7-9 神の座はでかいヘルシー鍋
「行こう」
ベルガを先頭にカイ、ミリーナ、ルー、メリッサ、カイツースリー、ジョセフィーヌとクリスティーナが境界を潜り抜ける。
参道の終着点、ダンジョンへと続く洞の先は広大な空間が広がっていた。
「なんだこれ……向こうの端が見えないぞ」
「これがダンジョンえう?」「広い」「信じられませんわ」
「さすがは神といったところか」
カイ達はダンジョンを入ったところで立ち止まり、呆然と周囲を見渡し呟いた。
空も地も緑に輝く世界が強烈なマナと共にカイ達を出迎える。
天はどこまでも高く、地はどこまでも続いている。
そして世界の果ては見えないほどの彼方だ。
ダンジョンとは世界と異界が混ざり合う不可思議な限定空間。
ここまで広くはならない……はずだが、ここは外の世界とまるで変わらない。
「あのバルナゥが比較対象にすらならんとは」
「バルナゥとは格が違うという事か」
「神えう」「む。さすが神」「とんでもないですわ。常識外れが過ぎますわ」
カイ達は見渡す限り果ての無い完全な世界に驚き、外とあまりに違う自然の豊かさと実りに目を剥き、ここに早く来ていればバルナゥの血肉なんぞ食べなかったのにと後悔した。
「す、すごいえう。早くここに来ていればくそまずい血肉いらなかったえう」
「マナたくさん、魔石たくさん、ご飯たくさん」
「そうですわね。あのくそまずい狂気の日々は一体何だったのでしょうか」
「いや、知ってればとっとと来たよ俺も」
「……私に言われてもな」
ミリーナ、ルー、メリッサの物言いたげな視線をカイがベルガにぶん投げ、四人の視線にベルガが知らんとそっぽを向く。
しかしこの風景を見ているとあのくそまずい生活が無意味でしたと言われているようで辛い……
いや、かなり辛い。
皆、狂気に苦しみながらバルナゥのくそまずい血肉を食べたのだ。
カイは半ばやけっぱちに手近な樹木から実りをもぎり、口にする。
「……」ゴン「え゛う゛ぅ」ゴン「ぬ゛ぐぅ」ゴン「うっ」ゴン「くそまずい」
カイは無言でミリーナの頭に果実を当て、それを食べたミリーナ、ルー、メリッサは叫びながら次々に果実を頭に当てて回し、ベルガが皆の言葉を代弁した。
マナが含まれすぎると不味くなる。バルナゥの言葉の通りである。
カイは美しい風景を驚愕の眼で見つめ、叫んだ。
「なんてこった……でかいヘルシー鍋じゃねーか!」
「ま、間違いではなかったえう! くそまずいの我慢して良かったえう!」
「む。くそまずくて良かった」
「こんな中で栽培していたらピーも真っ青な狂気の世界に旅立ってしまっていましたわ! ぷぴーぷぴー!」「食べとけ」「ぷー」
「ベルガありがとう!」「知らないでいてくれてありがとう!」
「う、うむ! 私も知らなくて本当に良かった!」
ピーを含む皆の絶賛に何とも納得できない顔でベルガが頷き、皆で笑う。
知らなくてありがとうベルガ!
カイも全く同感だ。
こんな場所を知っていたら竜の血肉ゴリ押しでこの場所に来ていたに違いない。
そして我慢してくそまずいご飯を食べていただろう。
この場所ではまずいご飯しか作れず、外にも畑は作れない。
せっかくここまで来たんだからと耐えに耐えて狂気に涙していたに違い無いのだ。
皆でひとしきり笑った後、カイはマナの圧力がずいぶん楽になった事に気が付いた。
指輪の魔石を強力なものに変えたためか、世界樹が気を利かせてくれたのか、それとも気の持ちようなのか……カイは考え気の持ちようだと結論する。
アレク達が平然としていたようにカイも慣れてきたのだろう。
とても不本意だが人としての器が少し大きくなったらしい。
実力相応の器でいいんだが……
カイは歩きながら不要な器に苦笑いだ。
「それにしても、すごいな」
くそまずいけど。
「自然豊かでご飯もたくさんえう……くそまずいえうが」
「む。さすが世界樹半端無い……くそまずいけど」
「さすがエルフを呪う世界樹。植物の生長も見事ですわ……くそまずいですが」
「そうだな……くそまずいが」
参道は木々の間を曲がりくねりながら続き、カイ達は外と内とのギャップに感心しながらゆっくりと歩く。
やがて一行は巨大な螺旋階段のある広間にたどり着いた。
「バルナゥの所にもあった各階層への連絡通路か」
「階層は……八億三千万階層? どんだけ階層多いんだよ」
「こんなの討伐不可能えう」
「主が神ですから、子供の喧嘩に大人が出てくるようなものですわね」
「そう言われるとみっともない」
あまりの階層の多さに呆れると共に異界を気の毒に思わずにはいられない。
うちの神様がすみませんである。
異界の神の方が反撃して来ない分だけ大人なのか?
と、何とも言えない苦々しさを感じながらカイ達は広間を通り抜け、木々に挟まれた細い通路を進む。
わずかな上り坂になっている参道は小高い丘へと続いている。
周囲に木々がぐるりと囲む頂きが主の間なのだろう。
「いよいよだ……」
「えう」「む」「はい」
カイはぐっと拳を握り、ミリーナ、ルー、メリッサはカイに寄り添いカイを支える。
カイスリーの分割体がまず木々の壁を越え、続いてベルガ、カイとミリーナ、ルー、メリッサ、そして獣を連れたカイツースリーが続く。
「ここが、主の間か」
警戒しながら入ったカイ達は、ただ木々に囲まれただけの広間に出た。
木々の根がうねり床を作る、だだっ広いだけの広間だ。
床が根であるにも関わらず足場は平坦で、異界との混じり合いが奇妙な空間を形成している事が分かる。
世界樹が作り上げたダンジョンでも侵攻された異界の都合が混ざっているのだ。
「根なのに平らえう」
「異界の都合で戦いやすくしてあるのだ。討伐しなければ困るのだからな」
「凹凸だと攻める側は面倒だもんな」
カイは根の地面を靴の裏で確認し、頷いた。
主の間に必ずたどり着けたり主との戦いの場が用意されていたりするのはダンジョンに必ずある構造だ。
カイ達が今立つ丘の広場も大勢で戦うのに十分な広さを持っている。
これが侵攻した側の都合で作られていたのなら狭く逃げ場のない構造に作る事だろう。
いや、そもそも主の間に辿り着けないように作るだろうな……
カイは床に走る放射状に伸びた根を中心へと辿りながら思う。
この構造はマナを奪われていく異界の願い。せめてもの抵抗なのだ。
根の流れに沿って進み、やがて広場の中心に踏み込んだ一行は不自然に平坦な切り株の上に立つ。
カイ達は周囲を見回し、首を傾げた。
「むむむ何もない」
「こういう所は流れに沿って行けば何かあると思っていたのだが」
「呼び出すのに何か道具が必要えう?」
「そのような道具が必要ならアトランチスか野営した拠点に何かがあるはずではないでしょうか? そもそも私達は討伐に来た訳ではないのですから」
「どこかに呼び鈴とか……ないな。どうすんだこれ……げっ!」
カイは周囲を見回して何も無い事を確認すると天を仰ぎ、そして目を剥いた。





