5-14 何かを成したその時は…
「今日はここで休みましょう」
システィが宣言する。
しばらく断崖と大して変わらない山道を登った一行は、山頂付近の緩やかな場所で宿泊の準備を始めた。
「バルナゥまではすぐえうよ?」
「夜に訪問するのも失礼でしょ。寝首を掻きに行くわけじゃないんだし」
「む」「そうですわね」
明日はここからすぐに棲むバルナゥとの対面だ。
しっかりと休息しようとカイらは早々にかまどを作って鍋をかけ、ルーの水魔法で鍋を満たす。
食材の現地調達は無い。
食料はカイツースリーが携帯食料や野菜を担ぎ、エルネのエルフが獣や鶏等を生きたまま風魔法で運搬している。
絞めない限り呪いは発動しない抜け道を突いた運搬法だ。
常に雪が積もるヴィラージュは植物にとって過酷だからだろう、植物の無い山肌には当然のように土も無く、エルフの力でも植物を生やす事は困難だった。
「尻! 尻からたわわな実りを!」
「いやそれはやめてくれ」
「ええっ!」
「ふっ、ここは私が華麗にペネレイです。カイのいい人すごいすごい」
出す所から実りを得ようとするメリッサを制するカイのかたわら、ルーがポコポコとペネレイを生やして鍋の嵩を増やしていく。
水といいキノコといい、ルーはこのような場所では非常に役立つエルフである。
メリッサを横目に調子に乗ったルーはポコポコとキノコを生やし続け、鍋を次々とペネレイで満たしていく。
登頂時のメリッサにぐぬぬしていた分の仕返しなのだろう、明らかに張り合っていた。
「おいルー、もういいぞ」
「ふふふキノコが山ほど食べ盛り……」
よろりら……
生やし過ぎたせいだろう、ルーがよろける。
「ホホホホホ、ここは私の回復で名誉挽回ですわ!」
「いえここは私が」「ありがともう元気」「あらーっ? 師匠、師匠ーっ!」
「すいません。杖がまだしっくり来ないのですよ」
高笑いするメリッサをよそにソフィアが回復魔法をかけ、ちゃちゃっとルーを回復する。
戦闘の刹那に回復魔法をかけまくる聖女の技術は的確で迅速である。
しかし新しい杖の調子にソフィアは首を傾げ、杖の調整を始めた。
「ええっ? 見事な回復でしたのに納得なさらないのですか師匠?」
「マナの無駄遣いは死に繋がりますから。こういうちょっとした差が命を繋ぐのですよ」
「さすが師匠!」
「蘇生は手間が半端無いのであまりやりたくないんですよね」
小さな事だがこれの積み重ねが生死を分ける。魂と肉体の再構築が必要な蘇生と欠けた部分を補う回復との間には明確な労力の差があるのだ。
鍋を煮込む準備が出来たカイはエルフ達それぞれに飴を数個渡し、それを舐め終わるまで戻ってこないように命じてその場から追い払う。
取ってこいは無理なので舐めてこい。
ちなみにかみ砕いたらご飯抜きだ。
「じゃ、火は私がやるわ」
「頼む」
エルフがいなくなったところでシスティが新しい杖を手にかまどの炭に火を入れる。
「……やっぱ違うわね」
システィもソフィアと同じく調子が気になるようである。やはり首を傾げて杖の調整を始めた。
マオは淡々と素振りを繰り返し、新たな斧の感覚を身体に馴染ませている。
何もしていないのはアレクくらいだ。
「さすがは勇者。皆、真面目だな」
「命がかかっているからね。それにバルナゥとの対決も視野に入っているのさ」
「お前は?」「だってカイは戦わないだろ?」「まあ、そうだな」
カイは湯気を上げ始めた鍋にいつもの食料をぶっこみながら頷いた。
大竜バルナゥと戦う気はカイには欠片ほども無い。
首輪を外す方法を聞きに行くだけだ。
その過程でバルナゥと戦いになるとは思えないし、個人的に面識のあるバルナゥがいきなりカイを襲うとも思えない。
首輪を無効化できる可能性をミリーナに受け入れてもらった今、バルナゥを無理に討伐する必要も無かった。
「新しい剣はどんなのだ?」
「宝剣グリンローエン・ユークかい?」「相変わらず名前長いな」「それは王家の人に言ってくれないかなぁ」「おい王女」「持ち物に名前書くのは当たり前じゃない」「……まあ、そうだな」
とりとめの無い会話の中アレクは剣を鞘から抜き放ち、輝く刀身を空に晒した。
「悪くはないよ。風魔法で振りは軽いし良く斬れる。風を伸ばしたり飛ばしたりできるから今までの五倍の間合いで戦える」
「へぇ、良いじゃないか」
「でも、良い程度なんだよね。リーナスのような絶対的な安心感は無いよ」
アレクは一度素振りをすると、鞘に宝剣を納めた。
全てをマナとして吸い込む聖剣グリンローエン・リーナスは魔撃無効、攻撃無効、敵防御無効の上に触れればマナ化という破格の能力を持っていた。
それに比べれば何でも駄剣だろうとカイは鍋をかき混ぜながら思う。
カイからすれば宝剣ユークも雲の上の剣だ。
腰に吊るした鉄のショートソードも枝切と草刈に使うばかり。
戦いに使ったのは何年前の事だろうか。
採集と狩りの青銅級とダンジョン討伐の勇者級の仕事の違いを見せ付けられたカイは友人の破格の出世に苦笑いだ。
「勇者って奴はすごいな」
カイは褒めたつもりだが、アレクは何とも暗い顔でそれを受け取った。
調整した杖を確かめるためだろう、システィが試し撃ちできる場へ歩いていく。
その足音が次第に小さくなり、やがて消えた頃にアレクは重い口を開いた。
「そんな事はないよ……僕には何も残らない」
「アレク?」
「勇者まで登り詰めても駒はやっぱり駒なんだよ。僕はただ王国の敵を討伐し続けるだけの便利屋さ。カイのような人生計画も無くただ上に行っただけだよ。上には下とは違う何かがあると思って」
「無かったのか?」
アレクは首を横に振る。
「たくさんあったよ。お金、名誉、うまいご飯、強い装備、信用、仲間、愛する人……どう足掻いても超えられない壁もね」
「……システィが、どうかしたのか?」
話の流れからこの話だろうと、カイが当たりをつけて聞いてみる。
カイの言葉に心の内を言い当てられたアレクは驚き、暗く笑った。
「はは、さすがはカイだ」「いや、普通判るから」
「ははは……はぁ……システィ、討伐が終わったら王都に戻るんだって」
気を利かせたのだろう、ソフィアが杖を手に席を立つ。
その足音が消えた頃、ぽつぽつとアレクは語り始めた。
「王家の一員として結婚の準備をしなければならないんだってさ」
「……」
「王都に居を構える聖樹教枢機卿の側室……先日、王命が伝えられたんだ。あなたと結ばれて、あなたに抱かれてもう悔いは無いって……ぐすっ」
アレクが静かに泣き、鼻をすする。
カイは煮立つ鍋を前に、ただ一言呟いた。
「結ばれて良かったじゃないか」
「ううっ……」
悔いはあるに決まっている。
しかし二人とも覚悟の上での恋だったはずだ。
元々、出会う事すら無かったはずの二人だった。
アレクは奴隷、システィは王女。
そのままの人生を歩めば二人は出会う事もなく人生を全うしていただろう。
しかし二人は出会った。
奴隷冒険者のアレクが上を目指し、システィが王国の平和を願った結果だ。
アレクは自身の運命を変えようと足掻いて勇者としてシスティとめぐり逢い、共に戦い添い遂げられない恋に落ちたのだ。
それが幸福なのか不幸なのかと問われれば、カイは幸福だったと答えるだろう。
カイがミリーナ、ルー、メリッサとエルフ達に出会ったように。
「で、どうする? 俺と森でエルフと暮らすか?」
「勇者を続けるよ。王国の平和がシスティの望んでいた事だからね」
「だと思ったよ。でも無難に引退しろよ? でないとシスティが悲しむ」
「そうだね。その時はカイ、君の世話になるよ」
「どんと来い。その時は磨きぬかれた俺の華麗な土下座を披露してやる」
「なにそれアハハ」
王国最強の勇者アレク・フォーレ。
それが今のアレクの限界。
枠組みが決まっている中でこれ以上を求めるならば、枠組みを壊さなければならない。
しかしアレクはそれをしないだろう。王国の平和を乱す事になるのだから。
だからアレクの手は永遠にシスティには届かない。
今まで誰も手にしていない、巨大な何かを手に入れない限りは……
カイはそう考えて、アレクがこの話を今している事が気になった。
沸き立つ鍋から目を離す。
アレクはじっと、カイを見つめていた。
「カイ、君が何かを成したその時は……」
しかし本題を切り出す直前、システィとソフィアがため息をつきながら戻ってきた。
「ふぅ、何とか納得できる位にはなったわね」
「能力は三割減といった所ですか」「そこがキツいわよねぇ」
アレクは口を閉じ、うなだれてもう何も語らない。
カイは視線を鍋に戻し、ゆっくり鍋をかき混ぜる。
沈黙はシスティには何も伝えず、カイに対して一つの事を強烈に伝えてくる。
それでいい……
カイはアレクに問い直すことは無い。
森の中で出会い共に歩いた戦友は、勇者になってもカイと共に歩んだ生き方を忘れてはいなかった。
足掻いて、足掻いて可能性を上げ続けて実現する。
そうして生きてきたカイの生き方を。
アレクはまだシスティを諦めてはいないのだ。





