16-14 奇蹟を手にするまでは簡単
「じ、十万エンなんですかソフィアさん?」
「はい。パレリの花の蜜ひとしずく、十万エンです」
ソフィアのあまりの物言いに、思わず聞き返すカイである。
「た、確かに対価……だが」
「王国貨幣でいいんですか?」
バルナゥの言った対価、まさかの王国貨幣。
カイですら唖然とするくらいだから、ウィリアム達も唖然。
そんなウィリアムとカイの問いかけにも、ソフィアはいつものにこやか対応だ。
「はい。夫のバルナゥが金貨大好きなので、王国金貨払いでお願いします」
「金貨!」「商人だ!」「こんな所で商売!」「バルナゥ様、金貨大好き!」「それもまさかの王国金貨限定!」
竜の財宝ため込み伝説、ここに始まる。
しかし竜は町で買い物する訳でも納税している訳でもない。
というかダンジョンで願えば金などいくらでも得られるし、家のそこら中にはミスリルの石ころがゴロゴロしている。
ルーキッドから家賃として金貨を貰っているが、あれはルーキッドとバルナゥの友情メダル。ルーキッドから貰わねば意味がない。
そんなバルナゥが金貨を何に使うんだと、首を傾げるカイである。
「ソフィアさん、なぜ王国金貨払いなんですか?」
「ルーキッド様がお金に困った時にくれてやろうと貯め込んでいるのです。そりゃあもうウキウキと金貨を貯めておりますよ」
「カイ……父上とバルナゥ様の間に何があったのだ?」「さあ?」
ウィリアム、頭を抱える。
「それにしたってパレリの花の蜜ですよ? 伝説の花の蜜ですよ?」
「パレリの花は珍しい場所に咲くだけの花ですし、私がおひたしにして食べるために育てている程度のものに過ぎません。妥当な金額ですよ」
「お、おひたし……」「食べるんだ」「さすが竜の奥方」「わけわからん」
そして他の四人も頭を抱える。
人の世界では見る事もできない伝説の花も、竜の世界ではおひたしにして食べると美味しい畑の作物。
住む世界の違いは、かくの如き残酷なものなのだ。
そんな彼らにソフィアが笑う。
「では、もっと高価な対価がよろしいですか?」
「「「「「十滴下さい」」」」」
ジャラリ。
五人が懐から金を出す。
人からすればこれほど楽な対価はない。
まさしく現金なものだ。
「これで夫バルナゥも喜ぶ事でしょう。さぁ、これがパレリの花です」
ソフィアは十滴分の対価である金貨百枚に深く頭を下げると、皆をダンジョン段々畑の一角に案内した。
鮮やかに咲き誇る花々が、皆を迎える。
「こ、これがパレリの花!」「伝説の花がこんな大量に!」「記録! スケッチ!」「……いや、これルージェ領の町で見た事あるぞ?」「確かに似ているがあれはエルフの尻花だ。格が違うぞ格が」
驚くウィリアム、感激するベルモット、スケッチを始めるグラーク、首を傾げる
ガロルド、それをたしなめるハインツ。
そして、首を傾げるカイ。
「……ソフィアさん、何を考えてるんですか?」
カイの問いに、ソフィアはまったく困ったものだと首を振って答えた。
「バルナゥが夜な夜な呟くのです。金貨などいくらでも作れるが、稼がねばルーキッドの怒りが、蹴りがおおーふ……と」
「そりゃ怒るでしょ」
当たり前だが貨幣偽造は重罪。システィがすぐさま怒鳴り込んでくる。
そんな危ない橋をルーキッドが渡るはずもない。バルナゥを蹴り飛ばしてでも止めるだろう。
「カイ! 父上とバルナゥ様の間に何があったんだ!?」「さあ!?」
そしてウィリアム、叫んで頭を抱える。
視線ひとつで人を殺せる竜が恐れる父上ルーキッド・ランデル爆誕。
父上、一体何者? である。
「さて皆様、蜜は取り終えましたね?」
そんなウィリアムとカイをよそにソフィアは蜜を取り終えたのを確認し、再びにこやかに語りかけた。
「ここは異界のマナを吸い上げるバルナゥの住み家。皆様お求めの不老不死の霊薬の材料は全て揃っております」
「……私達は、それを貴方に話してはおりませんが」「聖樹教聖女ですから」
回復魔法使いは心を読める。
ソフィアは心を読んだ事を暗に示し、話を続けた。
「聖都所蔵の文献もいくらか目を通しております。不老不死の霊薬にはパレリの花の蜜の他に、竜の巣にあるような極上の魔石、こぶし大ほどのミスリル、若返りの薬にも使われるラッティル草、ほか二十三の素材が必要……あなた方はどれだけ集められましたか?」
「……我らが集めたのは、パレリの花の蜜を入れて十二種」「金で手に入れられるものは全て……ですね」
「そうですか」
伝説の霊薬の材料など簡単に手に入る訳がない。
パレリの花の蜜は金で手に入らない材料のひとつに過ぎないのだ……金で手に入ったが。
うなだれ答える皆に、ソフィアがポンと手を叩く。
「いつも夫に良くして頂いているルーキッド様への感謝を込めて、霊薬の作成以外に使用しない事、余ったら返却する事を条件にお譲りいたしましょう」
「「「「えええええええぇええ」」」」
「カイ! 父上とバルナゥ様の間には何かあるだろ絶対あるだろ!」「知りませんってば!」
話がとんとん拍子に進む様にウィリアム半狂乱。
父上、本当に私の父上なのですか!? である。
そして、ここまで至れり尽くせりだとカイの傾げた首も限界だ。
これはソフィアさんの心を読んで……
と、カイが思った頃、ソフィアがマオに語りかけた。
「そしてマオさんには追加の条件があります。作った霊薬、ミルトさんに飲ませて頂けますか?」
「……なんだソフィア。お前も同志か」
ニヤリと笑うマオに、ソフィアがぐっと拳を握る。
「私や夫バルナゥではダメでしたが恋人のマオさんたっての頼みなら断らないかもしれません。本当は竜の祝福を受けて欲しい所ですがこの際ワガママ言いません。マオさんファイトです!」
「ああ、そういう事か……」
ここでやっと納得したカイだ。
ミルトの寿命の事はソフィアも知っている。
竜の祝福を一度は受けながら、それを返した聖樹教司祭ミルト・フランシス。
彼女は新たな聖樹教を導く重要な存在。
それだけ死を惜しむ者が多いという事だろう。
ソフィアもそのひとりなのだ。
ちょっと考えればわかる事だったな……
と、カイは胸をなで下ろす。
「ですが対価は頂きます。もちろん王国金貨でお願いします」
ソフィアは足りない素材全てを揃え、一行に売りつけた。
一式金貨三百枚、三百万エン。
あまりの格安価格に呆ける一行だ。
「思いのほか簡単に終わったな」「俺たちの他にも素材を探してるチームがいるはずだが、まさか俺達だけで全ての素材が揃ってしまうとは……」「侯爵様、ミスリル調達のために聖銀貨五百枚と手持ちの魔道具しこたま砕いて、まだ足りないって嘆いてたな」「もったいねー」「今だから言える言葉だな。それは」
格安で譲ってもらえたから言える言葉だ。
「ではマオさん、ご武運をお祈りいたします」「おう」
ソフィアが手を振り、皆を見送る。
そして皆がバルナゥの家から去った後、ソフィアは静かに呟いた。
「……本当の対価は、これからですので」
昔話でも、おとぎ話でも。
奇蹟は意外と簡単に手に入るものなのだ……
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