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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
6.エルフの悔恨を追え
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幕間6-1 この戦いが終わったら…(1)

「カイ、大丈夫えう?」「ああ」

「カイはへなちょこえうから、きつくなったら言うえうよ」

「ぬかせ。メリッサに回復をかけてもらったし、まだ大丈夫だ」


 カイに声をかけながら、ミリーナは砂漠を歩いていた。

 天から注ぐ陽光は容赦なく地を熱し、乾いた熱風が水分を奪っていく。


 まだ朝だというのに砂漠はすでに暑い。

 世界樹の守りがあるミリーナ達エルフにとってはそこまで苦痛ではないが、カイにとっては苦痛のはずだ。


 カイは元気に返事を返していたが顔に浮かぶ疲労の色は隠せない。

 ミリーナ、ルー、メリッサはカイの調子を確かめながら世界樹へと続く砂の道を歩いていた。


 ベルガが話した世界樹へと続く聖なる道。

 今は砂に埋もれているがアトランチスにエルフが住んでいた時代、広大な森を世界樹の御許まで貫く一本の道であったという。

 風の悪戯だろう、砂から顔を出す石畳と灯篭が一行にそれを示していた。


 かつてアトランチスに住んでいたエルフはこの道を通って世界樹の御許に進み、御世話していたのだろう。

 ここは世界樹の麓。

 遠くにそびえる世界樹は山の如くだ。


「あの日陰で少し休もう」


 前を歩くベルガが言った。

 日陰を作っているのは世界樹の根。

 山よりも大きい世界樹の根はここまで届いている。


 巨大な樹には広大な根が必要。

 それだけの足場とマナが必要だという事だろう。世界樹はずっと遠くだというのにこんな場所にまで根を張っていた。


「カイ、片付くまで前に出たらダメえうよ」

「わかってるよ。頼む」

「えう!」


 日陰はとても有難い。


 しかしそこには必ず何かしらの異界の怪物が群がっている。

 マナ密度の次元が違う世界樹は近くにいるだけでマナを得られるらしく、地に現れた根には必ずアブラムシのような怪物オイルバグやサンドワームが群がっている。

 そして近付くとこちらに気付いて襲ってくるのだ。


「あんなオイルバグ、見たことないえう」

「む。つやつやボデーが虹色」

「気持ち悪いですわ」

「レインボーオイルバグ……聖樹教の聖典に書かれた幻の怪物は実在したんだな」


 感心したようにカイが呟く。

 オイルバグは樹木や動物に寄生してマナを食らう怪物だ。

 そして世界樹に群がる怪物は腹を虹色に輝かせる亜種、レインボーオイルバグというものらしい。


 オイルバグの体内には油状のものが溜め込まれ、火を点けると良く燃える。

 大量に発生していた時は焼却駆除するのが定石の怪物だ。


 この怪物は発見即討伐が基本。

 寄生されるとマナを吸われている内にそれを異常と認識できなくなるからだ。

 無事な仲間がいる内は何とかなるが、全員寄生されるとどうしようもない。


 背中にでかい荷物を背負った人間冒険者の一団が現れたと思ったら荷物は寄生したオイルバグで、こっそり討伐してあげたという話はエルネでもちょくちょく聞く話だ。

 それほど強くは無いが厄介な怪物なのであった。


「くるぞ!」


 先行していたカイツーが叫ぶ。

 世界樹の根よりも食べやすそうだと思ったのだろう。オイルバグが駆けてくる。

 日陰はありがたいが怪物は厄介である。


 何よりもくそまずいアレが厄介。 

 怪物の討伐は風魔法使いのミリーナとベルガ、戦利品カイツースリーの担当だ。

 水魔法を使うルーはマナの消費が激しいため、メリッサは回復と強化に専念させる為にカイの護衛と補助に回っている。


 まずいえう。くそまずいえう……


 ミリーナはバルナゥの干し肉をかじり、吐き気をねじ伏せ飲み込んだ。

 体調マシマシなのにミリーナの気分は最悪だ。

 根には遭遇したくないが世界樹に向かっている以上避けるわけにもいかない。

 当たり前だが近付くほどに根の数も太さも増していくのだ。


 これからもっと根と怪物が増えるえうか……つらいえう。


 風魔撃を叩き込みながら今後にうんざりしてしまうミリーナである。

 怪物はミリーナの魔撃で簡単に倒せるが、くそまずいのはうんざりだ。


 異界に沈んでいない地にはそこまで強力な怪物が湧く事は無い。

 怪物をぷちぷちと潰していく様は草木の手入れと変わらない。

 土下座と頭で食を得ているエルフだって草木の手入れくらいする。

 虫や動物を放っておくと得られる食がまずくなるからだ。


 ずいぶん大きな害虫えうが……


 自分の体よりも大きな怪物を駆除しながらミリーナは心の中で呟き、竜の肉の超回復を頼りに地道にぷちぷち狩っていく。


 討伐したマナに願うのは今日は魔石。マナを封じた石だ。

 怪物を倒す度に願い、コロリと転がる魔石をミリーナは腰の袋に入れていく。

 主にカイツースリーのマナ補充に使う魔石は他にも色々使える便利な石だ。屑魔石でもありがたい。


 一時間もすると接近する怪物もいなくなり、ミリーナ達は攻勢に転じた。

 くそまずい肉を我慢して食べたのだ。

 効果が切れるまでとことんマナを回収しなければ割りに合わない。


 それにカイの体調もある。

 砂漠の暑さと日差しは思いのほかカイの体力を奪っており、移動はそこまで暑くない朝と夕方以降に限定している。


 日差しはこれから強くなるから、早めに休憩場所を確保したい。

 ミリーナとベルガとカイツースリーは淡々と根と砂から湧いてくる怪物達の討伐を続け、カイが休める一定範囲の安全を確保した。


「カイ、水」「ありがとう。ルー」


 ミスリルのコップに注いだ水をカイが飲み、根の陰で体力を回復させる。

 バルナゥがエルネに渡したコップは大車輪の活躍だ。

 ピーの頭を救い、ビルヒルトのダンジョンから王国を救い、アレクを救い、ソフィアを救い、今はカイを助けている。


 本当に物語えう……


 偉大な品を手にした英雄のおとぎ話を思い出しながら、ミリーナは風魔法でカイの熱気を抜いていく。

 ミリーナの隣ではルーが水魔法でカイの汗や服の湿気を奪っている。

 下着の蒸れやべとつきが解消されるとカイは気分良く伸びをして、陰の中で寝転んだ。


「砂漠は、暑いな」

「でも日陰は涼しいえう」「日陰バンザイ」「カイ様、ゆっくりお休みください」


 一行は寝転び冷えた砂を堪能する。

 これから砂漠は昼の時間だ。

 一行はここで夕暮れまで休み、そこから夜更けにかけて歩く事になる。


「じゃ、俺らは逃がした怪物を狩ってくる」

「へなちょこな俺はまかせたぞ」

「えう」「む」「わかりましたわ」

「一言余計だカイスリー」


 砂避けに天幕を張り、カイツースリーが安全確保と狩りのために出かけていく。

 戦利品であるカイツースリーはエルフ以上に頑丈だが、マナが少ない地ではマナの補充が不十分。獲得した魔石でも不十分な時は食糧摂取で……乾いた竜の血を食べてくそまずいと呻いている。

 戦利品でも竜の血肉はくそまずい。

 魔石の確保はカイツースリーにとって死活問題なのだ。


「アレクは大丈夫かな」

「大丈夫えうよ」「む。危なくてもシスティが何とかする」「そうだな」

「そうですわ。二人の愛はつらい現実を覆すのです。私もカイ様との未来の為にこの現実を覆さなければ……ぴぴぺぽぺ」

「食べて」「ぽへー」


 ラリるれったメリッサの口にカイが飴を入れる。

 ピーは出てきても大人しく、カイに甘える仕草をするのみだ。

 何かと回復をかけようとするのを心配しているのだろう、カイはすぐに食べ物を渡してメリッサに戻していた。

 エルトラネとは関わりたく無いと言っていたミリーナもルーも、そしてカイもピーの扱いは慣れたものだ。

 意味不明なのは相変わらずだが。


「ありがとうございます。カイ様」


 メリッサは正気に戻るとカイに礼を言い、名残惜しそうにカイから離れた。


「えうぅ……」「ぬぐぅ……」


 や、やるえうねメリッサ……


 ピーなら仕方ないとカイが思ってくれるからこそのアピールである。

 これをミリーナがやったら暑っ苦しいと言われて終わり、ルーがやったらカイが前屈みで困ってしまう。ミリーナとルーはえうぅぬぐぅと唸るしかないのだ。


「周囲は安全らしい。ゆっくり休め」


 分割したのだろう、カイスリーが一人戻って獣とルーを連れていく。

 ご飯の準備だ。


 エルフが近くにいると火が使えないから日陰から離れた場所で煮るしかない。

 カイスリーは砂の海を適当な場所まで離れるとアトランチスの残骸を使ってかまどを作り、ルーに水を注いでもらって煮込み料理の準備を始めた。


「ただいま」「竜の血食べるえう?」「ぬぐぅ断固拒否!」

「ご飯まで我慢ですわね」「む!」


 ルーが日陰に戻るとカイスリーがかまどに火をつけ煮込み始める。

 わずかな休憩とコップ水で元気を取り戻した皆はそれぞれの作業を開始する。

 メリッサは鍋作物の栽培、ルーはヘルシー鍋の発酵とペネレイ栽培と水、カイは収穫、ミリーナとベルガは周囲の警戒と鍋の土を地にばらまいての樹木の栽培……


「森でも砂漠でもやってる事変わらないえう」

「ミリーナ、お前は毎食バルナゥの血肉がいいのか?」

「がんばるえう! めっさがんばるえう!」


 首を傾げるミリーナをベルガがたしなめる。


 食料、水、燃料。

 これらの嵩はバカにならない。


 一行は竜の血肉をちびちび食べて嵩を可能な限り減らしていたが毎食くそまずくては気が狂う。

 ここは見渡す限り砂ばかりの砂漠。

 ランデルにいた頃以上にあったかご飯の価値は高いのだ。


 ご飯が作れなくなればくそまずい竜の血肉生活に逆戻り。

 そんな事になったら世界樹に辿りつくまでに精も根も尽き果ててしまうだろう。


 くそまずい竜の血肉だけでは気が狂うえう。魂が削れるえう……


 気合いを入れたミリーナはベルガと共に樹木をめっさ育て、ぶった切って薪にして、大切な土を回収して鍋に戻した。


 薪にも食料にもしない葉などの実りは細かく砕いてヘルシー鍋へ。

 竜の血を混ぜてマナマシマシで鍋と皆とで生命がぐるぐる回る。

 何とも狭い生命の循環だ。


 カイ達がアトランチスに飛んでから早一ヶ月。

 ほとんどの時間はご飯栽培に奪われてしまっていたが背に腹は代えられない。

 ご飯は重要、超重要。

 食べられなければくそまずい竜の血肉で気が狂う。


 飛ばされた当初は急ごうと思った皆だが、今は自分達のペースで進んでいる。

 アトランチスの墓所で世界樹の営みはとてもゆっくりだと知ったからだ。

 実が生るのに数百万年から数億年、実が落ちるのに十年、実から芽が出るのに二十年。

 育って問題が起こるのはその後だ。


 一ヶ月やそこらを急いだところで何も変わりはしない。


 本当の戦いはカイが世界樹の元にたどり着いた時から始まるえう……


 と、ミリーナは思うのだ。

 もしかすると始まらないかもしれない。

 始まってもカイが生きている間に終わらないかもしれない。

 ベルティアの物語はカイの子孫が終わらせるものかもしれないのだ。


 カイの子孫えうか……


 ミリーナは頬を染め、早合点はいけないと首を振った。

 妻としての立ち位置は、全てカイに委ねたのだ。

 ミリーナ達は自らがカイを害さない存在にならない限り、カイに求めないと決めている。


 求められればウェルカムえう、ハッピーウェルカムカモーンではあるえうが……


「……ないえうね」「ん?」


 ベルガが首を傾げる隣でミリーナは薪をまとめ、ルーに乾燥をお願いしながら呟く。

 カイは収穫の最中も時折世界樹を睨み、そしてため息をついている。

 きっと自らの境遇にやるせなさを感じているのだろう。


 ミリーナ達を抱きしめ決意を語ってくれたカイだが、ランデルに残したエヴァンジェリンが心残りに違いない。

 ベルティアの物語の生贄、青銅級冒険者カイ・ウェルス。

 彼がその物語から逃れる術は無い。


 物語は彼を追いたて、世界樹の元へと追い出した。

 カイはランデルに残した彼女に別れの挨拶も出来てはいないだろう。


 運命の歯車は存在によって回る速度が違う。

 物語に動かされた者達は人の時間で動いてカイに行動を急いたのだ。

 世界樹の時間はとてもゆっくり動いているのに、だ。


 偉業を成した英雄達もきっとこんな感じだったのだろう。

 回りが急き立てて行動を強要し、それを成させた……

 そう考えると英雄達はあまり幸せでなかったのではないかとミリーナは思ってしまうのだ。


 せめて自分達はカイの好きにさせてあげよう。カイをこれ以上縛らずにどこまでも付き従って行こう。


 ミリーナ、ルー、メリッサとピーがアトランチスを発つ前夜に決めた事だ。

 カイの決断を信じて待つ。そして全力でカイを支える。

 それがカイの妻として、三人で決めた妻のあり方だった。

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世界樹エルフ
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