16-28 悪夢の使者カイ・ウェルス
「不老不死の霊薬でございます」
ウィリアムが執務室のテーブルに置いた、赤い液体の揺れる小瓶。
ベルリッチはそれを静かに眺め、ウィリアムに語りかけた。
「ウィリアムよ」「はい」
「それの効果を、お前達は知っているのか?」「はい」
「では、私がそれを使わない事も、わかるな?」「……はい」
ベルリッチの言葉にウィリアムらは頭を垂れる。
求めるのはあくまで延命。
命を失って願いを叶える霊薬など、ベルリッチは求めていない。
「これが人の限界なのだろうな……これ以上竜に嫌われてはお前の将来に関わるだろう。ありがとうウィリアム。そして皆も苦労をかけた」
「はい」
皆を労いながらもベルリッチから吐き出されるのはため息だ。
この霊薬も考え出したのはエルフなのだがこれが人の到達できる奇蹟の限界。
人が人を超えるには、人以上の何かの助力が必要なのだ。
たとえば神。たとえば竜。そして……エルフ。
「ところでウィリアム、カイと名乗る商人を連れて来たそうだが」
「はい。侯爵にエルフを紹介したいとの事で、ランデルより連れてまいりました」
「そうか、そうか。よくやったぞウィリアム」
ベルリッチも聞いた事がある。
近頃エルフ絡みの商売で財を成したランデル商人の名が、カイであったはず。
大商会であるトニーダーク商会と提携してエルフの物品を一手に扱い、数年で王国有数の商人にのしあがった者。
そんな者がエルフを紹介したいとウィリアムに頼んでこの地に訪れる。
どうやら、私の運はまだ尽きてはいないらしい……
ベルリッチは心で笑う。
それだけの商才があればウィリアムを通して自分が何を求めているかも承知しているだろう。だからエルフを連れてきたのだ。
「皆は旅の疲れを癒すと良い。本当に苦労をかけたな」
ベルリッチはねぎらいもそこそこに皆を退室させ、自らも執務室を出た。
カイとエルフ達は今、応接間で待たせている。
ベルリッチは役に立たない霊薬の報告よりもエルフ話に飛びつきたかったが、これも駆け引き。
エルフは食への執着半端無いと聞く。
だから待たせている間に料理でもてなせとベルリッチは命じている。今頃はお抱えの料理人が腕を振るった贅沢な料理に舌鼓を打っているだろう。
エルフの後ろには竜がいる。だから手は出せない。
だが、接待なら話は別だ。
そして兵を使い、この館からエルフが出られないようにする。
聖教国でかつて行っていたミスリル壁のようなマネはベルリッチには無理だが、料理で接待し続ければエルフが自ら出て行くようなことはないだろう。
要はエルフが喜ぶ事を、やり続ければ良いのだ。
それを続けていけば、いずれ……
ベルリッチはそんな期待に心を躍らせながら廊下を歩き、応接間の扉を開いた。
「カイといったな。ベルリッチ領主カロルス・ベルリッチだ」
「はじめまして。カイ・ウェルスでございます」
「……この館に、似たような顔の者が働いていたな」
カイの顔を見て、ベルリッチが表情を険しくする。
自らの考えが甘いという事に気付いたからだ。
見知った者とよく似た者が領館に訪れる。
それを偶然と片付けるほどベルリッチは楽天家ではない。
カイは表情を険しくしたベルリッチに苦笑いだ。
「その文句は、ビルヒルト伯爵夫人に言ってください」
「システィ王女殿下ですか。そういえば勇者でもありましたな……まったく、王家は王国のためによく働く」
「はい。私もたいへんお世話になっております」
カイの笑いにベルリッチの表情がさらに険しくなる。
ベルリッチにとって王家の領への介入は好ましい事ではない。
領地を営む領主の方針にいちいち横槍を入れられてはたまらないからだ。
この者、王家の手先か……それならエルフ達のこの対応も納得だ。
ベルリッチは彼の背後に立つ三人のエルフの女性に視線を移す。
テーブルには贅を尽くした料理があたたかな湯気を上げている。
しかし、食への執着半端無いエルフが誰も手をつけていないのだ。
「エルフのお三方、料理はお口に合いませんでしたかな?」
首を傾げるベルリッチ。
その言葉にエルフの三人が胸を張る。
「腹八分目えう!」「は?」
「む。食べ過ぎないのがエルフの流行最先端」「はぁ」
「そうですわ。自らの腹に合った量で満足する。そして食べられる事に感謝する。それが今のエルフなのでございます」
「……そうなのでございますか」
ベルリッチの唖然な反応に、カイが笑った。
「いえ、本当につい最近の流行なのですよ。悪夢の影響で」
「えう」「む」「はい」
「侯爵も、悪夢を見ておられますよね?」
カイが笑みを深くする。
「侯爵がお思いの通り、私たちがウィリアム様に頼み訪れたのは商談の為ではありません」
「では、王国の使いですかな?」「いいえ」
「では、エルフの?」「いいえ」
「では、誰の……」
カイは答えた。
「聖樹教司祭、ミルト・フランシスの使いです」
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