5-2 収穫祭の波紋
「現在判っているだけでも都市が三つ、森に飲まれたわ」
システィは深刻な表情で、皆に言った。
「全て収穫祭絡みか姫さん?」
「そうよ。収穫祭当日にエルフが現れ森に飲まれた。役人の報告では他国も似たような状況になっているそうよ」
「おいおい、誰だよ収穫祭なんて企画したアホは」
「すいません……」
「聖樹教かよ。だがソフィアが決めた訳じゃねーだろ」
システィの話にマオが呆れ、ソフィアが恐縮する。
当事者と部外者と画策者。
それぞれの態度が王家、冒険者、聖樹教の立場を示している。
たった四人の勇者パーティーなのにややこしいものである。
アレクがオルトランデルを見渡し、言った。
「目の前にこんな良い例があるのに、なんでこんなバカな事をしたんだろう」
「百年も経てば忘れるわよアレク。人間の当事者なんて全員死んでるんだから」
システィが忌々しく答える。
人間はどれだけ長く生きても百年ちょっと。
何事も、経験した者がいなくなれば言葉だけになってしまうものなのだ。
「それにオルトランデルの一件が全ての人間に損失だった訳ではないわ。ビルヒルトとルージェはその時奪った利権で今の地位を得てウハウハだったでしょうね。まぁビルヒルト伯爵は今回の異界顕現で貴族の身分を失うでしょうけど」
誰かの損失は誰かの利益。
繁栄していたランデルが凋落したからビルヒルトとルージェは発展した。
同じ事が今、ビルヒルトに起こったわけだ。
「貴族なんてそんな奴らだもの。奪って、奪われて、奪い返して……ビルヒルトの近隣領主は再開発を餌に利権再配分の駆け引きを始めているからランデルも忙しくなるわよ」
「げげっ……」
ランデルがビルヒルトのようになると、それだけ競争も激しくなる。
システィの言葉にカイが呻く。
しかしミリーナ、ルー、メリッサにはそんな事はどうでも良い。
エルフだからだ。
「人の世界は怖いえう。エルネはカイとあったかご飯えうえうえう……」
「む。ボルクもカイのあったかご飯と焼き菓子でウハウハ」
「エルトラネもカイ様がいれば何もいりませんわ」
「何いってるの。あんたらエルフも他人事じゃないわよ」
「えう?」「む?」「はいっ?」
ご飯を食べながら他人事のように言う三人に、システィが呆れて言った。
「これまではランデルが大きくなれなかったからのんびり出来たけれど、大きくなればビルヒルトとホルツのようにトラブルに苦しむようになるわよ。オルトランデルの頃がどうだったかは知らないけど、王国の人口はあの頃よりずっと増えたから開拓されるでしょうね」
「えう! 土下座する木が減るえう困るえう。あの頃はバルナゥとは別の竜もいたえうが今はもういないえう」
「え? このあたりバルナゥの他にも竜がいたの?」
ミリーナにカイが聞く。
カイは大竜バルナゥ以外の竜を知らない。
生まれた頃にはバルナゥしかいなかったからだ。
「えう。雷竜ビルヌュがエルトラネあたりを狩り場にしていたえう。八十年ほど前に勇者に狩られたえうが」
「異界じゃなくて人間に狩られたのか。メリッサ、何か知ってるか?」
「雷竜ビルヌュですか……申し訳ありません。生を受けて百八十年? ほとんどラリッていたものですから知らない間にいなくなっていたとしか……」
「お前ら、切ないなぁ……」
自分の年齢に首を傾げるエルトラネの人生にほろり涙のカイである。
しかし竜を狩るとかものすごい。
カイは大竜バルナゥと会話した事があるが視線だけで殺されてしまいそうな存在であった。
あんな存在を勇者は倒すのかとカイがアレクに感心していると、マオが納得したかのように騒ぎ出す。
「あぁ! だからお前ら白金のあいつに利用されたのか!」
「白金の? えぇと、ご飯を餌に小麦とダンジョン作らせて殺そうとしたあの方ですか?」
白金級冒険者ディック・ランクの事だ。
「それそれ。えーと名前忘れたがまあいいや。竜の縄張りだったら白金ごときが手を出せる訳無いからな。竜はアレクくらいのタマじゃないと倒せんわ」
「アレクは倒せるのかよ。すごいな」
「え? 僕がすごい? 奴隷に「嫌だ」えーっ」
「システィは何か知らないか?」
カイはアレクとの会話をぶった切り、システィに話を振る。
驚きの答えが返ってきた。
「雷竜の首なら、宝物庫にあるはずよ」
「……まじ?」
「本当よ。雷竜ビルヌュ、今から八十二年前に当時の勇者に討伐されたわ。他にもビルヒルトで暴虐の限りを尽くしたとされる黒竜ルドワゥの首もある。確か狩られたのは四十三年前。どちらも聖樹教からの要請ね」
「聖樹教? なんで聖樹教が竜を討伐するんだ?」
カイがちらとソフィアを見ると未だに暗い顔で恐縮していたのでシスティに聞いてみる。
システィが答えた。
「聖樹様がお望みだからだそうよ」
そういや世界樹は植物を食べる動物が大嫌いだと言ってたな。
と、カイは狩りをした時のミリーナの言葉を思い出す。
植物の王は植物の庇護者でもあるという事なのだろうとカイは結論付けた。
「まぁ実際に戦うのは各国の勇者だけど、聖樹様が絡んだ武器でないと倒せないから聖樹教が討伐しているようなものね。聖剣リーナスとか何でも吸い込むから」
「うわぁ」
さすが髪が触れただけで頭半分もっていく聖剣である。
打撃無効、魔撃無効、防御無効、触れれば一定範囲を欠損。
何でも食うデタラメな剣であった。
「あと素材集めも理由の一つね」
システィが話を続ける。
「竜の鱗が使われた国宝級の魔道具はたくさんあるし、血は世界樹の葉と同等で肉は長時間持続する世界樹の葉のようなもの。どちらも世界樹の葉と違って寿命は延びないけれど」
「そこまでなのかよ……」
さすがは動物の頂点、竜だ。
「臓腑は強烈な呪毒を持つけれど若返りや不老不死の材料と言われているわ。まあ首から下は聖樹教が報酬の名目で持って行っちゃうから本当かどうかわからないけど。あと巣は宝石、魔石、ミスリル等々宝の山。無謀でも欲しい人はいるのよ」
人にとっては宝の山。
だが、しかし……
「でも異界と戦う力、減る」
「……そうね」
ルーの言葉にシスティは神妙に頷いた。
先日のビルヒルトの異界顕現も真っ先に攻撃したのは大竜バルナゥだ。
森を焼き、ビルヒルトを砕いた竜がどれだけの怪物を焼き尽くしたのか見当も付かない。
カイ達ははるか彼方から空を白く染めるブレスの輝きを見ただけだが、システィの極大魔法のはるか上を行く強力な攻撃という事だけは理解できる。
あのブレスが無かったらダンジョンを討伐できていたのだろうか……アレクやシスティを見てカイは考え、そもそも行軍が難しかったなと結論付ける。
焼け野原だったからこそ無の息吹でシスティが邪魔されない距離を作る事が出来たのだ。
敵に対抗する以前の問題であった。
 





