16-25 懐かしむ者、そして苦しむ者
「マーマ」「昔はご飯が食べられなかったって」「ホント?」
「えう」「む」「その通りですわ」
エルネの里、カイ宅。
ランデルから戻ったカイ一家は、子らにせがまれ昔話に花が咲く。
「お腹、痛かった?」「頭も痛かった?」「ご飯、腐った?」
「食あたりと寄生虫には苦労したえう」「ご飯で毎日頭が超痛い」「食べたご飯が腐っていた時のショックといったら……ぷぷるぱー」
「「「うわぁー」」」
昔話をするミリーナ、ルー、メリッサに子らが驚く。
呪いが祝福に変わってから生まれたエルフは、呪われていた頃を知らない。
エルフの子らにとってミルトの悪夢は初めての呪い体験だ。
しかしどれだけ酷くても夢は夢。現実ではない。
だから子らは興味津々。
子らが親に呪いを聞いて自慢するのが子供達の流行なのだ。
うちの父さんはこうだった。
うちの母さんはああだった。
呪い話も今となっては武勇伝。
カイの子らもエルフの子。
目を輝かせてミリーナ、ルー、メリッサに話をせがむのだ。
「スピーおばさんと一緒に裸踊りしたってホント?」
「スピー! 恥ずかしい過去を子供にバラされてるえうよスピー!」
ミリーナの幼馴染みであるスピーも今頃赤面悶絶しているかもしれないが、子供なんてそんなもの。親の恥も自慢できる武勇伝だ。
そしてスピーが赤面悶絶なら同じ事をしていたミリーナも赤面悶絶だが、ミリーナにはそれを補って余りある武勇伝が存在する。
カイの妻だから。
「裸踊りが自慢になるなら我が家は無敵えう!」「さすカイだから」「そうですわ。カイ様と共に歩んだ呪いの道は、ミリーナの裸踊りくらい楽々チャラですわ!」
「「「あったかご飯の人だーっ!」」」
イリーナ、ムー、カインが目を輝かせる。
「聖地でカイに華麗にご飯を差し出されたえう!」「「「かっこいーっ!」」」
「助かりたかった一心でな」
「聖地で焼き菓子欲しさにカイを押し倒した」「「「すご-い!」」」
「キノコに食われるかと思った」
「聖地でカイ様にあわや死ぬ所を助けて頂きました……すぺっきゃほーっ!」「「「すぺっきゃほーっ!」」」
「よく逃げなかった俺!」
胸を張る妻達にカイも昔を懐かしむ。
出会った頃のカイは常に必死。
全てを食らう暴食と呼ばれていたエルフは当時、人間に恐れられていたのだ。
「あの時からミリーナはカイの芋煮が大好きえう」「ルーも、ルーも」「メリッサはカイ様の芋煮を愛しておりますわぷるるっぷ」
「「「ラブラブーッ!」」」
「おかげで俺の料理の腕が上がらない」
「えう」「ぬぐ」「ふんぬっ」
思い返せば餌付け婚活であった。
「カイ様がいなければ今でもエルトラネは避けられていたでしょう」
「お前らは食べていればマトモだしな」
「そしてルーのペネレイクイズも全問正解」
「あぁ、あれは苦労した」
「エルネのミリーナ当てクイズも余裕の全問正解だったえう」
「いや、それは当たり前だから」「えうっ!」
「マーマすごい」「そしてパーパもすごい」「どっちもすごい」
昔話に花が咲く。
しかし、そのきっかけがミルトの悪夢というのが何とも微妙。
ミルトが一番に戒めたいのは人間だろう。
エルフは人間のとばっちりを受けているようなものだ。
「お前らすまん。しばらくミルト婆さんに付き合ってやってくれ」
「大丈夫えう」「む。まったく無問題」「はい」
頭を下げたカイに妻達は胸を張る。
「この程度で心が折れるなら、カイと出会う前に折れているえう」「エルフは皆打たれ強い。特に頭は超頑丈」「ご飯で鍛えられておりますわ。それにハーの族の狂気に比べれば楽勝でございます……ぷぷぺまー」
「そうか」
強い。絶対に強い。
これが何万世代も呪われ続けた種族、エルフ。
「あ、でもシャル達を育て損ねてたらまた呪われるんだな」『のじゃ』
「二度とごめんえう」「農業学会頑張れ」「失敗は許されませんわ」
しかし現実では二度とノーサンキュー。
そこは全力拒否な妻達だ。
聞けばエルフ農業学会も今回の悪夢で呪われ時代を思い出し、二度と食を手放すものかと研究に弾みがついたらしい。
禍い転じて福となす。
どん底から抜け出したエルフは悪夢なんぞに屈しない。
「シャルに期待えう!」「む。がんばれお姉さん」「妹達に正しきはっちゃけ世界樹の道を示すのです」
『妹達が異界に食べられないように、僕も頑張るよ!』『あらあら』
『私、祝福ベルティアもお手伝いいたしますから絶対大丈夫』『私、祝福エリザも手伝います。大船に乗ったつもりで』
「お前らはすげぇ心配だわ」『『がぁん!』』
「「「わぁい!」」」
カイ一家の皆が笑う。
そんなエルフの子供達が親達の恥ずかしい武勇伝を自慢しあっている頃……
悪夢に苦しむ人間がいた。
「……また、この夢か」
夢の中、執務室で老人が呟く。
本当の自分は今、病に伏している。
それを知っているからこその言葉だ。
老人の名は、カロルス・ベルリッチ侯爵。
グリンローエン王国の大貴族だ。
侯爵家は初代侯爵が聖樹教や聖教国に領内の竜を討伐させる事で交友を結び、代々の領主が多くの寄進を行い交友を深めてきた。
その恩恵のひとつが、寿命を延ばす世界樹の葉だ。
ベルリッチ侯爵の家系は百五十年生きる。
聖樹教と侯爵の交友をあらわす言葉だ。
が、聖都の崩壊と共に交友も終わり、最後の妻と息子は数年前に死んだ。
世界樹の葉が手に入らなくなったからだ。
最も多くの葉を食した侯爵だけが、今もまだ生きている。
侯爵は今、百三十歳。
人を超えた長生きだが、ベルリッチ侯爵としては短い。
そんな侯爵も今、命の終わりを迎えようとしている。
体の調子が悪くなり、病に伏す事が多くなった。
人を超えているが故に、回復魔法を受けてもすぐに体調を崩してしまう。
侯爵には人を超えた祝福が必要だが、世界樹の葉はもう存在しない。
だから侯爵は不老不死の霊薬を求め、財を投じて多くの者に頼んだのだ。
「エリック、そしてウィンズ」「はい」「何でございましょうか?」
「お前達は五十年前に、死んだはずだな?」
「はい」
ドロリ……眼前の友の体が腐り崩れる。
「今宵も侯爵様をお迎えにまかり越しましてございます」
「私の妻もお待ちしております。ささ、こちらへどうぞ」
「寄るな! 来るな!」
侯爵が叫ぶ。
これがベルリッチ侯爵の夢。
友、部下、妻、息子……見知った顔の亡者が現れ、お前もこい、早くこいと群がってくるのだ。
そして必死に足掻く中、声が響く。
”そろそろ、諦めてはいかがですか?”
「……しつこいぞ。この死に損ないめが」
ベルリッチ侯爵が響く声に忌々しく呟く。
声の主は聖樹教司祭ミルト・フランシス。
悪夢の主だ。
「私はまだ、領のために生きねばならぬ」
”そうですか?”
「そうだ! 税も適正、領内の治安に励み、不平不満にも耳を傾け、新たな産業もいくつも興した。領を栄えさせる為、私は全力を尽くしてきたのだ!」
”ええ。立派な領主とウィリアムからは聞いております”
侯爵の叫びは事実。
大貴族にもかかわらず生活はルーキッド並の質素なもの。
領館では政務、外に出れば視察、王都や他領では領の品を売り込む。
領主としては善良にして優秀。
だからウィリアム達が侯爵の頼みに応じ、不老不死の霊薬を求めているのだ。
金払いが良いだけでは、権力があるだけでは人はそこまで動かない。
まだ生きていて欲しいと思う者が多くなければ、雲を掴むような霊薬を探して竜やエルフと関わらない。
適当に探して侯爵が死ぬのを待つだろう。
「そんな私が金と人脈を使って命を延ばす事の、何が不満だ!」
”金と人脈は貴方の力ですから、悪くはありません”
金も人脈もその人の力。
付き合えば得をするから人が集まり、そして金が集まる。
それを使う事をミルトは否定しない。
”ですが、それはあくまで人の範疇にある間だけの事。人の範疇を超えた者にその理屈は当てはまりません。貴方が人を超えたぶん、誰かが命を失ったのですから”
侯爵が世界樹の葉を使い延命したから、誰かがそれで命を繋ぐ機会を失った。
自らの命で生きている間はまだ良い。
しかし命を超えた時、その者は化物となる。
誰かの命を食らって生きる、怪物となり果てるのだ。
竜の命を食らって栄えた聖都ミズガルズのように。
”貴方は聖都ミズガルズの者達と同じ、命を食らう化物”
「誰もが獣や草木の実りを食うではないか!」
”それは奇蹟でも何でもない、当たり前の命の営みです。腹を満たす事と寿命を延ばす事は違いますよ”
「悪魔め!」
亡者が群がる中心で、侯爵が叫ぶ。
侯爵は知った。
不老不死の霊薬で、延命する事ができない事を。
世界樹の葉を使えなかった者達から、恨まれている事も。
「悪魔ミルト・フランシスめ!」
しかし、望みが断たれても狂えない。
ギリギリの所で回復してしまうからだ。
そして、まだ望みがある事も知っているからだ。
「まだ望みはある! エルフ! 竜! そして神!」
侯爵は知っている。
エルフの祝福を得れば、エルフと同じ寿命を得られるという事を。
竜の祝福を得れば、竜と同じ寿命を得られるという事を。
神の祝福を得れば、あらゆる奇蹟が手に入るという事を。
しかし、ミルトは呟くのだ。
”貴方には、無理でしょうね”
と……
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