7-12 全てを食らう暴食
『異界じゃと? ダンジョンじゃと? 異界へと侵攻せよと言うのか?』
「その逆だ。地からマナを奪い異界を意図的に顕現させる」
『なんと!』
カイの言葉にイグドラが驚き、ミリーナ、ルー、メリッサが驚愕の目をカイに向けた。
「異界えう?」「カイ、それ無茶」「この地を異界に沈めよと言うのですか?」
「そうでもない」
イグドラにまるっとぶん投げたカイだが、そこまで無謀ではない。
それなりに勝算があっての事だ。
「何せこっちには堕ちたとはいえ神がいるからな。異界の主など瞬殺だ」
『……さすがに、無謀ではないか?』
しかし、カイがぶん投げた神たるイグドラもさすがに心配顔。
それはそうだろう。
カイの要求はせっかく救った世界を再び異界に沈めるという事なのだから。
不安げに見つめる皆に囲まれ、カイは説明を始めた。
「システィは一ヶ月以内に討伐出来れば異界のマナで奪われた世界のマナを穴埋めできると言っていた。要は収支がマイナスになる前に異界を刈り取ればプラスだ」
『ま、まあその通りじゃ……異界の顕現とは世界に管を突き刺すようなもの。こちらのマナを奪われる前に刈り取れば管の分だけマナは増える。じゃが……』
イグドラはカイの言葉に頷き、カイに問う。
『じゃがそれは微々たるもの。それなら異界へ侵攻した方が効率的かつ大規模にマナを獲得できるのではないか?』
「侵攻でうまく行くならとうにマナを獲得できているだろう。逆侵攻したダンジョンから異界のマナはどれだけ流れてきている?」
カイ達が今、立っている場所はイグドラが異界を貫いたダンジョンの主の間。
この場は強烈なマナに満ちてはいるが、八億三千万階層の規模にふさわしいものなのか。
カイはそれを聞いたのだ。
『……貫いた頃の億分の一も無い。対策されたのじゃろうな』
「だろうな。八億階層なぞ歩いているだけで命が尽きる。逆侵攻した先の神も俺と同じような事を考えたのだろうさ」
カイの言葉にミリーナ、ルー、メリッサ、ベルガが首を傾げる。
「対策えう?」「異界対策できるの?」
「カイ様、繋がってしまえばマナを吸われ放題なのではないでしょうか?」
「カイ、もうすこし詳しく説明を頼む」
ぷぎー、ぶもー。
カイは首を傾げる皆を見回し、答えた。
「顕現したイグドラのダンジョンの周囲に意図的に別の異界を顕現させ、マナを枯渇させているんだよ。結託した神同士でマナが循環するよう顕現を行い収支を調整すれば、その地のマナが奪われても別の地で取り返せる」
『その通りじゃ』
イグドラが頷く。
神が侵攻する世界を選べるのならば、結託してマナの帳尻を合わせる事も可能。
マナを吸われたくない異界があるなら結託した神の異界を周囲に配置してマナを枯渇させ、奪ったマナは別の場所に返却してもらえば良い。
結託しているのだから調整も可能。
イグドラの侵攻した異界はそうやってマナを枯渇させているのだ。
『いかな大規模な顕現でも周囲にマナが無ければ奪えぬ。それなりの規模なら食い潰す事もできぬ。うまいことやりおったわ。神が結託すれば異界の場所も数も規模も思うがままじゃからの』
「えうっ」「ぬぐぅ」「ふんぬっ」
「そ、そんな事が出来るのか!」
ミリーナ、ルー、メリッサ、ベルガは開いた口が塞がらない。
世界と異界を股にかけたマナの循環。
それで別の異界の侵攻を食い止めているなどもはや想像のはるか彼方だ。
異界は直ちに討伐すべき敵であるという世界の認識を完全に踏み外していた。
「異界にそんな使い方があろうとは。確かにエルフの手には負えない」
「当然だ。こんな使い方を人間やエルフがやったらたちまち世界が破滅する。バルナゥら竜でも無理。異界を選べる神だからこそ可能な芸当なんだ」
『しかし、こちらに招くも向こうに突き抜けるも対策の打ちようはある。こちらと同様にマナを減らせば招く事は出来ず、増やされれば突き抜ける事も出来ぬ。そこはどうする?』
「招く異界はベルティアにぶん投げろ」
『汝、ぶん投げるのぅ……』
神が結託できるのなら、ベルティアが他の神に頼む事もできるだろう。
うちのイグドラを助けてくださいと頭を下げて回るもよし、対価を与えて依頼するもよし。
その手段はカイの知ったことではない。
「そしてイグドラ、お前には非効率的かつ小規模な異界を顕現してもらう」
『腹の足しにもならぬぞ……』
「そこは数で補う。周囲は見渡す限りマナの枯渇した砂漠の畑。誰の迷惑にもならずに異界を顕現させ放題だ」
『ち、ちょっと待て、汝は余にいくつ異界を招かせる気じゃ?』
「決まってるだろ。可能な限りたくさんだ」
慌てるイグドラにカイは言った。
「格上過ぎる異界を招くとお前が天に還った後で世界が困るかもしれないからな。だからこの世界で討伐できる程度の異界からちょっとずつマナを頂く。一億でも一兆でもとにかく多ければ多いほどいい。そして一日何回も顕現させて刈り取れば……」
『待て、待つのじゃ! そんな細々した事を余にやれと言うのか? 無理じゃ! 無理無理!』
目を激しく瞬かせて無理を連呼するイグドラに、カイは冷ややかな目を向けた。
「……お前、エルフの振る舞いにいちいち細かくツッコミ入れてただろ」
『ぐ!』
カイの言葉にイグドラが呻く。
「うちのミリーナとルーがぶっ飛ばした樹を不自然に倒して二人を潰してくれたよなぁ」
『ぐぬ!』
「システィやマオの武器はここぞという所でエルフに味方したらしいし、バルナゥの時も武器が動いたし、ソフィアさんの胸吹っ飛ばした枝なんて完全に狙ってたよな。どうせ他のエルフにも似たような事してるだろお前……あぁ、そういえばイガ栗でエルフを殴りたくて俺の邪魔をした事もあったな」
『ぐぬぬ!』
「大体、恨みつらみがあるなら細かい相手にも直接手を下さないと気が済まないだろう?」
『ぐぬぬぬ……!』
カイの指摘にイグドラはぐぬぬと唸る。
怯むという事は身に覚えがあるという事だ。
あれを狙ってやっていないと言うのなら祝福にすさまじい条件付けがされている事になる。
力を送る世界樹がその都度決定していると考えた方がまだ納得できる。
相手は堕ちてもこの世界を回す神、世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラ。
生きとし生ける動けぬ者の王。植物の主だ。
植物の数は億などという単位ではとても足りない。
少なくともエルフの動向を逐一知る位できなければ植物を統べる事など出来はしない。今はカイ達に合わせて対話しているがカイ達とイグドラは根本的に格が違うのだ。
億や兆程度の把握が出来ないはずがない。
そしてエルフをちまちまイビっていたのだ。細かい事も出来るはず。
出来なければ出来るようになってもらうまでの事だ。
この世界の未来のために。
イグドラはしばらく唸っていたが開き直ったのだろう、カイに叫んだ。





