16-30 悪夢の終わり
ベルリッチ領都の大通りをゆっくりと、棺が運ばれていく。
棺の主はカロルス・ベルリッチ。
カイが訪れて数日後、彼は人を超えた命を終えた。
命を燃やし尽くしたのだ。
「おぉ……領主様」「カロルス様……」
大通りを埋める領民達が、棺に涙する。
家々も扉に弔意を示して日常の喧噪もなく、静かに領主を天へと送る。
棺、遺族、兵、役人、参列者、そして領民……葬列が延々と続いていく。
「良い領主だったんだな」「はい」
カイ達とウィリアムは領民と一緒に、棺を見送った。
弔いは、その者の生きた道を示すという。
他者と良い関わりをした者には多くの者が死を悼み、悪い関わりをした者には家族すら死を悼まない事もある。
必ず訪れる人生の終わりに、人は己の評価を知る。
大通りで涙を流す多くの領民が、領地のために働き続けたカロルス・ベルリッチの評価。
彼はカイの言う通り、良い領主だったのだ。
「周囲によく気を遣い、手を差し伸べるお方でした。私も王都では大変お世話になりました……それが奇蹟目当ての事であっても、本当にお世話になったのです」
「そうか」
しかしどんな者であっても、自らの終わりを前に正常ではいられない。
ベルリッチも、死の恐怖から逃れる事はできなかった。
そして彼は足掻いて不老不死の霊薬を求め、ルーキッドの風評を欲望で汚してバルナゥに断じられた。
晩節を汚したのだ。
今回の事で、侯爵家の王国内の権力は失墜した。
後継者であるベルリッチの孫は苦労する事だろう。
他の領主を不当におとしめ、建国竜アーテルベに盗人とまで言われた者の後継者という負債を、新たな領主は少しずつ返していかなければならない。
子孫が受け継ぐのは血だけではない。
生き方、財、評判、悪意……死んだ者の積み上げた全てを受け継ぐ事になる。
子孫がそれを拒もうとも、他の者達は何かにつけて思い出す。
そういうものなのだ。
ベルリッチの王都での振る舞いは、やがて領内にも広がるだろう。
今は彼の死を悼む領民も、その時評価を変える事になる。
「俺達も、肝に銘じよう」「はい」
だからカイもウィリアムも彼の棺を前に、己を戒めるのだ。
奇蹟に付きまとわれるカイ。
そして奇蹟が住む領を受け継ぐウィリアム。
ウィリアムもカイもいずれ死ぬ。
そしてベルリッチのように、その全てが子孫の評価へと繋がっていく。
「うちの子らは大丈夫えうよ」「む。今でもたくましい」「そうですわ」
「……そうだな」
「カイも大丈夫えう」「む」「はい」
「ありがとう」
最期に子らに恨まれないように、しっかりと生きよう。
カイはそう心に決め、棺を見送った。
カイ達とウィリアムがベルリッチの棺を見送っている頃、ベルリッチ領館の執務室に入り込む者がいた。
カイズだ。
主のいなくなった執務室の机には、空になった小瓶が置かれている。
不老不死の霊薬が入っていた小瓶。
カイズはしばらく机を眺め、そして語りかける。
「そこにいらしたのですね。ベルリッチ侯爵」
カイズが語りかけたのは、机の端に置かれた何の変哲もない金属のペン立てだ。
しばらくの静寂の後、ペン立てがわずかに振動する。
そこからかすかに流れるのは、マナだ。
『ただのカロルスですよ……さすがはカイ殿』
「カイズです」
声ではなく、マナのゆらぎ。
マナに長けた者でなければ声と認識する事もできないだろう。
しかしそこからあふれるのは間違いなくカロルスの意思であり言葉。
彼は不老不死の霊薬を使い、ペン立てに自らの意思を転写したのだ。
「使わなければ数年は生きられたでしょうに、結局使われたのですね」
『孫への引き継ぎは数年では足りませんからな……奇蹟をアテにした報いです』
広大な領地。多くの領民。
本来ならば何十年もかけて引き継ぐものを、奇蹟があるから長生きできると先延ばしにした報いだ。
「それにしても、よくペン立てに意思を転写できましたね」
『実はこのペン立て、我が侯爵家に代々続くヘソクリでございましてな。こう見えてミスリルなのでございます……まあ、霊薬を飲んだ本人はこの結果にとても落胆して死んでいきましたが』
わかっていても割り切れるものではない。
カイズは落胆して死んでいったカロルスに祈りを捧げ、ペン立てに問いかけた。
「それで、ペン立てに意思を刻んで引き継ぎを?」
『少しでも手助けできれば、と……私の人生の報いを受ける孫に申し訳ありませんからな』
「そうですか」
『……止めないのですな』
「誰かに転写したなら止めましたが、ペン立てなら。それを見越してのペン立てなのでしょう? それにシスティは王国の混乱を望みませんから」
不思議がるカロルスに、カイズが答える。
「役に立つなら死者でも竜でもこき使う。それがシスティ・フォーレです」
『まったく、王家はロクでもない』
「同感です」
生前は立場を凋落させて他の者を戒めるために使い、死後は混乱を防ぐために怨念や未練をこき使う。
本当にロクでもない。
「システィも常々言ってますよ。私はロクな死に方しないわね。と」
『貴様も素直に棺桶に入れよと、今の内に言っておきましょう』
「……余計なお世話よ。だそうです」
『まったく厄介な小娘だ』「ハハハ」
カイズはカロルスと笑い、ペン立てを手に取った。
「それでは、行きましょうか」『どこへ?』
「エルトラネです。今のままではお孫さんには何も伝えられませんから、ペン立てに手を加えなければなりません」
『そうなのですか……お手数を掛けますな』
「さぁ、ただの隠居ペン立てとなるその日まで、お孫さんが独り立ちするその日まで、こき使いますよカロルスさん」
『お手柔らかにお願いします』
「無理です。システィですから」
二人は笑いながら、執務室をあとにする。
ベルリッチの死からおよそ三年後、ミルトの悪夢は消え去った。
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