最終話 あったかご飯の人カイ・ウェルス
「カイ・ウェルスだ」「「はぁー?」」
「あったかご飯の人だ!」「「ははーっ」」
昼。
ミルトを天に送って七日後。どこかの森の中。
カインがむふんと笑って言った決め台詞に、イリーナとムーが土下座した。
この遊び、長いなぁ……
と、横で眺めるカイは子らに苦笑い。
エリザ世界で輝いたのがよほど強烈だったのだろう。
数年経っても子らはやっぱりこの遊び。
カイ役を交互にやってぺっかーに土下座に大忙しだ。
「さすがミリーナの娘えう!」「うふふ土下座上手」「カイ様のような立派な方に育ちますわ!」
ミリーナ、ルー、メリッサも子らの成長に大喜びだ。
「いやぁ、土下座上手と言われてもなぁ」
「土下座は伝統えう!」「む。伝統」「そうですわカイ様。土下座はエルフの苦難の象徴。生半可な土下座では他のエルフにバカにされてしまいますわ」
『あらあら』『わぁい!』
「そ、そうか……そうかもな」
妻達の言葉に何となく納得するカイである。
土下座は苦難の歴史を生き抜いた、エルフ必須の生きる技。
その時代を知るエルフはあと千年は楽々生きる。
子らが今もあったかご飯の人ごっこをしているように、強烈な経験は心に長く残るものだ。
だからこの価値観が変わるには、数千年はかかるだろう。
そして、ぶぎょー……鍋が鳴く。
「それはそれとしてカイ、ご飯えう」「むふん。今日も完璧奉行芋煮」「さすがはルー。いつも惚れ惚れするぶぎょーの叫びですわ」
『いただきますもっしゃもっしゃ』『いただきまーす!』
「ご飯!」「芋煮!」「芋煮だー!」
そしてご飯最優先なのも伝統。
子らがすぱっと遊びをやめて、芋煮鍋へと駆けてくる。
「伝統えう!」「む。伝統」「そうですわカイ様。ご飯はエルフの希望の象徴。粗雑に扱ったら他のエルフにバカにされるどころではありませんわ」
「そ、そうか……」
「えう」「む」「はい」
『もっしゃもっしゃ』『わぁい』
さすがはエルフ。食への執着半端無い。
昔は呪い。今は伝統。
すべては親から子へ、そして孫へと受け継がれていく事で変わっていくものなのだろう。
エルフが完全に呪いから解放された時、どんな世界になっているのだろうか……
まあ、その頃にはカイはもう世界を去っているだろうが。
『『あなたの願いを「やめい!」……あうっ』』
祝福ズの祝福を拒否しながら、カイはミルトを思い出す。
聖樹教司祭ミルト・フランシス。
一度はバルナゥの祝福を受けるも返し、天寿を全うした彼女はどんな未来を願っていたのだろうか……
ソフィアは戻りを待つと伝えていたが、戻ってくるかはわからない。
そんなソフィアは聖樹教本部とヴィラージュを忙しく往復し、仕事に精を出している。
戻りを待つと言ってもミルトをアテにしている訳ではないのだ。
あの弔いに集まった人達は皆、普段の生活に戻った。
エヴァンジェリンはランデルの頼れる番犬として町を見回り、ルーキッドやアレクやシスティは領館で、グラハムは王都で書類に頭を抱えている。
バルナゥもビルヌュもルドワゥも、ベルガらエルフ達も、エリザ世界のぶーさん達もそれぞれの生活に戻った。
マオも弔った次の日から心のエルフ店を開店し、料理に腕を振るっている。
そしてカイも行商をしながらエルフを導く旅に出て、今は遠く離れた森の中だ。
変わったのはウィリアムくらいだろう。
彼は今回の騒動で、王都からランデルへと戻る事に決めた。
このままでは心配だと、ルーキッドが戻るように望んだからだ。
今は手続きのために王都へと向かう馬車の中だろう。しばらく引っ越しで忙しくなるはずだ。
ミルトが世界を去っても、世界はそれほど変わらない。
だから皆の生活も変わらない。そんなものだ。
『カイさん。相変わらずですね』『祝福が欲しくないのですか?』
「あんなはっちゃけただの迷惑だろ」『『がぁん!』』
「俺は神や竜じゃないし、そんなのになりたくもない。こいつらを信じるだけだ」
「おいしーね」「おいしー」「おかわりーっ」
芋煮をほおばり満面笑顔の子らを見てカイは笑う。
世界を変えるのは天寿で去った者ではない。
受け継いだ者がする事だ。
良くするも、悪くするも今を生きる者達次第。
かつてアトランチスに根を張っていたイグドラのように、空を枝葉で覆ってしまっては育つものも育たない。
ガチガチに根を張って動かない大樹も時がくれば朽ちて倒れ、新たに世界を耕す命に空を譲る事も必要な事なのだ。
ミルトはカイ達にそれを託した。
やがてはカイも子らに世界を託す事になるだろう。
イリーナ、ムー、カイン。
世界の未来をまかせたぞ。
と、カイが芋煮を食べながら思っていると、ご飯に割り込む声がある。
『カイ! 聞こえるかカイ! カイよーっ!』
「……なんだよイグドラ、そんなに慌てて」
イグドラだ。
相当慌てているらしい。
カイが口に入れた芋煮を飲み込んだ後に聞き返せば、爆弾発言が降り注ぐ。
『ミルトをそっちに送ったのじゃ!』
「……はぁ?」
『のじゃ! とりあえずよろしくなのじゃーっ!』
「とりあえずって何だよオイ!」
カイが天に叫ぶもイグドラからの返事はない。
何なんだ一体……と、カイが首を傾げれば、ミリーナが聞いてくる。
「カイ、何えう?」
「ああ。ミルト婆さんが戻ってくるらしい」
「ひいばあちゃんは十年近くかかったのに速いえう」「む。超速い」「さすがミルトさん。速攻ですわ超速攻ですわ」
『私達が遅かったのはとーちゃんが子作りしなかったからです。ヒモと大食いチャンピオン生活を満喫していた訳ではありませんよ?』
「ヒモえう……」「ヒモ……」「ヒモ……」
「いや、お前らも最初はそんなもんだったろ」
「えうっ!」「ぬぐっ!」「ふんぬっ!」
「とにかく、ランデルに戻るぞ」
カイが芋煮を手に立ち上がる。
皆はカイを見て、手にした芋煮を見て、迷わず芋煮をほおばった。
「ご飯えう」「む。ご飯優先最優先」「カイ様、それはご飯を食べてからにしましょう」
「ご飯」「ん」「おかわり」
『とーちゃんが何とかしますよもっしゃもっしゃ』『ふたたびいただきまーす!』
「お前ら、ブレねぇなぁ……」
さすがだ。
しかし皆の言う通り、ご飯を食べたくらいで変わるような事でもない。
カイも皆と同じように芋煮を食べ、おかわりをしていつものようにご飯を平らげシャルに乗った。
「「「「「「「ごちそうさまでした」」」」」」」
『『ごちそうさまでした』』
「シャル。急いでヴィラージュへ跳んでくれ」
『はぁい!』
しゅぱたん!
カイ一家がヴィラージュへと跳べば、ミルトを弔った者達が集まっていた。
どうやらバルナゥ一家が飛び回ったらしい。
あまりに素早い集合だ。
「皆も来てたのか……いないのはエルフと、エヴァ姉と……マオくらいか」
「マオとエヴァはとにかく、エルフはご飯だからでしょ」「ご飯だしね」「ご飯どきのエルフは怖いから気をつけようねカイト」「はい兄上」
「ウィリアムも憶えておけ。エルフのご飯の邪魔をすると……死ぬぞ」「は、はい父上」
『それにしても、さすが我ら世界の救世主』『まったくです』
「まさか、弔ってすぐに呼ばれるとは思わなかったぞ」
「「「ミルト様!」」」
システィ、アレク、カイルにカイト、ルーキッド、ウィリアム、老オーク、アーサー、国王グラハム、そして聖樹教の回復魔法使い達。
七日前に弔った者達、ヴィラージュに再び集結。
カイが知っている者の中でいないのはエヴァとマオくらいだ。
何と迷惑な……
と、思いながらカイが見ると、バルナゥ一家に並ぶ巨竜。
巨竜と呼ぶのがふさわしいだろう。
なにしろ大竜バルナゥより、ひと回り大きいのだから。
『……カイ、七日ぶりですね』
しかし、巨竜であろうと変わらない口調に声。
間違いない。
カイは長い首をくねらせ覗き込む巨竜を見上げ、その名を呼んだ。
「……ミルト婆さん?」
『もう婆さんではありません。ピチピチの生まれたてです』
いや、生まれたてなのか?
巨竜の言葉に首を傾げるカイである。
「でかいえう」「む。超でかい」「師匠はどうやってこんな大きいミルトさんを産んだのでしょうか。バルナゥよりも大きいですわ……ぷるっぴぷー」
「大きいー」「でかい」「すごーい」
皆の疑問は当然だ。
体長二十メートルを超えるバルナゥよりもひと回り大きいミルトは体長三十メートルくらいだろうか。
どうやって産んだソフィア? と思うのも無理はない。
しかしミルトは涼しい顔で、良くわからない事を言い放つ。
『三周目ですから』
「なにそれ?」
『いえ、こっちの話です……むっ!』
クワッ……!
ミルトが天に口を開き、マナブレスを叩き込む。
強烈な輝きに世界が真っ白に染まり、光が皆の目をくらませる。
唖然とするカイ達だ。
「ミルト婆さん……今、何を?」
『いえ、マキナが世界を投げそうだったので悶絶尻叩きを一発叩き込みました』
「マキナって……あのマキナか? イグドラにご執心の超強い神?」
『のじゃ……今、尻をおさえて悶絶してるのじゃ』
カイの疑問にイグドラが答えた。
マキナ・デウス・エクス。
この世界の神ベルティアの師匠であり、多くの世界を持つ上位神。
つまりミルトは世界の中から神を攻撃し、言う通りの悶絶尻叩きを叩き込んだという事だ。
世界の存在でありながら神に一撃食らわせる。
ミルトすごい超すごい。
「イグドラ、なにこの規格外?」
『余も信じられぬのじゃ……ハロワでのミルト無双を見ても信じられぬのじゃ』
「なんでそんなに強いの?」
神相手に無双。
ミルト婆さん、一体何者?
と首を傾げるカイである。
そんなカイにミルトは自慢げに言い放つ。
『周回遅れのへなちょこ神など三周目の私の敵ではありません』
「いやだから、三周目って何よ?」
『こっちの話です。まったく、三周目で再会すればやっと上位神とは遅い。遅すぎます。もうすぐ二周遅れではありませんか』
「はぁ……?」
『神同士の足の引っ張り合いは当たり前。異界侵攻当たり前。世界ぶん投げ当たり前。こんな考えのマキナごときが幅を利かせている神の世界では私もそろそろ我慢の限界。ですからシメる事にしました。お代は神からかっぱぎます』
「……はぁ」
神すら叩きのめす竜。
神罰竜ミルト誕生である。
『そしてあなたたち』
ギヌロ……
ミルトが皆を睨みつける。
『私の事など後回しでも良いでしょうに、なぜ集まっているのですか。領地の仕事はどうしました? 異界の仕事は? 王国の仕事は? 聖樹教の皆は今も回復魔法を必要としている者がいるのではありませんか? 仕事はどうしました?』
「「「「「『『え、ええっと……』』」」」」」
『ほったらかしたのですね? 皆、尻叩きです』
べちんばちんべちんべちんばちんべちんばちん!
ミルトの尻叩きブレスが炸裂する。
「痛いわ! 尻叩き超痛いわ!」「これは効く……さすミルト!」「父上!」「母上!」
「ぐぬぅおおおっ。ウィリアム、大丈夫か!」「父上! 大丈夫ですか父上!」
『年寄りにあんまりですぞミルト様!』『異界討伐より、キツい!』
「王なのに、いい歳なのに尻叩きとは……!」
「「「ミルト様痛い! 超痛い!」」」
カイ一家とバルナゥ一家とカイルとカイトを除く皆が、尻を押さえて悶絶する。
『痛かろう。我らはすでに三発、食らったからな』「はい」
『俺らも食らったよ』『俺らここが家なのにひどいよなぁ』
皆の尻を叩き終えたミルトはため息をついた。
『すぐに来なかったのはエヴァとマオ、そしてカイくらいですか』
「カイもすぐに行こうと言ったえう」「む」「そうでしたわね……私達がご飯を優先したから待っていただけですね」
「パーパも尻叩きだね」「ん」「パーパ、頑張って」
べちん!
「ぎゃあああああ! ……イグドラ、ハメたな?」
『すまぬのじゃ……すまぬのじゃ!』
慌てた様子のイグドラの呼び出しは、ミルトの罠。
神をシメるくらいだから、強要するなど朝飯前だ。
「そして祝福ズ、お前らも黙ってたな?」
『だって本体が!』『ホンタイガー!』
そして皆が尻をおさえてのたうち回る中、悠々と現れる者達がいる。
マオとベルガ達エルフ一同だ。
「いやぁ遅くなってすまん。心のエルフ店は昼が超忙しくてな」
「ミルト殿。マオ殿を引き留めてしまい申し訳ありません!」
「しかしご飯が」「ご飯が!」「ゴハンガー!」
「それとランデルを番犬中のエヴァから伝言だ。誕生おめでとうわふんだとさ」
マオがのんびりと詫び、ベルガが謝罪し、エルフ達がご飯を叫ぶ。
神すら罰する竜の前で、あまりにのんきなその姿。
しかしこれこそミルトの望むありのまま。
ミルトは笑みを浮かべて頷いた。
『さすがエヴァ。そしてさすがはマオ』
「お前、ミルトか?」『はい』
マオとミルトが見つめ合う
「相変わらず綺麗な鱗だぜ」『あらまぁ……』
「それはない」
尻をおさえながらツッコむカイである。
「そして力強い翼! さすがはミルト!」『うふふっ……』
「それもない」
「艶めかしい尻尾もまさにミルト!」『照れますねぇ……』
「それもねえよ! 前世にないモンばっかじゃねーか!」
「いやすまん。あまりの嬉しさにはっちゃけた」『うふふ』
全力ツッコミのカイにマオとミルトが笑う。
しばらく笑った後、ミルトは居住まいを正してマオに頭を下げた。
『マオ……私の子を、産んでくれますか?』
「「「「「えーっ……」」」」」
皆が叫ぶ。
男のマオに子を産んでほしいと言うミルトに、そういえば竜は全て雄だったなと思い出すカイである。
「おう! どんとこい!」
「「「「「ええーっ……」」」」」
また皆が叫ぶ。
対するマオも即決オッケー。
すげぇなマオと感心するカイである。
『では早速子作りしましょう。とーちゃん、ちょっとダンジョン借りますね』
「夢にも見なかった子作りだ!」『ふふっ、夢でもさすがに無理でしたからねぇ』
ミルトがマオを咥えてダンジョンへと消えていく。
そして二人のイチャイチャを聞きながら待つ事三分。
男同士でできるのかと首を傾げる皆の前に、二人は幼竜二人を連れて現れた。
『お待たせしました』「いやぁ、産んだ産んだ」
『かーちゃん?』『か、かーちゃん……?』
「おう! 俺がお前らのかーちゃんだ!」
『『かー、ちゃん?』』「おう!」
しきりに首を傾げる幼竜にマオが笑う。
これが人やエルフなら今は気にしないだろうが、竜は前世の記憶持ち。
首を傾げるのも無理はない。
トラウマにならなければ良いが……
と、心で涙のカイである。
『では、二人の夢を叶えましょう』
唖然とする皆の前で、ミルトが大きな翼を広げる。
『旅行!』「買い物!」『キャンプ!』「釣り!」『温泉!』
「よし行くぞ我が子達よ!」『『かー、ちゃん?』』
マオは幼竜の首根っこをむんずと掴み、ミルトの背に飛び乗った。
その身のこなしはソフィア以上。
マオは神すら罰する規格外な竜、ミルトに祝福されたのだ。
エルフ達が叫ぶ。
「竜の祝福ということは……」「心のエルフ店が永遠に!」「すごい!」
「そしてミルトさんのあの巨体なら、心のエルフ店も巨大化だ!」「超すごい!」
「ランデル領館では果たせなかった夢のでかいご飯が現実に!」「しかも心のエルフ店だぞ!」「完璧!」「超完璧!」「建て替えだ!」「心のエルフ店を建て替えろーっ!」「「「ひゃっほい!」」」
そんな彼らにがははと笑うマオだ。
「おぅ。新婚旅行中に建て替えてくれればご飯大盛りにしてやるぜ!」
「さすがマオさん!」「わかってる!」「ルーキッドさんとは違うぜ」
「いや、領館は役場であってお食事処ではないからな?」「父上、大変ですね」
マオ絶賛。
そして役場なのに比較されるルーキッド、不憫。
『カイ、貴方は自分の道を行きなさい。神は私がシメますので』
「ありがとうございます」
『礼には及びません。貴方の命の輝きに私が動いただけの事。そしてふざけた神共を、シメてやろうと思っただけの事』
ミルトがフワリと空に舞う。
『さあ、二人の夢の始まりです』「おう!」
二人が叫んだその直後、突風と共にミルトの巨体が消え失せた。
慌てて皆が見ればすでに空のはるか彼方。
一同、唖然だ。
まあ、とりあえず……
カイは腰の鍋をヴィラージュに据えた。
「祝うくらいはいいだろう」
「芋煮えう!」「む。ここはカイの芋煮カモーン」「そうですわ。ミルトさんの誕生祝いですもの。こういう時はカイ様の芋煮がお似合いですわ」
いいよねミルト婆さん? 尻叩かないよね?
と、尻をさすりながら思うカイだ。
そして煮込み始めたカイに、エルフ達が叫ぶ。
「芋煮!」「芋煮ですね!」「やはり祝いの席にはカイさんの芋煮!」「伝統!」「あの味こそ未来に受け継ぐべき伝統の味!」「「「ひゃっほい!」」」
おおおおおぉぉめしめしめしめしめしめし……
ヴィラージュが歓喜の雄叫びに満たされる。
「さすカイ!」「アレク、お前は戻って仕事しろ」「えーっ!」
あったかご飯の人カイ・ウェルス。
彼の人生はこれからだ。
(了)
これにて完結です。
ありがとうございました。
一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。
書店でお求め頂けますと幸いです。
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