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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
5.ベルティアの紡ぐ物語
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5-5 聖樹教は竜を狩る

「聖樹教はランデルの悪しき竜、大竜バルナゥ討伐を王国に要請いたしました」

「っ!」


 ケレスの言葉にルーキッドは息を呑んだ。


 聖樹教は竜を討伐する。

 それは世間的にもよく知られている事である。

 聖樹教はたびたび竜討伐の告げを出し、国家を圧力で動かしてきた。


 竜は狩り場を荒らす者を狩る。

 故に開拓を続ける人間との衝突はたびたび起こるが、狩り場を荒らしさえしなければ竜の被害は無いに等しい。


 森の奥にエルフが住むランデルは森の奥を開拓出来ない。

 だから竜と住み分けが出来ている。

 せいぜい爆ぜる竜峰ヴィラージュが気になる程度である。


 関われば災厄、関わらなければ風景。

 それがランデルにとっての竜だ。


「先日のビルヒルトの一件を、聖樹教は重大な懸念事項と判断いたしました」


 しかし、ケレスは討伐すると言う。

 災厄をわざわざランデルに招こうとしているのだ。

 唖然とするルーキッドにケレスは笑みを深くして、続けた。


「大竜バルナゥはエルフによる異界顕現にまぎれてビルヒルトを襲撃し、瓦礫に変えました」


 ……嘘だ。

 バルナゥが襲撃したのは異界の怪物だ。


「これは明確な敵意。聖樹様に守られし我ら人間に対する宣戦布告でございます」


 ……これも、嘘だ。

 怪物がビルヒルトにいただけの事。人間を襲った訳ではない。

 

 ルーキットは口から出そうになる言葉を飲みこんだ。

 言うだけ損だからだ。


 竜もエルフも異界を顕現させはしない。

 そもそもルーキッドとミハイルの領土は双方共に竜の討伐記録が残されている。


 四十三年前にビルヒルト領の地で、黒竜ルドワゥ。

 八十二年前にはランデル領であった地で、雷竜ビルヌュ。


 どちらもそれまで何の被害も及ぼさなかった竜の討伐であり、被害の全ては討伐を始めてから発生していた。

 聖樹教は害の有無に関わらず、竜を討伐しているのだ。


 その間隔はおよそ四十年。

 ルーキッドは昔読んだ記録を思い出し、印象に残った文言を呟いた。


「聖樹の、贄……」

「よく御存知で」


 ルーキッドの言葉にケレスが頷いた。


「そういえば、ランデル領では雷竜ビルヌュが八十二年前に討伐されておりましたな……おおっと、ミハイル殿失礼しました。当時ランデル領だった場所でした」

「う、うむ……」


 含みのある言い方にミハイルが歯切れ悪く頷く。

 ケレスは深い笑みのまま、言葉を続けた。


「黒竜ルドワゥの討伐より四十三年、朽ち始めた贄に聖樹様は新たな竜をお求めになられております。先日告げられた『今こそ、実りを喜ぶ時ぞ!』の御言葉通り、私達は聖樹様と共に実りを喜び分かち合うのです」


 ケレス・ボース枢機卿は聖樹教の頂点の一人。


「竜の首は宝物庫に、鱗は工房に、財宝は王国とランデル領に、そして残りは聖樹様に……おぉ、偉大な聖樹様の実りの素晴らしさよ!」


 だからこれは聖樹教の決定事項。

 ルーキッドが抗えばランデル伯爵家はあっさり潰され、後釜にランデルの領地領民などどうでも良い者が座るだろう。


 ルーキッドが喘ぐように呟く。


「先日の勇者アレク一行の拠点の申し出は、この討伐のために……」

「……それは願ってもいないこと」


 ケレスは少し驚いた顔をして頷いた。


 王国最強の勇者アレク・フォーレ。

 最強の聖剣グリンローエン・リーナスを与えられたランデル冒険者ギルド出身の元奴隷勇者。百以上の異界を討伐し、異界の主と互角に戦うだけの力量を持つとルーキッドは聞いている。


 異界の主と竜。

 どちらが強いのかルーキッドは知らないが、アレクが討伐に向かう事はまず間違い無い。


 バルナゥ討伐は異界が顕現する前から始まっていたのだ……


 ルーキッドはそう判断し、知らぬ間に崖っぷちに立たされていた自分とランデルの運命に震えた。

 勘違いだが。


 ケレスにとって捕らえた彼もルーキッドもミハイルも駒。

 ビルヒルトを失いそうになったミハイルをケレスが竜討伐に利用した。


 ミハイルは罪を負わせる者と口裏を合わせる者が必要で、竜討伐を行いたいケレスは大義名分と近隣のランデルの協力が必要だった。

 竜討伐の対価は竜の財宝。

 ミハイルの口裏合わせの対価はビルヒルトの利権。

 近日中にミハイルから利権返還の申し出がある事だろう。

 ケレスの口添えによって。


「……こ、このランデルに、バルナゥ討伐の砦になれと?」

「竜は強大ですからな。勇者への援助、お願いいたします」


 しかし、今は利権どころではない。


「そしてエルフへの対処も、よろしくお願いします」

「!」


 ルーキッドが捕らえたカイはエルフを煽動した者である。

 彼とエルフが親しげに会話し、エルフが従ったり土下座したりしていたと先日の戦闘に参加した数人から証言も得ている。


 そんな者をこのランデルに捕らえていたらどうなるかは火を見るより明らかだ。

 ここから大竜バルナゥの棲む竜峰ヴィラージュまでは三十日程度はかかる。

 その間にエルフらがランデルを襲撃するのは疑い無い。


 ルーキッドは彼を自分に捕らえさせた理由を理解した。

 邪魔なエルフをランデルにおびき寄せ、その間に討伐を遂行する。

 つまり、囮だ。


 エルフは強者。

 勇者といえども集団で襲われれば苦戦は免れない。

 仲の良い竜とエルフを分断し、勇者を竜討伐に専念させるというケレスの判断によるものだろう。

 その見返りがビルヒルトの利権と竜の財宝なのだ。


 世界樹の丁稚ごときが、私に領地を売れと言うのか!


 ルーキッドは心の中で叫ぶ。

 ケレス枢機卿には竜討伐以外は全て他人事なのだ。

 ルーキッドやミハイルはもちろん、グリンローエン王国すらどうでも良いだろう。

 それが人間国家の頂点、聖樹教。


 収穫祭から始まった混乱は今も続いているというのに、首謀者の一人であるケレスは気にした風も無い。

 だから利権と財宝で我慢しろと笑いながら言えるのだ。


 利権も財宝も人がいて初めて意味を為す。

 人が逃げる領地に未来などは無い。


 誰もいない所でそれをどう使えと言うのだとルーキッドは考え、この男なら王都で暮らせと言うだろうなと思い歯ぎしりする。


 人間に恩恵を与えた聖樹教の教祖は、尊敬を受けるに値する者かもしれない。

 しかしケレスはただの子孫。実りの上前をはねるだけの丁稚でしかない。

 人にたかり、勇者にたかり、世界樹にたかり、実現を全て他者に負わせてこの尊大さ。

 この男には王都や聖都の豊かさを地方で働く人が支えているなど思いもしないだろう。


 これが、聖樹教の本性か……!


 ランデル領は聖樹教の影響が少ない領地。

 ルーキッドはこれまでミルトの姿を聖樹教に重ね、何かが違うと常々思っていた。


 しかしケレス枢機卿を前にした今ならはっきりわかる。

 ミルトは『異端』だった。

 だから、『まとも』なのだ。


 なんとかしなければ……


 面会が終わった後のささやかな歓待の間も、ルーキッドは考え続けた。

 歓待が終わりケレスを客間へと案内した後、続いてミハイルを客間に案内する。

 その間もルーキッドはひたすら考え続けた。


 しかし相手はエルフ、竜、そして聖樹教。

 弱小なランデル領主のルーキッドにはどれも手に負える相手ではない。


「では、よい夜を」

「ル、ルーキッド殿……!」


 去ろうとしたルーキッドは思い詰める表情を浮かべるミハイルに呼び止められ、足を止める。

 振り返ると何としてもビルヒルト領を死守したいのだろう、整った顔には焦りの汗がにじんでいた。


「私は、ランデル領であった地をお返しする用意がありますが……」

「……その話は後日改めて。良い夜を」

「あ、あぁ」


 知るか馬鹿。

 こちらはそれどころではないのだ疫病神め。

 領地を異界に明け渡す領主など滅んでしまうがいい。


 今はランデル領の危機。

 ビルヒルト領も領主もどうでも良い。

 ルーキッドは心の中で罵倒しながらその場を後にした。

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一巻発売中です。
よろしくお願いします。
世界樹エルフ
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