5-10 冒険者、エルネの一員となる
……どうしてこうなった?
エルネの里。
簡単な飾りのついた上着を着せられたカイは、徹夜明けのフラフラした頭で考えていた。
「カイ殿、おめでとうございます」「おめでとうございます!」
眼前のテーブルにはカイツースリーとアレク達が作ったあったかご飯がこれでもかと並び、その先ではエルフの皆が口々に祝福の言葉を述べている。
そして隣には、ミリーナだ。
アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァンがカイと同じような上着ですっぽりと身を包み、頬を紅潮させ俯いているのだ。
紅を入れているのだろう、唇が強烈な存在感を放っている。
元々ミリーナはご飯が絡まなければ魅力的だが、軽く化粧した今の破壊力は抜群。
カイも頭のフラつきが徹夜明けで眠いのか魅力にやられているのかよくわからない。
うっかり唇に吸い付いてしまいそうな自分をカイは視線を外す事でやりすごし、眼前の喧騒を眺めていた。
状況はまあ、わかる。
これは婚礼の儀、つまり結婚式だ。
カイもランデルで時折見ていたから分かる。
ミルトが司祭の服を着て働く珍しい機会であり、幸せのおすそ分けで腹一杯食べられる貴重なごちそうの機会でもある。
カイも仲間やギルドや取引先の結婚式にしばしば招待され、ご相伴にあずかっていたものだ。
が、しかし……
まさか当事者になってしまうとは……
そして何の準備もなしに新郎の席に座る不届き者になってしまうとは……
いや、料理は俺が出している事になるのかこれ。
あったかご飯だもんなぁ……
カイの思考がぐるぐる回る。
いきなり新郎。
何とも居心地の悪い席である。
カイはミリーナをちらと見て、変わらぬ破壊力に慌てて視線をそらした。
理由はわかる。
これはミリーナ達エルフの誠意の表れなのだろう。
カイの首輪でカイがマナに還らないための手段の一つ。
ヤれば呪いはうつり、そして世界樹は呪った者をイビるが殺さない。
カイが生き抜く選択肢の一つとして考えていたことでもある。
だがしかし、どういう経緯でミリーナ?
カイはミリーナの背後をちらと見る。
美しき花嫁であるミリーナの後ろにはルーとメリッサが控え、介添役に徹している。
ルーは相変わらず淡々としていたが、あからさまなアプローチをかけて来るメリッサが脇役に徹しているのがカイには意外だった。
「なあミリーナ……」
「ルーとメリッサと相談して決めた事えう。私の呪いが一番軽いえう」
「……あぁ」
カイの視線を感じていたのだろう、ミリーナがカイの言葉をさえぎり答えた。
そうか。呪いの軽さか……
カイは三人の呪いの違いを思い出す。
歩けば植物が生えて来たり頭で食べ物を受けるのは三族皆同じだ。
しかしルーは肌に生えるキノコで体力を奪われ、メリッサは尻の麻薬草成分で精神に異常をきたす。
身体異常を起こさないアーの族の呪いが最も軽いのだ。
「ミリーナ、ルー、メリッサ……ありがとう」
「えう」「む……」「……はい」
カイは心の中で渦巻く苦しさを感じながらも前を向いた。
これでいいのだろう……たぶん。
皆はカイツー達の煮込んだご飯を食べ、笑い、泣き、踊っている。
エルフの呪いがある以上、このような祝宴で食事をするのは難しい。
宴会できるだけの食材を世界樹は提供してくれず、収穫しようと手にすれば瞬く間に朽ちていく。
普段の婚礼はもっとささやかな、食材を持ち寄った祝いであっただろう。
「ありがとうごさいます。カイさん」
「本当にありがとうごさいます」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
ミリーナの父母が涙を流しながらありがとう、ありがとうと頭を下げてくる姿にカイは頭を下げ返し、これでいいのだろうと改めて考える。
カイが火を使えなくなってもカイツーやカイスリーがいる。
もしカイツースリーが呪われてもランデルを拠点に定めたアレク達勇者がいる。
彼らがあったかご飯を受け継いでくれるだろう。
世界樹に殴られる生活はムカつくが、エルフと共に生きるのも悪くはない。
カイは開き直ってエルフの皆に合わせて笑い、食べ、飲み、エルフの踊りを堪能する。
人の社会から弾かれてしまったカイを温かく受け入れてくれる者達がいる。
はじめは厄介払いのご飯だったが縁は優しく絡まり、今は絆に変わっていた。
「カイ殿、楽しんでおられますかな?」
「ええ。ありがとうございます」
皆が騒ぐ中、エルネの長老が祝辞を述べに訪れた。
背後にはボルク、エルトラネ、ホルツの長老達も並んでいる。
長老達はカイが謝意を述べて頭を下げるといやいやと笑い、深く頭を下げた。
「我らエルフに豊かな食を与えてくださり、エルネの長としてどれだけカイ殿に感謝しても足りませぬ」
「はじめは厄介払いだったんだけどな」
「はぁ? しりませぬなー」「聞こえない振り多過ぎだ」「はは、年の功という奴です。それで相手が諦めれば大した事ではないのです」「何度も言ったら聞くのか?」「はぁ? 年のせいか耳が遠くなりましてのぉ」「このやろう」「ははは」
エルネの長老はカイと軽口を交わすと姿勢を正し、再び深く頭を下げた。
「カイ殿を迎えられる事は我がエルネの里の誇りでございます。これから慣れぬエルフの呪いに戸惑うかも知れませぬが、エルネは常に貴方のそばで支え続けます」
「……っ」
あまりの温かさにカイは言葉に詰まり、涙があふれる。
人の社会から爪弾きにされた身にこの言葉はこたえた。
「エルネに飽きたらボルクに」
「エルトラネも歓迎いたしますぞ」
「ホルツは再建するまで待ってくれ。だがいつか里に訪れて欲しい」
「お、お前らカイツースリー目当てだろ」「「「「ばれましたか」」」」「このやろう」
ははははは……
涙まじりに冗談を交わし、笑い合う。
宴は進み、皆は笑い、踊り、飲んで食べる。
そんな中ルーとメリッサはミリーナの背後から動かず、ミリーナは俯いたまま。
三人は一度も食事に手を出さなかった……





