1-4 髪はエルフの命です
「ご依頼の薬草をお届けにあがりました。確認をお願いいたします」
「カイさん、いつもありがとうございます」
野外活動から戻ったカイは冒険者ギルドに帰還報告をした後、いつもの薬草の納品先である薬師ギルドに納品に訪れていた。
すでに顔見知りとなった薬師ギルドの係員に会釈をして、薬草の詰まった袋をカウンターに出す。
薬師ギルドはその名の通り薬の生産と管理、薬師の保護を目的とした薬師の互助組織である。
大多数の薬師はこのギルドに登録し、ここを経由して薬草の確保、薬の生産、鑑定、販売を行う。個人では色々と面倒な商売上の手続きを一手に引き受け、一般の人々にも買いやすいよう薬効や格付けを行ってくれる有難い組織だ。
そしてカイの一番の取引相手がこの薬師ギルドだった。
「おや?」
「どうかしましたか?」
「これはエメリ草ではありませんか。珍しいものをお持ちいただけましたね」
「え、ええ……」
「しかも根まで丁寧に採取されています。これの薬効はなかなかのものですよ」
「たまたま見つけたものですから」
「いやはや、さすがはカイさんです。エメリ草はとても貴重で常に品不足ですので今後も採取していただけると助かります」
「わかりました」
喜ぶ薬師ギルドの係員に、カイはにこやかに応じた。
しかしカイの内心は穏やかではない。
エメリ草の実物を見るのは初めてだからだ。知らない草だけどとりあえず入れておこう程度の感覚であった。
へえー、これがマナ回復用高級薬に使われるあのエメリ草かー、ああもう片付けちゃうのかもっと観察させてよ。
と、思いながらカイはさも自分が採取したかのように応じ、鑑定された薬草の代金を受け取って薬師ギルドを後にした。
エメリ草一株の報酬、白金貨二枚。二十万エン。
金貨二十枚、銀貨二百枚、銅貨二千枚、青銅貨二万枚、青銅小貨二十万枚。
いつもの薬草の一次加工済みが十袋で金貨二枚。今回の報酬のほとんどが話でしか知らないエメリ草の代金だった。
予想外の収入に喜ぶ反面、これまでの冒険者人生を叩き潰されたようで何とも切ないカイである。
一株のエメリ草の報酬が一次加工済薬草一袋の百倍だ。
美味しい。美味しすぎる。
眩暈にも似た誘惑にカイは首を振り、その欲望を追い出した。
貴重という事は採取機会がとても少ないという事だ。
つまり、珍しいか危険か。
そんなものを狙っていては命がいくらあっても足りない。
堅実で地道な冒険者人生を狙うカイにはそのような一攫千金はいらないのだ。
だがしかし……カイは思う。最近地道でも堅実でもないなぁ、と。
原因はもちろんはっきりしている。奴だ。
全てを食らう暴食、エルフ。
アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァン。
いや、奴にそんな高尚な呼び名はいらない。
森の駄犬だ。
あれにご飯をご馳走してからカイの冒険者人生は再設計を余儀なくされている。
味を占めた駄犬に付きまとわれるようになってから狩り場は追われ、人の目を避けなければならなくなった。
踏んだり蹴ったりである。
しかも上級冒険者の討伐対象になるほどの高い能力を誇っているので逃げる事も隠れる事も倒す事もできない。
手も足も出ないカイは、開き直る事にした。
あれを脅威と見なす事をやめ、別のものとして……駄犬として扱う事に決めたのだ。
今やカイの心の中ではミリーナは放し飼いの犬扱いである。
飼い犬なら管理して当たり前。躾をして当たり前。主人の役に立って当たり前。
それが諦めの先にカイが見た、新たな冒険者人生の再設計図だった。
わふんっ。
「おお、わが友よ、エヴァンジェリンよ」
嬉しそうに吠える近所の犬……名前はエヴァンジェリン。雌だ。
カイは微笑み、両手を広げて抱きついた。
あぁ、癒される。ミリーナとは大違いだ。
カイはエヴァンジェリンに抱きつきもふもふを堪能する。
駄犬の扱いに疲れたカイがエヴァンジェリンに悩みを打ち明け続けた結果、彼女はカイに好意的な反応を示すようになった。
と、いう訳ではなく餌をやり続けたら懐いてしまった。
ただの餌付けであった。
カイはフンフンと匂いを嗅ぐ彼女に干し肉を取り出して与え、貪るように食べる背を優しく撫でながら語りかけた。
「あの駄犬な、最近『取ってこい』が出来るようになったよ……『待て』は出来ないんだけどな。まあ数とか種類とか指示できるから『取ってこい』で『待て』が代用できるんだ。え? 便利な奴だな? まあご飯の対価は十分過ぎるほど貰っているかな。今日なんてエメリ草って珍しい薬草を取ってきたんだよ。アレも磨けば光るのかなぁ、お前みたいに」
干し肉を食べる犬を撫でながらブツブツと語る帯剣男性。
危ない人である。
だがカイはそんな事を気にしてはいない。
王様の耳はロバの耳。今は心の重圧を癒す相棒が必要なのである。
内容が内容だけに理解できる者に語る訳にはいかないのだ。
「おっと、明日も早いからもう帰らないと。外で駄犬と落ちあう予定だからな」
エヴァンジェリンのもふもふを堪能し終えたカイが立ち、もうないの? と瞳で聞いてくる彼女の頭を撫でる。
久しぶりの町だがあまりゆっくりとしてはいられない。
カイは彼女に別れを告げると借家に帰り、ご飯を作り、荷物を作り、所持品リストを確認してベッドに入った。
駄犬は町に引きこもれば必ずやって来るだろう。周囲を森に変えながら。
管理せずに神出鬼没よりも日時と場所を管理した方が安全だ。
今日はついでに薬草を一袋『取ってこい』しておいた。
鍋を新調したから三人分くらいは一度に作れる。
二人分が作れない以前の鍋でのご飯をめぐる争いもこれで終わりだ……たぶん。
携帯食料一食銅貨三枚、魔炎石一個銅貨三枚程度。
合わせて六百エン。かまどと枯れ木はプライスレス。
薬草一袋はそのままでも銀貨一枚になるからそれなりにおいしい。
もうちょっと高級なご飯にできるかな?
でも高級携帯食料は銀貨三枚なんだよなぁ。高いご飯に味を占めたらまずいなぁ。
と、とりとめも無い事を考えながらカイは眠りについた。
次の日。
朝早く家を出たカイはエヴァンジェリンに挨拶の干し肉を振舞って町を出た。
近くに森が発生していない事に安堵して街道を進み、途中から細い道に入る。
「おー、下痢便男」
顔見知りの冒険者がカイに笑いながら声を掛けてきた。
「アレクも同じ風に呼んでやれ。下痢便勇者ってな」
「今をときめく勇者様にそんな事言えるかガハハ。ところで食い物余ってないか?」
「昨日作られた携帯食料、二週間は大丈夫。五つまでで一つ銅貨四枚でどうだ?」
「三つ貰った。お前の持つ飯は安全だからな」
「お前も下痢しながら戦えば注意するようになるさ。今回はどこだ?」
「東の森の少し奥だな。オイルバグが繁殖を始めたらしいから潰しに行く事にした」
「あー、でかいアブラムシみたいな怪物か。絵しか見た事ないけど」
「寄生されなければ楽な怪物だよ。よく燃えるし屑だが魔石も取れるしな」
「じゃ、気を付けろよ」
「おぅ、お前もな」
簡単な情報交換、ついでに携帯食料の融通を行う。
銅貨三枚の儲けを懐に入れ、カイは再び歩き出した。
冒険者は競争相手であると同時に運命共同体。このような融通も日常茶飯事だ。
カイは他の冒険者とも適度に情報交換しながら狩り場に続く獣道に入った。
他の冒険者が狩りや怪物退治で稼ぐ中、カイは変わらず儲けの薄い薬草捜しだ。
ランデルの町の回りには異界の顕現であるダンジョンは無い。
会話に出てきたオイルバグなどの異界の怪物がよく出る地はあるがダンジョン化するほど異界にはならなかったらしい。
良い事である。比較的安全で余裕もありそれなりに堅実なのがランデル一番の長所だ。
カイは慣れ親しんだ獣道を注意深く進んでいく。
片手に自作の地図を持ち、時折立ち止まって気付いた点を鉛筆……黒鉛を木の棒にくくりつけた簡単なものだ……で簡潔に記述していく。
情報は安全の基本だ。モノによっては金になる。
気付いた点を書き終えたカイは鉛筆をポケットにしまい、松明に火を点け歩き出す。
ここランデル周辺の浅い森で最も危険な生物は呪いをばらまくエルフとされている。
しかしカイの持つ松明はすでに危険避けではない。ミリーナ発見ツールだ。
注意深く進んでいくと突然フッと松明が消え、煙がたなびく。
カイはその方向を見て、地図を見て頷いた。
ここからこの方向に百メートルだと池のあたり。指定した待ち合わせ場所と同じだ。
よし。言いつけをよく守っているな。
カイは躾の成果を確認しつつ歩き出す。
待ち合わせ時間には少し早いがまあ良いだろう。
カイは藪をかきわけ、池のほとりに出て……そして、見た。
「!」
全裸で髪を洗うミリーナが、そこにいた。
しなやかに伸びた裸身が水のきらめきに輝く。
瞳を閉じてわずかに笑みを浮かべるその表情は陶然とするほど美しい。
水を帯びてぺったりとした緑を帯びた銀の髪は彼女の裸身にうねるように貼りつき、ささやかな膨らみを模様を描いて強調している。
滴る水滴が身体を撫でるように腹に降り、なめらかな下腹部を伝い池に落ちていく。
その度に水面は踊り、美しい裸身が輝く。
身体はさっと、そして髪は念入りに。
ゆっくりとした動作で水をすくい、髪にかけて何かの葉で丹念に拭いていく。
ミリーナが首を振って髪の水を払い……そこで初めてカイの存在に気が付いた。
「えう?」
「よ、よう。悪い……」
「え、えうーっ!」
ミリーナはしばらく身体を晒したままぽかんとしていたが、やがてバッと顔を赤らめて池に身体を沈ませた。
バシャンと激しく跳ねる水の音が響く。
カイは踵を返すと藪に戻り、適度に離れた大樹の陰に身体を隠した。
普段は駄犬の如くだがアレの本性は全てを食らう暴食だ。その気になれば打撃でも魔撃でもあの世行きだ。
かと言って逃げるのも不可能だ。カイはとりあえず謝罪する事にした。
「すまん、本当にすまん。その、見とれてた」
「えう? そ、そうえうか……いやいや、それは困るえう! いくらミリーナが百十五歳ナイスバデーのピチピチエルフえうと言って襲うのはダメえう、ダメえうよ! カイを呪いたくはないえう。あったかご飯の、ミリーナのあったかご飯のためにえううっ!」
「しないから、しないから!」
「今から服を着ますから見るなえう。見たらダメえうよ!」
あれは駄犬、駄犬なのだ……
カイは呪文を唱えて激しい動悸をねじ伏せた。
それと同時に何とも言えない切なさに涙を禁じえない。
百十五歳でエヴァンジェリンより物わかりが悪いって、『待て』も出来ないってどうなのよ? と。
カイが適度に広い場所にかまどを作りご飯の準備をしていると、少しして顔を赤くしたミリーナが現れた。
まずは用意した携帯食料を全て彼女の頭に当てる。
だいたい一時間以内にこれを行えば発芽せずに食べられる事が度重なる実験の結果分かっていた。
風習だと思っていたが植物の異常生長を止める解呪的な意味があるらしい。
それでも近くに置いておくとおよそ二週間、十四日は食べられる携帯食料が二日程度で食べられなくなってしまうのでカイは十メートル以上離れた場所に食料を置いて、ミリーナに向き直った。
「いや、すまん」
「えう」
「それにしても、やたら髪を念入りに洗ってたな」
「髪はエルフの命えう。ところでご飯はまだですか?」
「まだだよ」
「えう。言われていた薬草、袋ひとつ分採っておいたえう」
ご飯がまだと知ったミリーナがむすっとしながら袋を突き出してくる。
カイが中身を確認すると、先日珍しいと大好評だったエメリ草が二株入っていた。
「この前の袋、このエメリ草が一株白金貨二枚で売れたぞ」
「えう?」
「エメリ草って奴は、このあたりで採れるのか?」
「このあたりではあまり採れないえう。エルネの里の近くまで行けば群生地もあるえうが人間はやめた方がいいえうよ。大竜バルナゥの狩り場えう」
竜峰ヴィラージュに棲む巨大な竜の名を挙げてミリーナはカイを戒めるが安定人生志向のカイがそんな場所に手を出すはずもない。
何をしてるか知らないが時折ヴィラージュを爆ぜさせる……山頂から轟音と雲の環と空気の震えを発生させる……大竜なんぞに関わったらカイの命がいくつあっても足りないのだ。
「そうか。妙に期待されても困るから今後はエメリ草は採取しないでくれ。今回は勿体無いから売るが二株で白金貨四枚だ。なかなか儲けたな」
「えう?」
ミリーナの反応の薄さにカイは首を傾げ、言い方を変えてみる。
「ご飯と魔炎石に交換すると六百回以上食べられるぞ」
「えう! えうっ! 一株三百食! 根こそぎ採りつくして「やめろ」えう……」
人口が少ないのか交流が少ないのか、どうやら貨幣は捨てているらしい。
激しく反応した駄犬の暴走に釘を刺し、カイはご飯の準備をすると彼女に今日の『取ってこい』を指定して袋を渡し送り出す。
カイが採れば大体四時間くらいの作業量だが森に住むミリーナはカイよりも採集速度が速い。大体二時間くらいで戻ってくるだろう。
カイは魔炎石にマナを込めて火を点けると、調理を開始した。
調理と言っても単に携帯食料を湯で煮るだけだ。
とにかく煮る。薬草を少し入れて煮て、煮て、煮て、煮て、さらに煮る。
味などオシャレな事にこだわる気はない。安全第一だ。
その間にミリーナが採ってきた薬草の一次加工を行う。
まず二株のエメリ草を丁寧に布で包んで別に置き、他の薬草の薬効の高い部分を選別し、余計な部分を捨てる。
それを吊るして自然乾燥。
この手間だけで買取価格は倍の一袋銀貨二枚。薬師はこの処理にかかる時間で銀貨一枚以上の収益を得られると言う事だろう。
大体の処理を終えて煮込み料理の様子を見る。携帯食料三人分を入れた鍋はグツグツと煮立ち、湯気と共に美味そうな匂いがカイの腹を刺激する。
そろそろいいかな、と思った頃に火が消えた。
「えうっ! 採ってきたえう、採ってきたえうよ。だからご飯を、あったかご飯を!」
「おつかれさん」
目論見通りの時間でミリーナが現れ、カイは椀にご飯をよそって土下座するミリーナの頭に当てる。
頭上で恭しく椀を取ったミリーナは最初の頃とは違い、落ち着いてゆっくりとご飯を食べ始めた。
ご飯が逃げないと理解したのだろう、このあたりがまったく犬っぽいとカイは思う。
カイは自分のご飯もよそい、食べ始める。
うん、温かい。それなりに美味い。
鍋を大きくしたのでまだまだご飯はたっぷりある。ご飯で争うようなアホな事は起こらないだろう。
カイの予想通りミリーナはカイに突き刺すような視線を一度向けたが、鍋にまだまだご飯が残っていたので安心して食事を再開した。
ミリーナはご飯の途中は殆ど喋らない。
ひたすらご飯を食べ続けるミリーナをよそに、カイはミリーナの持って来た袋を開いてみる。
中にあったのはエメリ草、エメリ草、エメリ草、謎の草、エメリ草……
一体どこまで行ってきた?
と疑惑の視線を向けるとミリーナは瞳を泳がせながら空になった椀を突き出してきた。
「おかわりえう」
「……これ、戻してこい」
「えう! 一株であったかご飯三百回「戻せ」えう……」
おぅ、心の友エヴェンジェリンよ、『取ってこい』も出来てなかったよ。
椀にご飯をよそいながらカイは心中で頭を抱えた。
一株三百食が魅力的なのは分かるがこれでは薬師ギルドに目をつけられてしまう。
他の冒険者に尾行とかされたら目も当てられない。カイは手持ちのエメリ草を全部まとめて袋に入れ、椀と共にミリーナに突き返した。
「えう、ミリーナのご飯三百回がえうううう」
「一度に食べられるのは一回分だけだぞ。次はちゃんと取ってこい」
「えう……」
「あと、この草は何だ?」
「それはラナー草えうよ。惚れ薬の材料えう」
「……いらねぇ」
「カイは無欲えうね。おかわりえう」
「人の社会では実力がある者だけが目立って良いんだよ。俺程度だと不幸になる。お前らエルフみたいな強力種族と一緒にするな」
やばいくらいに高そうなそれをカイはかまどに捨て、空の椀を受け取った。
カイが目指すのは目立たず騒がれず困らず稼ぐである。暮らせるなら安物で良いのだ。
悪目立ちは不幸にしかならない。
カイは椀にご飯をよそうと、差し出されたミリーナの頭の上に置いた。
椀を受け取ったミリーナはすぐに口を付けずにカイをじっと見つめ、やがて口を開いた。
「強力種族えうか……カイはエルフとはどんな種族だと聞いているえうか?」
「魔法に長け、男女共に美しく、長命で火を嫌い、世界樹の守りで鉄壁の防御力を誇り、呪いをばら撒く。あとは植物の異常生長くらいか」
「それ、全部『呪い』えう」
「えっ?」
初耳だった。
「呪い?」
「全エルフ種族にかかる世界樹の呪いえう。何百万年も昔に世界樹が恨みを晴らすため、そして力を吸い上げ衰退させる為に呪ったと伝承されているえう」
「世界樹……聖樹様のことか?」
聖樹教が神と崇める聖樹様。
それが世界樹だ。
しかし人の宗教などエルフには関係ない。カイの言葉にミリーナは知らないと首を振り、話を続けた。
「火や高温は植物の敵なので排除、力を長期間に渡り吸い上げるための長命と世界樹の守りと魔法、樹木から力を吸い上げるための植物……ミリーナのアーの族は主に樹木えうが……の異常生長。世界樹は植物の王えうから」
ミリーナはうつむき、上目遣いにカイを見る。
「そして関わった者に呪いを広げるための美しさ……呪いをばらまく方法、知ってるえうか?」
「……いや」
「繁殖行為、つまりヤれば移るえう。ヤると身内になって呪いの範囲内に引き込めるえう。だからエルフは美しく、魅力的えうよ」
カイは背中に嫌な汗が流れるのを感じていた。
美しい外見の裏に隠された内側はドロドロで陰湿であった。
強力なのはエルフではなく呪いであり、本当に強いのは呪った世界樹である。
呪いを介してエルフは世界樹に養分を捧げている……
ミリーナはこう言っているのだ。
「本当は呪いを広げたくて人里に近づいたえうが……ですから私を襲うのはダメえうよ? あったかご飯が食べられなくなるえう」
「……おう」
そして初めて会ったあの日、ミリーナはカイをヤって呪うつもりだった。
カイがヤられなかったのはたまたまそこに食べる前の温かいご飯があったからに過ぎない。
作る前だったら、温めていなければ、食べた後だったら……カイはヤられ、呪われていたのだ。
「他にも呪いはあるえう。おかわり少しだけ下さいえう」
カイは無言で椀を受け取ると少しだけご飯をよそい、差し出す。
ミリーナはそれを手で受け取り、匙を椀に入れると瞬く間に芽吹き、枯れ、腐った。
「こうして食べようとすると植物が異常繁殖したりカビが生えたり腐ったりして食べられなくなるえう。食を得る唯一の方法は頭に一度食事を受ける事えう。椀越しでも大丈夫なのは驚きえうが呪いが椀を実の殻と判断したからかもしれないえう。水ですら頭に当てないと腹を下すえう」
「何でそんな面倒な事に」
「世界樹に恨まれているからえう。ですからエルフは頭を念入りに手入れするえう。髪を綺麗にしておかないとご飯に困るえうから……ちなみにエルフの食料調達はこうするえうよ」
ミリーナは椀を置き立ち上がると、近くの木に向かって土下座する。
かんっ、こんっ、ごんっ! べちゃっ……
しばらくして小さな木の実が頭に落ち、堅そうな木の実が頭に落ち、堅くて大きな木の実が頭に落ち、柔らかな果物が頭の上で潰れた。
「痛いえうぅうぅぅぇぅ……エルフにとってご飯は上から降ってくる物えう。それを頭で受けないと食べられないえう。齢二十を数えたエルフはご飯を頭で受け、老いてご飯で頭をかち割られてマナに還るまで叩かれ続けるえう」
「恨まれたもんだな。一体お前らの先祖は何をしたんだよ」
「数億年に一度しか実らない世界樹の実を根こそぎ食べ尽くしたえう」
「なんで?」
ミリーナはこの椀の中身はもう食べられないえうと椀をカイに渡し、ごちそうさまと土下座した。
そしてぐっと拳を握り、さも羨ましげに叫んだ。
「世界樹の実がすごく美味かったからに決まってるえう! 羨ましいえう!」
「……」
そりゃ数億年恨まれるわ……
カイはそう思った。