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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
5.ベルティアの紡ぐ物語
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5-9 冒険者、エルフとエルネに向かう

「エルフ?」

「えう!」「ぬぐぅ」「ふんぬっ!」


 カイらが馬車の窓から顔を出すと、三人と戦利品カイ二人が街道に立っていた。

 ミリーナ、ルー、メリッサ、そしてカイツーにカイスリーだ。


 まあ、出て来るだろう。

 捕まってあれこれやっている内に合流する時間はとっくに過ぎている。


 だからと言って、こんな人通りのある場所にまで出てくるなよ。

 まったく、困った奴らだなぁ……


 カイは苦笑し、馬車の扉を開いた。

 三人には現状を話しておかなければならないからだ。


「シ、システィ様。どういたしますか?」

「心配ないわ。あれは彼の知るエルフ。私達はここで降りるから装備を下ろすのを手伝って」

「は、はい」


 システィは御者に指示を出し、カイに続いて馬車を降りた。


「その後あなたはランデルに戻って……そうね、宿にある荷物をまとめて王都に帰ってちょうだい」

「システィ様はランデルには戻らないのですか?」

「戻らなくても誰かが来るでしょ。竜なんて運べないもの。荷下ろしを手伝って」

「はい」


 システィが御者と共に荷物を下ろしはじめる。

 アレク、マオ、ソフィアもシスティと共に荷物を下ろし、小さくまとめ、そして背負った。


「世界樹の枝を使わない装備が届いたのが不幸中の幸いね」


 システィが新たな杖、討伐したダンジョンの主から得た戦利品を眺めて呟く。

 王都に要求していた世界樹の枝を材料にも薪にもしていない装備は、先日ようやく届いたものだ。


「ですが、能力が低いのは否めません」

「ま、世界樹と比べたらねぇ……」


 しかし、ソフィアの言う通りこれまでの装備より弱い。

 ダンジョンの主は怪物。世界樹は神。

 比較するのが間違いなのだろう。


「信じられん武器なんぞいくら強くてもいらねぇよ。怖くてたまらん」

「私はライナスも持って行くわ。杖の記憶も移さないと使いにくいし」

「そうですね。システィ」

「もし竜討伐になった場合リーナスでないと僕も厳しい」

「武器以外の世界樹装備は持ち帰ってもらうわよ。ジャマだし」

「回復の責任、重大ですね」


 しかしエルフと対決した時のような振る舞いを竜の前でされては困る。

 街道脇で四人が装備を固めていく。

 そんな中、先に森に入ったカイは食料をミリーナ、ルー、メリッサの頭にポコポコと当てていた。


「カイ、約束の時間はとうに過ぎているえう」

「すまんな。ランデルで厄介事が起こった」

「む。このおわびは肉マシマシで」

「カイ様がいらっしゃるのを半日も、半日もお待ちいたしておりました!」

「たいして待ってないよな、それ」

「そんなカイ様、命短し恋せよ乙女と言うではありませんか」

「お前ら命は長いだろ」

「「「ところでご飯はまだですか?」」」

「まだだよ」


 いつも通りの日常にカイは思わず涙ぐむ。

 どうやらカイツースリーは事情を説明していないらしい。


「大事な事は自分の口で言うもんだ」

「そうだぞ。面倒でも俺達にぶん投げるなよ」

「そのつもりだ」


 カイツースリーの言葉にカイが頷く。

 今の境遇の発端は確かに彼女らエルフだが、彼女らが悪い訳でも何でもない。

 ただ食欲に素直というだけで責める事はカイには出来なかった。


 ランデルを出たのは昼過ぎ。

 日はすでに傾いている。


 彼女らの期待の眼差しに応えて、ここらでご飯にして事情を話そう……


 と、カイはご飯の準備を始める。


「悪いけれど煮込んでる時間は無いわ」

「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ふんぬっ!」


 しかし、カイは出発の準備を整えたシスティに止められた。


「ご飯を煮込むくらいはいいだろう?」

「予定ではあと一日、馬車で移動するつもりだったのよ。だから四日ほど余計にかかると考えてちょうだい」

「二十四日か。それならなんで馬車を戻し……こいつらが納得する訳ないか。すまない」

「私達は別に時間がかかってもいいのよ。あとはあんたの選択よ。カイ」


 竜峰ヴィラージュへは大きく森を迂回して、山の尾根伝いで近付く予定だった。

 大回りな上に起伏が激しいのでそのくらいの時間がかかる。

 が、しかし……


「カイ、どこかに行くえうか?」

「厄介事でバルナゥの所までな。すぐ出発しないと」

「えう? エルネ経由なら五日で行けるえうよ?」

「……だ、そうだ」

「なんというショートカット……」


 しかし、森を突っ切ればそれだけ時間を短縮できる。 


「エルネはバルナゥには良くしてもらっているえうよ。ミスリルコップはエルネがバルナゥに貰ったえう。ミスリル鍋を作る時もエルネがバルナゥに頼みに行ったえうよ」


 そうだった。


 胸を張るミリーナにカイは失念していたうっかりを恥じた。


 エルネの里はバルナゥの狩場に存在する大竜のお膝元。

 バルナゥと親交がありミスリルの調達を頼んでいるエルネは当然独自のルートを持っている。エルフと仲の良いカイは人間の考えたルートで行く必要など全くなかったのだ。


「でも、エルフの足で、ですよね?」

「担いで行けば大丈夫えう。月に一度はカイを拉致してるえうよ」

「拉致って……」


 ソフィアの問いにミリーナが答え、システィが呆れる。

 穏やかではないが、事実。

 日程を調整して毎月拉致されるカイである。


「カイみたいなへなちょこは担いだ方が速いえうよ。あぁでもご飯が、ご飯がえうーっ……」

「む。カイを担ぐとご飯が超絶大接近。ご飯が傷む超もったいない」


 えう、ぬぐぅ……


 頭に当てた食べ物でも呪いから完全に逃れられる訳ではない。

 十メートルより近くにあれば食べ物の痛みは爆速、すぐに腐るのだ。

 そんな二人にメリッサが言う。


「二十メートル以上の木の中央にご飯を縛りつけ、両端を担げばよいのですわ」

「「ピーエルフが頭の良い事考えた!」」

「お、おう」

「十メートル以上の木の端にご飯を縛りつけて反対側を担いでもよいですわ」

「「ピーエルフが超頭の良い事考えた!」」

「お、おう……」


 細かい問題、解決。

 ミリーナ、ルー、メリッサがカイに土下座する。


「「「ところでご飯はまだですか?」」」

「……まあ、とりあえず食うか」


 元々の予定よりも早く着くなら急ぐ理由は何も無い。

 カイは再びご飯の準備を始め、三人に取ってこいと畑のエルフらに連絡を頼んで追い払う。

 おそらく無駄な取ってこいだが火が使えないから仕方無い。


 もうランデルには戻れないからな……


 魔炎石で火を点けながらカイは思う。

 バルナゥを討伐するか、呪われてエルフと共に生きるか、死ぬか。

 どの選択肢も地道で堅実な人生とは言い難い。


 いい加減、老後の薬草人生は諦める時なのだろう。

 王女システィですら及ばない権力に目を付けられた以上、同じ生活は不可能だ。

 たとえバルナゥを討伐してランデルに戻ってもロクな事はないだろう。


 あぁ、さらば老後の薬草人生。

 さよならエヴァンジェリン、俺は森でエルフのように暮らすよ。

 俺、竜討伐から戻ったら森に家を建てるんだ……


 カイは煮込みながら暗い思考を繰り返す。

 システィが馬車に積んでいた竜牛の残りと芋をぶっこみ、携帯食料をぶっこみ、薬草をぶっこみ……いつもと変わらない料理を前に誰も何も語らない。

 いつもは瞳をマナに輝かせて睨んでくるシスティも今は何も言わず、ただ苦しげに鍋を見つめていた。


「取ってきたえう!」

「む。約束通りの肉マシマシ」

「皆様を呼んできましたわ。カイ様!」


 やがて、取ってこいを終えたミリーナ、ルー、メリッサが他のエルフと共に現れる。


「カイ殿のご飯!」「ゴチになります!」

「カイ様のご飯はカイツーやカイスリーとは一味違うに違いない!」

「いや、変わらんから」

「「「ええっ!」」」

「「変わる訳ないだろ!」」

「「「えええっ!」」」


 三人が連れてきたエルフ達はカイのご飯に歓喜一色。

 木の椀を手にずらり並ぶエルフ達にカイはご飯をよそい続け、頭に当て続けてご飯の時間となった。


「それでカイ、何があったえうか?」

「む。カイが予定を破るとか驚天動地。そんな意外性はいらない」

「そうですわ! 私、今日こそはカイ様のご飯をお腹いっぱい食べられると思ってカイツーとカイスリーがお作りになったご飯を少なめにしましたのに」

「……ありがとうな」


 カイは三人に頭を下げ、肉を食べる。

 煮込み過ぎご飯は今日も美味い。

 そして皆で食べるご飯は一人で食べるよりも美味い。


 ずいぶんと味気ない食事をしていたもんだな。昔の俺は……


 今や当たり前となった皆との食事を味わいながら、カイは話を切り出した。


「実はな……三十日以内にバルナゥを討伐しなければならなくなった」

「無理えう」「無理。絶対無理」

「いくら勇者といえどもそう簡単に討伐できるとは思えませんわ。知らないうちに討伐されていた雷竜ビルヌュ様だってそう簡単に討たれたとは思えません。そもそも逃げられたら追い付く事も出来ないではありませんか」


 ミリーナ、ルー、メリッサ、即答。

 竜とはそれだけ強大な存在なのだ。


「それに収穫祭でカイもアレクもシスティも竜の役割を理解したはずえう」

「む。それなのに掌返し超早い」

「そうですわ。竜は世界を守る盾。本来は勇者と共に戦える存在なのです。それが半日も遅れてご飯をおあずけした上に、現れたら竜を討伐しなければならないなんておかしいですわ」


 三人の指摘は当然の事。

 アレク、システィ、マオ、ソフィアは答えず黙ってカイを見る。


「それはな……」


 カイは首にはめられた贄の首輪を三人に晒し、言った。


「できなければ、俺が世界樹に食われて葉になるからだ」

「「「……!」」」


 カイの言葉に三人が息を呑む。


「与えられた時間は三十日。その間にバルナゥが討伐できなければ俺はこの首輪に食われ、世界樹の葉が遺される」

「アレクやシスティでどうにか出来ないえう?」「む。バルナゥは?」「師匠は聖樹教の聖女でしたよね? カイ様をお助け下さいお願いします」

「「「「……」」」」


 勇者四人が懇願に黙って首を振る。

 勇者、エルフ、そして竜。

 どれも神には遠く及ばない。神の振る舞いをどうにかする事は無理なのだ。


「……ミリーナ達のせいえう?」「ぬぐぅ……」「そ、そうなのですかカイ様?」

「いいや」


 不安げに聞く三人に、カイは首を振った。


 エルフによってカイが目立った事は事実だが、どのみち聖樹教はバルナゥを討伐しただろう。

 関わりがあろうがなかろうが関係ない。


 戦いの中で放たれたマナブレスがランデルに当たればどのみち死ぬ。

 カイのような下級冒険者にバルナゥ討伐の計画を教えてくれる訳がない。

 ミリーナ達と関わっていなければ、訳もわからぬ内に流れマナブレスの一撃で死んでしまう事だろう。


「とりあえずエルフの長老に聞いてみて、ダメならバルナゥに聞いてみる。外す手段を知っているかもしれないからな」


 エルフは長命。竜はもっと長命。

 ここにいる皆が知らない事も知っているかもしれない。


「それでもダメだったら、どうするえう……?」

「む。相手はクソ大木。竜だってかなわない」

「そうですわ。バルナゥを討伐なさるのですか? それとも……」

「こんな事でバルナゥを討伐したくはない。かといって死にたくもない。だから……」


 おそらく、これが一番確実な手段だ……


 カイは心で呟き、ミリーナ、ルー、メリッサとエルフの皆に頭を下げた。


「三十日の間に外せなかった時は、エルフの呪いを俺にくれ」

「カイえぅ……」「カイ……」「カイ様……」

「この贄の首輪も材料は世界樹。勇者の武器と同じようにエルフは、呪われた者は殺さないかもしれない。頼むよ」

「「「……」」」


 カイの話にミリーナら三人とエルフらは驚き、俯き、苦しげに黙ってご飯を食べはじめた。


 何ともしんみりとしてしまったな。


 カイは少し後悔したが言わない訳にもいかない。

 言うべき事は言った。

 あとはエルネ、ボルク、エルトラネ、そしてホルツの里の判断だ。


「……ミリーナ、ルー、大事な話がありますわ」

「わかったえう。メリッサ」「む……」


 黙々とした重い食事が終わると、メリッサがルーとミリーナ連れて森に消える。

 しばらくして戻ったミリーナが里のエルフに何かを伝え、カイに今からエルネに向かうと宣言した。


「カイ、今すぐエルネに向かうえう」

「そこまで急がなくても」

「向かうえう!」

「あ……ああ。わかった」


 そこまで急がなくてもと思ったカイであったがミリーナの真剣な表情に頷き、荷物を片付ける。

 畑付近とオルトランデルの施設も一時的に放棄する事にしたのでエルフの者は大きな荷物を背に駆け出していく。


「残ったものは少しずつ運んでおきます」

「農具とオルトランデルの風呂に使われているミスリルを優先してくれ。くれぐれも食べ物を優先するなよ?」

「わ、わかっております」


 特にミスリル関連は持ち去っておかないと後々ランデル界隈が大騒ぎになるので大荷物だ。

 風呂は魔力刻印のある場所を優先し、残りの施設と食料備蓄はちまちま運んでもらう事にした。


「あれ?」


 ミリーナ、ルー、メリッサが……いない。


 エルフ達が荷物や食料を縛りつけた竿を担いで次々に森を駆け出す中、カイは三人がいない事に気が付いた。


「ミリーナ達は?」

「先にエルネに向かっていますよ。カイ殿、お運びいたします」

「ああ。頼む」


 いつも俺に付いてくるのに、珍しいな。


 そう思いながらカイはエルフの一人に担いでもらい、出発する。

 戦力は圧倒的だが持久力はエルフほどではないアレクら四人もエルフが担いで駆けている。

 戦利品の魔道具であるカイツーやカイスリーは食料を背にそのまま駆ける。

 途中でご飯の休憩を行ったがミリーナら三人は現れず、荷物と食料を担いだ者達も先にエルネに行くと言い、ご飯も食べずに駆けて去った。


「カイ、俺達も先に行く」「エルネで会おう」

「お前らも先に行くのか」


 カイツーとカイスリーもエルフ達と共に駆け去った。


 エルフがご飯より優先する事?


 カイは煮込みながら何かあるぞと首を傾げるが、結局何かは判らない。

 まあ、そのうちに判るだろうとのんびりと煮込んでご飯を食べ、仮眠を取ってから再びエルネに向けて出発した。


 カイと勇者ら四人、それを担ぐエルフの五人。

 今の一行はこれだけだ。


 鬱蒼とした夜の森は魔光石程度の輝きでもエルフの目なら十分だ。

 カイ達を担いだエルフらは背負われた皆が強張るほどの速度で森を駆け抜け、上り、下り、飛び跳ねる。

 夜が白みはじめる頃までそれが続き、皆は時折頬を撫でる葉に悲鳴を上げながら耐える。

 エルネの里に着いた頃には日はすでに昇り、背負われた皆は緊張でヘトヘトになっていた。


「お眠りになられていれば良かったのに」

「担がれながら眠れるかよ」

「カイ殿ともあろうお方が……それで今日の晴れの日を迎えられるのですか?」

「なんだ? 晴れの日って?」


 担いだエルフの晴れの日という言葉に、カイは首を傾げた。

 里はいつものように木々の間にテントが点々としていたが何か良い事があったらしく、素朴な装飾が所々に見てとれる。


 なにかの祭か?


 そう思いながら背から降りたカイがよろけながら里に入ると、カイを背負っていたエルフは一息ついて姿勢を正し、里に響き渡る大声で告げた。


「婿殿がエルネに着かれたぞ!」

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世界樹エルフ
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