16-15 だから、人は奇蹟を侮る
「そう。予定通り彼らは素材を手に入れたのね、ソフィア」
ビルヒルト領ビルヒルト領館。
ソフィアの報告をカイズから受けたシスティは執務室で呟いた。
「今、下山しておりますよ」
「彼らにレシピは?」「しっかりと」
ソフィアの口調をまねたカイズがシスティに答える。
はじめは嫌がっていたカイズももう慣れたもの。システィだから仕方ないと堂々の演技だ。
「ビルヒルト領を薬師ギルドの高位調合師と侯爵の領兵がまた通過したわ。これで三隊目ね」
「近場の竜は聖樹教が全て討伐しておりますから、侯爵にとってヴィラージュが大本命でしょうね」
「だからこそのウィリアム……か。とにかくウィリアムは目的を達したわ。これでヴィラージュに潜り込もうとする身の程知らずも減るでしょう」
「はい」
大本命だからこそウィリアム・ランデルに話を持ちかけた。
ルーキッドとバルナゥの仲をよく知っているからこそのウィリアム。
そして他の者では門前払いだったからこそのウィリアム。
血縁は切り札になりうるのだ。
「……いよいよね」「はい」
「別れは済ませたの?」「……はい」
ウィリアム達にレシピは教えた。
が、霊薬がどんなものかは教えていない。
あれは確かに不老不死の霊薬かもしれないが、似て非なるもの。
侯爵の願いを違う形で叶えるものだ。
「奇蹟と付き合うのも、大変ね……」
システィは呟く。
ウィリアムは当然知らない。
そしてマオも、カイも知らない……
システィとソフィアが会話しているその頃。
ウィリアム達は、ヴィラージュを下山していた。
「おいおい、登るより降りる方が危ないからな。気をつけろよ」
勢いがつく分、くだりの方が危ない。
そして目的を達した皆の足取りは軽く、マオが口出しせずにはいられない程に皆の表情はにこやか。
うっかりを心配しているのだ。
「そうですね。相手は奇蹟。皆も気を抜くな」
そんなマオにウィリアムが頷き、皆に注意を促す。
皆は笑顔で頷いた。
「わかっております」「素材をばらまくような事はいたしません」「それにしても金貨四百枚で全ての素材が手に入るとは。さすが大竜バルナゥの竜峰ヴィラージュ」「ソフィア様からはざっくりな伝承の細かい部分も教えて頂きました。これまでのものよりずっと完成されたレシピですよ」
手に入れた魔石ひとつだけでも、金貨四百枚以上の価値がある。
こぶし大のミスリルに至ってはいくらになるのか見当もつかない。取引しようものなら王国の役人と兵がすっ飛んできて強制買い上げとなるだろう。
少なくとも侯爵が砕いた聖銀貨と魔道具よりも高価。
バルナゥと縁のあるカイやエルフは鍋だ何だとミスリルを日用品に使いまくっていたが、人間の世界では今も超希少金属なのだ。
そんなものを格安で譲ってもらったのだから、まさに奇蹟。
皆が浮かれるのも無理はない。
「せっかくの感動に水を差して悪いが、たかが薬にあまり期待するなよ?」
そんな皆に再びマオが告げる。
「強者ほど多くのマナを持ち、願い得る戦利品の幅が広く質も高くなる。俺は勇者として戦ってきたからマナってものをお前らより良く知ってるつもりだ。人の手で手折れるパレリの花がはたして強者と言えるのか?」
「そうだな……」
マオの言葉にカイも頷く。
誰の指でも簡単に手折れる花。
それならばありふれた薬草と同じだ。
「ソフィアの言う通り、あの花はマナが濃厚という珍しい場所に生えているだけの代物だ。簡単に手折れるような花の蜜や、お前らが入手できるような素材にそこまでの力があるとは思えん」
「これほどの魔石やミスリルはそう簡単には手に入らないけどな」
「それだってバルナゥから漏れた何かだろ? 汗とか屁とか」
「……マオ、嫌な言い方するなよ」
嫌な例えにカイは顔をしかめたが、実際その通りだ。
魔石もミスリルもバルナゥと異界のマナによって生まれたもの。
バルナゥの身体からあふれた様々なものがそこらの石ころに吸収されて宝石や魔石に変化するのだ。
マオが言う。
「そんなフケや垢の塊がバルナゥの祝福並の力を持つ訳がない。だから服用している限り生き続ける程度が精々だろうな」
「つまり、またバルナゥ様に求めねばならないと?」
「そうだ。だからバルナゥとソフィアの機嫌を決して損ねるなよ?」
「は、はい……我らは奇蹟に試されているのですね」
マオの言葉にウィリアム達が頷く。
しかし、そんな事は他者に投げた者にはわからない。
だから彼らは奇蹟を侮るのだ。
ランデルに戻ったウィリアム達に、侯爵の部下は喜び告げた。
「よくやったウィリアム! まずはお前の親しき者を救ってやるが良い!」
「……毒味役か」
これが、人の世。
忌々しくマオが呟いた。
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