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そのエルフさんは世界樹に呪われています。  作者: ぷぺんぱぷ
16.それこそが、命の輝き
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16-29 共に生きたかった。それだけだ

「ミルト・フランシス……あの、悪魔の使いだと!?」

「はい」


 激高するベルリッチに、カイはにこやかに頷いた。


 悪魔か……まあ、そう思われても無理はないな。


 と、カイも思う。

 眠れば悪夢。眠らずに足掻いても眠らされて悪夢。人によっては狂ってしまう程の悪夢を見せられ、ミルトの命尽きるまで毎夜悪夢。

 おそらくミルトは今、世界でもっとも死を望まれている人物だろう。


「ならばあの悪夢を今すぐ止めさせろ! このままでは私も領民も、いや全ての者の気が狂ってしまう!」

「それはありませんよ」「なぜだ!」

「神の祝福で回復をしていますから」「なんだと!」『『えっへん』』

「ミルト婆さんは俺の人生の師ですから、このくらいの手助けは当然です」


 しかし、カイは違う。

 カイは少しでも長く、ミルトに生きていて欲しいと思っている。

 だから、これはカイの独断。

 手の届かぬものを欲した者を夢で戒めるミルトへの、カイの勝手なお節介だ。


「貴様……あの悪魔の味方をするのか!」

「妻達の言葉を聞いたでしょう。悪夢も受け取り方次第なのですよ」

「だから腹八分目えう」「む。初心にかえる大切」「呪われていた頃に比べれば、今の豊かさは土下座感謝でも足りませんわ」


 そもそもミルトの悪夢はそこまで理不尽なものではない。

 その者の欲望、手の届かない力を手にすればどうなるかを夢で示したに過ぎないのだ。


 それを見て地道に積み重ねようと思うか、抗い求めるかはその者次第。

 エルフはミルトの悪夢で呪いの歴史を思い出し、自らの食を戒めた。

 あるだけ食べるのではなく、食べる分だけ求めるように改めた。

 それが、悪夢を糧にエルフが選んだ道。

 エルフの小さな小さな進歩だ。


「くだらん! 食い意地を張るのを止めただけではないか!」

「人を超えてなお生き続けたい侯爵様が言えた事ではないでしょう。食い意地は人の領分。奇蹟を求めるよりずっと良い」

「奇蹟を求めて何が悪い!」


 カイの言葉にベルリッチが叫ぶ。


「我ら人は聖樹様の導きのもと国家を築き、世界を富ませてきた! そして我らベルリッチ侯爵家は特別の祝福を授かり、領地と領民を導いてきたのだ! この富める領地こそが祝福を授かったベルリッチ侯爵家の成果! そんな私が祝福を、奇蹟を求めて何が悪い!」


 確かにベルリッチ侯爵は特別だったかもしれない。

 しかしベルリッチ侯爵を選んだのは神ではない。


 彼を選んだのは聖樹教。

 つまり、人だ。


「特別、ですか……確かに素晴らしい領地です。領民も侯爵様に感謝している事でしょう」「そうだ!」

「ですがそれは奇蹟とは無縁。関係のない話です」「……」


 奇蹟がなくとも豊かな領地はある。

 ベルリッチ侯爵領は確かに豊かだが、聖都ミズガルズのような別格の豊かさではない。あくまで人の力で届く範囲の豊かさでしかないのだ。


「そもそも侯爵様おひとりで全てを成した訳ではないでしょう? 支えた人達、付き従った役人、そして地を耕した領民。そんな皆の力があってはじめて侯爵様の今の地位がある。人である侯爵様がすべき事はそれを後進に引き継ぎ、良い事を広めていく事。奇蹟でいつまでも君臨する事ではありません」「……」

「そして竜の祝福も、エルフの祝福も延命のためのものではありません。ですからバルナゥもエルフも貴方を祝福する事はありません」「ぐっ……」


 怒りに顔を赤くする齢百三十の怪物に、カイは言い放った。


「すべき事をやり遂げて、素直に棺桶入っとけ」

「きさまあああっ!」


 ベルリッチが絶叫し、領兵が応接室に乱入した。


「この者を、斬り捨てい!」


 ベルリッチが叫び、兵がカイに飛びかかる。

 しかし……屈強な兵達がどれだけいようが、カイの一言で終わりだ。


「あったかご飯の人だ」


 ぺっかー。


 カイが輝く。

 これだけでベルリッチと領兵、全土下座。

 たとえバルナゥが敵対していても土下座から逃れる事などできはしない。

 これが、神の奇蹟。


「な、なんだこれは!」


 土下座しながら叫ぶベルリッチに、カイは告げる。


「その気になれば心を変える事もできる……こんな奇蹟が、欲しいのか?」

「これだけの力、これだけの奇蹟……なぜ神は人に、そして私に授けてくれぬ! なぜ聖樹様は我らの前から去ってしまったのだ!」

「こんなもの、必要ないからだよ」

「そんな事があるものか! かつて聖樹様の御力は常に我らの近くにあり、我らに祝福を授けてくださった。あれこそが人の力。人が本来座すべき場所。人は神の祝福と共に歩むべきものなのだ!」

「……ならば、神に聞いてみろ」

『神の祝福ベルティアです』『そして神の祝福エリザです』

「ひいっ!」


 べちん!

 祝福ズが土下座するベルリッチの尻を叩き、ベルリッチが悲鳴を上げる。


『奇蹟を求めているそうですが、命を賭して異界を討伐するのですか?』

「……いえ」

『では、命を賭して異界に攻め込むのですか?』

「い、いえ……ですが、私は領主として人々を導く者。奇蹟があれば領地はさらに豊かになる事でしょう」

『それは領主のあたりまえの仕事ではありませんか』『さらに言えば人の領分。祝福が必要な事ではありません』『『世界の命運を誰かに押しつけた挙げ句、その者に授けるべき奇蹟をかっぱらう気ですか!』』


 べちん!


「ぐあっ!」


 祝福ズ、ふたたびべちん!


「で、ではこの男は、カイ・ウェルスはどうなのですか!」

『カイさんは異界を討伐してますよ』『異界に攻め込んでもいます』『不毛の地となったアトランチスの天地創造もしました』『えう世界不可侵協定でエリザ世界もにっこり満足』『天に還ったイグドラもにっこり満足です』

『世話になったのじゃ!』

『『カイさんへの祝福はこれでも足りないくらいです!』』


 べちん!


「ぎゃああっ!」


 祝福ズ、またまたべちん!


「わ、私にも祝福があればそのくらいの事……」

『カイさんに最初から祝福があった訳ではありません』『多くの者を頼り助力を得てエルフを導き、ついには地に堕ちた神を天に還してみせたのです』

「えう!」「む!」「ふんぬっ!」

『のじゃ!』

『『カイさんすごい超すごい!』』

「で、ではエルフは……」

『エルフだって祝福されていた頃はしっかり世界を守っていました』『今は仲良しなうちの世界のぶーさん達ともガチで戦っていたのです』『そして祝福していたイグドラにもがっつり奉仕していたのです』

『子を食われるまでは世話になったのじゃ』

「人も異界は討伐しております!」

『『それを誇って良いのは命を賭して戦った勇者達であって、貴方ではありません』』

「ならばどうすれば良いのですか! 神を崇めれば良いのですか? 今まで以上に神殿を建てれば良いのですか?」

『『そんなものはいりません』』


 べちん!


「ぐぁあああっ! 尻がっ! 裂けるっ!」



 祝福ズ、またまたまたべちん!

 ベルリッチ、晩年にして痔だ。


『神が求めるのは世界の発展。神など知らぬと世界を耕すのが理想です』

『神をアテにしてはっちゃけるなどノーサンキュー』

『欲は力』『そして奇蹟も力』『欲は人に奇蹟を使わせ、世界を欲に染めていく』『しかし、世界はひとりだけのものではありません』『必ず欲望に抗う敵が現れる』『そして世界は歪み、壊れる。奇蹟とはそういうもの』

「……カイ・ウェルスは、この男はそうならなかったではないか!」

『納得できないようですね』『では、あの方の夢にまかせましょう』

『『へいミルトさん! こやつに祝福悪夢をいっちょお願いいたします!』』


 願いを叶える祝福ズ、ミルトに始末をぶん投げる。

 その直後、ベルリッチを悪夢が襲った。


「ぐぅああああああああああっ! あああっ! ああああっ……!}


 土下座したまま、ベルリッチが絶叫する。

 悪夢の中ベルリッチはエルフに殺され、バルナゥに滅ぼされ、異界に食われ、ケレスに贄にされ、砂漠で干からび、廃都市で飢え、ゴブリンに潰され、イグドラに焼かれ、シャルロッテに食われた。


 そしてその度、世界が壊れる。

 ベルリッチの欲がもたらす世界の破滅だ。


 欲は力があれば増大し、世界に混乱と破滅を引き起こす。

 だからベルリッチの祝福は常に悪夢だ。

 ベルリッチは数千の破滅の夢の後、見ているカイ達には数秒の後……ベルリッチは悪夢に屈し、目覚めた。

 カイが言う。


「奇蹟の恐ろしさがわかったか?」

「なぜ……なぜお前にはできたのだ……こんな奇蹟を、こんな祝福を授けられてなぜ、ここまで世界を滅ぼさずに切り抜けてこられたのだ……」

「祝福が欲しかった訳じゃないからだ」

「では、お前は何が欲しくて祝福を授かったのだ!」

「そんな事もわからんのか……」


 カイはため息の後、ベルリッチに告げた。


「こいつらと共に生きたかった。それだけだ」


 カイの言葉にミリーナ、ルー、メリッサが頷く。


「えう。共に食べて、笑って、泣いて」「共に子をなし育てて老いて、子孫に見送られて死ぬ」「私達がしたかったのは、それだけですわ」


 だからミリーナ、ルー、メリッサはカイに祝福を授けた。

 そうしなければ共に歩む事ができないから。

 カイはただ、人からエルフに変わっただけ。

 エルフと共に生きる事を選び、エルフのひとりとなっただけだ。


「俺はただ、こいつらと一緒に生きていければ良かったんだ」 


 カイがそれだけを願ったから、三人が祝福を授けた。

 バルナゥの祝福を受けたソフィアも同じ。エヴァンジェリンも、そしてカイの兄グランも同じだろう。

 共に生き、苦楽を分かち合う覚悟を決めたからこそ祝福を授かったのだ。


 世界樹の枝葉で栄華を極めた聖樹教や、そのおこぼれに預かっていたベルリッチはただの良い所取りでしかない。神の力を人の欲で使えば必ず世界は歪み、狂っていくのだ。


「こんな奇蹟、返せるものならすぐに返す」

『『はぁ?』』

「聞けよ!」

『師匠から聞きました』『聞こえないフリを続ければカイさんは諦めるのです』

「このやろう!」


 そして祝福ズはこんな時でも全力スルーだ。


「神なんてこんなもんだ。どうしようもない奴らだぞ」『『がぁん!』』

「こんないい加減な奴ら、アテにできるか!」『『ががぁん!』』


 カイと神の祝福達のバカな会話。

 崇めもせず、拒みもせず、媚も売らず、ひれ伏しもしない。

 まるで友のように語るカイの姿にベルリッチは驚き、そして力なく笑った。

 奇蹟を使って生きながらえようとする自分が、奇蹟を授かる器ではないことに気付いたのだ。


「そうか……だからお前はやり遂げたのか。共に歩む者を人からエルフにしただけだから、それ以外のものは変わらずとも良かったから世界は今も生きて、そして豊かなのだな」


 それだけの欲だから、何とかなった。

 それ以上の欲を持ったから、ベルリッチの悪夢は破滅ばかりだった。

 神は世界よりも大きな存在。

 そんな神の力を行使するには、世界は小さすぎるのだ。


 が、しかし……カイ達にはベルリッチが辿った破滅の悪夢などわからない。

 だから、こう答えるのだ。


「そんな事、俺が知るか」

「えう」「む」「はい」


 と。

一巻「ご飯を食べに来ましたえうっ!」発売中です。

書店でお求め頂けますと幸いです。


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よろしくお願いします。
世界樹エルフ
― 新着の感想 ―
[良い点] つまりは誰でも身の程を知れ。その一言に尽きるんですよね
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