16-18 そして、奇蹟は猛毒
「で、聖樹教の誰から頼まれたのですか?」
ランデル、ミルトの家。
ミルトがカイ達に聞く。
「冗談のつもりで言ったのに、まさか本当に持ってくるとは……ソフィアですか? それとも聖都で手に入れたそれを大事に持っていた者でもいたのでしょうか?」
「……ウィリアムだ」「あら」
マオの答えにミルトが驚き、ウィリアムを見る。
ウィリアムはミルトの視線を受け、静かに頷いた。
「私がベルリッチ侯爵に頼まれ、竜峰ヴィラージュのソフィア様に素材を授けて頂きました」
「侯爵様ですか。聖樹教の誰かではなかったのですね」
ミルトは気恥ずかしそうに微笑み、ヴィラージュの方を睨む。
「そしてソフィア、やってくれましたね。冗談を本気にした誰かが貴方に求めても断るようにと釘を刺しておいたのに、こんな手を使うとは」
「ミルト婆さん、冗談で何を言ったんだよ?」
「ここは聖樹教の本拠地です。私の天使の翼が見える者も多いのですよ」
カイの問いにミルトが語りはじめる。
ランデルは聖樹教の本拠地。
当然、回復魔法使いも多く住んでいる。
皆、ミルトの死期がひと目でわかるのだ。
「そして皆、一心不乱に回復魔法です」「さすが聖樹教本拠地」
「そしてバルナゥに私をもう一度祝福させようと、領館に土下座参拝です」「ルーキッド様も大変だなぁ……」
「エヴァにまで土下座する始末です」「エヴァ姉も大変だなぁ……」
ミルトの言葉にカイが呟く。
見えるなら何とかしようとする者もいるだろう。親しい者ならなおさらだ。
カイだって祝福を使おうとしたくらいだ。
回復魔法使い達が回復魔法をかけてもおかしくない。
「無駄な事はやめなさいと言っても聞きません。人を超えた領域だと知っているはずなのにねぇ……ですから私、ついつい言ってしまったのですよ。『不老不死の霊薬でもあれば、飲んでみましょうか』、と」
「あー、だからソフィアさんに釘を刺したんですね?」「はい」
カイの言葉にミルトが頷いた。
バルナゥの住むヴィラージュならば素材が手に入る事を知っていたのだろう。
先手を打ったと言う訳だ。
「ソフィアもソフィアです。了承したというのに、こんな子供の屁理屈のような事をするとは思いませんでした」
「ごもっとも……」
ミルトが呆れて言い、拳を震わせる。
授けた相手は侯爵様です。だから言いつけ守りました。
毒味役としてお飲みください。
ミルトの言う通り、ソフィアの屁理屈半端無い。
「ま、まあそれもミルト婆さんを心配しての事だから……」
「子供のような心配をされても困ります。引き継ぎをして余生を自由に過ごしてくださいと言うのが大人の対応というものでしょう? それを何ですか? 回復魔法ではダメなので竜の祝福? 霊薬なら飲むって言いました? 私はいつまで生き続けなければならないのですか?」
「ご、ごもっとも……」
ミルトの怒りにカイもタジタジだ。
ミルトはバルナゥの祝福を一度受け、そして返した。
どこぞの侯爵のように人を超えても生に執着している訳ではない。
あるがままに生き、そして死ぬ。
それがミルト・フランシスの生き方なのだ。
ミルトはカイ達にまくし立てると椅子に座り、テーブルの上にあったコップのお茶を一口飲んだ。
はぁ……
怒気をはらんだため息がミルトの口からあふれる。
一息ついたミルトは、静かに語りはじめた。
「皆の思いが嬉しくない訳ではないのです。多くの方々に生きていて欲しいと思われる事こそ、生きた証なのですから。とても嬉しく思いますよウィリアム」
「で、では……」
「ですが、それとこれとは別の話です。生きた証は皆の心にあれば良い事。私が生き続けなければならない訳ではありません。ウィリアム、貴方はいずれランデルの領主となるのですよ? 多くの領民を導く者となるのです。たとえ善意によるものであっても奇蹟をアテにすべきではありません」
「そんな……」
にべもないミルトの言葉にウィリアムがうろたえる。
そんな時、にわかに外が騒がしくなりドアが激しく開かれた。
現れたのは聖樹教の回復魔法使い達だ。
「ミルト様!」「不老不死の霊薬を入手なさったそうですね!」「ソフィア様から聞きました!」「すばらしい!」「ささ、早く教会へ」「皆が待っております」
「……ソフィア、後で説教です」
再びミルトが拳を震わせる。
ソフィアが外堀をどんどん埋めていく様に憤りを感じているのだろう。
さすがは聖女、そして勇者。
やると決めたら速攻だ。
期待に満ちた周囲の視線にミルトが呆れ、何かを言おうと口を開いたその時……
マオが、ミルトに語りかけた。
「なあ、ミルト……ダメか?」
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