7-6 お前らが決めたんだから文句無いよな。な?
「カイ、なんか難しい顔してるえうよ」
「芋煮足りない?」
「こ、このメリッサの椀からこの芋を、この芋をお取り下さい……くううっ!」
「そんな涙ながらに言われてもなぁ。そんなに難しい顔してたか」
「えう」「む」「はい」
食への執着半端無いエルフに芋煮を譲られてしまうほどに心配されてしまっているとは……いかんいかん。
カイは芋煮を一口頬張り、皆に聞いてみる事にした。
「世界樹の洞に行って対話したとして、そこからどうしようかと思ってさ」
「えう? エルフの呪いを祝福に変えてくれと要求するのでは?」
「繁殖は迷惑と文句を言う?」
「天に還れと追い出すのですよね?」
さすが長年呪われたエルフ。
世界樹に容赦ない。
「お前ら……ご飯の度に薬草を要求していたのは煮込む為だけじゃないぞ」
「それはあったかご飯の対価えうよ」「む」「豊かな食生活の一助ですわ」
「世界樹に対しても何かしらの対価が必要だろ。一方的に言う事聞いてくれたらエルフだって呪われていない」
「えう」「む」「そうですわね」
「結局エルフはどうすれば良かったんだろうか。何を間違えたんだろう」
芋煮を食べながらカイと三人が考える。
何かを要求するための対価。
全てはここで行き詰まるのだ
エルフの呪いを何とかするには繁殖を妨げた代償が、つまり対価が必要。
世界樹の実を何とかするにはそれだけの対価が必要。
世界樹を天に還すためには神の座に戻せるだけの膨大なマナという対価が必要。
どれもこれもカイには用意できない代物だ。
「自力で何とかしようとしたのが、エルフの間違いだったのではないか?」
「ベルガ?」
カイと三人が悩む中、芋煮を食べ終えぬるま湯で一服していたベルガが言った。
「我らの祖先もおそらくベルティアに選ばれていたのだろう。しかし祖先は自らの力量の及ぶ事しかせずに祝福と奉仕の関係を結び、実を作られ手に負えなくなり食べて呪われた。神の振る舞いなど我らの手に負える訳がないのにな」
「それが悔恨の本質という事か」
「私はそう考えている。我らの力で出来る事などたかが知れている。お前のように出来ない事はぶん投げないといけなかったのだ」
ベルガがカイに頷く。
「カイ、お前が自力で解決出来ない事くらいベルティアは承知しているはずだ。お前は力がある訳でも権力者でもない。それでも選んだのだからベルティアは対価ではなく決断を求めているのではないか?」
「つまり、俺は決めるだけで良いと?」
「あぁ。相応の責任は世界にもたらされるだろうが、そこはうまくやってくれ」
言いたい事を言い終えたのだろう、ベルガはぬるま湯を再び飲みはじめた。
カイは芋煮を食べながらベルガの言った事を考え、自分がするべき事を考える。
しょせんは下級冒険者。出来る事などたかが知れている。
その範疇で何かをしなければならないと考えていたがそれを行ったエルフは種全体が呪われた。
結局は世界樹とベルティア次第なのだ。
ベルガの言葉が正しいならばカイは世界に生きる者の代表であり、二柱の神に世界の選択を告げる存在でしかない。
お前らが決めたんだから文句無いよな。な?
神からの言葉が聞こえたような気がしてカイはため息をつく。
これでは物語の主役と言うより責任を押しつけられた下っ端だ。
そしてその決断は世界全体に及ぶ。
そう考えると影響を己の種族だけに収め、数百万年も世界を保ったエルフの決断は世界に栄光をもたらす英断と言える。
今のエルフからの評判は散々な、問題の先送りだが。
竜皇ベルティア。
バルナゥの陰湿者という評価は実に的を射ている。
決断に基づく行為は行うが責任は世界にまるっとぶん投げて、しかも自らは隠れたままだ。
現れない事自体は別に構わないし現れて欲しくない。
現れた世界樹を神の座に還すだけでこの有様なのだ。ベルティアまで世界に現れたら完全に世界が終わる。
しかし何の説明も助言も無いのはどうなのか。
神の問題なのにこのぶん投げっぷり。この世界が嫌いなのかと思うほどである。
俺ってとことん便利屋だよな……
トホホとカイは肩を落とす。
ミリーナと出会ってからというものぶん投げられるスケールがどんどんでかくなっていくカイであるが、まさか神にまでぶん投げられるとは思ってもみなかった。
やれといわれても出来ない事ばかりの中で、自分に何ができるのか。
ご飯が終わり、片付けと栽培された食料の収穫をしながらカイは考える。
カイが持っていない対価はカイには用意しようがない。
だから、カイは対価で世界を振り回す事になる。
エルフは世界を異界から守るために自らの存在を対価にした。
聖樹教は世界樹の葉と権益を得るために人間を繁栄させ、異界討伐と罪人と竜という対価を用意した。
カイにはこの二者の対価は使えない。
エルフの呪いを祝福に戻す事はカイと妻達の願いだ。願いと対価が同じなどありえない。
そして権力者でも勇者でもないカイには異界討伐も罪人も対価にできない。
バルナゥや他の竜をこんな理由で討伐できる訳も無い。
大体竜は世界を異界から守る盾なのだ。これ以上減ったら世界が滅びる。
神を天に還して世界が滅びるなど論外だ。
結局、アテは一つしかない。
それもアテにして良いかどうかも不確かなものだ。
あとは当事者である世界樹に聞いてみるしかないな……
カイは天幕を張り、荷物を整理し終えるとごろりと寝床に寝転んだ。
時間で制御されているのだろう、照明が暗くなりはじめる。
全ては明日。
神殿で世界樹と対面してから決める事だ。
カイは瞳を閉じようとして、天幕の裾から妻達が覗いている事に気が付いた。





