16-23 ミルト、世界を席巻する
「う……」
「お目覚めですか?」
ランデル聖樹教本部、講堂。
壇上で目覚めたカイは、ソフィアの言葉に身構えた。
「さすがはカイさん。神に鍛えられているだけの事はあります」
ソフィアは唸り眠る皆に、毛布をかけて回っている。
どうやら力を持つ者ほど悪夢から早く覚めるらしい。
神々のはっちゃけを抜きにすればカイとソフィアは同じくらい。
だからソフィアも目が覚めたばかりだろう。
この場で次に力を持つミリーナ、ルー、メリッサはまだ、ミルトの夢にうなされている。
カイの子供達も同様だ。
マオはうなされている様子はなく、ただ静かに眠っている。
さすがは勇者とマオに感心し、カイは毛布をかけ終えたソフィアが壇上に戻るのを待った。
「ミルト婆さんは?」「別室のベッドに運びました」
「そうか。ソフィアさん、心を読ませてもらうぞ」「どうぞ」
カイの言葉にソフィアが頷く。
心が読めるからと言って、誰の心も無遠慮に読む訳ではない。
信頼できる者の心を読めば信頼を失う。
だからカイが無遠慮に心を読むのはミリーナ、ルー、メリッサだけ。
互いにぶっちゃけられる仲だからこそ可能な行為なのだ。
しかし、ここまでの事をされればカイも読まない訳にはいかない。
カイはしばらくソフィアの心を読み、深くため息をついた。
「……システィとミルト婆さんと三人で、俺をハメたんだな?」
「別にカイさんをハメたつもりはありません。ですがカイさんが私やシスティ、ミルトさんの心を読まない方で助かりました。読めば邪魔されたでしょうから」
「当たり前だ。たとえそれがミルト婆さんの願いであってもな」
残り少ない余生をマオとのんびり過ごせば良いだろうに。
と、思うのはカイだけではないだろう。
そもそも田舎の聖樹教司祭でしかなかったミルトが、聖樹教の罪をひとりで背負うのがおかしいのだ。
ソフィアがカイに言う。
「その時は、私と戦う事になっていたでしょうね」「冗談だろ?」
「これはミルトさんが悩み抜いた末の一生のお願いですから、カイさんでも譲りません」「……そうか」
カイとソフィアはミルトが寝かされているだろう、別室の方を見る。
壁越しでもよくわかる。
ミルトの体からあふれる意思持つマナは膨大。
霊薬の効果を使い、ミルトが強力な魔法を行使しているのだ。
「それにしても……霊薬の効果とはいえ、まさかひとりで世界を席巻するとは。ミルトさんには本当に驚かされますね」
「なあ、確認の為に説明してくれないか?」「はい」
心を読んだので大体の事はわかっているが、細かい事はわからない。
心はその人の時間の積み重ね。考えていない事を読むのはとても面倒で時間がかかるものなのだ。
「不老不死は霊薬の効果の結果に過ぎません。本当の効果は別にあります」
ソフィアはカイの求めに応じ、説明を始めた。
「この霊薬の真の効果は神の領域である魂と肉体の結合をマナに変え、死と引き換えに願いを叶えるもの。異界のマナに願うのと同じです」
「そんな事ができるのか?」
「命を延ばす事はとても難しいですが、縮める事はそこまで難しくはありません。自らを傷つければ命は縮みますからね」
「……だから、猛毒か」
「はい。命を縮める事で魂が肉体から引き剥がされる際に発したマナを利用できるようにするのです」
カイの言葉ソフィアは頷き、続けた。
「この霊薬を生き長らえたいと切望する者が使えば、あふれたマナが周囲の者の魂に己のそれを転写する事でしょう」
「転写?」
「そうです。誰かの魂に己の記憶と人格を刻む込み、己と同じ記憶を持ち、同じように考える者を作り出す。故に不老不死の霊薬」
つまり、本人ではない。
「それは不老不死とは言わないだろ……ペテンじゃねーか」
「その通りですね」
そこはソフィアも同感らしい。カイの言葉に深く頷く。
「しかし他者から見ればどうでしょう? 同じように考え、同じように行動し、同じ記憶を持つ……それは、本人と何も変わらないでしょう?」
「まあ、そうだな」
カイとカイズのようなものだ。
知っているか、カイズが自らバラすか、マナを見られる者でなければ違うとは思わない。
つまり、大多数の人間はそれを見破る事ができないのだ。
「しかし、それで飲んだ本人は納得するのか?」
「激怒するに決まっているじゃありませんか」
「だよなぁ」
死にたくないと霊薬を飲めば自分のコピーができあがり、後はまかせろと笑う。
そりゃ激怒するだろう。
「ですが霊薬を飲んだ者はすぐに死にます。転写された者が『あれは抜け殻だ』と言えば周囲は納得。あとは時間が解決します。ミルトさんのように今もまだ生きている方が異常なのですよ」
「……ひでえな」
まったくひどい話だ。
「もともとは、そんな使い方をするためのものではないのです。この霊薬を生み出したのはエルフ。カイさんはこの霊薬を使った者達に会っていますよね?」
「……エルトラネの、墓か」
「その通りです。あの墓はエルトラネの者達が霊薬を使い、人格をミスリルに転写したもの。エルフは人間とは違い、あの霊薬程度では死にませんが」
エルトラネの墓は故人の意思そのものだ。
食わねばピーとなる彼らが家族と語りあえる事を願い、霊薬を使い人格を刻み込んだもの。それがエルトラネの墓だ。
システィが人格なんてどうやってとしきりに首を傾げていたが、カイズのようにマナに願って成し遂げたわけだ。
「ですからカイさんに知られないようメリッサには同意を頂き、霊薬の効果に関する記憶を潰させて頂きました」
「……お前はそういう奴だよ。メリッサ」
カイは唸り眠るメリッサの頭を撫でる。
ソフィアの言葉は嘘偽りのない事実。
カイ様のためならばとソフィアの要求に喜んで応じたそうだ。
ミルトの願いは奇蹟をアテにしない世界。
自らの頭で考え、自らの足で進む世界。
そのために皆を夢で戒めているのだ。
その恩恵を最も受けるのはほかでもない、カイだ。
人でありながらエルフの祝福を受け、竜や世界樹、異界とも仲が良く、神のはっちゃけも授かる。
世界の全ての奇蹟と共に歩む人間。それがカイ・ウェルス。
奇蹟を求める者はカイの周囲に群がるだろう。
ある者はエルフに、またある者はカイの親兄弟に、そしてその血縁に、知人に、近所の者に……どこまで行ってもキリがない。
全ての欲望を悪夢だけで滅する事などできはしない。
しかし、ミルトもそのくらいは承知している事だろう。
奇蹟とは祝福だけではない。
災厄もまた奇蹟。
どちらになるかは奇蹟次第。
うかつに触れてはならないものだと知らしめ戒める。
ミルトが求めるのは最初の一歩。
そのきっかけなのだ……たぶん。
「ミルト婆さんは、どのくらい生きられる?」
「ミルトさんは悪夢に発狂しないよう回復もかけていますので、今のままなら一週間ほどで命の限界を迎えるでしょう」
「もし回復をかけなかったら?」
「悪夢だけなら一年くらいは……」「そうか」
カイは水魔法で湯を出し、手にかける。
爪の垢を煎じて現れるのは祝福ズだ。
『カイさんがまともに私達を呼び出しました!』『これは願い? 願いですね!』
「お前ら、ミルト婆さんの代わりに皆を回復して回ってくれないか?」
『気が狂うほどの夢を見せて発狂させない』『さすがカイさん、えげつない』
「これはお前らのはっちゃけ尻拭いでもあるからな?」
『『がぁん!』』
これはカイ自身のため。
そして、他でもないミルト一生の願いだ。
できるだけ長く、できるだけ多くの悪夢で皆を戒めようではないか。
「ミルト婆さん、このくらいはいいだろ?」
カイがミルトの方に語りかけると、マナの流れが変わる。
「……良かったですねミルトさん。カイさんが協力してくれるそうですよ」
『『ところで尻は叩かなくても良いんですか?』』「叩くな」『『がぁん!』』「そして早く行け」『『貴方の願いを叶えますさばぁ』』
カイの願いを叶える為、祝福ズが消えていく。
祝福ズが完全に消えた頃、カイの家族が目を覚ました。
「お前達、大丈夫か?」
「カイえう!」「カイ!」「カイ様! あぁ、カイ様!」
「「「パーパ? パーパ! うわぁーん!」」」
よほど怖い夢を見たのだろう、皆がカイに抱きついてくる。
俺の悪夢もひどかったもんなぁ……
と、カイは皆を抱きしめる。
「ご飯が腐る夢を見たえう!」「昔の夢とかノーサンキュー!」「いつものように口に入れた芋煮がねちょっと、ねちょっと糸を引いたのです! なんという恐ろしい夢ぱぱっぷぷー!」
「まずかったー」「超ひどい」「お腹痛かったよー」
「……」
しかし、そこはさすがエルフ。
伊達に八百六十万年も呪われてはいない。悪夢もやっぱりご飯であった。
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