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7-3 カイは願いで敵を討つ

「とりあえず一匹、燃やしてみるか」

「そうだな」「良い案も無いしな」


 カイ達が立ち上がる。


 オイルバグは魔炎石や松明程度でも良く燃えるものらしい。

 だから繁殖している場所では松明を投げ込んで数時間から数日待つのが定石とされている。

 マナが散ってしまうので戦利品は手に入らないが、どうせ手に入っても屑魔石。

 寄生や戦う危険と比べれば取るに足りないものだ。


「しかしこれだけの数、ただ燃やすだけじゃ無理だろ」

「まあ、そこはひと工夫だな」「まかせたぞカイ」

「お前らも俺にぶん投げるんだな」「「まかせたぞカイ!」」「うるせぇ!」


 しかし派手に燃やすにはひと工夫いるだろう。

 システィのように火魔法が使えれば確実だがそんなものは無い。

 無の息吹を持つエルフに使えるわけもない。


 危険だが、それしか無いな……


 カイはため息をつき、荷物を持たせた獣の方へと歩いていく。

 用意するのは薪と魔炎石だ。


 とりあえず一日分の量を用意して三人でそれを持ち、カイ達は互いに頷く。

 カイ達は以心伝心、細かい手順の確認は必要ない。


「やるえうか?」「む、方針決まった?」

「このメリッサ何事もカイ様のお望みのままに。強化魔法ですか?」


 歩き始めたカイ達を見てミリーナ、ルー、メリッサが寄ってくる。


「……これが新婚って奴か」

「「いいなぁカイワン」」「ワン言うな!」


 このあたりが本当に新婚っぽくてカイは思わずニヤケ顔だ。

 うちの嫁かわいい超かわいい。

 ベルガが警戒を続けている中、カイはメリッサに言った。


「そうだな、強化魔法は頼む」

「ふんぬぅーっ!」

「ありがとう」


 カイの全身をメリッサ渾身の強化魔法が包み込む。

 カイの実力では付け焼刃だが体はずいぶん軽くなった。

 戦うには不十分だが逃げる一助にはなるだろう。

 カイはメリッサにありがとうと告げると、皆に説明を始めた。


「皆はここでいつでも逃げられるようにしておいてくれ」

「えう? 何もしなくていいえうか?」

「火を使うからな」

「燃やす?」

「物は試しだがどうなるか分からん。俺が逃げはじめたら全力で世界樹から離れてくれ」

「なぜですの?」


 首を傾げるメリッサに、カイは嫌そうに上を指差した。


「たぶん、上から落ちてくる」

「えぅうぅぅ」「ぬぐうぅぅ」「ふ、ふっぺぴぴんぱふ」


 枝葉の今を想像したのだろう、三人が天を見上げて呻く。

 遠すぎて見えないが根と同じような状態になっているのは確実。繁殖力の強い虫は放置しておくと目も当てられない状態になるのだ。

 三人はブルリと体を震わせ、皆でゴショゴショと相談した後カイに告げた。


「ここでカイを待つえうよ。逃げるなら風魔法と水魔法を使った方が速いえう」

「そうか。なら合流後すぐ逃げられるようにしておいてくれ」

「えう」「む」「はい」

「じゃ、行ってくる」

「カイも戦うえうか?」

「戦わないがそれなりに近づかないとな。俺にしか出来ない事もあるし……危なくなったらカイツースリーを生贄にするから大丈夫だ」

「「えーっ」」

「竜肉がっつり食べるえう、いきなり未亡人は嫌えうよ!」

「カイはへなちょこ気を付ける」

「カイ様、ご武運を」

「おう」


 心配するミリーナ、ルー、メリッサの言葉にカイは手を振り、砂の山を下りはじめた。

 歩きながら竜の肉をひとかじり。


「まずい」「まずいな」「くそまずい」


 カイはくそまずい味に呟きながら魔炎石にマナを込め、力の限りぶん投げた。

 強化魔法のおかげだろう、魔炎石は煙をなびかせながら百メートルほど先の砂地に落ちる。

 薪を投げるとその半分くらいの距離まで届く。

 カイツースリーはカイの倍くらいの距離だ。


「強化魔法を使ってもこの程度か」

「まあ、俺だからな」「俺だもんなぁ……」


 強化魔法をかけてもらってもカイはこの程度。

 オイルバグに投げ込む役はカイツースリーに任せ、カイは火の管理に専念する事にした。


 カイは怪物が絶対近づいてこない距離まで近づくと薪を縛る縄を解き、魔炎石を使って松明に火を点けた。

 メラメラと燃える松明を手にカイ達はオイルバグに近づいていく。

 これまでの経験からオイルバグがこちらに気付く距離は百メートル前後。

 カイツースリーの魔炎石射程なら襲われず、薪射程ならギリギリだ。


「とりあえず魔炎石を投げてみる」


 カイスリーが宣言して、魔炎石にマナを込めてぶん投げる。

 くすぶりながら飛ぶ魔炎石は飛翔中に発火し、根に群がるオイルバグの中へと落ちていく。


 そして……ボスン!


 気の抜けた音を立てて数匹のオイルバグが燃え上がった。


「ず、ずいぶんあっけないな」「あんなもんなのか?」「さぁ?」


 遠くで燃え上がるオイルバグに、カイ三人が首を傾げた。

 薬草生活の青銅級冒険者カイにオイルバグ討伐の経験は無い。景気良く燃えているオイルバグに皆で首を傾げるしかないのだ。


 うぞぞぞぞっ……ボスン……うぞぞぞっ……ボスン……


 熱いのだろう、火の点いたオイルバグが走り回って勝手に火を広げていく。

 燃える、すごくよく燃える。


「燃えるな」「すげぇよく燃える」

「ええい、もうやっちまえ!」


 消えずに広がる様を見て、カイ達はそう決断した。

 カイは魔炎石を投げさせながら薪の届く距離まで接近して薪を投げさせ、火の勢いを広げていく。


 火元を全て投げたカイツースリーは剣を抜き、燃えながら襲い来るオイルバグを討伐する。

 砂漠の風よりも熱い爆風がカイの頬を撫で、火の粉が皮膚を焦がしていく。


 至近距離で爆ぜたオイルバグはまさに油の固まりだ。

 燃えると共に火の粉が舞い、周囲を火種で満たしていく。

 絶命したオイルバグが姿をマナに変えていく。


「やるぞ!」

「おう」「頼むぞ!」


 カイがここにいるのはひと工夫のダメ押しの為だ。

 薪と魔炎石ではたかが知れている延焼をより迅速に、広範囲に起こすためにカイにしか出来ない事をするためここにいる。

 討伐されていくオイルバグを前にカイは願い、叫んだ。


「爆ぜろ!」


 向こう側に……!


 世界のマナに変わりつつあるオイルバグにカイは願い、カイの意思を受けたマナが爆ぜて火の粉を飛ばしていく。


 ギギュグゲゲゲ……!!


 ややあって、火の粉に触れたオイルバグがいっせいに燃え上がった。

 エルフでは願いが潰れてしまい、カイツースリーでは願えない。

 火の拡散はカイにしか願えない戦利品だ。


 近づかなければ願いは届かない。効果を確認してカイ達は前進を開始した。

 絶命したオイルバグがマナに還り、カイの願いを受けて火を拡散していく。


 カイは願いながら願いを微調整していく。

 風向き、角度、量、温度……どのように願えばより成果を上げられるのかを確認しながらカイは願いを重ね、周囲を火の海に変えていく。

 根に近づくほど願いに応えるマナは増え、カイの願いが爆発的に広がっていく。


 火と共に生まれるのは風だ。

 風に乗れば火の粉はより遠くまで届き、火をますます広げていく。

 もう火を願う必要は無い。カイは願いを風の制御に変えてひたすら願った。


 強い風を願い、火の粉を一帯に撒き散らす。

 カイの願いが届かなくとも届いた火の粉はオイルバグを燃やし、燃えたオイルバグは走り回って周囲のオイルバグを燃やしていく。


 新たに生まれた火は新たな風を生み、さらに火を広げていく……

 いつしか世界樹の麓は火と風が荒れ狂い、もはやカイが何も願わなくともオイルバグは火に暴れ、爆ぜて火をまき散らし続ける理想的な循環が出来上がった。


 膨大な火が生み出す風が周囲に災厄を広げ、となりの根にまで火を運んでいく。

 遠くに見えるとなりの根に火を見たカイは世界樹の根を観察し、焦げても燃えてもいない事を確認した。


 さすが呪いの元凶、世界樹。

 火などまったく受け付けない。

 非常識な樹木である。


「さすがは無の息吹だな」

「枝でもバルナゥのマナブレスの直撃に耐えるんだ。この程度の火で根が燃える訳もなかったか」

「まあそれはとにかくそろそろ逃げるか……上が危ない」

「「……」」


 カイスリーの言葉にカイとカイツーが上を見た。

 生まれた上昇気流が火の粉を運んだのだろう、枝葉に星のような輝きがポツポツと見えている。

 燃えたオイルバグである。

 輝くそれは蠢き周囲に火の粉をまき散らし、燃えながら落ちてくる。


「「「やばい!」」」


 燃え落ちたオイルバグが地面に激突し、油をぶちまけ周囲を火の海に変える。


 このままでは逃げ道が無くなる……!


 想像以上のヤバさにカイらは必死に走った。

 先行するカイツースリーがまだ生きているオイルバグを切り飛ばし、逃げ道を作るためにカイが風を願う。

 生まれた風はカイ達を避けるように吹き落下するオイルバグを誘導し、逃走経路上のオイルバグを左右に逸らして落としていく。


 カイが炎の中でも活動出来るのは強化魔法と妻達の指輪の祝福のおかげだ。

 風は呼吸を助け、水は霧となってカイの周囲の熱を奪う。強化魔法はカイに一段上の動きをもたらしてカイを炎から守った。

 左右に火が燃え盛る中、かろうじて残った一本の道をカイらは走り、斬り、風を願い逃げまくる。


「カイ!」「むむむ大混乱!」「カイ様早く!」

「逃げるぞ!」


 山を登りきった所でカイ達は皆と合流し、カイは獣にしがみ付いた。

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