6-1 エルフの悔恨を追……わせて下さいお願いします
「……熱い」
強烈な日差しが、カイの肌をジリジリと焼いていた。
乾いた熱い風が汗をぬぐっていく。
空はどこまでも青く、地はどこまでも黄色く波打っている。
砂漠と呼ばれる砂の海だ。
ここはかつてのエルフの都。アトランチス。
バルナゥの開いた門で空を渡り、雪を頂く竜峰ヴィラージュからここに飛んだカイは今……頭を抱えていた。
「どうすんだ、これ」
鍋を前にカイは呟く。
かつてのエルフの都アトランチス。
オルトランデルをはるかに超える石造りの都は今でもその威容を示し、当時のエルフの文化の極みをこれでもかとカイに見せ付けている。
天を衝く幾多の塔もほとんど崩れていない。
ホルツの長老ベルガによればエルフがここを捨ててから幾百万年。
それだけの月日を経た今でも健在な建物はミスリルを骨材に使われており、それが魔力を失い腐食するまでこの威容を維持し続けるらしい。
王国では粒が最高貨幣として使われているミスリルが、ここではただの建材。
それはすごい。
確かにすごいとカイは素直に思うのだが、今はそんな事に感動している場合でもない。
かつての都アトランチスはカイ達の求めるもの……それが足りない。
ご飯。
そう、ご飯である。
このアトランチスにはご飯が圧倒的に足りなかった。
まず、アトランチスには土が無い。
土は植物や動物の命の積み重ねである。
何も住まない場所にまず見えない小さな生物が居を構え、それらの耕した地に苔やカビが生え、虫が居付き、草や木が生え、獣が生きるようになる。
命は地のマナに集まり、それらを生物に都合の良いように変えていくのだ。
しかし……カイは都の外を睨む。
アトランチスの外は見渡す限りの砂の海である。木はおろか草一本すら生えていない。
空間のマナが不足しているとこのような風景になるらしい。
物質が大きな形を失い、全てが小粒に変わりわずかな力で簡単に崩れるようになる。
物質同士を繋げるマナが欠乏しているためだ。
命の無い地に土などがあるわけもない。
それどころか異界が現れる一歩手前である。
メリッサに頼み作物を育ててもらったが、収穫できたのは小粒作物。
収穫したら巨大なミミズのような異界の怪物サンドワームが現れ暴れたので、皆で慌てて討伐して戦利品として地のマナ補充を願う始末だ。
作物を得る事は出来ても危なくて仕方が無い。
これは最後の手段とカイは封じる事に決め、手持ちの食物で何とか過ごす事三日と半日。
あっという間に食料の不安が顕在化した。
手持ちの食料はカイツースリーが持ちこんだ物だけ。
生きた猪と竜牛も持ち込んでいるが安心するにはほど遠い。
携帯食料が二日分を切った時点でカイは節約する事を決め、空を渡った時に投げ込まれたそれの食料化を始めた。
……鍋一杯の大竜バルナゥのこまぎれ肉と、同じく鍋一杯の血である。
おそらくシスティの配慮だろう、切り刻んだ肉とあふれた血をかき集めて門が閉じる直前に投げ込んでくれたのだ。
エルフに食料と認識されないそれは生命に乏しい地という事もあって適当な保存でも全く腐らず、マナをあふれさせている。
だが、これは竜の血肉である。
くそまずい。
血は世界樹の葉と同等の効果があり肉はその効果が数時間持続する。
生きるだけなら完璧の食料だ。
生きるだけならば。
「……まずいな」
「まずいえうくそまずいえう!」
「くそまずい……ぬぐぅ!」
「まずいですわ! 超まずいですわ!」
「まずい!」
システィは食料に困るだろうと投げ込んでくれたのだが皆は阿鼻叫喚。
体調万全でも心は荒む。
食事時にスプーンで血をすする皆の表情は険しく、カイは毎食睨まれる始末。
なぜまともな食料を投げ込んでくれなかった、システィ!
ミスリルコップの仕返しか? 仕返しなんだなこのやろう!
と、睨まれる度に心で叫ぶカイである。
効率ははるかに高いが人の気持ちは考えない。
因果応報。あの異界討伐でカイがした事を逆にやられているのだ。
しかし血や肉を食料に変えるのも難しい。
拠点物色中にミスリル製の鍋を見つけ、水を調達しようとルーに頼んだところ水の少ない場所では水魔法に相当マナを消費するらしい。
「もう竜の血肉で水を作るのは許して……ぬぐぅ!」
「……すまん」
と、鍋が一杯になる前にルーに涙目土下座をされてしまった。
水の余裕も無いためミスリルコップもあまり使えない。
竜の血を入れてみようかとも考えたがコップが妙な事になったら非常に困る。
コップはまさしく最後の生命線なのだ。
「砂漠の砂で畑を作りますわ!」
「だ、大丈夫かメリッサ?」
「カイ様の為ですもの。どんな苦難にもこのメリッサ耐えてみせますわ……まずいですわ! 超まずいですわ!」
メリッサも竜の肉を食べ頑張ってくれたが最後は狂気に現実逃避。
「ぷるっぷ、ぷーっ!」
「すまん。本当にすまんメリッサ」
「ぷぷーっ!」
カイは丸一日抱き枕として慰めるハメになった。
正気で食べ続けるのが厳しいまでのくそまずさ、それが竜の肉である。
そしてメリッサの努力の跡で淡々と木を生やしたのがミリーナだ。
「ますいえう、くそまずいえう……えうーっ!」
「ミリーナ、やめろミリーナ!」
「ミリーナはカイのつ、妻えうーっ!」
ミリーナは文句を言いながら狂気に屈したメリッサ畑で木を生やし、薪をカイに差し出した。
「これであったかご飯を作るえう」
「ミリーナ……ありがとう」
カイに笑うミリーナの目は妻である覚悟と諦観と狂気に満ちている。
俺には勿体無い妻だわ……
と、ミリーナにホロリ涙のカイである。
涙目でそれを受け取ったカイが美味しく竜の肉を食べさせてあげたいと思うのも無理はない。
ここで獣を絞めれば良いのに竜から離れられないのがカイの小心者な所である。
そして獣に竜の血を飲ませながら肉を削ぐ事も出来ないのがカイの正気な所である。
気合を入れてかまどを作り、鍋に水を満たしてペネレイを入れ竜の肉を入れて煮込む事二時間。
狂気の魔道具が完成した。
呪いの逸品、まずい飯しか作れないヘルシー鍋の完成である。
煮込む事で染み出した竜のエキスは鍋をたやすく侵食し、入れた物全てをヘルシーでくそまずい代物に変える狂気を作り上げたのだ。
「こんなのあったかご飯じゃないえうぅううううっ!」
「ああっ、ミリーナ!」
「これはカイが悪い。ぬぐぅ!」「まずいですわ! 無理もありませんわ!」
一口食べたミリーナは絶叫して走り去り、二日ほどカイに近付かなかった。
夫婦になっていきなりの別居である。
カイは住居跡を捜して鍋をゲットし土下座する事三時間、ようやく許してもらい戻ってもらえた。
「エルフの悔恨は私が調べるから、カイ殿はまずご飯を何とかしてくれ」
「ベルガ……」
「頼む!」
かつてのエルフの悔恨を捜している余裕などあったものではない。
ベルガに土下座懇願されるくらいに余裕が無い。
まずご飯、とにかくご飯。
拠点が無ければ、特に食の基盤が無ければ活動する事すら困難なのだ。
エルフの悔恨よりまず自らの悔恨である。
くそまずいご飯ばかりでは自らの悔恨が増すばかり。
カイもミリーナ、ルー、メリッサもベルガも狂気に人生を投げ捨ててはいないのである。





