5-15 竜峰ヴィラージュ
バルナゥの棲む地の近くで休む事一夜。
日の出と共に出発した一行は大竜バルナゥの棲む山頂へと足を踏み入れた。
山頂近くはゆるやかで、カイも自分の足で歩ける。
「カイはミリーナが守るえう!」
「カイはへなちょこ、無理しない」
「カイ様、辛くなったらすぐに私、メリッサに負ぶさって下さいませ」
「ハハハ、困ったら頼む」
ミリーナ、ルー、メリッサがカイを守るように周囲を固める。
カイが初めて入る竜峰ヴィラージュの山頂は、奇妙な風景が広がっていた。
「これは聖銀、ミスリルよね」
「そうですね。そこら中にゴロゴロしてますね」
「おかげでエルネはもらい放題えう。鍋はこれからもバンバン作るえうよ」
「またかよ」
「鍋か。良い使い方だな」
「がはは、豪快なミスリルの使い方だなおい」
「金属は所詮金属。ご飯と違って武器や魔道具は無くても困らない」
「うん。確かにご飯の方が大事だね」
「むふー」
システィとソフィアが驚きに視線を走らせ、ミリーナが自慢げに語り、カイが呆れ、ベルガが賞賛し、マオが笑い、ルーが真理を語り、アレクが頷き、カイの背中に抱きついたメリッサがカイの温もりにむふふと笑う。
驚くのはミスリルだけではない。
岩場からは宝石が生え、マナを多量に含む魔石が輝いている。
宝石はマナの密度の高い所に生まれる石で、魔石は宝石がマナを蓄えたもの。
バルナゥが棲むだけでマナにあふれるこの地はミスリル、宝石、魔石の宝庫であり、それをもたらすバルナゥとマナの強さが伺える。
山頂を流れるマナの流れはマナに鈍感なカイですら判る強烈なものだ。
そして宝石や魔石と共に見た事のない植物が生えていた。
「すごい。パレリの自生を見るのは初めてですわ!」
「ええっ?」
不老不死の材料として伝えられる伝説級植物にメリッサが瞳を輝かせて歓声を上げ、ソフィアの頬が引きつる。
マナのあふれる地は生命にあふれる地でもある。
生命がマナを欲し、そこで生きる事でマナを耕し豊かな地へと変えていくのだ。
あまりに強烈なマナは生命にとって害だが伝説級植物にはこの強烈さが適しているらしい。魔石にがっちり根を張って見事な花を咲かせていた。
しかし、パレリにちょうど良いマナもカイにとっては強烈である。
棲み家に近づくにつれ強くなるマナは森の浅い所をウロウロしているカイには初めての体験だ。
魂が縮み上がるほどのマナの強さにカイは震えながら付いていく。
慣れているエルフと場数を踏んでいる勇者達。
下級冒険者にすぎないカイは震えが止まらない。
「えう? カイはバルナゥと一緒に肉を焼いた仲ではないえうか」
「こんなもん、一度会っただけで慣れるとでも?」
「カイも親切な竜と言ってたえう」
「だいじょぶ。手握ってあげるから」
「カイ様、怖かったらだっこでも……いいんですよ?」
「やめい」
そう言いながら手を引くミリーナとルーに引きずられるようにカイは山道を進む。
背中はメリッサがぺっとりと貼り付いてカイを押していた。
これは慣れない。死んでも慣れない。こんなのに慣れた奴は人間を超えている。
周囲にへぇほぉ感心しながら歩く勇者級の面々を見てカイは思う。
竜を従えた建国神話のガガ・グリンローエンの偉大さと討伐してきた勇者級の強さが痛いほど理解できた。
やがて聖銀と宝石、魔石の地を過ぎると幻想的な風景が広がり始める。
周囲の岩が透き通り、マナの風に揺らいでいた。
「マナが強すぎて物質や空間が揺らいでいるのね。すごい」
システィが歓声を上げる。
「す、すごいのか?」
「すごいなんてもんじゃないわよ。マナが強すぎて世界の枠組みを崩しているのよ。これは異界の顕現の逆。異界のマナが弱ければこちらが侵攻できるわよ」
「異界にこちら側がダンジョンを作るのか」
「そういう事になるわね。異界はとにかく世界のどこかと空間を繋げるくらいは私でもできるかもしれないわ」
「そこまでかよ」
竜すげえ。
改めて感心するカイである。
「空間が繋がると何かが爆ぜるような音がするって、建国神話に書いてあったわ」
「すると、時折ヴィラージュが爆ぜるのは……」
「バルナゥが空間を渡っているんでしょうね」
空間跳躍時には周囲の空間が揺らぎ、震えると言う。
時折竜峰ヴィラージュが爆ぜる……頂を中心として広がる雲の環と空気が震える爆音はそれだったのかと納得するカイである。
飛ばなくても空間を繋いで渡れると言う事は世界のどこへでも行けるという事。
大竜バルナゥは時折空間を渡り、誰も討伐しない場所のダンジョンを討伐していたのだろう。異界に沈む世界を人知れず支えていたのだ。
まあ、バルナゥは人間の事など知った事ではないだろうが。
「建国神話の支離滅裂さもそれが理由ね。建国竜アーテルベも竜だもの」
「竜はすげえな」
胸を張るシスティに惜しみ無い賛辞を送り、カイは進む。
物質と空間の揺らぐ地を抜けると、次はかっちりした神殿のような間が現れた。
間の中心には螺旋階段が地底へと続き、台座が書物を掲げている。
システィがまた歓声を上げ、台座の書物にかじりついた。
「これは! あぁ、すでにここはダンジョンなのね。五万六千階層も……すごい」
「ダンジョン?」
「ええ。この地はもう異界に突き抜けているのよ。その主が大竜バルナゥ。これまで多くの竜が討伐されてきたけれど、異界まで届いたダンジョンの報告はされていない。ここは異界のマナを吸い上げ世界のマナに変えるマナの源泉、これがある限りエルネの里が異界に沈む事は無いわ。これは大発見よ!」
異界の顕現とは別の世界が世界の薄い部分を貫き現れる現象。
当然その逆もある。
大竜バルナゥはこの世界から別の世界に貫いたダンジョンの主なのだ。
「こちら側から貫いたダンジョンか。するとこの階段の下は……」
「ダンジョンの階層を経て異界へと繋がっているはずよ。こちら側の存在なら自由に使えるのでしょうね……え? 転送? 書物が希望階層を聞いているわ! ああ、奥はどんな風になっているのかしら、どんな世界に繋がっているのかしら」
「これがあったのに白金野郎はダンジョンを顕現させたのかよ。どんだけ奪ったんだあいつは」
呆れるマオにシスティが答えた。
「あそこは元々別の竜の縄張りだもの。ここの恩恵はあまり届かないわ……そうか、竜は縄張りを守ると共に異界の顕現から世界を守り、時にはここのようにマナを奪い供給しているのね。これを討伐するなんてありえないわ」
システィは呟きながら興味深く周囲を見渡し、歓声を上げ続ける。
「全くです。聖樹様の都合もここまで行くと迷惑ですね。早くお諌めしないと世界が困ります」
「お、ソフィアも言うねぇ」
「当然です。人と聖樹様は違う道を歩んでいるのです。独り立ちの時なのですよ」
そしてソフィアは吹っ切れたのか、堂々と聖樹批判をしていた。
人間は人間、樹木は樹木。
たとえ世界樹といえども世界を害する樹木とは袂を分かつべきだという結論に達したらしい。独り立ちという表現で人の自立を考え始めていた。
あぁ、もうソフィアさんは聖樹教に戻る気は無いんだな……
カイは三人に引かれたり押されたりしながら思う。
この旅がアレクら四人の最後の旅になるのだ。
皆、カイと共に過ごした間に己の道を決め、自らの足で歩く用意を始めている。
システィは枢機卿の側室として王国を守る新たな戦いを始め、アレクはこれからも勇者として戦い続ける。
ソフィアは聖樹教を離れてミルトの意思を継ぐだろう。
マオは新たに結成されるパーティー次第でどうなるかはわからない。
俺は何かをした訳でもないんだが……
カイは自らを振り返る。
ただひたすらご飯を作って作って作りまくった数ヶ月だ。
ミリーナとエルネ、ルーとボルク、メリッサとエルトラネ、ベルガとホルツ、システィ、ソフィア、アレク、マオ、ルーキッド、ミルト、大竜バルナゥ……もちろんエヴァンジェリンも。
色々な者との関係が生まれ、そして変わっていった。
そして、これからも変わり続ける。
共に歩む事を決めてくれた者もいれば、去る者もいる。
しかし去る者は仲を違えたわけではない。道を違えただけだ。
それでいいのだ。
ソフィアが人と聖樹様は違うと言ったように、人と人も違う。
再会を願って門出を祝い、また交われば共に歩み、戦い、ご飯を食べればいい。
人生は淡々と進み、時折人と重なり複雑な模様を見せる。
そう……
『これがベルティアが紡ぐ、物語か!』
バルナゥが言う、物語のように。





