5-8 世界樹は竜を喰う
「こうなったら大竜バルナゥを討伐するしかないわ」
「いや、そうでもない」
「え?」
システィの言葉にカイは首を振る。
そしてシスティよりも暗い顔でうつむくソフィアを見た。
カイは開放される際に何かしらの枷が付けられると思っていた。
なにせカイはエルフを煽動した者。
そしてエルフは竜と仲が良い。
こんな者を野放しにしてトンズラされたら目も当てられない。
問題はその枷が何であるかという事だったが、さすがは聖樹教。
エルフでも竜でもどうにもならない枷。
カイの予想通りの枷を付けてくれた。
ルーキッドがケレスに竜の財宝を譲渡して欲望を刺激してくれたおかげだが、ケレスの思惑通りかもしれないとも思うカイである。
なぜならケレスにとってはカイなどどうでも良いからだ。
竜討伐の確実性を上げるためならカイをどうとでも使うだろう。
財宝の譲渡もエルフ襲撃を連想させてルーキッド様を誘導していたのかもしれないな。ついでに自分が安全な場所まで逃げる時間稼ぎも……
あぁ、他人の事を考えている場合ではないか。
カイは想像を切り捨てソフィアに語りかけた。
「ソフィアさん、聞きたい事があります」
「……はい」
声を出すのもやっと、といった苦しげな表情でソフィアが返す。
聖樹教の聖女である彼女にとって馬車の中は針のむしろだ。
崇拝とも言える信頼を寄せるカイを人質に取られたアレク、面子を潰されたシスティ、この状況で竜討伐という死地へと向かわなければならないマオ、そしてカイ本人。
全員が聖樹教の都合で命に関わるほど振り回されてしまっている。
言葉にこそ出してはいないが雰囲気までは隠せず、ソフィアを完全に萎縮させてしまっていた。
カイはソフィアに責任があるとは思っていない。だから努めて穏やかに問いかけた。
「この首輪は処刑者のマナで世界樹の葉を作る道具、ですよね?」
「そ、そうです」
贄の首輪は世界樹の枝が材料として使われている。
アレクら四人が持つ勇者の武器の材料と同じだ。
つまり……
「でしたら、エルフの呪いで死を回避する事が可能じゃありませんか?」
「そうか! 俺らの聖斧や聖杖のような事になる可能性があるのか!」
「まあ、それでも死ぬほど痛い可能性はあるけれど」
マオがそりゃ良い手だと歓声を上げる。
しかしソフィアはしばらく考えた後、静かに首を振った。
「それを実証した者を私は知りません。ケレス枢機卿が知っていたらカイさんを決して解放しなかったでしょう。可能性はあるとは思いますが私には何とも言えません」
聖樹教に試した者の話が伝わっているかもしれないと思って聞いてみたが、空振り。
まあ、そんなものかとカイも思う。
カイとエルフの関係はかなり特殊。
エルトラネのように搾取するのが当たり前だと思うから。
そして搾取した相手を助けるために、エルフが呪いをかけるとも思えない。
呪いをかけてしまったらご飯が作れない。
エルフにとっては役立たずになってしまうからだ
しかし、カイならそうはならない。
たとえカイがご飯を作れなくなっても戦利品カイツーとカイスリーがいる。
それがダメでもランデルに拠点を作るアレク達がいるし、ランデルを守る為にルーキッドが手を打つかもしれない。
エルフの言うあったかご飯の人は、今はもうカイでなくても良いのだ。
もし、戦利品カイ達にも呪いが行くならアレクに頼んで何かを願ってもらおう。
カイはそんな事を考えながら、ソフィアに聞いた。
「そうですか。大竜バルナゥが何とかできる可能性は……ないですよね?」
「まず不可能です。聖樹様の方が大竜バルナゥより上位の、生物存在の根源を握る存在ですから。同格の竜皇ベルティアでなければ……」
「それこそ不可能ですね……」
カイは馬車の天井を仰いで呟く。
カイから『在る』と聞いたソフィアは言い回しとして使っているつもりはないのだろうが、カイからすれば同じ事だ。
いずれ、汝はめぐり逢うやもしれぬ。
バルナゥはそう言っていたが、そのような存在が現れるとはカイにはとても思えなかった。
確実な保証はやはり無いか……
カイは自らの身の振り方を考え、バルナゥに会ってから結論を出す事にした。
首輪の発動までまだ三十日ある。
システィによればランデルからバルナゥの棲む竜峰ヴィラージュまでは急げば大体二十日程度。バルナゥに会ってからでも少しは時間がある。
ある程度の解決策を考えると気も楽になるものだ。
ふとカイは収穫祭でシスティが言っていた事を思い出し、ソフィアに聞く。
「ところで、聖樹教は竜の遺骸を持ち帰ってどうするのでしょうか?」
「……世界樹の葉を生み出すのに使われます」
ソフィアは淡々と話し始めた。
「竜は生物の中でも突出してマナの密度が高く、肉体も他の生命とはまるで違う高密度のマナが変換されたもので構成されています。ですからマナの総量がとても多く、世界樹の葉を長期間安定的に供給できるようになるのです」
「肥料扱いかよ」
マオが呆れて言う。
「そして聖樹教の中心、聖都ミズガルズの都市機能の維持にも使われます」
「そんなもんに竜を使うのかよ……とんでもねぇ贅沢だ」
マオがさらに呆れて言う。
ソフィアが続けた。
「およそ四十年に一度、どこかの竜が討伐されて首と鱗の一部が討伐国の所有物に、その他の部分が聖樹教の所有物となります。討伐国は首で凱歌を上げ鱗で魔道具を作り、聖樹教は竜の遺骸に世界樹の枝を刺して少しずつマナに戻し、継続的に世界樹の葉を生み出すのです」
「……世界樹の葉ってそんな方法で作られているのか」
カイがそんな事を知る訳がない。
「地の果てにある世界樹にたどり着いた方は教祖様だけです。聖樹教の言う聖樹様は世界樹の枝。枝に供物を捧げて葉を頂くしかありません」
「うわぁ……」
「竜を食う樹木か。えげつねえな」
「私も初めて聞いたわ。罪人の処刑だけじゃないのね」
そしてアレクやマオ、王女システィすら初めて聞くらしい。
強力な力を発揮するにはそれだけの力をどこからか持って来なければならない。
それは理解できる。
しかしその作り方は異様だ。
首を絞める不快感の秘めた恐ろしさにカイは怖気を禁じ得ない。
これまでもカイのように誰かが首輪をはめられてマナに還り、世界樹の葉を残していった事だろう。
それだけでも驚きなのに聖樹教は竜を食わせて葉を茂らせていたと言う。
植物が動物の糧となり、屍がやがて土に還り植物の糧になるのは自然の循環だ。
しかしここまで来ると食うというマオの表現の方がはるかに近い。
エルフに対する呪い、聖樹教に対するお告げの導き、そして竜すら喰らう貪欲な生命力……生物の根源を握る植物の王、世界樹は明らかに異質な樹木だった。
「ソフィア、そんな話をしても良かったの?」
「かまいません。竜討伐は聖樹教の都合でしか無かったのですから」
竜は異界を討伐する、いわば同胞。
そして人が近付かなければ無害。
異界を勝手に討伐してくれるなら有益ですらある。
「竜が異界に対処していたなんて僕も知らなかったよ」
「考えてみれば当然だな。人間が異界に対処した歴史なんざ精々千年か二千年だ。それ以前は竜やエルフがやっていたんだろうよ」
皆が語る中、カイは考える。
それでは自分が厄介払いと言いながら何枚も使ったあの葉は、どこから来たのか……
「ひっ……」
頭に浮かんだ結論にカイが震えると同時に車外から悲鳴が上がり、ガタンと馬車が揺れて止まった。
システィが御者に聞く。
「どうしたの?」
「エ、エルフが……道をふさいでいます」





