7-4 ↑←→←↑↑←↑↑……ぺりっぽぺぺんぷぷぽぺぱ!
ぷぎー! ぶもー!
ジョセフィーヌとクリスティーナが蹄を砂に叩き付け、一行は頭上からの逃避行を開始した。
竜肉を食らった二頭の獣は体調マシマシ。ぐんぐん速度を上げていく。
しかし頭上の枝葉ははるか先まで続いている。
炎が渦巻く世界樹のふもとは火の粉と燃えるオイルバグが嵐の如く。広がる火の速度は尋常ではない。
「突風で加速えう!」
「私も手伝うぞ!」
ミリーナとベルガが竜の肉をひとかじり。
その直後、強烈な風が一行を突き動かした。
二人の風魔法だ。
「まずいえう!」「くそまずい!」
まずいくそまずいと叫びながら二人が吹かせた強烈な追い風が獣を激しく押し出して、二頭は放たれた矢のように加速する。
「むふん。さらに加速……むむむくそまずい!」
今度はルーが竜の肉をひとかじり。
水魔法で後方に撃ち出された水の反動に二頭の蹄が空を切る。
ぷぎーぶもー。
駆ける速度を大きく超えた一行は砂の斜面をものすごい速度で下っていく。
「止まる、ダメ」
慌てた二頭が足を止めて踏ん張ろうとした蹄にルーのさらなる水魔法が膜を形成、ハイドロプレーニング現象を引き起こす。
濡れた地面で滑るアレだ。
「うふふふついーっとな」
「大丈夫ですわ。二頭とも落ち着いて!」
ぷぎーぶもー。
悲鳴を上げる二頭をメリッサがなだめて落ち着かせ、一行はつるつると山の斜面を滑走した。
風は追い風、水投射、地面はつるつるよく滑る。
減速する要素をかたっぱしから潰した一行は恐ろしいまでに速度を上げて、世界樹の枝葉の下を駆けていく。
やがて火の広がる速度を超えた一行はつるつる滑りながらオイルバグの落下範囲から脱し、カイは後方でオイルバグが激しく燃える光景を危なかったと振り返った。
「よし、炎の傘の外に出たぞ!」
「あとは砂のうねりを乗りこなせば逃げ切れる!」
しかしまだ、世界樹の枝葉の傘の下。
そこから逃れなければ一行に未来は無い。
「メリッサ!」
「上です!」
「上ついーっと」
ルーの水魔法が下に投射され、一行が砂の突起を飛び越えた。
「左、右、左、上、上、左!」
「えう!」「それ!」「えう!」「ぬ!」「ぬ!」「えう!」
メリッサの指示に従い、皆が風魔法と水魔法で砂の障害を避けていく。
左移動はミリーナ、右移動はベルガ、上移動はルーの担当だ。
強化魔法で感覚を強化したメリッサの指示のもと、皆は魔法を的確に使い砂の山を滑っていく。
風と水が二頭の周囲でうねり、踊り、翻弄する。
二頭はぷぎーぶもーと叫びながら、メリッサの言いつけをよく守りふんばっていた。
「上、上……ぺりっぽぺぺんぷぷぽぺぱ!」
「ぬ!」「ぬ!」「ぬぬぬっ!」
「ナイスえうルー!」
「ぬおおメリッサ、食え!」
「ぺぷぷ……あふんっ」
狂気に染まったメリッサにカイが抱き付き飴を食わせる。
指示は無くとも空はある。左右どちらの指示も出せないメリッサにルーが全力上移動をかけ、障害を飛び越えた一行はそのままふわりと空に舞い上がった。
「このまま飛ぶえう!」「む!」「わかった!」
地面で体を支えた方が楽だがもうやけっぱちだ。
ミリーナとルーとベルガが魔法で一行をひたすら飛ばす。
くそまずい竜の肉の力で無理やり空を駆けた一行は炎に踊る世界樹の枝葉の傘を何とか脱し、陽光の下ひゅるりらと落下した。
「衝撃を和らげるぞ!」
「えう!」
「逆噴射ごーごー」
「足に強化魔法を集中します! 二頭ともふんばって!」
ぷぎー! ぶもーっ!
蹄で砂を掴んだ二頭が衝撃に鳴き叫ぶ。
普通なら骨が砕けて絶命する着地もくそまずい竜の肉あれば何のそのだ。骨は砕けた直後に再生され、また砕けて再生され、またまた砕けて再生された。
駆ける十倍以上の速度で飛んだジョセフィーヌとクリスティーナは着地にひたすらふんばり続け、砂地に派手な激突跡と長い滑走痕を残してようやく停止した。
助かった……
と、皆が背後を見ると凄まじいまでの炎の嵐である。
今や世界樹は全体が燃えている。
その様は山火事というより火山の噴火だ。
黒煙がもくもくと空に走り、煤のかかった空が強い日差しを遮っていく。
あの黒煙は異界に奪われたマナが再び世界のマナに戻った姿だ。
いったい、どれだけのマナが奪われ続けていたのだろうか……少なくとも数百万年もの間、膨大なマナが世界樹に寄生していたオイルバグに奪われ続けたことになる。
エルフは世界樹や人間だけでなく、異界の怪物にも搾取されていたのだ。
「我らが捧げたマナはあれだけ無駄にされていたのか」
「あんなのに力を吸われたなんてもったいないえう」
「あの中に私が吸われたマナが入っていると思うと何ともやるせなくなりますわ」
「む。世界樹はたぶん知らない。でかいから」
エルフの四人は何とも嫌そうに燃える世界樹を睨む。
いやがらせを受け続けて数百万年。
その積み重ねが無駄遣いされていたとなれば不快なのも仕方がない。我らのしてきた事は何だったのだと思っているのだろう。
カイ達も燃える世界樹には嫌な顔。
派手に燃えているが世界樹は間違いなく無傷。人間にとっては災害でも世界樹ほどの巨体になれば大したことではない。
それどころか異界のマナを世界のマナに変えて元気になっているかもしれない。
完全に次元の違う生物であった。
「存在が大き過ぎる弊害だな。おそらく世界樹にしたら大した事ではないぞあれ」
「異界の生物も垢みたいなもんかよ」
「うわ、じゃあ今の状態は風呂に入ってるようなもんか。お肌ケアかよあれが」
「大きさ的には俺らも似たようなもんだろうなぁ」
「あれか、俺らは暮らしに役立つ菌扱いか。店先で撒かれる薬草の搾りかすか」
「拝謁していたのだからそこまでひどい扱いではないだろう……ないよな?」
「……ご飯にするか」
ぷぎーぶもー。
二頭が黒煙を前に鳴く。
どのみち火が消えなければ先には進めない。
一行は適当な場所で待つことを決め、いつものように煮込みと栽培と戦利品獲得を開始した。
ヘルシー鍋で肥料を作り、作物をふんぬと育ててペネレイを摘み、薪を作る。
寄ってきたのか逃げてきたのかサンドワームは大漁だ。
魔炎石と屑魔石を補充してあとは肥料、肥料、肥料……作物をこんもり作った皆は竜肉のくそまずさを忘れるように食べまくり、討伐しまくり、栽培しまくった。
近くで炎が燃え盛っていようがご飯が無ければ非常に困る。
命はご飯が無ければ続かない。竜の肉では決して続かないのだ。
そう、決して。
世界樹の火は三日三晩燃え続けた。
一行は備蓄を蓄えながら下火になるのを待ち、聖なる道を再び進みはじめたのであった。





