6-6 冒険者、螺旋を廻る
幸いな事にゴブリンとはまだ存在の痕跡としか遭遇していない。
しかしいずれは遭遇するだろう。
その時ミリーナ、ルー、メリッサは本当に呪いを拡散するため動くのか?
自分はどうするのか?
呪いを負う必要の無くなった自分が踏み込んで良いものか?
そして自分はどうしたいのか……
カイは考えながら螺旋階段を下りていく。
「ベルガ……この分厚い層が、移動するのか?」
「あ、ああ……口伝ではそうなっているな」
カイはかつてのエルフはすごい技術を持っていたのだなと感心する。
四メートルほどの分厚い床は新たに層を作るために下がる構造を持っている。
外縁の壁と層に何かしらの仕組みがあるのだろうがカイには全くわからず、教えてくれたベルガもその手法までは当然知らない。
「かつてのハーの族は、すごいな……」
「ありがとうございます。カイ様」
「ほめてないえうよ」「む。昔の話今は違う」「ええっ!」
螺旋階段をぐるりと回りながら下りる事十メートルほど、一行は次の層に下り立った。
「まだ、ゴブリンは痕跡だけだな」
良かった……
カイは心の中でそう呟き、屑魔石を願いながら墓の文字をざっと読む。
「呪いの樹木がまた、食料を運ぶゴーレムを破壊した……か」
「冷やしても腐る。凍らせても腐る。防腐の魔道具を使っても腐る……えう」
「カビが! 菌が! 何とかしてくれ……ぬぐぅ」
「頭がまともに働かない。こんな頭でどうすればいいのだ……ですわ」
この層は何とかして危機を回避しようと足掻いていた頃のものらしい。色々な事を模索しつつも呪いにより頓挫する様が荒々しく書かれ、当事者の苛立ちが見て取れた。
カイ達はさらに下の層へと下りていく。
「我らはエルフ。何とかなるさ……」
「ならなかったえう!」「むむ脳天気!」「エルフを過信しすぎですわ!」
下の層に下りると楽観的な言葉がちらほらと見えるようになる。
さらに下りると楽観はさらに増え、下りるほどに増えていく。
「追い詰められていくエルフの過程を逆に辿っているんだな」
「下層ほど昔の話となるからな」
カイ達は切ない気持ちでそれらを読み下りていく。
書かれている文言はほとんど現状に対する不満や未来への悲観と楽観であり、時折決断に対する批判と恨み節もあるが決断自体は詳しく書かれていない。
周知の事実だからだろうとカイは考え、階段近くのいくつかを読んで層を下りていく。
「どこかに核心が書いてあるかもしれないが、下りた方が早いな」
「その方が良いだろう。ずいぶん後の時代のようだ」
どこかに求める核心が書いてあるかもしれないが、探すより下りた方が早い。
墓の面積と層の面積から一層の墓の数はおよそ五千程度。
刻まれた没年から層の年代差は十年前後。
エルフの寿命が千年として、アトランチスの人口は五十万程度になるだろう。
これは十層どころでは済まないぞ……
カイはそう考えながら螺旋階段を下りていく。
同じ気持ちなのだろう、ベルガが下りながら忌々しげに呟いた。
「これは百層くらいまで下りないと駄目かもしれないな」
「千年か……そこまでは行かないんじゃないか?」
「なぜだ?」
「そこまでご飯が持たないだろう?」
「あぁ……確かに五十万ものエルフを支えるご飯はここでは作りようがないな」
呪いのせいで運搬も保存も難しいエルフは食料を現地調達するしかない。
しかしマナを失い砂漠になってしまえば食料は難しく、無理に作れば怪物が湧いてくる。
食を得るためには畑を増やさなければならず、エルフは都市を捨てるしか無い。
この結論に至るまでにそれほど時間は掛からないだろう。
人間は黒竜ルドワゥ討伐から四十三年、雷竜ビルヌュ討伐から八十二年で異界を顕現させた。
エルフにそこまでの欲は無いかもしれないが都市の人口はビルヒルトより一桁多く、ランデルならば二桁多い。
エルフの食事量は人間と大して変わらないのだ。
ビルヒルトと同じような事をアトランチスで行えば、すぐに異界が顕現するはずだ。
時代を遡り始めてすでに百年以上、そろそろ何かが……
カイがそう思いながら下り立った十五層目、ついに核心に触れる文言が階段付近に現れた。
「これは……何かの議論か?」
ベルガが一つの墓の文言を見つめて呟く。
一つの墓に明らかに二人以上の言葉が書かれていた。
「『我らの決断は正しかったのか? 世界樹が悪いわけでもあるまいに』『善悪など関係無い。あのままでは世界も我らもあれに食われただろう』『我らエルフは末代まで呪われるだろう』『しかし滅びはまぬがれた』……何かの行為に対するエルフ達の意見といったところか」
「世界樹と書かれていますから、おそらく世界樹の実を食べた行為ですわね」
「これだと美味しかったから食べた訳ではないえうね」
「むむむ決断?」
「ようやく核心に入り始めたな。世界樹は悪くないが善悪は関係ない、か」
カイは皆と共に首を傾げる。
この層はそこかしこにこのような議論があり、この年代のエルフ達が世界樹の実を食べる決断に関わっていた事が伺える。
子孫が呪われる事も知っていた事から呪われた後に子が生まれ、しばらく経った頃だとカイは推測した。
「齢二十を数えたエルフはご飯を頭で受け、老いてご飯で頭をかち割られてマナに還るまで叩かれ続ける……だったな」
「えう」
以前、カイがミリーナから聞いた言葉だ。
このような植物の育たない都市でも火と関わりの無い生活をしていても、食で頭を殴られる呪いだけは避けようが無い。
子に呪いが受け継がれた事は最大でも二十年経てばわかるだろう。
五十万人が千年で全て入れ替わるとすれば年五百人は生まれていないと人口を維持できない。呪いの前後でいきなり出生数が変わったとも考えにくい。
ならば子に受け継がれた事実が書かれなくなったあたりから二十年以内にエルフは世界樹の実を食べたことにならないか。
カイはそう考え、注意深く階層を下りていく。
火が全く使えない、頭がおかしい、植物が勝手に、体からキノコが……
エルフの呪いに関する嘆きがちらほらと増えていく。
呪いの始まりにエルフが混乱する様が見て取れた。
「……楽観が増えてきたな」
「怒りが鎮まるまで待てば良いと、思っていたのかもな」
「今も呪われているえう!」「神をナめすぎ」「そうですわ。楽観している場合ではありませんわ!」
しかしこの頃は何とかなると楽観する者がもう終わりだと悲観する者よりも多く、自分達は正しい事をしたという文言が増えていく。
これが今にまで続く呪いとは思わないエルフが多かったのだろう。
今から考えれば不憫な事だなと切なくなるカイだ。
そして子供が呪われた話は層を下りるほどに減り、二十層目に書かれた文言では生まれた子供への心配と危惧に変わっていた。
「呪いの伝染が推測に変わった」
「ああ。ここから二、三層で世界樹の実を食べた頃の文言が現れるな」
「いよいよ核心えう……ところでゴブリンが出てこないえうね」
「そうだな。私が来た時には見たんだが……痕跡しかないな」
「困るえう」「困る」「本当に困りますわ」
何が困るんだよ。
思考にふけっていたカイにモヤモヤした気持ちがぶり返す。
呪いを拡散させれば呪いが薄まり消えるのか?
もしそうならば人間なんかとっくに……いや、今はエルフの言葉を追おう。
カイはモヤモヤした気持ちを頭を振って追い出し、階段を下りていく。
層を下りてもゴブリンは変わらず痕跡だけ。
カイはホッと安堵して墓の文言を読み、注意しながら階段を下りる。
そして呪いの伝染が推測に変わった層から三層目、ようやくそれが現れた。





