7-8 冒険者、決断の日
次の日。
カイ達は照明が明るくなった頃に食事を終え、荷物をまとめて出発した。
目指すは世界樹の洞の奥、そこにあるとされる神殿だ。
「いよいよ世界樹の洞だ」
「ああ」
ベルガの言葉にカイは頷く。
かつてのエルフはそこで世界樹に拝謁していたと伝承されている。
しかし存在の差がここまで違うと拝謁の形がカイにはまったく想像できない。
なにせ相手は堕ちても神。
そしてカイ達よりも大きなオイルバグを無視し大火を放置した別次元存在だ。
エルフと人間を養分を集める根として使うような存在と、はたして対話が成立するのか。
進む度に強まる不安と緊張にカイの息は詰まり、カイは深呼吸を繰り返す。
しかし止まっても何にもならない。
この先に行かなければ物語は終わらない。
そしてカイと三人が目指すハッピーライフ物語はこの先に行かねば始まらない。
エルフの呪いを祝福に変え、世界樹を天に還し、実がもたらすであろう異界の顕現を何とかする。
それがカイがベルティアからぶん投げられた物語だ。
「カイ、大丈夫えうか?」「水飲む?」「回復しますか?」
「大丈夫だ……まだ」
カイは無理に笑って指輪の屑魔石を交換する。
強がってはみたが緊張と強まるマナはカイの内側をジワジワと攻めてくる。
竜の肉を一口かじってから出発したもののマナの圧力は常にカイを苦しめる。
近づくほどに強くなるマナは大竜バルナゥの棲み家以上に魂が縮み上がるような感覚をカイに与え、歩を進めるほどにその足を重くする。
バルナゥも人と次元の違う生き物だが世界樹はさらにその上を行く。
なにしろ神。この世界の創世に関わる世界の一柱でありバルナゥを木っ端屑で圧倒する存在である。
当然バルナゥより強烈だよな……あのバルナゥを木っ端屑で圧倒したんだし。
カイは参道を眺め、ため息をついた。
竜峰ヴィラージュでもそこらに転がっていた宝石と魔石だが、この道はそれより二回りほど大きいものが敷き詰められている。
「宝石でも魔石でも、ひとつで一生遊べる金が手に入るな……」
「一生食べ放題えう?」「むむむエメリ草の一株三百食より偉大」「食べ放題! 素晴らしいですわ!」
「いや、怖いだろ」
「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
そんなのが道の砂利。
さすが世界樹。格が違う。
ひとつで一生遊んで暮らせる程のそれらを踏みしめ、カイ達は参道を進む。
やがてバルナゥの時と同じように周囲が次第に透き通り、マナに揺らぎはじめた。
「なあベルガ、洞というのはもしかして……」
「あぁ。間違いなくダンジョンだな」
カイの言葉にベルガが頷く。
バルナゥの存在ですら異界に突き抜けるのだ。世界樹なら確実だろう。
はじめて話を聞いた時に世界樹に洞なんてあるのかと思っていたカイだが、異界へと突き抜けているなら納得。
世界樹はそのダンジョンの主であり、神を祀る神殿は異界にとってダンジョンの最下層、主の間なのだ。
揺らぐ参道をしばらく歩くと参道を覆っていた根が参道から離れはじめる。
幹が近いためだろう。
根はやがて参道から完全に離れ、カイ達の前に世界樹の幹が姿を現した。
「でかい……」「ああ」
「大き過ぎるえう」「壁?」「近くで見るとものすごいですわね……」
ぷぎーぶもー、二頭も唖然としている。
巨大すぎる幹は人の大きさではそそり立つ断崖のごとくだ。
遠目で見ていなければ深い谷の底にいるとしか思えないだろう。
根は山のように一行の左右をうねり、幹はカイ達の眼前に天までそぴえて枝葉と共に空を封じている。
樹皮の凹凸すら谷の横道に見えてしまうほどの恐ろしい巨大さにカイ達はただ圧倒され、こんな樹木がなぜ存在できるのだと首を傾げる。
バルナゥをはるかに超える巨体とマナ密度。
維持するには相当のマナが必要になるだろう。
地、エルフ、人、竜……
全てを食らう暴食は全てを食らわなければ存在を維持できないのかもしれない。
たとえそれがくそまずくても。
参道の続く先からは強烈なマナがあふれてくる。
宝石と魔石の砂利の先、うねる樹皮の先にあるのは世界から異界に突き抜けたダンジョンだろう。そこから溢れたマナを世界樹だけで食っているのだ。
「どんだけ食うんだよ」
「周囲は砂漠だから独り占めえうね」「ご飯独り占めうらやましい」
「怪物にずいぶん横取りされていましたが……」
「それも世界樹にとっては大した量じゃないんだろう。まるっと無視だからな」
もはやカイは呆れ顔である。
存在の次元が違うと常識もまるで違う。
そこら辺の一生遊んで暮らせる魔石や宝石も世界樹からすれば歯に挟まった食べカスのような物であり、オイルバグに奪われていたマナも垢のような物だろう。エルフも人間も生活に役立つ菌程度でしかないのだ。
正直まともに相手をしてくれるのかカイは不安で仕方がない。
足取り重く参道を進み、樹皮の隘路の奥に開いたマナの源泉、世界樹の洞に足を進める。
さらに強烈なマナの流れにカイの魂が縮み上がり、足が震える。
竜肉を食べていてもこの有様である。
どれだけの超回復力があろうがカイはカイ。強くなった訳ではないのだ。
震えた足が魔石の上を滑り、よろける。
そんなカイをすぐにミリーナ、ルー、メリッサが支えた。
「カイ、ここの魔石取っておくえうよ」
「指輪の魔石がもう消耗してる。強い魔石超重要」
「カイ様が高価な物を厄介と思う気持ちはよく解りますがこの先の用心の為にいくつか所持しておくべきですわ」
「そうだな。余ったら捨てればいいか」「えう」「む」「はい」
「俺らも持っておくか」「そうだな」
このままでは話も聞けない。
カイは足元の魔石をいくつか拾ってポケットに入れ、指輪の屑魔石と交換する。
足の震えを叩いて止めて、不可思議に開く洞を足を踏ん張り睨む。
戦う訳では無いのに緊張感で体が強張る。
空元気だがここからが勝負だ。
自分の家族の為に、家族が暮らす世界の為にクソどうでも良いベルティアの望みを叶えなければならない。
カイはへなちょこ。
だから使えるものは何でも使え。
カイツースリーも妻達も魔石をいくつか集めて懐に入れ、カイに向かい頷いた。





