16-13 おい奇蹟、どこ行った?
ヴィラージュを登って、泊まって、登って、泊まって、雪を踏みしめ、泊まって、登って、泊まって、登って……
「ようやく着いた」
「えう」「むふん」「はい」
登頂を開始して五日目。
ようやくカイ達はヴィラージュ山頂、バルナゥの領域へと到達した。
エルフなら半日あれば登頂できるのだが、人の足だとやはり時間がかかる。
そして……カイはため息をつく。
「まさかエルフばかり補助するハメになるとは思わなかった」
「えう!」「ぬぐ!」「ふんぬっ!」
「「「すみませーん」」」
シャル家の窓から妻達が唸り、エルフ達が頭を下げる。
登山道をぽっちゃりエルフが転がる事転がる事。
ミリーナ、ルー、メリッサもエルフなのでよく転がった。
サポート参加者で転がらなかったのはカイとマオだけだ。
登山道を転がるエルフを掴んでは戻し、掴んでは戻し……あまりに面倒臭いので全員シャル家送りとなったのだ。
ご飯が絡むと、本当に使えないなこいつら……
と、今更ながらに呆れ半端無いカイである。
「ハインツ、ベルモット、グラーク、ガロルド。助かった。ありがとう」
そしてサポート対象のウィリアム達五人はエルフの助けもなくあっさり登頂。
「お互い様ですよ、ウィリアム様」「なかなか急峻な山道だったな」「途中ちょっと危ないところがありましたね」「ああ。さすがはエルフの登山道だ」
ウィリアムが数回危なかったくらいで他の者はまったく危なげな素振りも見せず、互いに助けあいながらホイホイと登ってしまったのだ。
「しかし私達ではなくエルフが転がるとは。こういう珍しい事もあるのだな」
「次は転がらないえう!」「リベンジカモーン」「カイ様、再戦の機会を!」
「いやー、次も絶対転がるだろ」
「えうっ!」「ぬぐっ!」「ふんぬっ!」
カイとマオが揃ったら、エルネではお祭りだから。
「お前らはその前に腹八分目を身につけやがれ」
「無理です!」「あればあるだけ食べる。それがエルフ!」「ご飯は残さず食べるもの!」「食べないくらいなら、登山道で転がって笑われた方がマシだ!」
「……わかってたよ。お前らがそういう種族だって事は」
ご飯 > 恥。
イグドラ、お前エルフをとんでもない種族にしてくれたな……
と、責任をまるっとイグドラにぶん投げて、カイは道の先を見た。
ここまでは山。
そしてここからはバルナゥの家だ。
バルナゥの存在と貫いた異界から吸い上げたマナが全てに影響を及ぼす地。
いわば異界の入り口だ。
カイ達は慣れているが五人は慣れてはいないだろう。
ウィリアムはルーキッドに会った際、バルナゥに対価がどうとか言われたらしい。
ここで誰かが妙な事をすれば大変だ……ルーキッドが。
「ここからはバルナゥの住み家です。道から外れないように、そこら辺のものに触れないようにお願いします」
大丈夫だとは思うが妙な気を起こされても困る。
カイは皆に改めて注意する。
皆が頷くのを確認して、カイは皆の先頭に立ち歩き出した。
山の風景が変わっていく。
雪と岩だった道に見慣れない植物が生え、輝く砂利が足下に広がる。
あふれるマナが世界を変えているのだ。
「宝石! そして魔石!」「見た事のない植物が!」「こぶし大のミスリル!」「さすがに古文書は転がってないかぁ……」
「取りたければバルナゥと交渉してくださいね」
あぁ、俺が初めて来た時もこんなだったなぁ……
と、カイは昔を懐かしむ。
慣れというものは恐ろしい。
カイにとって宝石も魔石も今や普通。
貨幣以外の金属は皆ミスリルだ。
「ハハハ……まさかヴィラージュが、これほどだったとは」
想像をはるかに超えていたのだろう、ウィリアムが何とも気の抜けた笑いを漏らす。
しかし、ウィリアムは手を出せない。
ここは人の領域ではなく奇蹟の領域。人の物に手を出せば罰せられるように、奇蹟に許可なく手を出せば天罰がくだる。
カイがウィリアムに言う。
「ウィリアム様も、手出し厳禁ですよ?」
「出せるものか。ここまで来ると奇蹟よりも人が怖い……盗人ども、頼むからランデルに逃げ込まないでくれよ?」
「それは大丈夫ですよ。バルナゥとエヴァ姉が黙っていません」
何とも気の抜けた会話をしながら宝石と魔石とミスリルの砂利道を抜けると、次に現れるのは神殿のような空間。
「異界を貫くダンジョンです」
「これが……あの書物は?」
「ダンジョンの階層に直接跳べる仕組みです。五万六千階層あるそうですよ」
「「「「「なに、それ?」」」」」
カイの説明に唖然とする五人。
「ガロルド、君は異界でこんなの見た事あるか?」
「ウィリアム様。私が戦った事があるのは貫かれた異界だけです。こちらから貫いた異界は……初めて見ます」
「……何から何まで恐ろしいな。ここは」
そこを抜ければ、主の間。
広大な主の間に広がるのは……畑だ。
「「「「「畑?」」」」」
「あらカイさん、いらっしゃいませ」
カイ一行を出迎えたのはバルナゥの妻、聖樹教聖女ソフィア・ライナスティ。
「ついに主の間にまで畑を広げたんですか、ソフィアさん……」
「魔石やミスリルが食事とか、味気ないじゃないですか」
「ソフィアさん。魔石、食べられるんですね」「はい」
さすがのソフィアも魔石やミスリルが食事では嫌らしい。
主の間は畑。
ダンジョンの中は階層段々畑。
侵攻されてないのを良い事に食料生産に余念が無い。
そんな畑を前に、五人がソフィアに頭を下げる。
ウィリアムが口を開いた。
「私はウィリアム・ランデルと申します。バルナゥ様に願いがあり、ヴィラージュにまかり越しました」
「夫のバルナゥはランデルで金貨を磨いています」
「は、はぁ……」
さすがでかい犬。
暇さえあればおおーふルーキッドだ。
あっけにとられるウィリアムに、ソフィアが笑う。
「ですが皆様の話は聞いております。パレリの花の蜜を求めているそうですね」
「はい」
「そうですか……」
ソフィアは頭を下げる五人を前に、笑顔でとんでもない事を言い出した。
「パレリの蜜のひとしずく、十万エンです」
「「「「「へ?」」」」」
おい奇蹟、どこいった?
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