5-16 大竜、世界樹の木っ端屑に圧倒される
『これがベルティアが紡いだ、物語か!』
大竜バルナゥが吼え叫ぶ中、勇者の武器が急に震え始める。
聖剣グリンローエン・リーナス。
聖杖グリンローエン・ライナス。
聖槌グリンローエン・ウァナ。
そしてカイの首に嵌められた贄の首輪。
それらがバルナゥの姿を見たとたん、勝手に動き始めたのだ。
「な、なんだっ?」
カイの首に嵌められたそれが蠢き、勝手に外れてバルナゥに向かい飛翔する。
『ぐぅおおおおっ!』
バルナゥは矢のように飛ぶ聖杖、聖槌、首輪をマナの障壁で弾き、障壁を食った聖剣をかわして空へと駆けた。
翼のもたらす突風を切り裂くようにシスティとソフィアの聖杖と聖槌がそれを追い、主を無視して飛翔する。
遅れて首輪が追い、かわされたリーナスが周囲を闇に呑みながら飛んでいく。
カイ達の頭上で首輪と、聖杖と、聖槌と、聖剣がバルナゥに殺到し、バルナゥは障壁と移動でそれを防いでいた。
『これがお前の意思か! どれだけ我らを食わせれば気が済むのだ! ビルヌュを食わせ、ルドワゥを食わせ、今度は我を! それもガーネットの子に討たせるのか!』
大竜バルナゥが叫び、吐き出したブレスで聖杖を焼く。
膨大なマナの奔流が空を貫き、遠くの山を砕いていく。
しかしそれだけの猛烈なブレスを受けても聖杖は砕けず、表面を焦がしただけでブレスから逃れバルナゥに襲いかかる。
バルナゥを襲うそれらの共通点は一つ。
世界樹か……!
「やられた……」
「アレク!」
慌てて振り向くカイの視界に、左腕を聖剣に持っていかれたアレクが血まみれでうずくまっていた。
「小指だけで、ごっそり持っていかれたよ。システィ……知ってた?」
「こんなの知らない! 武器が勝手に竜を討伐するなんて知らないわよ!」
「とにかく回復を!」
血があふれ続けるアレクの肩を押さえて抱きしめ、システィが叫ぶ。
ソフィアの回復がアレクを癒していくが欠損した左腕の回復はやはり遅い。
「ルー!」
「水よ!」
カイの意を受けたカイツーが荷物からミスリルのコップを取り出しアレクの口に当て、ルーに水を注がせた。
「飲め! 腕が生えるまでとことん飲め!」
「うん……」
ルーは水を注ぎ続け、アレクは水を飲み続ける。
皆がアレクに力を注ぐ中、カイはバルナゥの駆ける空を睨んだ。
吐かれるブレスが空を白く染め、衝撃が地を揺らし、射線の大地が抉られる。
その直撃を受けても聖杖も聖槌も首輪も動きが鈍るだけで焼き尽くされもせず、バルナゥを攻撃し続ける。
「……なんだありゃ!」
「バルナゥのブレスを、食ってるえう!」「むむむ世界樹強烈過ぎる」「あのブレスを防ぐなんて!」
圧巻なのは聖剣だ。
山すら砕くあのブレスを全て食い、障壁を食ってバルナゥに襲いかかり、かすった鱗を肉ごと削っていた。
『ウゴアアァ!』
かすっただけでもマナに変えてしまう聖剣の威力は絶大だ。
素早い斬撃に巨体全てを避けさせる事はいかにバルナゥでも難しいのだろう。かろうじて避けた軌道に聖剣が刀身をぐるりと回し、鱗に刃をかすらせマナに変えていく。
魔撃無効、攻撃無効、防御無効の聖剣は竜に対しても絶大だ。
『グゥオオオッ!』
斬られる度にバルナゥは抉られ苦悶に叫ぶ。
障壁もブレスも食う聖剣の前に最強生物である大竜バルナゥは傷つき、追い詰められていく。
「……ケレス枢機卿め、これを知っていたな」
やられていくバルナゥを見上げ、カイが吐き捨てた。
これを知っていればカイを解放するだろう。
世界樹が勝手に狩るのなら、そこまで持って行くだけで良い。
ケレスにとってカイは一つ多く武器を持ち込む運び屋でしかなかったのだ。
その上でルーキッドを脅して財宝をかすめ取った。
奴の方が一枚上手だった……
『この、クソ大木めぇえええっ!』
カイの睨む空の上でバルナゥのブレスが首輪を捉え、逃れる首輪に当て続けてようやくそれを焼き尽くす。
しかし一つに集中する事はバルナゥに致命的な隙を作り出す。
聖剣に削られ、聖杖に貫かれ、聖槌に叩かれたバルナゥは勢いを失い落下を始めた。
きりもみ落下するバルナゥを三つの武器が追撃する。
聖剣が翼を食い、聖杖と聖槌が両足を貫いた。
『舐めるなあぁあああああ!』
バルナゥは貫いた聖杖と聖槌を両腕で掴み、腕ごとブレスで焼き尽くす。
これで残るは聖剣のみ。
しかし全てを食う聖剣にバルナゥは打つ手が無い。襲い来る聖剣を身体をひねって致命傷を防くが体は切り刻まれていく。
『ギャアアアア!』
腕も足も翼も失ったバルナゥは、ただ叫ぶのみ。
それを見上げるカイ達には何もできない。
聖剣はバルナゥを削り、穿ち、貫き続ける。
穴だらけになって落ちて来るバルナゥを頭上に、左腕を新たに生やしたアレクがカイに駆け寄った。
「もう大丈夫だよ、カイ」
「アレク、あれを止めてくれ」
これを何とか出来るのは、聖剣を扱ってきたアレクしかいない。
カイの無茶な要求に、アレクは頷き宝剣を抜く。
「やってみる。バルナゥをここに落としてシスティ!」
「わかったわ!」
システィが風の魔法でバルナゥの落下軌道を変えていく。
アレクはその時のために宝剣を構え、ソフィアとベルガとエルフの皆は防御のための魔法を紡ぐ。
マオはシスティとソフィアの前に立ち、落下時の飛礫を受けるべく斧を構えた。
「カイはミリーナが守るえう!」「コップ水はおまかせ!」「強化魔法ふんぬぅ!」
ミリーナはカイを守るために風魔法をかけ、ルーはコップに水を注ぎ、メリッサは皆に強化魔法をかけた後、肉壁になるべくカイとミリーナの前で構える。
「落ちるぞ!」
落下のインパクトに地が揺れ、弾かれた様々な物が一行に飛来する。
ソフィアの壁とエルフの風がそれらを弾き、マオが砕き、ミリーナとメリッサがカイを守る。
いくつかの飛礫にエルフの何人かが傷つき、ルーが水を飲ませに駆け回る。
「聖剣が来るぞ!」
落ちたバルナゥの巨体を聖剣が貪らんと落下する。
しかし、いかに強力でも武器。
動かないバルナゥを狙うその軌道は単純明快だ。
心臓を狙いただ落ちてくるだけの聖剣にアレクは呼吸を合わせ、宝剣を振るった。
「はっ!」
気合と共に飛ばした風の刃が聖剣の柄をからめ取る。
刀身は無敵でも柄はそうではない。アレクが放った風は彼が扱っていた時のように柄を掴み、その動きを制御したのだ。
「よい、しょっ!」
アレクは暴れる聖剣を気合で押さえて振り回す。
そしてカイスリーが持つ聖剣の鞘まで聖剣を飛ばすと昔のようにカイスリーと呼吸を合わせ、鞘に刀身をぶち込んだ。
すぐに縄を持ったカイツーが鞘と柄をぐるりぐるりときつく巻き、縛り、さらに巻き、縛る。
カイスリーの腕の中で聖剣はカタカタと震えているが、鞘から抜ける事はない。
成功だ。
「ふぅ……危なかった。鞘が壊れてなくて良かった」
「まったくだ」
一行はやれやれとため息をつくと、場の収拾に動き出す。
『グゥウウウ……ウゥ……』
「回復を!」「む!」
大竜バルナゥは重症だが生きている。
メリッサが回復魔法をかけ、ルーがコップの水をバルナゥの傷口に注いで癒していく。
時間はかかるだろうが何とかなりそうだ。
「や、やったえう!」
「ああ」
カイとミリーナがやれやれと顔を見合わせた時……
パァンッ……!
何かが弾ける音が響いた。





