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7-13 お前と違ってこっちの子作りはこれからなんだよ

『そ、それがどうしたのじゃ、余の子を食われた恨みはまだまだ足りはせぬわ!』


 イグドラがカイに叫ぶ。


『三億年じゃぞ三億年。余がひーこら育てた子らを大切に育てるとか言いながらしれっと食らいおって。こんな事なら面倒がらずにエルフ共の心の裏までちまちま読んでおくべきだったわい……あぁ思い出したら腸煮えくり返ってきたわ』


 親ではないカイにも、イグドラの怒りは理解できる。

 カイの両親はランデル領の集落の農家。

 農地の問題でカイは家を出たが、両親や兄弟との交流がなくなった訳ではない。

 カイが何者かに殺されれば悲しみ、殺した者を憎み怒る事だろう。


 しかし、イグドラの実を食った者はとうの昔に死んでいる。

 今、イグドラが叩いているのは何千世代も後の子孫。

 もはや赤の他人だ。

 

「それをしたエルフは皆マナに還った」

『知っとるわ! 余が飯で頭をかち割ってやったからの!』

「そうだな。実を食われて八百六十万年だったか? エルフの寿命が千年と考えて八千六百回エルフを根絶やしにした事になる。お前、エルフを何億食った?」

『……余とて食わねば生きてはゆけぬ』


 それもカイには理解できる。

 カイは下っ端。ひもじい思いは何度も経験した事がある。


 神とて同じ。

 こんな何も育たない砂漠で異界から吸い上げたマナだけで食える訳もない。

 エルフを根として使い、広く薄く力を吸い上げ続けなければならなかったのだろう。


「そこは俺達も変わらない。人やエルフを食べる生き物がいるのは困るが仕方ない」

「えう?」「ぬ?」「ええっ?」

「我々エルフも他の生き物を食べているのだから仕方が無いだろう。おとなしく食べられろと言われている訳ではない」


 素っ頓狂な声を上げるミリーナ、ルー、メリッサにベルガが告げる。

 カイは妻達に頷き、また天を仰いだ。


「だが俺達は食に感謝している。食べられる事を喜び、椀に盛られた生きていた者を美味しく血肉にできるように煮込み、味付け、そして食べる。お前のように相手を憎んではいない。ざまあみろと思って食べてもいない。その時得られた食を感謝して食べているんだ」


 叩いて食が育つわけもない。

 イグドラが叩き続けたエルフは数を減らし、新たな根として人間を選んだ。

 異界と竜の討伐を人間にやらせ、減った食をおぎなった。

 エルフを叩きすぎた結果、食を維持できなくなったのだ。


 憎悪とは執着。

 時に強大な力となるが、いずれはその者の首を絞める事になる。

 オルトランデルをエルフに奪われた領主は憎悪に囚われかつての地位を失った。

 イグドラも同じだ。エルフに余計な力を注ぎ、結果いまだに天に戻れずにいる。

 無い方が楽な余計な力だ。


「当時のエルフはお前が食った。今のエルフは子孫というだけでいびられる被害者に過ぎない。憎しみは関係無い者をどれだけ叩いても決して無くなる事は無い。お前の復讐はもう終わっているんだ」

『では、また余に子を食われろと言うのか?』

「そんな事はしない」

『ではどうするのじゃ。余の子が根付けば再び地のマナを吸い異界を顕現させるぞ。またエルフを贄にするのか?』

「そんな事もしない」

『では、どうするのじゃ?』


 問うイグドラにカイは静かに答えた。


「昔のように祝福の見返りにエルフに世話をさせる。墓所に記されていた子による異界の顕現を防ぐには適切な管理の下で育てる事が必要だからな」

『余の子をまたエルフに委ねろと言うのか?』

「そうだ」

『それなら余が育てるわ、たわけが』

「たわけはお前だ」

『なっ……』


 イグドラが子を食ったエルフを嫌う気持ちも、カイにはわかる。

 しかし今のエルフは子孫でも赤の他人だ。


「これ以上お前に居座られ、さらに子を作られたらそれこそ世界が滅びるぞ。そして子が勝手に異界を顕現させても世界が滅びる。だからお前がいる内に育てる方法を確立するんだよ。圧倒的な力が世界に存在する内にな。お前が異界を顕現させるのはお前だけの為じゃない。お前の子の為でもあるんだ」

『……せめて人間に頼むことはできんのか?』

「聖樹教の振る舞いを知っているだろ? エルフの方がマシだ」

『……』


 カイの言葉にイグドラが黙り込む。

 イグドラがそれを知らないはずがない。


 たまたま枝葉を授けられただけの教祖は取り巻きと共に欲望の原資としてそれを扱い、人間社会に確固たる地位を確立した。

 薬として使えば死以外のいかなるものも退け、武器として使えば竜すら屠る奇蹟の力を教祖と取り巻きで独占し、それを動かすことで人間社会を支配したのだ。


 イグドラの言葉を御告げと称し、欲望溢れる解釈で人も国家も振り回す彼らの事だ。

 実を食い尽くしたエルフなど比較にならない外道っぷりをイグドラの子にも発揮してくれる事だろう。

 彼らの崇拝は彼等の欲望。ミルトのような者が異端なのだ。


「心配するな。エルフはもうお前を崇めてはいない。お前がただのクソ大木でしか無いと知っているから子も厳しく躾けてくれるさ」

『汝はきついのぉ』

「当たり前だ。俺はお前らに巻き込まれただけの薬草摘み冒険者なんだぞ。なんでこんな場所で世界の命運なんて語らねばならんのだ馬鹿らしい」


 瞳を不愉快そうに歪めるイグドラに見せ付けるように、カイは三人を抱く腕に力を込める。


「俺の手はこいつらだけで手一杯だ。こんなのいちいち付き合ってたら疲れて子作りもできん。お前と違ってこっちの子作りはこれからなんだよ」

「えう!」「ぬ!」「ふんぬっ!」

『……そうか、これから子作りか』

「そうだ。その前にこいつらの呪いを祝福に変えると約束した。その為にお前の子を育てる事が必要ならやってやる。俺と妻と俺達の子の為に! どうせ俺に出せるのは口だけだ。あとはお前とベルティア、そして神々どもで何とかしやがれ!」


 ここまで理不尽に翻弄されてきたカイもこれが最後だからとやけっぱち。

 口先だけだとぶっちゃけて神を前に惚気まくり、罵倒しまくり、ぶん投げまくりだ。


「クソ大木の子の世話くらいどんと来いえう。ところで実は本当にくそまずいえうか?」

「たまには恨みが炸裂してもいいよね。いいよね?」

「私達も恨み骨髄に徹しておりますからその……ピーなら何やっても仕方ないですよね?……ぴぴーぱぷーぺ、ぽぽぱぺぷ」「食べとけ」「ぷー」

『汝らもきついのぉ……』

「えう!」「む!」「当たり前です!」


 カイのやけっぱちっぷりに感化されたのだろう、ミリーナもルーもメリッサもここぞとばかりにぶっちゃけた。


「エルネの皆も本当に苦労してるえう! ひいばあちゃんは一度しかあったかご飯を食べられなかったえうよ! カイとの子供には体験させたく無いえう!」

『余の子は生まれる前に食われたわ!』

「頭殴る対価が大して腹が膨れない飯とか理不尽。せめて腹一杯たべさせて。あとキノコ生やすのやめて」

『それでは余の気が晴れんじゃろうが!』

「その為に私達ハーの族の頭を奪ったのですね。エルフを貶めるために祝福に呪いを乗せ、二度と実を食われないように衰退させた。エルフは食えず、集えず、安住出来ず、技術を磨けず今や小さな里でひっそりと暮らすのみ。私達エルフという根を切り人間を新たな根にしようとしたのでしょうがお生憎様、人間のえげつなさは半端無いですわ! ……ぺぷーま! みみみぷぷぺぽぱぴーぷぷまぽぺぷばばぷぽぺ! ぽのぺんぱぷー!」

『何言うとるのかわからぬ!』

「「「食べろ」」」「ぷー!」

『ぐぬぬ……!』

「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」


 八百六十万年前に実を食われたイグドラも、そこから現在まで飯で頭をかち割られ続けたエルフも恨みは半端無い。堕ちた神とかつての奉仕者達はぐぬぬえうぬぐふんぬとしばらく睨み合い、しばらくいがみ合う。

 そして、互いに大きく息を吐いた。


『無駄じゃのう……互いに子の為に止めるとするか』

「えう!」「む!」「はい!」

『じゃが、余の子に手をかけようとしたその時は、汝らの子らもただでは済まぬと心得よ』

「それはこっちの台詞えう。エルネの食い意地を舐めないで欲しいえうよ」

「ペネレイのほだ木にしてあげます」

「私のピーはカイ様ですら音を上げる狂気のウザさ! 貴方の小童の我慢力程度で耐えられるウザさだと思わないことで『「「長い」」のじゃ』あうっ……」


 互いに対する恨み辛みは尽きないが子にそれを負わせれば泥沼。

 その無意味さに気付いたのだろう。天の瞳と妻達は不敵に笑い、互いに道を譲り合う。

 相手が憎くてたまらなくても子は可愛い。

 子の為ならこの程度は譲ってあげようと互いの妥協点を見出したのだ。

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世界樹エルフ
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