7-1 冒険者、世界樹の麓で頭を抱える
「でかいな。ほんと……」
アトランチスの聖なる道を歩んで数日。
カイは木陰で世界樹を見上げ、呟いた。
はるか遠くにあった世界樹も道を進むほどに巨大となり、カイ達を圧倒する。
見上げる幹は天まで届き、枝葉は空の半分を覆っている。
陽光は木洩れ日が届く程度。
聖なる道はまだ続くのに、ここはすでに世界樹の木陰なのだ。
「距離感が狂うえう!」「む。でかいでかすぎる」「非常識が過ぎますわ!」
「こんな樹木が本当に存在しているとは……見なければ信じなかっただろうな」
誰もが呆れる非常識。
さすが神と呼ばれるだけの事はある。
首が痛くなるまで見上げたカイ達は、やれやれと首を振った。
「枝葉の下を雲が流れているえうよ」「むむむデタラメ」「まるで遠くの山を見ているようですわ」
雲よりも高い場所まで幹を伸ばし、葉を茂らせている樹木など誰も見た事が無い。
竜と同じように桁違いのマナ密度が無いとこんな姿は維持できないだろう。
世界樹は完全に別次元の生物なのだ。
それにしても……
カイは、ベルガに問いかけた。
「聖樹教の教祖はこんな枝葉をどうやって取ったんだ?」
「人の宗教など私にはわからぬよ。落ちてたんじゃないか?」
エルフのベルガが知っている訳も無い。
「そもそも教祖はどうやってアトランチスに来たんだ?」
「だからカイ、私に聞くな」
聖樹教の聖典には世界の果てに存在した世界樹の話はあっても、周囲の砂漠やエルフの廃都市アトランチスの話は存在しない。
一体どこで世界樹を見たのかと首を傾げるカイである。
「話を盛ったえう」「むむむ胡散臭い」「ええっ! ソフィア師匠がハッタリかましているのですか?」
「ハッタリかましたのは聖樹教の教祖だな」
ミリーナ、ルー、メリッサの言う通り、派手に脚色したのだろう。
結局、世界樹の存在を確認したと言っても枝葉を介しての間接的なものであったという事だ。
人間をここまで繁栄させた聖樹教だが、世界樹への道を実際に辿った今となっては何とも胡散臭い宗教であった。
世界樹に利用されたのだろうな……
バルナゥを討伐せんと襲った聖剣や聖杖を見た今のカイならよく解る。
あれと同じように世界樹が教祖のもとに運んだのだろう。
天を覆う枝葉のほんの一部を。無くても困らぬ木っ端屑を。
「カイ、大丈夫えうか?」「水飲む?」
「カイ様、妙な事がありましたらすぐにお伝え下さい。このメリッサ、いつでも回復をかける用意は出来ておりま「「長い」」あうっ……」
「お前らのお陰ですこぶる元気だよ」
ミリーナ、ルー、メリッサがカイを心配する。
その言葉にカイは笑い、木陰を力強く歩く。
カイは本当にすこぶる元気。
ミリーナ、ルー、メリッサの結婚指輪の祝福により得られた力がカイに実力以上の力を与え、今は銀級冒険者くらいの実力を発揮できるのではないかと思うほどだ。
試す気は全く無いが。
体力の底上げ、風魔法、水魔法、回復、強化魔法。
日常の助けになる程度の微々たるものだが、三人の祝福はカイを確実に強くしている。
このような極限環境ではわずかな力もありがたい。全て三人の指輪のお陰だ。
「それに、お前達がくれた指輪もあるからな」
「えう」「むふん」「はい」
カイの笑顔にミリーナ、ルー、メリッサが頬を染める。
カイの指に輝く指輪はカイだけを祝福する。
三人がサンドワームのマナから願い得た百以上の指輪から厳選した一つで、台にはめた魔石からマナを吸い上げ装備者に弱い回復を与え続ける効果を持っている。
人間はマナも体力もエルフより貧弱だ。
昼は熱く夜は寒い砂漠で苦しむカイを心配したのだろう、良いものが出来たと誇らしげに差し出す三人にカイは言葉も無く、ただただ感謝に頭を下げた。
指輪の台にはめる魔石は屑でも疲れをかなり減らしてくれる。
魔石の交換は何も無ければ一日に一度。
大量の屑魔石を持つカイにはとても便利な指輪だった。
「私の家族も、喜んでくれればいいが」
「絶対喜ぶえうよ」「む。そこは確実」「私達がこれだけ嬉しいのですから、きっと喜んでいただけますわ」
「そうか……そうだな」
選ばれなかった指輪も様々な効果を持つものがあり、ベルガが家族の為にといくつか指輪を貰っている。
カイもこの戦いが終わったらエルフの皆に配るつもりだ。
こんなにあってもカイは持て余すだけであり、安く売るよりはあげた方がずっと良い。
新婚旅行土産にしようと皆で決め、残りの指輪はジョセフィーヌの背負う荷物の中だ。
「背負う、か」「えう?」
「いや、背負うものが色々と増えたと思ってな」
道を進みながらカイが言う。
「俺はご飯を作ってただけなのにな」
「えう。妻、里、エルフの呪い、アレク、そして世界もカイが背負ってるえう」
「私を含めたホルツの里の皆もだ」
「む。それにジョセフィーヌとクリスティーナも」
「そうですわ、今まさに世界の命運はカイ様に委ねられたのです」
「世界か……そんなものを背負いたくは無かったなぁ」
カイは皆を見回して頼りなく笑う。
そんなカイをミリーナ、ルー、メリッサ、ベルガがカイを期待に満ちた目で見つめている。
ぷぎー、ぶもー。
鳴きながらカイツースリーに甘えるジョセフィーヌとクリスティーナも家族のようなものだ。
もう飢えても絞めて食べる事はできないだろう。
物分りの良い二頭は我慢強く竜の血を飲み続け、重い荷物を背負ってここまで付いてきてくれた。
あのくそまずい竜の血肉で命を繋いだ者は全員仲間であり家族。
バルナゥには悪いがあれは食べ物では決して無い。
劇薬であり精神への毒だ。魂を削って命をつなぐ矛盾物質だ。
できれば二度と食べたくは無い……
皆に守られながらカイは聖なる道の砂を踏む。
今歩いている場所は砂が吹き溜まり山のようになった場所だ。
吹き溜まりと言っても世界樹に吹き溜まった砂である。溜まった量は凄まじく、山脈と言っても差し支えない。
そのせいだろうか、はじめは見えていた世界樹の根は近づくほどに砂に埋もれ、傘の下に入った頃から全く見えなくなった。
根が見えなくなってから、怪物もほとんど現れない。
マナの欠乏した場に現れる怪物はマナを求めて歩き回るのが普通だ。
地表のマナがわずなために地に潜って根に取り付くか別の場所に移動するかしたのだろう。ここは怪物にとって旨みの無い場所なのだ。
たまに見かけるオイルバグもマナが乏しいからだろう、世界樹の幹の方へと移動していた。
「……これは、嫌な予感がするぞ」
「あぁ。これはまずい」
ベルガは移動するオイルバグを見て、何とも嫌な顔をする。
カイもベルガと同意見だ。
根の有様をここまで見てきたカイは世界樹の根元を見るのがとても怖い。
山よりも巨大な世界樹が根と同じようにオイルバグに寄生されていたら、一体何億匹に寄生されている事になるのだろうか。
そして頭上の枝葉はもっと怖い。
エルフがアトランチスを放棄して数百万年、オイルバグは寄生し放題である。
世界樹にとってオイルバグなど塵芥に等しい存在、しかも相手は寄生を異常と思わなくさせる能力を持っているのだ。
ありえる……
聖樹教の聖典に記された教祖の英雄譚を思い出し、カイは体を震わせる。
聖典には虹色に輝く異界の怪物を討伐して枝を授かったと記されている。
つまり世界樹が授けた枝に寄生していた怪物がいたということだ。
世界樹はそれに気付いていたのか?
カイは空を見上げ、くわばらくわばらと首を振る。
今のところ上から降ってくる気配は無い。
……もしかして上から降ってきた奴にもう、寄生されているのかもしれない。
と、カイはカイツーを見ると首を振って大丈夫だと教えてくれた。
さすがに戦利品には寄生しないので大丈夫だろう。
たぶん。
「この山の頂上まで行けば、根が見えるかもしれない」
「そうだな」
カイは心を落ち着かせ、とりあえず頂まで行こうと吹き溜まりの山を登りきる。
広がる光景に、カイはやっぱりかと頭を抱えた。





