しさに目が離せない。

 カイはこの感覚を知っていた。


「……エルフ」

「ん」


 カイに体を絡めたキノコが髪をかき上げ尖った耳を晒す。

 そしてエルフはニコリと笑い、紅く蠢く唇でもう一度カイの唇を奪った。


「ん、ふっ……」


 それと共に仰向けの身体に自らの胸を擦りつける。

 豊かな弾力がカイの体の上で踊り、弾け、その存在をカイの全身に刻み込んでいく。

 これは、胸か……そう思ったとたん身体の芯が熱く火照り、心が理性を手放した。


「うっ……」

「さぁ、続きを。きっと、気持ちいい」


 溢れる劣情がカイを支配する。どうしようもない本能に突き動かされ、カイはゆっくりと豊満な胸に手を伸ばしていく。

 いけない。

 そう思っているのに体はどうしようもなく熱く火照り、より深いつながりを求めて熱く滾っていた。


 が、しかし……

 エルネの里の護衛担当者はそこから先を許さなかった。


「とおぅりゃあーえうっ!」

「ぐっ!」


 ズゴン!

 低弾道で放たれた頭突きが褐色エルフの腹に炸裂する。

 ミリーナは勢いそのまま褐色エルフをカイの上から押しのけ着地と同時にバックスピン。サマーソルトキックで褐色エルフを浮かせるとさらに蹴り飛ばして距離をとる。

 一方的で強烈な攻撃。

 しかしミリーナの表情は硬い。


「さすがダークエルフ、陰湿えう」


 ミリーナの視線の先で、虚空から生えた木々に包まれたそれがゆっくりと体を起こし始める。

 世界樹の守りだ。

 間違いなくエルフ。

 そしてダークエルフだ。


「アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァン」

「……ダーの族、ボルクの里のルー・アーガス」


 互いに名乗り、身構える。


「その人は私の良い人。メロメロにする」

「自分に生えたキノコで我慢するえう。ミリーナのあったかご飯のために、カイはミリーナが守るえう!」


 そこは嘘でも俺のためと言ってください。

 前屈みになりながらカイは思った。


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一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[一言] 毎頁、腹筋崩壊レベルで笑ってしまうから、なかなか読み進められなくて困る……。 そのくせ、文章もしっかりしてるんだもんなぁ。 これはずるい……。 このすば上位互換って感じ。
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