16-12 一行、ヴィラージュを登る
「それじゃ、行くか」
「えう」「む」「はい」
カイ一家とマオ、ウィリアム達はエルネの里に三日間滞在して準備を整えた後、ヴィラージュへの道を歩みはじめた。
そろそろ出発しないとやばい……食料庫が。
「いやぁ、三日連続でお祭りしちゃったよ」「豪勢だったなぁ」「おかげで食料庫の肉が半分になっちゃったよ」
「アホか……」
「でも、長老が決めた事だもんな」「仕方ないよな」「マオさんとカイさんが一緒だったもんな」「だから責任は長老に取らせよう」「「「それがいい!」」」
「いや、お前らも協力してやれよ? しこたま食べたんだから」
「「「えーっ」」」
カイの言葉に、満足そうにお腹をさすりながら見送りのエルフが笑う。
皆、この三日間でぽっちゃりふくよか体型。
「食べたえう」「む。素晴らしきご飯の日々だった」「食べましたわ。しこたま食べましたわ……すぺっきゃほーっ!」
ミリーナ、ルー、メリッサもこの三日間でぽっちゃりふくよか体型。
エルフの食欲おそるべしだ。
「カイ、私は代金を支払うべきだろうか?」
「ウィリアム様。エルフは植物食べ放題ですから気になさらないでください」
「いやしかし、肉は……」
「ほんとうに気になさらないでくださいウィリアム様」
「ガハハ。こいつらの食い意地なんぞ気にしてたらハゲるぞウィリアム」
ミリーナだってカイと出会うまでは肉が食べられるものだとは思っていなかったのだ。食料庫の肉が半分になったくらいでエルフが飢える事はない。
「ではウィリアム様。出発いたしましょう」「ああ」
さんざん食べたんだから、肉はしばらくおあずけでいいだろ。
皆でダイエットしなさい。
と、カイは後始末をしこたま食ったエルネの皆にぶん投げて、ヴィラージュへの一歩を踏み出した。
エルネの里と大竜バルナゥとは、長い付き合いだ。
八百六十万年前に世界樹の実を食べ尽くして世界を守ったエルフに竜達は敬意を払い、縄張りの中に里を作らせエルフを守っていた。
エルフはその礼として森を育て、バルナゥら竜の狩場を提供した。
肉が超高価な竜牛の王国唯一の生息地がエルネなのもバルナゥの縄張りだから。
そうでなければ人間があっという間に狩り尽くしているだろう。
ともあれ、エルネとバルナゥの交流は昔から。
だから登山道もそれなりに整備されている……エルフ基準だが。
「カイ……これは登山道なのか?」
「エルフの道ですから」
「楽勝えう」「む。安全超安全」「ですわ」
あまりに急な登山道に唖然とするウィリアム達にカイは苦笑いだ。
エルフにとっては登山道だが人間から見れば登山ルート。
比較的楽に行けますよ程度の道である。
昔も今も竜峰ヴィラージュは、人には厳しい山なのだ。
「シャルなら一瞬で登頂できるんですが」『わぁい』
「いや、自らの足で登ろう」
ウィリアムがカイの提案を断り、笑う。
「欲しい者が勝ち取らねばならないのだろう? バルナゥ様からは対価を支払わせてやると言われているし、このくらいの苦労はしないとな」
「そうですか」
ウィリアムはカイに言い、意気揚々と岩場に手をかけた。
「さあみんな、戦いの始まりだ」
「伝承の裏付けができるぞ」「珍しい植物」「薬草」「護衛はおまかせ下さい」
ウィリアム達はするすると、危なげなく岩場を登っていく。
「皆さん、なかなかの身のこなしですね」
「冒険者だから当然だ」「植物学者だからね」「私も薬草を集めるからな」「伝承は世界中に保存された膨大な本の中にあるからね。体力勝負さ」
他はともかく、伝承学者ってそんなにフィールドワークが必要なのか……
と、妙な事に感心するカイである。
そして見上げるカイにウィリアムが笑って言う。
「私も銅級冒険者相当の実力を冒険者ギルドに認められているからな」
「ええっ?」
カイ、階級はウィリアムより格下。
「いざとなれば領民を守って戦うのだから当たり前だろう。普段から鍛錬を積んでいるのだ。父上なんて銀級冒険者相当だぞ」
「えー……」
カイ、今更ルーキッドが格上冒険者相当だった事を知る。
カイの実力は勇者以上だが、階級は変わらぬ青銅級冒険者。
神々のはっちゃけとエルフの祝福がなければ今も薬草を集めて満足していただろう。同じ人でも領民と領主ではまったく道が違うのだ。
これは、安心して登れそうだな。
と、カイも岩場に手をかける。
登山するのはウィリアム達五名とカイ、ミリーナ、ルー、メリッサ、マオ。
あとはテント代わりのシャル家、サポートのためにエルネのエルフが数名。
シャル家の中にはマリーナと子供達と祝福ズだ。
『出発ーっ!』『あらあら』
「「「わぁい!」」」
『『サポート一回、一尻叩きです』』
「カイはミリーナとルーが担ぐえう」「メリッサはずっと担いでいたから今回はダメ」「お二人とも、二十年前の事をまだ根に持ってますのね」「当たり前えう」「む。あの歯ぎしり感は今も忘れない」
「気持ちは嬉しいけれど、もう俺ひとりで登れるから」
「えうっ!」「ぬぐぅ!」「ホホホ。カイ様が登山道で怖いとしがみ付くのは後にも先にもこの私、メリッサだけですわ! ああっ、幸せ!」「えうぅっ!」「ぬぐぅ!」
カイ一家は相変わらず。
様々な神のはっちゃけを皆で力を合わせて乗り越えてきたのだ。
ヴィラージュの登山など散歩と同じ。
が、しかし……
「皆さん、危ないと思ったら叫んでください。エルフが助けますから」
「いやぁ、エルフの方がヤバそうだぞ。カイ」
「へ?」
カイの言葉にマオが笑う。
カイがエルフを見れば、補助するエルフ達がまさかのヨタヨタ登山。
「肉の食いすぎで体が……重いっ!」「やべえ、体のバランスが変わってる!」「転がり落ちたらエルネで一生笑われるぞ!」「謀ったな! 長老!」「俺に何の恨みが!」
「転がるえう!」「むむむムーと違って謎グリップ力ぜんぜんない」「私達の転がりは転がり落ちてるだけですわ。ただの滑落ですわぁーっ!」
「本当に、アホだなおまえら」
お前ら、そろそろ腹八分目という言葉を肝に銘じろ。
と、呆れ半端ないカイであった。
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