7-2 自問自答を気にしたら負けだ、負けなんだ…
「うっわ……」
「……やはりか」
広がる酷い光景に、カイとベルガが呻いた。
うぞぞぞぞ……
山の尾根のような根に、虹が蠢く。
カイ達が見下ろす世界樹の根に、びっしりとレインボーオイルバグが蠢いていた。
レインボーオイルバグの腹は皆ぷっくりと膨らみ、ここが怪物にとって非常に良い環境である事を示している。
良い環境であるという事は良く増えるという事だ。
マナの乏しい場所に発生したオイルバグはマナを求めて根にたどり着き、根からマナを吸い取って仲間を増やしていったのだろう。
異界から湧いて群がり、この世界で増える。
その結果がカイ達の眼下に見える虹色の根である。
「ひでぇな……」
「全くだ……」
切れ目無く虹色に輝く根は延々と幹まで流れていく。
この分だと幹も無数のオイルバグが寄生している事だろう。
当然だが頭上の枝葉もだ。もはや億なんて単位で語る話ではなくなっていた。
今、頭上から降られたら終わりだな……
カイは首をすくめて肌を隠す。
隣ではミリーナ、ルー、メリッサが顔を引きつらせていた。
「えう……き、気持ち悪いえうっ」
「これは嫌、すごく嫌」
「数百万年も放置してしまえばいかに世界樹でもこうなってしまうのですね」
本当に嫌な場所に来たものである。
くそぅ世界樹め。そしてくそぅベルティアめ。
お前ら虫嫌いか、虫嫌いなのか?
まさかの虫駆除展開に眩暈を感じるカイである。
うぞぞぞぞ……
正直、カイは見るのも嫌である。
蠢き広がる虹色の波はカイの背筋を震わせるに十分な気持ち悪さであり、近づいて襲われるのは絶対に嫌だと思わずにはいられない光景であった。
虹色の波に震えた皆は数歩下がり、とりあえず視界からそれを外してしゃがみこむ。
「ど、どうするんだあんなの……」
ベルガが呟きカイを見る。
「俺が聞きたいよ」
「いや、お前が物語に選ばれたんだろ?」「カイに、カイについて行くえうよ」「カイ、がんばれ」「カイ様、メリッサは信じております」
「……」
うわぁ、ぶん投げられたーっ……
皆に聞いたつもりが返ってきたのは拒否、追従、激励、盲信である。
これでは何の参考にもならない。
「カイツースリー、ちょっと来い」「ああ」「仕方無いな」
もういいよ。一人で考えるよ。
「お前達は周囲の警戒を頼むぞ」
「えう」「む」「はい」「わかった」
頭を抱えたカイはカイツースリーを呼び、三人で円陣を組んだ。
三人寄れば文殊の知恵。きっと良い案が浮かぶに違いない。
自問自答を気にしたら負けだ、負けなんだ……
全員カイなのだがそこはスルー。
カイは正論げふんげふん邪念を追い払い、カイツースリーに意見を聞いた。
「あの数を俺らだけでやれと?」「ベルティアもえらいもんぶん投げてきたな」「しかもまだ入り口だぞ。何年かかるんだよ」「討伐よりも増殖の方が絶対速いよなぁ」「あれか、俺らも増えろと言う事か?」「この中で増えるの俺だけじゃないか!」「「まかせたカイスリー」」「嫌だよ! お前らも増えろよ!」「こんな誰もいない所で増やせと言われてもなぁ」「カイ、お前はその気になれば増やせるだろ?」「どうやって?」「子作り」「ここで妻を抱いちまえ!」「えう!」「子供が増えるまでここで暮らすのか? こんな何も無い所じゃ暮らせないぞ」「バルナゥの血肉が無かったらとっくに飢えてたもんなぁ」「そこは戦利品で何とか」「あんな虹色怪物から出た食べ物とか食いたいか?」「嫌」「ほらルーも嫌と言ってる」「水はルーに頼むしかないし」「あー、今はカイも出せるんだっけ?」「俺のは喉を潤す程度だぞ」「「使えねえ」」「てめえら……」「カイ様は素晴らしいお方です「「「いや、お前ら警戒しててくれよ」」」あうっ……」「しかし神の時間は俺らとは違うんだなぁ」「俺らもずいぶんのんびりしてるがな」「もう一ヶ月過ぎてるもんなぁ」「いきなりご飯の心配だとは思わなかったわ」「だから長丁場でもいいんじゃね?」
「つ、妻と子を連れてきても……しかし道がわからんっ!」
「「「ベルガ……」」」
たまらず割り込んで来たベルガの切実な主張にほろり涙のカイ三人である。
切ない単身赴任者を前に真面目にやろうとカイらは再び考える。
「アレクの方はどうだ?」「もう少しらしいがアレクでもこの数は無理じゃね?」「システィなら何とか」「バルナゥなら確実なんだが」「奴は今治療中だ。ソフィアさんの回復でもいつ復帰できるかわからん」「そういや一ヶ月も頑張ってるんだなアレク達」「主食はバルナゥ肉だろうなぁ」「さすが勇者。死の狂気を超越してるわ」「別の竜を紹介してもらうか素直に待つか」「どっちもバルナゥ次第かぁ」
大竜バルナゥは世界樹の枝に食われて現在ぶつ切り治療中だ。
ソフィアの回復が無ければとっくに絶命しているバルナゥに虫退治をやってくれと頼むのはさすがに無理な話である。
しかしこのままでは世界樹の幹にすら辿りつくのは不可能だ。
ベルガが言うには世界樹の中には巨大な洞があり、そこに神を祀る社があるらしい。
かつてのエルフはそこで世界樹の声を聞いていたと口伝で伝承されていた。
カイはそこまで行かなければならない。
世界樹と対話しなければ物語は進まないし終わらない。どうしても行く必要があるのだ。
カイ三人は色々な案を出しては議論し、却下する。
議論はカイとカイツー、カイスリーの間で不毛に回る。
どれだけ三人で不毛な議論を続けただろうか。
カイツーがボソリと呟いた。
「もう、世界樹ごと燃やしちまわねえ?」
「「ええーっ……」」
燃やす。
一般的なオイルバグ討伐手段である。
それは単純明快で実績もある策であったが、一つ問題があった。
「いや、無の息吹があるだろ」「エルフのか?」「世界樹のだ。エルフに呪いをかけているのは世界樹だ。当の世界樹が同じ力を使えないはずはない」「まあその通りだがかつてのエルフは火を使えた。鍋があるからな」「つまり火を消す事はできるが、消さない事もできるという事か?」「だとしてもすぐ消すだろ。世界樹からすれば全身火達磨だぞ?」「スケールが違うからそうとも言えない」「どういう事だ?」「オイルバグは俺らよりは大きいが世界樹からすれば見えないほど小さいだろう?」「あぁ、ソフィアさんが言ってた痛んだご飯からは妙なマナ放出がある、みたいな扱いになるのか」「そんなのが燃えても気にならないんじゃね?」「ちょっと熱い風呂程度か?」「俺らには大火事だがな」「世界樹が燃えたらどうする?」「奴が消すだろ」「そこは世界樹に何とかしてもらおう」
結局これも世界樹次第だ。
バルナゥ頼み、世界樹頼み、ベルティア頼み。
俺って相当情けないな……
と、カイはしょんぼり肩を落とし、いやいやと首を振る。
ぶん投げたのはこいつらなのだ。文句があるなら自分で何とかしやがれ。
カイは頭を切り替え自分の情けなさをまるっとスルーする。
見なくても良いものは見ない。楽しく人生を送る処世術であった。





