16-21 カイ、災厄に襲われる
「とうとう、ここまで来たか……」
アトランチス大陸、海岸。
大海原を埋める艦隊を前に、カイはひとり呟いた。
「お前ら、そんなに生き続けたいか!」
無数の軍艦を前にカイは絶叫する。
ミルトが世界を去ってから二百年。
アレクもシスティも、マオもルーキッドもすでに世界を去った。
バルナゥとソフィア、ルドワゥ、ビルヌュ、マリーナも百五十年前、五万六千階層を踏破した異界の勇者に討伐された。
そして百年前、奇蹟もカイから去っていった。
家族を守ろうと振るった力が神々にとって都合の悪いものだったからだ。
神もしょせんは他者。
イグドラもベルティアもカイから手を引き、カイはエルフの祝福を受けただけの存在となった。
しかし、カイが起こした数多の奇蹟がカイを追い詰める。
神々と縁が切れたからできなくなった。
と、いくら説明しても人々はそれを認めず、奇蹟をよこせと迫るのだ。
事はカイの友が全て、世界を去った時から始まる。
権力者の守護を失ったカイは欲望丸出しの人間達から家族を守るために奇蹟を使い、神々の寵愛を失った。
そのときのカイの奇蹟とエルフの祝福でオルトランデルは再び森に沈み、ランデル領は壊滅。
王国はカイを戦犯と断じ、エルフにカイを差し出すように要求した。
カイ一家とエルフ達はアトランチスに逃げ、異界の門を閉じた。
しかし奇蹟の力を、人々が諦めることはない。
欲望を満たす力を求めて、人々はカイに群がる。
それが今、カイの目の前に浮かぶ巨大な軍艦だ。
異界の門を閉じて六十年後、人間達は再びカイの前に現れた。
カイがランデルで暮らしていた頃の主流であった木造船とは明らかに違う、鋼鉄の船に乗って。
船の動力は回転する魔道具だ。
かつてエルトラネが作ったそれの巨大なものが、軍艦を動かしている。
膨大なマナは油を燃やした熱を変換して獲得する。
エルフの祝福『無の息吹』を魔道具化したものだ。
奇蹟を。
カイ・ウェルスを差し出せ。
百年前にはとうてい不可能だった数千キロにも及ぶ大洋を渡った人間達は、エルフに再び要求した。
そして目視できない速度で飛ぶ鉄の塊をたたき込み、エルフの里を壊滅させた。
もはや人間はエルフの祝福すら叩き潰す強者。
エルフ達は逃げまどい、散り散りとなった。
ある里は祝福を捧げる事で命乞いし、ある里はカイを差し出そうとエルフ同士で殺し合った。
エルネ、ボルク、エルトラネ、そしてホルツ。
カイに縁のあった里の者は、エルフと戦い死んでいった。
今、カイはひとりぼっちだ。
「カイ!」「カイ!」「カイ様!」
「「「パーパ!」」」
そして愛する妻と子は……軍艦の甲板の上。
人々が叫ぶ。
「我らに、奇蹟を!」
カイは叫ぶ。
「ここまでの事ができるなら、もう十分だろ!」
人間はエルフを圧倒する力を手に入れた。
しかし、命は今も神の領域。
寿命は今もさして変わらず、人は百年で世界を去る。
エルフは激減し、人々を祝福できるほど残っていない。
イクドラの子、世界樹は人の手の届かない星の彼方へと飛び去ってしまった。
竜はすべて人と異界に討伐された。
だから、奇蹟。
力は奇蹟を求める人の欲望。
だから、やめる訳がない。
「奇蹟を!」
「できない!」
「何故できぬ!」
「できる訳ないだろ! 神々はもう、俺を見捨てたんだ!」
もともと、カイの力ではない。
神々とカイの思惑が、たまたま合っただけの事。
しかしそんな事は、欲望に狂った人々の知った事ではない。
「奇蹟を渡さねば、お前の家族をひとりずつ殺していくぞ」
「やめてくれ! 頼む!」
今のカイには、妻子を助ける力はない。
ただ、迫る彼らに慈悲を乞うだけだ。
「イグドラ! ベルティア! 俺の妻を、子供達を助けてくれ!」
しかし、神は応えない。
道を違えてしまったから。
「カイ! さよならえう!」「ミリーナ!」
「カイ、さよなら」「ルー!」
「カイ様! あぁ、カイ様!」「メリッサ!」
「「「パーパ! たすけてパーパ!」」」
「イリーナ! ムー! カイン!」
カイの目の前で、家族が殺されていく。
そして人々は家族の血に濡れた手をカイに差し出し、叫ぶ。
「奇蹟を、よこせ!」
「あああぁあああああああああ!」
カイが絶叫した直後、世界が暗転した。
カイが漂うのは真っ暗な空間。
上も下もわからない、不可思議な世界だ。
「……夢?」
”それは、貴方次第です”
暗闇の中で呟くカイに、ミルトの声が届いた。
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