表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
6.エルフの悔恨を追え
60/355

6-7 かつて、エルフは世界樹に祝福されていた

やっと冒頭の墓にたどり着きました

「……我等の決断が世界に栄光をもたらさん事を、か」


 カイが見下ろす墓の文言は、それだけが今でも読めた。


「ふざけるな! とも書かれてるえう」

「この疫病神め。むむむ」

「我らの栄光はお前らのせいで永久に失われた……さんざんな評価ですわね」


 他の文字はミリーナ、ルー、メリッサが読んだ文言に潰されている。

 これまで平らだった墓に荒々しい凹凸が生まれている事から後で刻まれたものだろう。


 後の世代の恨み言だな。


 カイはそう考え、他の墓も調べてみる。


「我らはこれ以上支える事はできない。決断の時であった……支える? 世界樹をか?」

「それだと実を食べる前からエルフは世界樹に搾取されていた事になりますわ」

「実を食べる前から呪われていた?」

「呪いが増えたえうか?」


 よくわからないな……


 いくつかの墓を読んだ後、カイ達はさらに下りていく。

 ここで決断したのであれば、ここからは決断に関する経緯が増えていくだろう。

 答えは一つ下の層で、すぐに見つかった。


「我らの奉仕と祝福の関係はここまでとなるだろう。悟られてはならぬ……」

「実を食う算段を立てていたのだろうな」

「上の階にあった支える、というのは奉仕か?」

「どうだろうな。とにかくエルフと世界樹は互いに何かをしていたという事だな」


 うーむ、と腕を組んでカイとベルガが考える。

 奉仕と祝福。

 呪いではなく奉仕と祝福。墓にはそのように表現されている。

 カイは以前ミリーナが話したエルフの呪いを思い出した。


「ミリーナ、俺に語った世界樹の呪いをもう一度聞かせてくれ」

「えう。火や高温は植物の敵なので排除、力を長期間に渡り吸い上げるために長命、呪いの対象が減るのを防ぐための世界樹の守りと魔法、樹木から力を吸い上げるための植物の異常生長。そして呪いを広げるための美しさと、ご飯で頭を殴られないと食べられない……えう?」


 カイはしばらく考え、ベルガに聞いた。


「それ全部悪いように受け止めてるけど、実は祝福なんじゃないか?」

「そうか! 長命、世界樹の守り、魔法は少なくともエルフに損は無い。呪いを持続させる為の方便と受け止めていたが、確かに悪いことではない」


 ベルガがなるほどと叫ぶ中、カイはベルガの言葉を訂正した。


「いや、おそらく全てが祝福なんだと思う」

「全部えう?」「まさか」「どこが祝福なんですの?」


 エルフの皆が唖然とする。

 唖然としたミリーナ達を代表して、ベルガがカイに聞く。


「さすがにそれは無いだろう。たとえばヤれば呪いが広がるのはどう解釈する?」

「身内に自分と同じ祝福を授けるための手段と考えれば祝福だ。身内と認めた者が共に祝福されるようになっているんだ」

「……その基準が繁殖行為という事か?」

「そうだ。そうやって祝福が伴侶へ、子や孫へと受け継がれていったのだろう」


 ベルガの解釈にカイは頷く。

 ヤれば呪いは移る。いわば身内扱い。

 呪いをばらまく方法を聞いた際にミリーナが言っていた言葉だ。

 身内に迎えた者と共に歩めるよう、祝福を与えられるようになっているのだ。


「で、では無の息吹は? 植物生長は?」

「この頃のエルフはそれらを制御できたと考えれば祝福になるだろう。火は便利だが恐ろしい。暴れる火を無条件で消せるなら祝福だ。植物生長は短期間で実りを得られる素晴らしい能力だからビルヒルトで人間に搾取され、異界が顕現した」

「……食で頭を殴られるのはどうなのだ?」

「そもそもご飯は土下座で降っては来ない」

「それなら! 祝福なら我らはなぜ、これほど苦悩するのだ!」


 淡々と答えるカイにベルガが叫んだ。


「我らはこの力のせいで満足に食を得る事もできない! 手にした実りはすぐに芽吹き、腐り落ちて我らの口には入らない。実りを蓄える事も出来ずに頭を殴られながら細々と食いつなぐ我らの気持ちが分かるか?」


 ベルガの言葉はもっともだ。


「火も使えない! 食するものは全て生。腹を壊してのたうち回るのは当たり前。だからお前のあったかご飯に我らはむせび泣く!」


 世界樹の実を食べた本人達ならともかく今のエルフはその子孫。


「安住もできない! 森を切り拓いてもすぐに木々は茂り家を建てる事も許されない。自らの育てた木々から逃げるように暮らすのが我らエルフの宿命だ!」


 それも何千世代も先の子孫。

 もはや他人と変わらない。


「そしてこれらは子にも受け継がれる。愛する子が食に頭を殴られ泣く姿を何百年も見続けなければならない我らの苦悩が分かるか? 祝福ならこの苦悩は何故だ!」


 しかし……世界樹にも恨むだけの理由がある。

 叫び終えたベルガに、カイは静かに答えた。


「奉仕、おそらく世界樹に力を吸われる事だろう……の見返りに世界樹が祝福しているからだ。実を食べ尽くした事で祝福に恨みが乗り、呪いに変わったんだよ。愛する子が食に殴られる苦悩を叫んだお前なら、子を食い尽くされた世界樹の恨みもわかるだろう?」


 世界樹だろうがエルフだろうが我が子が愛しいのは同じ。

 食われれば、憎いのだ。


「……そうだな。我らも同じ、お互い様か」

「下りよう」

「あぁ……」


 祝福も呪いも力。

 何かしらが力を送り効果を発揮させており、決して無から生じたものではない。


 世界樹がエルフに送る力は祝福と呼ぶに相応しい、素晴らしいものだった。

 しかし祝福されたエルフは世界樹の実を食べ尽くし、世界樹の子を殺した。

 これで恨まないはずがない。


 世界樹の恨みは送る力に反映され、祝福は歪みエルフの苦悩に変わった。

 エルフは呪われるべくして呪われたのだ。


 それを決断したのが今カイ達が立つ、この層の世代。

 彼らは世界樹との関係が致命的に悪化する事を承知で世界樹の子を食った。


 なぜか……?


 螺旋階段をぐるりと回りながら下の層にカイ達は下り立つ。

 そこに答えがあった。


「我らエルフは神、世界樹の根。繁栄の見返りに地の安寧を神に捧ぐ者なり。しかし神の子の根にまではなれぬ。滅ぼされるのは我らか、地か、それとも……」

「食べる事で子を滅ぼしたえうね……」

「む。神が肉を持つと恐ろしい事になる」

「その力と存在を持つ肉、どれだけマナを集めれば得られるものなのでしょうか。葉一枚ですらエルフ一人の存在全てと引き換えですのに」

「世界樹のような存在が地に根差している事が、そもそもありえないのだな」


 世界樹に広範囲からマナを与えるための意思を持つ根として働く。

 これがエルフ達の言う奉仕だ。

 世界樹の根がマナを欠乏させないための、根差す地が異界に飲まれないための存在。


 それがエルフ。


 ベルティアと並ぶ世界の双璧である世界樹はその力もすさまじい。

 葉は全てを癒し、枝は強力な魔道具の材料として使われる。

 薪にすればミスリルに浸透して力を与え、聖剣のような全てをねじ伏せる武器を作り上げ竜すら討伐する。


 強力であるという事は、その裏付けがなければならない。

 力が無から生じる事は無いからだ。

 強力であるなら力の根源であるマナをそれだけ保持しなければならないのだ。 


 全ての根源はマナである。

 空間はマナの圧力で形を保ち、物質や力はマナが変化したものだ。

 力を持つ世界樹の実体にはそれだけのマナが必要であり、世界樹が自らの根でそれを集めればこの地が異界に沈む。

 それを防ぐためにエルフの存在が必要だった。


 世界樹の根としてマナを捧げる存在、エルフ。

 奉仕と祝福の関係は長く続いたのだろう。

 カイの立つ下には少なくとも数百の墓所の層があり、それだけの歴史が眠っている。


 神殿を建築する前から、いやアトランチスを建築する前からその関係は始まっていただろう。

 最低でも数千万年程度は続いていたのではないだろうか。


 しかし世界樹が種子を実らせた時、その関係は歪んだ。

 種子はやがて世界樹として世界に根差し、エルフにその数だけさらなる奉仕を要求するだろう。

 エルフ達はそこまで捧げる事はできないと判断したのだ。


 故に、エルフはそれを食べ尽くした。

 種の繁栄。それは生命として当たり前の姿だ。

 世界樹もエルフもそれを願い、奉仕と祝福の関係が終わり搾取と呪いの関係となった。


 かつてのエルフは世界の栄光と記していたが、単純にエルフという種を守るために世界樹の繁栄を阻んだに過ぎない。

 ただの生存競争の結果だ。


 世界樹がベルティアのように神の世界の存在であり続ければこのような事は起こらなかっただろう。

 バルナゥは神とは見てもわからぬほど大きなものと言った。

 それほど大きければもっと広範囲に、世界全てから薄くマナを集める事が出来たはずだ。


 しかし世界樹は肉を得た。

 眉唾として扱われるベルティアとは違い確固たる肉を世界に得て、バルナゥの言う肉の呪いに囚われた。


 食う、寝る、増やす……生物の三大欲望である。


 寝る事に問題があるかどうかは知らないが食べる事、食欲はエルフが根として奉仕した。

 しかし増やす事、性欲はどうする事もできなかった。

 だから世界樹は種子を作り、そこまで奉仕できないエルフに食われた。


 なぜだ? なぜそこまでして世界樹は肉を得た?


 カイ達は階段を下りていく。

 五層ほどはエルフ達が実を持て余している苦悩が書かれている。

 どこかに根を下ろした世界樹の子が地を食らって異界を顕現させ、強大な主にエルフが何千と命を落としたらしい。


「実から生まれた子が異界を顕現させ、異界の主に食われた。敵は強大だ」

「神の座に戻る力で増えるとはどういう事か、我らを騙したか?」

「落ちた実が発芽して地のマナを奪っている」

「あの実は本当に神の座に戻るために必要なものなのか?」

「力を蓄えた実が世界樹からひとつ、落ちた」


 層を下りると確信が疑念になり、疑問へと変わっていく。

 さらに下りると疑問すら消え、世界樹に心酔する者の言葉に変わる。


「討伐役から戻り神が実を宿す姿をここより拝む。地の為に神が現れ三億年、座に還られる神へのささやかな御世話の為にアトランチスを築いて八千年、神の座に還られる偉大な御姿をこの目に焼き付け、我の冥土の土産とする」

「三百年の長き巡礼役を終えて今、神の御許アトランチスに戻る。神は今そこに在り、しかし明日には還られるやもしれぬ。夢にまで見た神の御世話の役目、しっかりと」

「素晴らしき神の御言葉を聞き、我が魂感銘に震える。我らエルフは神の僕なり」


 討伐役、巡礼役。

 エルフが異界からマナを獲得するためにダンジョンを討伐したり、マナの獲得を分散させる為に巡礼と称し移動したりしていたのだろう。

 地の為に現れた神を再び神の座に還すために進んで奉仕をしている姿が素直に書かれており、そこには一切の疑念は無い。

 この頃のエルフは世界樹を神として大切に扱っていたのだ。


「かつてのエルフは世界樹の為にさまざまな労役をこなしていたのだな」

「地の為に神が現れた……神が現れなければならないほどの事態が起こっていたのか。大規模な異界の顕現でもあったのかもしれないな」

「ベルティアみたいな存在から確固たる力を行使できる存在へと変化したという事ですよね」

「パワーアップ?」

「肉を得た事で力をここに集めたと考えるべきえう。エルフの手助けが無ければ還れないならパワーダウンえうよ」

「確かにパワーダウンだな。しかし失った力は何かに使われているはずだ。それだけの力が必要だったという事か」


 高さとは力。

 世界樹は神の座から肉を持つ世界の存在に堕ちた事で絶大な力を発揮し地を守ったということか……カイはそう結論付ける。


 想像もつかないほどの恐ろしい危機があったのだろうがその詳細は必要ない。

 カイはそこから三層下り、ここからの文言が崇拝だけと確認して調査を打ち切る事に決めた。


「昔に何があったかは大体わかった。ここで戻ろう」

「えう? ゴブリンは、ゴブリンはどうするえう?」

「会わなくて良かっただろ?」

「よくない。呪い広げる」

「そうですわ。一体でも多くのゴブリンに力を捧げさせないと」

「……戻るぞ」


 なんでそんな不快な事を……


 モヤモヤした感情を押し殺してカイは会話を打ち切り、階段に足をかける。


「「「……!」」」


 ミリーナ、ルー、メリッサは立ち尽くし、やがて堰を切ったように階段を駆け下りはじめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ